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仕事帰り、夫から電話。 「桜きれいなところ見つけたから行こう」と。 満開でした。 桜見れてよかった。 今年は桜、見れずに終わるなぁ… と思ってた。 はまちも一緒にお散歩。 夫には私には無い 行動力がある。 いつも私ができないと思って諦めていることを 夫はなんの気なしにやってしまう。 なんだかんだ、感謝してます。 お互いにないものを補い合って 凸と、凹で。
2021.03.30

中学の頃からそんな自分に悩んで 心理から何から手当たり次第 いろんな本を読んできたけど、 やっぱり耳触りのいい言葉より 毒を以て毒を制すというか 同じ波長のものの方が腑に落ちる。 結局、自傷行為も同じことで それによって中和されるものがある。 それで精神をたもっているわけだから。 それを止めるのではなく、 その原因になるものと向き合うか それに代わるものを見つける。 そのうち自然とおさまっていくものだから。 歳を重ねるにつれて 様々な人達と出会いながら その中で私はよくなっていった。 同じ悩みを抱える人に出会って話したり 厳しくも信頼できる人に出会って 母親代わりみたいに育て直してもらった。 自分を全肯定してくれて自分が存在していいんだと 思わせてくれた人がいた。 結局最後は自分自身なんだけど 手を差し伸べてくれたり、 助けてくれるのは周りの人だから。 時にはその手を離したり せっかく手を差し伸べてもらっても その手を掴まなかったり… それでも周りの人達はだからといって 私を嫌うでもなく、本当に無条件に愛をくれた。 その人達とも、いつしか離れ離れ。 また出会うべき時に出会えるだろう。 それともうひとつ、 "歳月が解決してくれる" ってのは、本当だと思う。 今にあの頃の気持ちになれと言われても 同じようには思えないから。 私も疑ってた。 この苦しみはそう簡単には消えない。 一生このままなんじゃないかって。 …10年、15年は掛かりましたけどね。 なんだろうな、ずっとは続かない。 永遠ではない、それだけは言える。 周りも、人も、自分も、移り変わる。 例外なく、誰もが。 結局、自分を変えていけるのは 誰でもなく自分自身であるということ。 この私とずっと共にあるのは 私自身であるということ。 渦中にいるときは、永遠のように思える。 その場所が世界のすべてのように思える。 でも、決してそうではないということ。 時は味方。 すべてはそれに尽きる。
2021.03.29
私は物心ついたときから、 "自分を傷つけるものは許さない"って 思ってた。 小学校低学年くらいからかな。 くぎとか、バラの棘とか、金属片とか 拾って集めてはポケットに入れて持ち歩いてた。笑 何かに襲われたらっていつも シュミレーションしながら生きてたな。 でも不思議と親に対しては そんな思いはこれっぽっちも湧かず、 やられっぱなしだった。 私が言うことを聞かないからと叩かれた。 帰りが5分でも遅れると真夏でも雪の日でも 父親が帰ってくるまで3時間以上外に出された。 毎日宿題とお高い教材のドリルを 学校から帰ってやるのだけれど 自分の部屋だとうたた寝してしまうから 階段に電気スタンドを持っていき 階段を机にして勉強するんだけど ついうとうとしてると、背後から蹴られる。 頭を階段の角に打ちつけられて、 「まだ眠いか!!」と髪の毛をひっぱられ 家中を引きずり回される。 私、たんこぶってぶつけたらなるもんだと思ってたけど 髪の毛をひっぱられても、頭はボコボコになる。 その辺に髪の毛が散らばって、 「汚いから拾っておけ。」と言われる。 靴が揃ってない。 床のものを蹴った。 トイレの扉が閉め切れてない。 怒られたら冷蔵庫に貼ってある紙に 正の字を書いていく。 その正の字分、夜にまとめて 孫の手にテープを巻いて 強度を上げた棒で手や足を叩かれた。 爪を噛む癖が直らなくて 水曜日は爪を見せる日。 当然伸びてないから叩かれる。 