離人症の器

離人症の器

PR

×

プロフィール

凪2401

凪2401

カレンダー

2011年02月27日
XML
カテゴリ: 雑感。
先日、長い長い時間、認知症を発症した家族の介護をしてきた方の、
家族と過ごした年月のお話を聞く機会がありました。

業務の中で、家族の支援に私が直接携わることはあまりないのですが、
お話を聞くことは度々あります。

私は自分自身も離人症という1つの病を生きる者として、
患者さんやご家族の方の苦しさを理解できることもあるかもしれないと思っていましたが、
その喜びについては、殆ど考えたことがなかったな、と気づかされました。

苦しいことに想像力を働かせて、そこを軽減するよう援助することも必要ですが、
援助者がその中でこそ生まれる喜びもある、ということを全然知らないのでは、

勿論、そこにいたるまでは、長い長い時間を必要とするのでしょうけれど。


お話を聞かせてもらっていて、その言葉にこめられた温度を、
これほど実感できたことがあっただろうか、と思いました。
乗り越えた人間の言葉は、何より強いのですね。

普通の言葉を、普通ではない強さを持って語ることができる。

援助者はこうあるべき。教科書や本に載っています。
心と心のつながりを。尊厳を大切に。個人を見ること。

教科書で読んでいる分には、はいはいわかってます、という風になるわけです。

ともすれば「きれいごと」とさえ言われそうなこういった言葉を、
ぐっと胸に突きつけられることがあるのだなと、初めて感じました。

使いまわされた言葉です。ありきたりな言葉とさえ言えるかもしれません。

何よりも強い力を持って。

伝わらない、ということに、言葉の無力さを感じることはしばしばありますが、
言葉の強さを感じる機会というのは、なかなかありません。

自分自身の援助者としてのあり方を考えるだけでなく、
その言葉の温度まで信じさせてくれる、すばらしいお話でした。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2011年02月27日 09時32分22秒
コメント(0) | コメントを書く
[雑感。] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: