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凪2401

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2011年09月18日
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カテゴリ: 絵。
遂に、青森県立美術館で開催中の印象派の企画展に行ってまいりました。
ドイツから巡回してきて、日本では青森県立美術館でしかやらない展覧会ということで、
行きたくて行きたくて、うずうずしていたわけですが、やっと連休をとって行きました。

うずうずしていたわりに、印象派はそれほど好きというわけではなく、
むしろポスト印象派と呼ばれる人たちの辺りが好きな自分だったので、
まあ、そんなに長居はしないよと、一緒に行った家族には言っていたのですが、
気がつけば企画展しか見ていないのに4時間以上……堪能してきました。
家族しか付き合ってくれないですね、こんな長時間……

印象派の画家たちの面々も勿論堪能したのですが、

これ、一度は見てみたかった絵画でして、これだけでもう満足。

ゴッホは風景画1作品しかなかったのですが、
モネ、ルノワールと点描画を描いた画家達などの印象派だけでなく、クールベまで!

と、びっくりマークを珍しく多用するほどの満足度でした。

私にとって、絵を見るということは、画家とのコミュニケーションです。
美しさとか、技法とか、価値とか、そういったものに目を奪われる以上に、
どんな心の動きが画家達に絵筆をとらせたのか、という想像に心を奪われます。

実際の作品を見るということは、カンバスの前に立つということで、
画家がかつていた空間を一部ながら共有することでもあります。

カンバスを見ながら、筆の痕を追いながら、
画家がそのカンバスの上に絵の具を置いていく姿を想像するだけで、


印象派と呼ばれるカテゴリの絵画は、絵画を意味から解き放ったという点で革新でした。
印象派により崇高さやおごそかさ、静謐さから解き放たれた絵画は、
現代では美からも解き放たれようとしていますね。

ただ、私は現代アートはそんなに好きというわけではありません。
それは印象派やセザンヌやゴッホを認めなかった、同時代の人たちと同様に、


ただ、美しいとは思わなくとも、心惹かれるアーティストがいるのも事実。
それが私の場合、もう故人になってしまった石田徹也さんです。

彼の絵を見ていると、こんなにも深い優しい孤独があるのだろうかと言葉を失い、
その圧倒的な孤独さゆえに、自分が抱える孤独さえ癒されるような気がして。

芸術でも文学でも、表現というものは表現した先から受け手にゆだねられるものですが、
そのコミュニケーションのありようは、魅力に満ちていますね。






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最終更新日  2011年09月18日 10時09分44秒
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