顔を殴られて目の上に青あざができても 先生には「たんすにぶつけた」と言い、 毎回口の中が切れて血の味がしてたし 鼻血もよく出た。 腕や足、背中はミミズ腫れとあざ。 「アホ」「マヌケ」「嘘つき」 基本名前ではなく「くされ」と 呼ばれる。(差別用語ですね。) 褒められたことは一度もない。 毎朝、昨日できなかったドリルが 全問正解するまで朝学校に 出してもらえないので分団登校に遅れる。 ちょうど追いつけなくなった頃に 出されてひとりで登校した。 肉体的にも、精神的にも これでもかと言わんばかりに 傷つけられ、苦しめられた。 でもその毎日がずっと普通だと思っていた。 中学に上がって、仲良くなった子も一人っ子。 でも、恵まれた一人っ子で 怒られることも殴られたことも一度もないと… それが普通だと知った時から 私の中で怒りと憎しみが生まれて 自分の自尊心のあまりの低さから悩み だんだん病んでいった。 私が悪い子だったから、 言うことを聞かない子だったから 躾としてやっていた。 親はそう言った。 でも、私が大人になると冗談で 「いつ私ら殺されるかわからんな。」 って笑って言っていた。 私も「そやで。」と笑う。 親はいたって普通の人。 専業主婦にサラリーマン。 ただ、母は片親で姑達によく思われてなく 歓迎されなかった。 最初は一緒に住んでいたけどいじめられて 家を父親と二人で出てきたらしい。 当時ノイローゼぎみで それから私を産んだけど 上手く思い通りに何事もいかなかったから そんな風な現実になってしまったんだと私は思う。 だから誰が悪いでもなく、 状況や環境が人をそうしてしまうということ。 私は思った。 母と同じことをしていると。 母が私にしてきたような意地悪な考えが 私の身に染みついている事を思い知る。 自分がやられて嫌だったことはやらない。 そのつもりが、やってしまっている。 事は違っても、同じようなもの。 私の中にも受け継がれてしまっている。 虐待は繰り返すという。 だから私も子どもはいらないと思う。 自分にもそういった気質があるということ。 それはもう、ずっと学生の頃からわかっている。 その頃も言われた。 「あなたは母親になるよりも 子どもと同じ目線で子どもと 関わりを持つことの方がいい。」と。 カウンセラーの人も言ってた。 私はずっと子どものままだと。 今もそう思う。 私は永遠に子どものままだ。 でもなぜだか、周りはそれを許してくれる。 …きっとそんなの関係なく、 子どもっぽい性格なんだろうけど。笑 親を恨んでいるかと言われると 今はもう恨んでもいない。 もう十分だと思った。 私も病んで、親もそれがわかっていたと思う。 小6の頃、初めて腕を傷つけた。 手芸用のカッターで、十字に切りつけたのが始まり。 お守りみたいなものだったか、 暗示みたいなものだったか。 無意識にやってた。 だから隠すこととも思ってなくて。 親はその傷を見て、 「そんなみっともないことは止めろ。」と言った。 それっきり腕のことには触れなかった。 中学になって信頼できる友だちもできて そんなことはしなくなった。 本当に仲が良くてなんでも話せた。 でも、その子は高校も離れて 変わっていった。 そのことでまた病んでいった。 腕を切ることが常習化して 傷も深くなり増えていった。 漠然とした正体不明の不安に襲われ 何か嫌なことがある度に切りつけた。 そうするとすっきりした。 死にたいからやるわけじゃない。 切ることで その時あった辛さや苦しみから 即座に解放される。 痛みによって、脳内麻薬が出る。 それが癖になって辛いことがあると 繰り返し切ってしまう。 もう、依存症なんだろうね。 酒とかタバコと変わらない。 体がそれを受けつける、だから切る。 だから止められない。 止めろと言われても、それ以外の解決策が見つからない。 酒タバコが止められないのと同じ。 体を傷つけているのは同じ。 なのに大人は止めろという。 その頃には完全に心を閉ざした。 カウンセラーにも心療内科の先生にも 本当のことなど喋らなかった。 