2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全19件 (19件中 1-19件目)
1
北に進んでいく。山道に入ると急カーブや細い道になりり、それを通り越し断崖絶壁の終点にポロル渓谷の展望台がある。車は、5台ほどしか駐車できないが運良く1台分空いていた。ワイピオ渓谷とは、違った趣だが素晴らしい景色には変わりはない。幾重にも重なった崖は、ワイピオへと続いているんだ。この向こう側には、ワイピオがあるんだ!その間には、8時間近くトレッキングをしてたどり着いたワイマヌ渓谷もあるんだ!去年12月ここへ立ったとき、それを強く心に思った。ワイピオと反対側のポロル。両方を見てその時一緒に来たマーメイドは、物事には裏と表があることが心に落ちたと言っていた。私も渓谷を見て、物事には必ずその奥もあるんだと気付いた。ワイピオとポロルの間には車が通れるような道がない。昔の人たちは、ポロルにも住んでいたのだろうか?このポロル渓谷もワイマヌ渓谷もワイピオ渓谷も谷の奥に何かがあるように感じる。ワイピオは、偉大な族長達のお墓があり聖地とされており、谷を住み人々をそのマナで守っているそうだ。ワイマヌでキャンプをした時、夜中にテントをがさがさと誰かが揺らし胸の上に何かが覆いかぶさってきた。その時、私は内心とっても驚いたけど、びっくりしてはその存在の思う壺だと考え。「あなたのことは怖くありません。どうか私の上からどいて下さい。」と目をつぶったままお願いした。だって、目を開けて何かが見えたりしたら・・・・。すると体がすーっと軽くなった。次の日夜、テントから離れたトイレに懐中電灯で足元を照らしながら行く時、子どもの時のように怖かった。ここには、火の玉注意の看板があると後で知った。駐車場の奥に渓谷へと降りる道がある。ゆっくりと下って行っても30分はかからなかっ た。すれ違う人たちに、「ハ~イ!!」と挨拶しながら降りていく。道は赤土で柔らかい。下っていくと、生い茂っていた木々がまばらになり視界が開けていく。崖や谷底が見えるとうれしくなってくる。懐かしい景色だ。下まで来ると林があり、それを通っていくとビーチにつく。波が荒くしぶきが霧のように飛んでくる。林近くには流木があり、石浜で、崖のほうは黒い砂浜が続いている。そこには、釣りをする人、ジーっと座っている人。私たちを入れても10人も人はいなかった。みんなと離れて一人で目をつぶっていると、波の音や風の音がこころに染み込んでくる。ゆっくりとした時を落ち着いた気分を楽しめた。ここは、本当にやさしく穏やかな波動だ。林から道があり、ポロル渓谷奥へも歩いて行けそうだった。いつか、またこのやさしさの源である谷の奥へ行ってみたい。そう素直に思った。
2004年11月30日
コメント(0)
今日は、北のポロル渓谷へ向かう。ハワイ島で渓谷といえば、ワイピオ渓谷への観光ツアーがたくさんあり有名だが、このポロル渓谷も私は好きだ。去年は、有名なワイピオ渓谷と反対側のポロル渓谷の両方を訪れることができた。表と裏そんな感じだが、どちらも明るい。ポロル渓谷へ行く途中にプウコホラー・ヘイアウがある。去年ここを偶然通った時、4時を過ぎていて門はすでに閉まっていたから、今回行きたい場所のひとつだった。このプウコホラー・ヘイアウは、1991年から毎年8月にホオクイカヒという催しが行われている。