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あなたの魅力 New! かめおか ゆみこさん

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森の声

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2025.11.30
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カテゴリ: カテゴリ未分類
日本人は自分たちで話し合って物事を決めるのが苦手です。そのため誰かに決めてもらおうとします。そのくせ、その「決まったこと」には平気で文句を言います。「だったら話し合って決めろよ」と思うのですが、でもそれはしません。

「しない」というよりも「出来ない」のでしょう。
なぜなら「自分の頭で考え、自分の心と感覚で感じ、自分の考えを相手にも分かるようにまとめ、表現する能力」と「相手の言葉に耳を傾ける能力」が育っていないからです。そういう能力を育てるような教育を受けていないし、そういう能力が育つような「他の人とのつながり」もない状態で生活しているからです。

皆さんのお子さんは、日常的にお母さんやお父さんや友達と話し合ったり、一緒に活動していたりしていますか。一人でゲームなどで遊んでいませんか。夫婦の間でも、文句を言いながらも話し合いを避けたりしていませんか。

対話する能力が乏しい人は、「自分の考え」を相手に押しつけようとするばかりで、「相手の言葉」に耳を傾けようとはしません。そのため、何かを言うとすぐに「対話」ではなく「言い争い」になります。国会でも同じようなことを繰り返しています。

「A」と「B」が相手の言葉に耳を傾けながら話し合えば、「A」でも「B」でもない「C」という状態が生まれます。そこが「平等」を実現するための「バランスポイント」です。
でも、言い争いでは、どんなに言い争っても「A」か「B」という結果にしかなりません。

「A」が負ければ「B」になり、「B」が負ければ「A」になる。その繰り返しです。そのため進化も成長もしません。そして、どっちが勝っても不平等が生まれます。

また、政権が変わればスローガンは変わりますが、政治のやり方自体は何も変わりません。それは責任の所在が曖昧な上意下達的な政治です。その「上意下達的な政治」では、そして、異論を唱える人との対話は避けます。というか「責任の所在」が曖昧なので、責任を持って対話することができないのです。



そんな「対話を大切にしない社会」、「対話を大切にしないシステム」では、上部が暴走したら誰も止められません。戦争もそのような「責任者」がいない状態でいつのまにか始まります。総理大臣ですら責任者ではありません。

ドイツはヒットラーという個人に扇動されましたが、日本は「気分を煽る人たち」に踊らされる状態で戦争が始まったのです。そして今、同じように「気分を煽ろうとする人」たちが増えてきました。

そのような人は自分の責任で自分の言葉を語りません。異論を言う人と対話をするのではなく、「非国民」とか「陰謀論者」というレッテルを貼り付けて排除しようとするばかりです。

総理大臣が責任者なら、総理大臣が「戦争はしない」と言えば、戦争は起きないはずですが、実際には、戦争をしたい人たちは総理大臣をすげ替えることで目的を遂行しようとします。
そんなやり方は民主主義ではないと思うのですが、政治の世界の内部では民主主義は通用しないみたいです。

だから私は、本当に自由で、平等で、平和な社会、平和な世界を望むなら、単に戦争の悲惨さを伝えるだけでなく、「自分の頭で考え、自分の心と感覚で感じ、自分の考えを相手にも分かるようにまとめ、表現する能力」と「相手の言葉に耳を傾ける能力」を育てる必要があるのではないかと思っています。

戦争の悲惨さを伝えるだけでは戦争は回避できないのです。それは歴史の事実です。戦争の悲惨さを知っていたら戦争をしないのなら、もうすでにこの世界から戦争は消えているはずです。人類の歴史は、そのまま戦争の歴史でもあるのですから。





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Last updated  2025.11.30 08:23:06
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