人に話してどうにかなるわけでもないし 薬飲んだからってぼーっとして 廃人になるだけだし。 高校は2年あたりから途中から行ったり 途中で帰ったり(どこかで時間潰して帰る) 過敏性腸症候群も1年後期から発症して 授業中が辛かった。 単位ギリギリ間に合うようには行って ある程度はなんとかなった。 学校は楽しかったし、なにより大好きな図書館があったし、 友だちにも恵まれたし 悪いことはひとつもなかった。 ただ自分の内だけが荒れていた。 ただそれだけ。 高2の冬、首を吊ろうとしたが失敗。 目の前が砂嵐になって真っ白になっていって 死ぬのか…って思ったとき、なぜか "親にわるい"ただそれだけが頭の中に。 泣いたよね、ただその後は泣いた。 なんであれほど親を憎しみながら私は そんなことを思うのだろうって。 その後何も知らない母が外出先から帰ってきて 「大判焼いまから焼くけど食べるか?」って。 そのときの大判焼がなぜかすごく美味しかった。 高3の頃、現文の先生が私の小論文を褒めてくれた。 私は臨床心理士になるため大学進学を目指してた為、 小論文のお題をもらい、毎回放課後に 出しに行っていた。 その先生は、授業中突っ伏して 寝ている私の腕を見て気付いたらしい。 いつだったか、虐待についてのお題が出た。 「これはリアリティーがあるけど 実体験なの?折檻を受けてたってこと?」 いろんな話をした。 夜遅くまで話を聞いてくれた。 「もう哲学の領域だね。」なんて笑いながら。 なにかアドバイスするでもなく、 ただただ聞いてもらえてるだけでよかった。 辛いのを辛いままで受け止めてくれる人がいる。 無理強いすることなく、ただ淡々と。 切ることも止めろとは言わなかった。 へんなポジティブ論もなく。 むしろネガティブだったけど。笑 そしてひとつだけ言ったのは 「早く家から出ること。」 …結局30手前まで家にいましたけど。笑
2021.03.28

最近のわたしは とても穏やかではない。 思いやりの心がない。 気がつけば文句ばかり言っている。 (夫にのみだけれども…笑) 自分を損なわずにいられる関係作りが大切だ。 でも、それにも限度ってものがある。 度を過ぎれば、ただ相手が苦痛なだけだ。 私は結婚願望はなく、 人と暮らすなど考えたこともなく、 人に気を遣いすぎてしんどくなる 自分には我慢し続けたりすることは 精神衛生上、ムリなことだと思っていた。 だから、結婚を決めたただひとつの理由は なんでも言える関係であり、 自分を損なうことなく対等に 渡り合える関係であること。 好きとかへったくれよりも。笑 毎日のことなんでね、 いかにストレスレスでいられるか。 毎日相手に気を遣うなんてムリです。 せめて家だけでも、 自分を解放したいじゃない。 だから夫には、"結婚したからこう" などと理想は語らせないし、 ちゃんと言葉にして現実はどうであるかを 知らしめている最中にございます。笑 でもね、最近行き過ぎてるかなと… 対等であるはずが、私が一方的に強く言い過ぎている。 そしてなんでも反論せず謝る夫… なんか違う、頭ではわかってる。 でもそうなってしまう。 私は、気を許せていると思っていた。 でも実際は、"自分を損なう人間は 誰であろうと許さない" っていう気持ちが根底に根強くあるんだと 考えていて思った。
2021.03.27

私が初めて"死"を意識したのは 小3くらいの頃か、 国語の時間に読んだ 『ちいちゃんのかげおくり』 そこで初めて戦争を知った。 なんともいえなく悲しくて。 図書館がすきでよく本を借りて 入り浸ってた私は、戦争について知りたくなった。 そこで初めて手に取ったのは 『おきなわ島のこえ』 『ひろしまのピカ』 …どちらか忘れましたが、 多分同じ日に読んでます。 戦禍の中、黒焦げで皮膚をぶらさげたまま 彷徨う姿、母親が子どもを抱いたまま 息絶えている姿、 太ももから下が無い人… 絵本であっても初めて見る惨状に 小3の私はワケがわからず。 