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人目が気になるって… New! かめおか ゆみこさん

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森の声

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2022.07.31
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カテゴリ: カテゴリ未分類
本来、赤ちゃんは生まれてすぐにお母さんに抱かれ、おっぱいを吸いながらお母さんのまなざしを見つめ「一緒の時間」を共有しようとします。それは、「子宮」や「へその緒」という「つながり」を失った赤ちゃんが、必死になってお母さんとの「新しいつながり」を求める本能でもあります。

赤ちゃんは、出産によってお母さんとの肉体的なつながりを失った後でも、思春期になるまでは、心やからだを通しての感覚的なつながりを求めます。そして、その「安心」が子どもの成長を支える力になります。

人間の成長には、「からだの栄養」と、「心の栄養」と、「脳の栄養」の三つの栄養が必要なんですが、「安心」がないことには、そのいずれの栄養も吸収することが出来なくなってしまうからです。そのため、「安心」に満たされていない子は、周囲の大人がどんなに「からだの栄養」や、「心の栄養」や、「脳の栄養」を与えても、それらを吸収できずその成長に遅れが生じてしまいます。
逆に、充分に「安心」に満たされている子は、少ない栄養からでも多くを吸収し、ちゃんと育って行きます。

このことを実証するような研究や事実はいっぱいあるのですが、でも、そのことを知っているお母さんは多くありません。また、充分な「安心」を与えるような子育てをしているお母さんも多くありません。なぜなら、現代人の「普通の生活」そのものが、人と人を孤立させ、「つながり」を希薄にさせ、子どもの安心を奪うようになってしまっているからです。でも、その「普通」を疑っている人はあまりいません。

子どもは「一緒の時間」の中で、感情や感覚などを共有することで「安心」を得ることが出来るのです。どんなに「安全」が保証されていても、感情や感覚が共有されていないと、子どもは「安心」を失い、「寂しさ」と「不安」を感じてしまうのです。

ちなみに、幼い子ども達にとっては、「寂しい」という感情と「不安」は一緒です。それらはいずれも「つながり」を感じることが出来ない状態です。
大人は「危険」を感じて不安になりますが、幼い子ども達にとっては、物理的な「危険」よりも、お母さんとの「つながり」が失われる方が怖いのです。そもそも、幼い子ども達には、まだ「予測する能力」がないため、「危険」を感じる能力自体がありません。だからこそ、危ないことでも平気でやってしまうのです。

そして、実は大人もつながりを失うと不安になります。人間は原始の時代から何十万年と「つながり」によって安全と食料を手に入れ、「つながり」によって守られ、人間らしさを手に入れ、そして進歩してきた存在なので、「つながりを求める」ということが本能の中に書き込まれているからです。



それでも、大人達は、知識や論理でその不安を「意味もないこと」と否定することが出来ますが、子ども達はまだ「古代人の感性」のままに生きていますから、「つながり」が失われると非常に強い不安を感じるのです。

ただ、ここで問題が起きます。大人達は知識によって「不安」を否定することは出来ますが、だからといって本能とつながっている「不安」そのものが消えるわけではありません。「幽霊なんかいない」という知識と、「幽霊が怖い」」という感覚とは別のものですが、それと同じです。そして、否定された「不安」は、「孤独」や「寂しさ」という形に姿を変えて、心の中に深く沈殿して行きます。

そして、その「孤独」や「寂しさ」が「自己肯定感の育ち」を阻害するのです。このように考えていくことで、「なぜ、現代社会では自己肯定感が低い人がこんなにも多いのか」ということが見えてくるのです。

実は、お母さんや周囲の人に否定されて育ったから自己肯定感が低いのではなく、「安心」が満たされず、孤独で寂しかったから自己肯定感が育たなかったのです。





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Last updated  2022.07.31 07:00:10
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