これは、1791年に建てられたこのヘイアウの建造200年とカメハメハ王の偉業を祝うこと。当時のハワイ文化の伝承。そしてカメはメハ王に殺された酋長ケオーウアの子孫を招き、過去の出来事を清浄化するためにされているそうだ。ホオクイカヒとは「和解せ、再び集わせること」だそうだ。この催しは3日間行われ、早朝王様へ供え物を献上するとても神聖な儀式も行われている。参加する100人以上に人々は、皆カメハメハ王時代の装束を身にまといまるで時代をタイムスリップしたような雰囲気をかもし出している。それは写真からでも十分に伝わってくる。11時を過ぎて到着したヘイアウは、暑さの中にもなにかピーンと張り詰めたような不思議な空気を漂わせていた。広い敷地には、私たちのほかに3組ほどの白人の観光客と神殿の下のほうの小さな石の台座のようなものの周りを発掘調査している学生とその指導者と思われる人たちだけだった。海を見晴らす小高い丘の上に力強く姿で残っているヘイアウは、軍人の神を祭っていたそうだ。ヘイアウへ向かう坂道は、途中で入ってはいけないと標識がさがったロープで上まで行くことはできなかった。その前(神殿への入り口付近?)には写真をみて想像していたよりは、ずーっと小さい櫓が立っていた。それは、この櫓に供え物を捧げた写真だった。ずーっとヘイアウの下を歩いていく。どこから見ても絵になる。去年6月インドで見た 仏教の遺跡とも違う。空の青さと海の青さの中にあるこのヘイアウは、今も神殿としての霊力を持っているように思えた。
2004年11月29日
コメント(0)
グリーン・サンド・ビーチ近くへ車を移動し、いよいよ出発。ここからは、風が強いのと乾燥のせいか、草がちょこちょこと生えているだけの赤茶けた地面を歩いて行く。どの道を通ってもビーチには、着くので一番海沿いの道を選んで歩き始めた。4駆やジープが砂埃をあげながら、私たちを追い越していく。日陰もなく、がんがん太陽が照りつける乾ききったアップ・ダウンのある道を歩いていると、追い越して行く車がうらやましい。ガイドブックには、45分ぐらいと書かれていたが、1時間は歩き続けた。まだか、まだかと歩いて行くと小高い丘があり、それを越えるとやっとグリーン・サンド・ビーチが姿を現してくれた。グリーンの砂浜を見下ろした時、顔は自然に笑顔でほころんできた。1時間近く汗だくになりながら、ひたすら歩いた。大変な思いをしてやっと来れた。本当にやっと来れたんだ。汗がすがすがしく感じられ、達成感が広がって行った。ここは、私もパアニもどうしても来たかった場所だ。私は、グリーンの砂浜??が想像できなかったから、一度この目で見てみたかった。パアニは、タヒチからハワイへ初めて航海に出た船のキャプテンでこのグリーン・サンド・ビーチに上陸した過去世を持っている。もともと火口だったここは、すり鉢状の崖になっていてビーチへ降りて行くのが一苦労。慎重に一歩ずつ足を進める。ビーチに降り立つときらきら光る緑の砂浜、青い海。なんて素晴らしい景色なんだろう!!きらきら光る緑の砂は、砕けたカンラン石(ペリドットの原石)で形成されているそうだ。ビーチには、肌を焼く人泳ぐ人浜辺で遊ぶ子ども連れ等20人ほどの人がいた。早速、服のままだが泳いでみた。波は荒く引き波なので、沖に出るのはやめて比較的浜辺に近いところでぷかぷかと浮かんで楽しんだ。ずーっと来たかったこの浜で泳げるなんて、な~んて最高!!な~んて幸せ!!とっても、とっても満足ーだ!!