だって、人間がこんな死に方するなんて 知らなかったから。 私と同じ人間に起きたこと? 私と同じ人間がしたこと? 私はそのことに とても衝撃を受けた。 同じ人間がこんなことを? 同じ人間がこんな目にあったの? どんなに辛い、どんなに…って。 その日から、なんだか生きてることが わけわからなくなった。 なんていうか…死に対する恐怖。 この世界が、人間が、こんなことを するという事実。 そんな中に自分もいて、 いつそんな目に遭うかという恐怖。 世界を、信じられなくなった。 その瞬間に、今まで一緒くただった 自分と世界が、完全に引き剥がされて 二分化された出来事でした。 それからも図書室にある戦争ものを読み続けた。 『対馬丸 さよなら沖縄』 沖縄から疎開するが、船が沈められる。 これもトラウマ。 死んだ友達が流されていくところとか 人間の醜い争いとか。 『はだしのゲン』『ピカドン』も 後々観たけど… どれもトラウマものです。 ひめゆり学徒隊もとくに印象に残ってます。 ガマの中でのやりとりが 泣けてしかたなかった。 あと、母親が米兵に殺されるくらいならと 我が子を泣く泣く殺したり、集団自決したり… 日本兵が赤子は泣くから見つかると 子ども達を殺したり… もう、敵も味方もないんだなって。 壕の中に爆弾を投げ入れられたり 火炎放射器で燃やされたり、 我慢しきれず出て行くと撃たれる… 人間の沙汰じゃないよね、地獄絵図でしかない。 夢にまで出てきてうなされた。 それでも、なぜか知りたかった。 知らないといけないと思った。 人間の所業を。 それからずっと"死"に取り憑かれてる。 …トラウマかな、もう。 まだ形が整わない柔や柔やな心には とてもじゃないけど受け止めきれなかった。 それまで一番怖かったのは、 盆踊りの日だけに出される地獄絵図だったな… おばあちゃんに毎年連れてかれて、 「嘘ついたらこの閻魔大王様に 舌引っこ抜かれるから嘘ついちゃだめよ。」 …ってね、その日だけは反省した。笑 それなんか、戦争に比べれば全然だった。 想像上のものより、人間のすることの方が よっぽど残酷で惨たらしく無慈悲だ。 …それが人間への不信感が 生まれた瞬間でもありました。 この世のなにが信用できるのか。 子どもながらに疑問に思い、 今も思い続けている。 この世が地獄だとはよく云う。 死んだあとが無だとすれば 今このとき"有"というものは地獄でしかない。 …生きてるだけで高い税金 支払わなきゃならなくて、 住むところさえも高いお金とられて 結局は国の所有物、奴隷でしかない。 今の時代、肉弾戦でなくても、 誰かが手を下さなくても 人を殺せる時代。 就職困難、低賃金、多忙、ストレス 鬱、虐待、いじめ、誹謗中傷… 死んだ方がマシな社会のシステム。 毎日毎日電車に飛び込む人達。 命の散り方は様々だ。 だけど、その散り方を 選ばざるを得ないような状況はきっとおかしい。 "命を大切にしよう"とか、 口先だけ綺麗事だけではなくて。 そんなことはわかってる。 大切にしたいのに、この社会が その気持ちを失わせてしまう。 その人個人だけが問題なのではない。 その周りにある環境も問題なんだ。 …生きてるって辛い。 だけど、先人達が死ぬ想いで 繋いできてくれたから、わたしたちの今がある。 ご先祖さまはすごいんだな…って どんなことがあっても ここまで繋いできてくれたんだから。 嫌気がさして死んでしまいたくなったら 死ぬ気になって全て投げ捨てて 自由になって生きてやる! もうやけのやんぱちだーーー!!笑 それでも平和な日もあるから。 幾分かの肉体的、精神的な自由があるから。 苦痛もなく泣かなくていい1日が こうしてあることだけでも 有難いことなんだ。
2021.03.21

