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2025.06.26
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カテゴリ: 文学
木谷ポルソッタ倶楽部【村の鍛冶屋】

 石川さんは小さな盆地の町のタクシーの運転手だ。駅前広場が唯一の待合い場所だ。列車が着くまではのんびりしたものだ。
観光地だが、農村の風景を残している町だ。客を待つ間、
石川さんはその風景をぼんやりと眺める時間が好きだった。
気持ちがほのぼのとゆったりとしてくる。この町に住んでいること、
この町で生かされている幸せを、石川さんはしみじみと感じるのだ。
今日のお客は観光客ではなかった。町で唯一の鍛冶屋である梶山さんと息子の信夫さんがお客だった。梶山さんが仕事の最中に倒れて隣町の病院へ入院をした。東京で働いていた信夫さんは慌てて帰ってきた。三週間が過ぎてやっと退院することができた。
その梶山さんの迎えに、石川さんのタクシーが呼ばれたのだ。
「運搬用の軽四のトラックで良かったのに……。
タクシーなんてもったいないよ」
「いや、まだまだ安静が必要なんだから、
タクシーをお願いしたんだ。運転手さんゆっくりお願いします」
梶山さんと信夫さんの会話に、石川さんの気持ちは温かくなってた。
「ハイッ、わかりました。それでは安全運転で参ります」
「信夫、東京へ早く帰らないでいいのか。
会社の方たちへ迷惑をかけてるんじゃないのか」

「そうかい。それにしても今回は迷惑をかけたな」
「そうだよ。孝則おじさんから電話をもらった時は驚いたよ」
孝則おじさんは梶山さんの弟で梶山さんと一緒に鍛冶屋で働いていた。
「血圧は前から高かったんだ。
医者からは注意を受けていたんだがな」
「おやじは無理をするからな。おやじにあまり仕事をさせないようにと、お医者さんから言われたよ」
「う~ん、そうだよな。退院はできたけれど、体がふらつくからな。これじゃ、まだまだ鍛冶屋の仕事もできない」
「おやじは仕事のし過ぎだったんだよ。
七十を過ぎているんだから、これからはゆっくりとすればいいんだ」
「そうだよな。孝則も歳だし、
鍛冶屋を閉める時がそろそろきたかもしれないな」
「おやじが入院をしている間、多くの町の人が鍛冶屋に来たんだ。
百姓の雄おじさんは鍬と鎌を持ってきてね。おやじが入院していると言うと、おやじが鍛冶屋を閉めて修理できなくなったら、雄おじさんも百姓を辞めると嘆いていたよ」
「ふん、雄も歳だし、
機械で農業をしている息子へまかせてゆっくりすりゃいいのさ」
「そうそう、工務店の常じいさんもかき板を持ってきて、
おやじがいないことを知ってがっかりしていたよ」
「新しいものを買ったらいいのに、
常のヤツは修理を何度でも頼みにきやがる」
「おやじ、孝則おじさんが教えてくれたんだ。
『手作業をする人がこの町には多い。だからそんな人のために、この町の田舎の風景を守るためにも、立派な道具を作りたいと、兄貴はいつも言っていたんだ』とね」
「ワシがそんな立派なことを言ってたのかよ。ふふふふ」
「鍛冶屋の後を継がないかと、
おやじはオレに一度も言ったことがないよね」
「そうだよ。あんなキツクて危険な仕事はねえからな。
亡くなった母さんから
信夫には絶対に後を継がせちゃいけないと言われていたんだ」
「そうだってね。孝則おじさんからそのことを聞かされて驚いたよ。でもね、おやじ、この町の人のために鍛冶屋を続けたいのだろう。いやこの町だけじゃない。隣の町の人からも電話があったよ。遠くの町からもね。おやじの仕事はとても大切なんだね。
オレ、この歳になって初めて知ったよ」「……」
「おやじが元気になるまで、孝則おじさんが教えてくれるってさ。
女房の良子にも了承を貰ったよ。ふたりの子供たちも大学を出て社会人になっている。鍛冶屋の主人の妻としてオレについてきてくれるかって聞いたんだ」
「良子さんは何と言ったんだい」
「あなたの後にはついていかない。私も一緒に田舎で何かを始めるとね。そして、良子の両親はもう亡くなっているから、ふたりの分も含めておやじ孝行をしたいと言うんだ」
「良子さんのご両親の分も含めて良子さんが孝行をしてくれるのか」
「そうそう、オレは町の人たちや、町の風景を守るために、
鍛冶屋の修業で忙しいからさ」
「……孝則とオマエとで鍛冶屋をやってくれるか……心配でまだ死ねねえな……」
石川さんの目の前がぼやけてきた。ブレーキを踏んで車を止めた。
「運転手さん、何かあったんですが」
「いやね。目にゴミが入りましてね。
 失礼してハンカチで拭かせてもらいます」
ハンカチで涙を拭きながら、
石川さんの気持ちはよりほのぼのとなっていった。





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最終更新日  2025.06.26 01:45:06


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