2004年11月28日
コメント(2)
今日は、サウス・ポイントと呼ばれるカ・ラエ岬とグリーン・サンドビーチを目指す。ハワイ島の最南端のサウス・ポイントはアメリカ合衆国の最南端でもあるそうだ。途中UCCハワイコナコーヒーへ立ち寄る。ここで、友達のパアニはコーヒー通の友達の頼まれ物を探すが、去年は雨が少なくコーヒー自体の出来高が少なくコーヒー豆の突然種とも言われる物も少なかったそうだ。今年は、比較的雨も多く収穫量も多く期待出来そうとのこと。ただ、収穫を終えたばかりでまだ時間がかかるそうだ。しかし、しばらくホノルルに滞在する彼女は、ホノルルからオーダーすることを決めた。ここで、コーヒーの説明をしてくださった三木さんは、とても丁寧だし、コーヒーのことが好きで好きでと言う感じが説明する時に十分に伝わってくる。その説明を横から聞いているだけでも幸せな気持ちになる。11号線を南下してサウス・ポイントへと向かった。この道は、昨日通った同じ道。だから、風景も同じ。でも、表情を変えていく海を見ながらのドライブは飽きることを知らない。今日もまた、またサウス・ポイントの標識をちょっと通り過ぎてしまった。なんでなのかな??11号線からサウス・ポイント・ロードを南下して行く。この道がいったい、どこまで続くのと言いたくなるほど延々と続く。西部劇でも撮れそうな景色だ。途中に風力発電の風車が回っていた。錆が浮き上がっていたり、羽がない物もあり、かなり古そう。調べてみると今はもう発電所としては使われていないそうだ。風と共に回っている風車が何の役にも立っていないなんて、ちょっと寂しい。サウス・ポイントのむこうは太平洋。ずーっと広がる海の色は外海特有の濃い色だった。切り立った崖は、10mほどの高さ。高いところもへっちゃらな私は、ぎりぎりの所まで進んで下を見る。深さをたたえた水は、魚が見えそうなほど、とても澄んでいた。大型の魚を吊り上げる滑車が何本か見られた。海から吹いてくる風もちょっと野性的な感じだ。後ろを振り返るとヘイアウの跡が残っている。ポイント、ポイントにヘイアウは存在している。
2004年11月27日
コメント(0)
黒砂海岸で時計を見ると3時を過ぎていた。今から、車を走らせると島の南西にあるプウホヌア・オ・ホナウナウ国立歴史公園から海に落ちる夕日を見ることができるかも!!車を一路ホナウナウへと。あの感じのいい町ナアレフを通り過ぎ、また、マーク・トゥェインの木を探したが???だった。溶岩の跡の荒涼とした道を走っていると、おじいさんが汗を流し流し暑さの中を歩いていた。家もないこんな道を一体どこから来てどこへ行こうとしているのだろう??本当に不思議だ。この人は翌日も同じぐらいの時間にここを歩いていた。ホナウナウへ着いた時は、まだ夕日には時間があった。公園の小さな砂浜には、去年と見たのとまったく同じ場所で眠っているウミガメがいた。同じカメなら、お久しぶりで~す。お元気ですか?だ。公園を抜けビーチへ続く道をと歩いていくと、去年は車が通れなかったその道を今は土ぼこりを舞い上げながら車が通って行く。1年たつと何かしら変化しているんだな。これは、絶対に車で行こう!!なぜなら、ビーチからさらに歩いた崖から夕日を送るつもりだからだった。行きはいいとしても帰りは、日が落ちて随分と暗くなるだろう。ビーチには、夕日を見ながら夕食を楽しもうと家族連れや友達通しの若者達が何組もいた。こんな風にして生活を楽しめるなんて、とっても素敵なことだ。いいな~。車を置いて、ひたすら歩く去年一度来ただけなので記憶は曖昧だ。でも、崖を目指す。15分~20分ほど歩いてやっと目的地へ。去年は、崖の中ほどにある洞穴から夕日を眺めた。洞窟の海に面したところが窓のようになって、その中へ沈んで行く夕日のあまりの美しさに言葉もなかった。そこには、歓声をあげながら海に飛び込んで遊んでいる地元の少年が二人いた。今年は、なんとなく上から見たい。そんな想いが強く、洞穴へ入る気には成れなかった。夕日がだんだん沈んで来ると、私の前に夕日への光の道ができてきた。歩いてでも行けそうな、しっかりとしたきらきらと輝いている光の道。とても感動的だ。太陽の尊さとそれを見つめる人々の真摯なまなざし。そうだ!!今回この道に会いたかったんだ!!納得。