生きることは苦行だと、 16くらいから私は思って生きてきた。 生きてる限り、この体がある限り 病や死、様々なことに怯えながら 生きていなければならないのだから。 死んだらすぐに終わる苦しみ。 なのに死なない。 そのままで今に至る。 でも、死んでしまえば永遠に終わる。 ならば苦行であってもこのあと60年 あるかないか分からない人生っていうのは あっという間の一瞬なんじゃないか。 そう思うと、どうにでも 生きてやれって思うよね。笑 辛いこと、悲しいこと、沢山あるけど 毎日の中でそれが無い日なんてありえないけど 人間に生まれて生きているって そういうことなのかな。 考え続けてしまうから辛くなる。 でも、考え続けることを止めることができない。 ここ何年かの間で祖母も祖父も 認知症になった。 祖母は2年前に亡くなった。 皆同じように忘れていく。 人の顔、誰だったか。 ちょっと前まで何してたか。 何を食べているか、いつ食べたか。 もう、日常生活もままならず わけも分からずに。 ただただ出されたものを食べて寝て。 自分が好きだった物事も忘れ、 ただただ目の前にあるものだけを じっと見ている。 この人誰だっけ? あれがない、どこやったっけ? これは何に使うものだっけ? これは食べていいものだっけ? きっと毎日その繰り返しなんだろうな。 介護する周りの家族は ただの厄介者扱いをする。 また嫌がらせみたいなことして。 わがままばかり言って。 でもね、思った。 本人には、忘れていくことの恐怖 思い出せないイライラ、そんな自分との葛藤、 人に言えなくて孤独感に苛まれているんじゃないかって。 最近、祖父が頭痛がして吐いた時、 ぼそぼそと何度も呟いてたらしい。 「迷惑かけるから 早く向こうへ連れてってくれ…」 いつも何も分からずに自分の意思もなく ぼんやりしていた祖父が そんなことを考えていたなんて。 どこかまだらに正気に戻る時があって。 そんなとき思う。 どんなに辛いだろうって。 死んだ祖母も我に返った時によく言っていた。 「迷惑かけてごめんな、本当にごめん。」 …本人には少しずつ我を忘れていく恐怖と、 計り知れ無い絶望感があるんじゃないか。 そう思うとね、 脳が壊れて機能しなくなっていくというのは どんな病気よりも恐いことなんじゃないかと思うの。 自分を忘れていくことは なによりも恐い。 自分が何をしているか わからなくなるのは。 自分の存在意義を失うのは。 そうして自分の人生の最後を わけも分からずに終わらせてしまうのは。 考え続けられるってことは 幸せなんだなって思う。 どんなことも、それを考えてる自分、 そんな自分を認識している今が あるってことが幸せなことというか。 当たり前じゃないんだなって。 考えられるってことは尊いことなんだなって。 考え続けることは辛いかもしれない。 でも、考えられなくなることは きっともっと辛い。 生きてることが苦行だとしても それを受け入れて考えて生き続けるということ。 死に向かっていくだけなのだからと諦めずに その間にどれだけ生きるということを考えて 毎日ひとつずつを大切に生きていけるか。 そんなことを、いつも私は思ってる。 …そうじゃない日もあるかもだけども。笑 毎日大切にとは考えられない日もある。 生きてるなんてくそくらえ!って日もあるし。 それでも何かしら考えない日はない。 それはね、生きる為に考えてるんだと思う。 醜悪さらす日もありますよ。 でも善いことも悪いことも分け隔てなく。 自分が考えることに嘘はいらない。 善く思われたいが為に 悪とされる感情を隠す事もない。 自分のなかに一貫性のないものが あったって別にいい。 毎日違う意見になるのも当然だ。 毎日変わらず同じ自分なんていないから。 その日の出来事、環境、いろんな影響を受けて 毎日どこか違う自分がいるのだから。 考えられるうちは いろんなことを考えておこう。 この生涯、この苦行、 そんな時間を与えられたことは とてもレアでラッキーなこと。 生きているあいだにしか 考えられないのだから。
2021.03.14

忘れない。 計り知れない悲しみを。 どんな言葉を尽くしても足りない。 それでも明日は続いていく。 あわてずに、ゆっくりと。 どうかこの一日が 安らかでありますように。
2021.03.11

