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DHD児みつき、この4月に小学校入学。 まったく想像できなかった小学校生活は、 いい意味で完全にパパママの予想を裏切り、上々のスタートとなった。 入学式もコンサータを飲んで登校。 入学式の前の週に前もって学校訪問し、入学式の状態を先生から説明してもらっていたみつき。 新しい校長先生とコーディネーターの先生のお二人は、とてもみつきに好意的に接してくれて本当に安心した。 入学式からずっと、平日は朝7時20分にコンサータを服用する。 コンサータの効き目が約12時間なので、だいたい夕飯が終わるころまでは効いていることになる。 萌々ちゃんを執拗にからかうことがなくなり、 テーブルのまわりをやたらめったら走り回ることがなくなり、 大声で奇声をあげまくることもなくなった。 こちらからの話もとても通りやすく、頼んだことがきちんとできる。 気がつくと、みつきを怒鳴ることがなくなってきた。 怒るどころか、褒めることだらけなんだもの。 普通の家庭はこういうものか、と、今までの生活のあわただしさをしみじみと思ったりする。 学校から帰ると、私がなにも言わなくてもさっさと宿題を取り出し、 私にあれこれ説明したり聞いてきたりすることもなく宿題に取り掛かる。 先週はひらがなプリントだけだったのが、 今週からはひらがなプリントと算数のドリルの2つになった。 ひらがなプリントに関しては、最初に親向けにやり方の説明のプリントも入っていたが 算数ドリルには何の説明もついていない。 「これ、どれだけやるの?」とみつきに聞くと 「ここと、ここの、開いたところをやってきてって先生が言ってたよ」と ちゃんと先生からの話も聞いて理解している様子。 自分で分かっているようなので、あえてノータッチで放っておく。 ひらがなプリントに関しては、12個あるマスすべてに文字を書くが ちょくちょく真ん中あたりのマスを飛ばしていることがある。 算数ドリルは、問題を読まずに始めたらしく、途中で「あっ!しまった!ちがっとった!!」と自分で必死で直していた。 みつきが遊びに行ってから、ちゃんとできているのかどうか こっそりランドセルから出して見てみると ADHDの私、やっぱり視覚認知の弱さで目がチカチカして、 手でひとつずつ追わないと合っているかどうかの確認ができない 結局、休みで家にいた旦那に見てもらうと、全部合っていたそうな。 みつきは私と同じタイプで視覚認知がかなり弱いはずだったから、 あのスピードであっという間に終わらせたところを見ると、 やっぱり薬の効果で集中しやすくなっているのか。 担任の先生からは、どうなることかと自分でも予想ができなかったが ふたを開けてみれば、とにかくみつきは何も心配することはない、とのこと。 指示もよく通り、休み時間と授業時間の切り替えもきちんとできており、 まったく落ち着いて毎日過ごしていますよ、と。 クラスでの自己紹介の時などもとてもはきはきと話し、 将来、車とバイクの免許を取りたいです、と言ったらしい(はじめて聞いた)。 時間割に関してはまだ暫定的なものでしか進んでいないけれど 毎日、「明日の用意するよ~」と声をかけ ランドセルの中からいったん全部を取りださせる。 残っている他の教科の教科書もそこへ加え、 まずは「毎日必要なモノをランドセルに入れて」と声をかけると みつきは連絡ファイル、連絡帳、下敷き、筆箱、をランドセルに入れる。 次に、明日の時間割を読み上げる。 「こくご、せいかつ、おんがく」とよみあげるたび、みつきが返事をしながらその教科書をランドセルに放りこんでいき、終了。 ちなみに、1年生の教科は、たいてい教科書1冊だけなんだけれど こくごは教科書&ノート、さんすうは教科書&教科書の追加版&ノート で1セットなので、 ADHDの私が子どものころ苦労したのを思い出し こくごとさんすうのみ、それぞれプラケースに1セットずつセットした状態で扱うことに決めた。 こうすることで、時間割が「こくご、せいかつ、おんがく、さんすう」だったとしても 「ええと…こくごは教科書とノートで…おんがくは教科書だけで…せいかつも教科書だけで…さんすうはこれとこれとこれと…」という ややこしい状態にならなくて済む。 こくごはみどりのプラケースをそのままランドセルに放り込み、さんすうはブルーのプラケースをそのままランドセルに放り込むだけ。 もしかしたら先生によっては、 そうやってプラケースに入れずに自分で時間割をやるように練習しましょう、と言う人も出てくるかもしれないが 私は、自分が子どものころさんざんそれで苦労した経験があるので それができるようにと毎日毎日無駄な労力を使って忘れ物をするよりも、 自分の苦手なことに対しては 「それを補う方法を考えて利用するという知恵」を身につけてもらいたい、と思っている。 それこそ、目の悪い人がメガネを使うのと同じことだ。 人と同じ形でやらなければいけないということはない。 得意なことはどんどん生かし、 苦手なことに関しては何か方法がないかと知恵をしぼる生き方をしてほしいと思う。
2009.05.22
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ミクシィにも書いた日記を、こちらにも。最近はミクシィが多いので、こっちへ来てくれていたみんな、ありがとう。ミクシィでは、「なみえ」で日記を書いてます。連絡していなかった方々、ごめんね!!!ミクシィへ来て~。--------------------------------------------昨日、世界仰天ニュースで、 「片付けられない主婦」を放送していた。 そして、「ADHD」という脳の障害であることを伝えていた。 ADHDのみつきと一緒に、この放送を見た。 片付けられず、 業者にも依頼して手伝ってもらいながら それでも捨てることができず、 何度も何度も業者の作業を中断させてしまい、 途中で洋服の山の真ん中に座りこんで 分類できない自分の情けなさに泣き、何度も涙をふきながら ひとつひとつ迷いながら服を袋へ放りこんでいる主婦の姿。 まさに、ほんの少し前の、 片付けができなくて途方にくれて ごった返した部屋の真ん中で泣いていた私と同じ姿だった。 番組は 白井さんというADHDの女性の(ADHD界では有名) 小さいころからの生い立ちを紹介した。 みつきは、それを見ながら 「ぼくとおんなじだ………」とつぶやいていた。 そして、その後に、 洋服の山、片付けられていない洗面所、ゴミの山のようなキッチン、 その中で泣いている主婦、 そういう映像をずっと黙って見続け、 「ぼく、あんなふうになるの?こんな病気いやだ」と しくしく泣き出した。 「ママもこれとまったく同じだったんだ。 でも、今は、お薬も飲んでるから、お部屋はきれいになったでしょ? みつきも、お薬飲んでるでしょう。 だから、これからのみつきは、なんだってできるんだよ。」 そう話したけれど、テレビで見たADHDの人生は、 彼にとってはとてもつらいものだったらしい。 うん、分かるよ。 私もね、この放送と全く同じ人生を生きてきたんだ。 「ぼく、いやだ。ADHDっていう病気、ぼく、いやだ」と みつきは寝つくまでずっと泣いていた。 大丈夫。 私がついてるよ。 パパがいるよ。 ももちゃんがいるよ。 いつまででも、ずっとママが寄り添っていこう。 ママが死んだ後もずっと、 みつきを助けてくれる人をいつだってそばに呼び寄せてあげよう。 大丈夫。 一生懸命生きていたら、神様がきっと味方になってくれる。 人はね、幸せになるために、生まれてくるものだから。
2009.05.21
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