へそまがりの読書日記

へそまがりの読書日記

2010年12月03日
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カテゴリ: 読書記録

殺人全書

  注:今日は「バラバラ死体」の話です。

    この手の話題が苦手な方はスルー願います。







簡単ですが、概要をまとめてみました。



第1章 処理の美学

死体をバラバラにする理由

人を殺した後、犯人が死体をバラバラにするのはなぜなのか?

著者はおおまかに3つの理由を挙げています。





2. とにかく相手が憎くて憎くて、殺した後も肉は肉、骨は骨、と

  バラして怨念をはらす。

3. 切り刻むことで、エクスタシーを感じる。



まずその1. 死体の処置に困って、バラバラに解体するケースですが、

大正9年、大阪で起きた”おりえ殺し”がクラシックな例として挙げられています。

これは、夫からせしめた離婚の手切れ金をめぐって、おりえ(当時32歳)と

その愛人・佐谷忠助(当時43歳)が口論となり、佐谷忠助がおりえを絞殺。

死体を解体し、池に沈めた事件です。

お金が欲しかったとはいえ殺すつもりはなく、衝動的な殺人でした。

我に返って一番の問題が死体の処理。



バラバラにして捨てるという行為に走るわけです。

バラバラ殺人というと、犯人はすべて精神病質と思われがちですが、

こういったケースの場合、どこにでもいるような小心な、

小市民的な生活を送っている人物に多いそうです。

専門家は、「父親が大事にしていた陶器を壊しておそれおののき、



陶器と一緒にされてはたまりませんが、なかなか言い得て妙です。

ここで例に挙げられた事件ですが、

夫の愛人を殺した妻が、茶箱に死体をいれて運び出し、

ガソリンをかけて焼いてしまおうと思ったけど

うまく燃えてくれなかったからバラバラにした…とか、

愛人の夫を殺した男が、夜中に死体を解体、植木畑に埋めたとか、

痴情のもつれが多いですね…

男女間はシンプルが一番ということですね…



その2. とにかく相手が憎くて憎くて、殺した後も肉は肉、骨は骨、と

バラして怨念をはらす場合、死体を解体する作業は、

警察の眼を逃れるための消極的方法ではなく、

目的そのものになっています。

わかりやすい事件は、昭和7年東京・寺島で起きた”玉の井殺人事件”。

のこぎりで八つ切りにされた首、両手、両足、胴の上下が

それぞれハトロン紙にくるまれ、布が巻かれ、細紐で縛った状態で

下水溝に捨てられていた事件です。

これは建具屋職人の兄弟・妹が共謀して、

邪魔者(注:本書にこれ以上の詳しい記述なし)を殺したわけですが、

新聞に掲載された犯人たちの告白は、

『死体をバラバラに切り離す間、”恐ろしい”という考えは少しもありませんでした。

それどころか、彼の胸や足を切り離しながら、

”この手がこの俺を殴ったのだ”

”この脚が母を蹴ったのだ”

”妹の子を殺したのはこの手だ”と憎しみいっぱいの心でやりましたから。

むしろそうして体を始末しながら、少しずつ恨みが晴れていったような

気持ちがいたしました。』 というものでした。

誰でも人を怨んだり、憎んだりすることはあるでしょうが、

ここまで人を憎むことができるなんて… 

殺人という手段を取る前に、何か別の方法はなかったのかと思います。

余談:「バラバラ事件」という呼び名は、この事件を報道した朝日新聞が

初めて使用したそうです。



もうひとつ、相手が憎くて…という理由は同じでも、

こちらは同情の余地がまったくない事件です。

昭和29年、埼玉県入間郡(当時)で古屋栄雄(当時29歳)が

19歳の女性を襲った末に死体をバラバラにし、

胴体部分は肥溜に投げ入れ、畑や神社周辺に肉片をばらまき、

神社の本殿には切り取られた局部を置くという凄惨極まりない事件!

事件の根元は、結婚を約束した女性に逃げられ、

その怨みをはらすところにあるのですが、

悲惨なのは、逃げた女性と被害者の女性は別人だということです。

被害者は犯人と何の面識もなく、通り魔的殺人でした。

人違いだとわかった後も、犯人・古屋栄雄に反省の気持ちはなく

ただ「ドキっとした」と言ってます。

は~… どうしたらこんな人間が出来上がるんだろう…

古屋栄雄は小さい頃、脳炎を患ったのですが、

その後遺症がこの事件と関係あるかどうか本書では明言されていません。 

昭和35年死刑が執行されたのですが、

今だったらどんな判決が出るんでしょう。



その3. 死体を切り刻むことで、エクスタシーを感じるケース。

具体例として挙げられた「日本犯罪史上まれな危険きわまる殺人者」

高橋正彦が起こした事件は1件でけではありません。

高橋は幼い頃からネコを殺したり、肥溜に突っ込んだりすることに

快感を覚えていたらしく、それがネコですまなくなり、

16歳の時、7歳の幼女を殺す事件に発展します。

この時は性的な要因よりも、コオロギやトンボを引き千切って踏みつぶすような

サディスティックな快感によるものらしかったのです。

が、それが次第に性的要因を帯びた殺人になっていきます。

昭和43年元旦、高橋は東京・渋谷の連れ込み旅館で

女性の死体を解体します。

乳房はえぐり取られ、局部はナマスのように切り刻まれていました。

死因は出血多量、刺し傷は97ヶ所。

エクスタシーを求める事件の場合、ほとぼりが冷めた頃、

また次の事件が起きることが特徴です。

高橋も例外でなく、次の殺人を犯します。

そして昭和44年、東京地裁で2件の殺人事件と1件の殺人未遂事件で

死刑判決をうけます。

(精神鑑定結果は”精神欠如性精神病質者”)

高橋は幼少期から実母と離れて暮らさなければならず、

養母も彼の前から突然姿を消したことが、

彼の性格形成に悪影響を与えたと、自身の手紙の中に書き記しています。

それが殺人の理由になるとは思いたくありませんが、

彼自身にとっては求めても得られなかった裏返しの感情、

母親(女)への憎悪へと繋がっていったのかもしれません。



壮絶な事件が起きると、犯人の幼少期のことがよく話題に上ります。

虐待を受けていたとか、いじめられていたとか…

そういう体験は確かに辛いものですが、

それを釈明のように使うというのはどうなんでしょう?

多かれ少なかれ、誰にでも辛いことはありますが、

みんながみんな犯罪に走るわけではありませんし…

これはかなり(とても)難しいですね。







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最終更新日  2010年12月03日 22時26分41秒


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