"人の不幸は蜜の味"という。 なにも変わらないいつも通りの 毎日への新しい刺激。 同じ境遇での共感。 自分と比較しての安心、慰み。 そんなところかな。 人間は人の幸せより 人の不幸のほうが好き。 好きというより、興味がある。 人の幸せより刺激になるから。 不幸ってのは、非現実に近い。 だから気になってしまう。 でもしかたない。 そういうものだから。 そんな自分を責めることもない。 ダメなことだと思うこともない。 人間、誰しも。 それが、正常です。
2021.03.09

どんなふうに生きていても 気付かぬうちに誰かを傷つけてしまう。 自分を、大切なものを守るために 他のものを敵とみなし、闘ってしまう。 自分が生きているだけで たくさんのものが傷ついてしまう。 …そんなこと言ってたら キリがないんだけれども。 そんなこと考えてても 仕方ないんだけれども。 知らぬうちに傷つけられているのは 自分も同じで、お互い様なのだけれど。 生きていれば、しかたないことか。 許されることなんだろうか。 許せないことが増えていく。 些細なことなのだけど。 忘れていられるようなことだけど。 人と自分のあいだに線を引く。 "わたしは自分を、自分の大切なものを 守る為にあなたを敵とみなす" そんな気分、ダメだとわかっていても "みんな同じ人間" "隣人を愛せ" そんな風に思えない。 綺麗ごとにしか思えない私は ひねくれてるのかな。笑 昔はね、そんな綺麗ごとを マネていた時もあった。 でもそれはすぐに崩される。 そうできるかは、時と場合による。 その時点で私は、修行が足りない。笑 でも、そうして自分の気持ちに 嘘ついてるのにも疲れた。 だから今は、自分のなかにある 黒い気持ちにも正直に生きてる。 善人になりたいわけではないから。 私の目標は善人ではない。 そう気付いたから。 自分のなかにある黒い気持ちを 覆い隠して善人面してニコニコ笑って 幸せなフリをしながら生きるなんてのは 私のしたいことではないし、 そんな表面だけの見せかけに 無駄遣いするような時間もない。 私は善人ではない。 自分が好きなように生きる。 ただ、気付かぬうちでも 人を傷つけたくはない。 被害は最小限に抑えたい。 …人と関わらなければいいが、 そういうわけにもね。 自分がすきなように。 でも、人はなるべく傷つけないように。 難しいことだけれど。 人との関わりなしには 生きていけないから。
2021.03.08

もうすぐ、美容院へ行かなくなって 2年が経とうとしている。 今はセルフカット、ここ最近になって 白髪が5、6本見つかってショック。笑 気分転換にヘナで染めてます。 美容院に行かなくなった理由は、 学生の頃から通ってた美容院で 「これからは1万以上の お客様しかとらないことにした。」 みたいなことを言われたから。 ずっとカットだけで(たまにカラー) 4700円で通ってて、色々勧められるわけですよ。 (それが商売だから…) でも私はいつからか、 体に不自然なものは使いたくなくなった。 だから、カラーの薬剤もイヤだったし トリートメントとか言って 塗りたくられるのもイヤでした。 香料の強いシャンプーもイヤだった。 だから、美容院自体がそもそも好きでなく…。 でも、髪型変えるのは好きで しょっちゅう行ってたのだけれど。笑 15年くらい通っていましたが。 なんだろう?途中から話のなかでも 「前お客さんから予約したのに30分も 待たされたとか怒って言われてさ。」とか、 「文句言う客はいらない。」とか 結構お客さんを選んだり、 見下げた言動が多くなってきて。 最終的には金払い悪い客は来なくていいと。 …なんか、経営の闇を感じる。笑 美容院なのにいろんな商売始めてたし なんか、なんかね。 バイトの子もすぐ変わって次行くといなくて 最終その人ひとりになってるしね。 …もう、行かない。 そして、美容院行かない。笑 セルフで十分。 誰にもバレないし。笑 ヘナは最初えらいこっちゃだった。 髪バサバサゴワゴワで。 まだシャンプーもケミカルなの使ってたからか。 ケミカルシャンプー→ノンシリコン→ 石鹸シャンプー→ハーブシャンプー → ガスール で、今に至るので、 先週久々に染めたときは とてもツルツルでサラッとなって感動した。 これ、食べれそうでしょ? 生卵入れてみました。 なんか…艶が出るとか出ないとか。笑 あ、これ続けるといいことあるなって 予感がしてます。 ただなかなか牧草のような匂いには 慣れないけれど、 そのうちなくなっていくので。 自分でできることは、自分でしたい。 人に触られるのが嫌ってのもある。笑 苦手なのよね、どうしても。 時間もとられるし、気も遣うし。 ひとつ、外注せずに自分でできることが増えた。 …特に他に外注せなあかんもんもないけどね。笑 なんだろうな、自分に関係することは 最小限に抑えたい。 面倒なことに大切な時間をとられたくない。 時間は一番大切なものだと思うし、 自分の時間なのだから自分がすきなように使う。 無駄なものには譲らない。 必要と思わせられてるものに 私の時間を奪わせない。 洗脳されない、影響されない。 …ひねくれてますか?笑 ほんとうに必要なものなんて そんなに多くないはずです。 必要なものだと思い込まされているだけ。 それが必要ないと考える頭を 持たされなかっただけ。 その必要ないのに必要だと 思い込んでいるものは大抵 "見栄"のためのものです。 必要ないものを捨て去るのと 見栄を捨て去るのは同じこと。 ほんとうに必要なものはとても少ない。 それだけで生きていくのは 若い頃には難しいかな。 元々無欲なら話はべつだけれども。 私も今はそんなに欲が無いので それで生きていける気がする。笑 なにも信じない。 物も、人も。 だからかな、冷たいと言われるけど。 でも不変なものはないでしょ?って。 今目の前のこの瞬間の私とあなたを 信じることはできても、次の瞬間からは また別の話だと。 信じる信じないじゃなくて そういうものなんだって。 すべて時間も物事も人も流れていく。 だからそこに留めて信じる信じないを 論じたところで もう物事は刻々と変わっていってるわけで。 だから私は流れるままに考えるし、行動する。 とどまらず、執着せず。
2021.03.04

自分が思ってるほど 現実は絶望的ではなく、 自分の思い込みほど酷くはない。 いろんな解決策、道はあるもので。 自分の中で思い込んで話を悪くして 悪い方悪い方に考えが向いていく。 ひとりでいると、ろくなこと考えない。笑 やっぱり"話す"ってことが大事だなと。 夫が嘘ついてるかも… 夫はこう考えてるかも… って自分のなかである事ない事考えて 頭の中でぐるぐるぐるぐる…… 勝手にイライラ、どうして?なんで? 最悪、人でなし!!(ひどっ…) …って、1日考え続けて 言ってやる、絶対言ってやる 家出てってやる! 家に帰って、夫の顔見て 疑念の思いを全て話したら… 疑念、晴れました。 私の予測違いでした。笑 だめですね、考えすぎても意味がない。 自分の中で悶々と考え続けず、 人と向き合って話し合うことが大事です。 私は、最初が肝心だと思い、 夫にはイヤなもんはイヤ、 それくらいは自分でやってくれ、 家事でもなんでも私は奴隷じゃないからなと 常々言って、 "結婚したらなんでもやってもらえる" という固定観念、洗脳を解いて 逆洗脳している最中でございます。笑 なんでも、口に出して伝えること。 遠慮なんか無用。我慢なんて無用。 私にとってそんなことしなきゃならない間柄なら 一緒にいても辛いだけだから。 距離感は大切ですけどね。 今はそれを勉強中です。 怒りをすぐにぶつけないとかね。笑 難しいね、相手があることは。 全てを理解し合うことは無理だとしても 自分の思い、考えを話せば伝わる。 理解してもらおうではなくて 知ってもらおうってこと。 知ってもらうことで、 理解への道は開けるのだから。
2021.03.03
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