2004年11月26日
コメント(0)
その日は、リサの透視リーディングを予定していた。リサが熱を出していて、下がりそうもないのでキャンセルになった。朝、9時過ぎのことだ。去年は、私だけブラッドさんにしてもらった。みんなは、リサだった。リサは、べらべらとずーっと話ぱなしのチャネリングだったそうだ。ブラッドさんは、どちらかというと透視リーディングだった。もっと、いろんなことを聞きたいと言う気持ちからだったが、キャンセルになったと言うことは、今回必要ないんだな~と納得した。時間が空いてしまって、私たちは急遽予定を変更。黒砂海岸へ向かった。ハワイ島はハワイ諸島の中で1番大きな島別名ビッグ・アイランドと呼ばれるほど大きく1周400km以上ある。ハワイ島は、高かい山もあり世界中の気候地帯があるそうだ。コナを南下していくと、緑の多いコーヒー栽培地帯。ずーっとさらに行くと乾燥からか潅木しか見られないところ。それから、真っ黒な溶岩の固まった地域。車の中から外を見るだけでも、特別なものがなくても飽きることはない。黒砂海岸の途中でナアレフへ立ち寄り観光バスもやって来る有名なパン屋さんでランチ。その途中にあるというマーク・トウェインの木を車で行ったり来たりしながら探してみたが、まったく分からなかった。トレッキングガイドの福島さんに聞いたところ、ほとんどの人が分からないそうだ。黒砂海岸の標識を見過ごし他のに気付いたのは国立公園の標識が目に入ってきたからだ。いったん戻って、車の中からみんな目を皿のようにして標識を探す。駐車場をで車を降りると右手が岩場になっていて、地元の人か?網で何かを採っていてた。それから、ビーチのほうへ歩いていくとウミガメが昼寝をしていた。その近くには、英語と日本語で5m以内近づいてはいけないとあった。ウミガメを見ている人たちは、静かにじっとウミガメを見つめていた。ビーチの砂は、溶岩が砕けたもので黒かったが、湘南海岸の銀砂をが連想され、それほどすご~いとは思わなかった。海は、本当に青かった。
2004年11月25日
コメント(0)
今回の旅で日本からハワイへ移り住んでいる人たちに出会った。バケーションハウスの手配等をしてくださった「アイランド・ドリームズ」http://www.bigislandinfo.com/の小松夫妻。 「マウナケア夕日と星のツアー」のガイドの山ちゃん。キラウエア火口のトレッキング「FUKU TRAVEL」の福島さん。UCCコーヒーの三木さん。(この方ははっきり移り住んでるか???ですが、去年もその前も、今年もガイドブックに載っているので、そうかな~??と思った。)どの方も、生き生きとしていた。それは、仕事が自分の好きなことだからかな~と思った。星空ツアーは、昨年3月にハワイ島へ行った時も体験したが、今回の方が星座の説明がとっても面白く楽しくて寒さも忘れるほどだった。それは、山ちゃんが、この仕事が好きで、星の話が好きでやっているということが大きな理由の一つだと思う。山ちゃんこと山本さんには、どうして何がきっかけでハワイで働くようになったのかいろいろと聞くことができた。好きな事しかしないと言っていたが、とにかく、前向き。今回もお昼過ぎに待ち合わせて、夜10時半ごろバケーションハウスに送ってくれた。すごい超時間労働。でも、好きなことをしているから、苦にならないそうだ。そうだよな~。好きなことが仕事なら本当に苦にならない。お金も貰えてありがたいぐらい・・・。自分がそうだから妙に納得。
2004年11月24日
コメント(1)
今回どうしても行きたかった場所は、グリーン・サンド・ビーチ。グリーンの砂浜なんてちょっと想像できないので、絶対見てみたいと思っていた。グリーン・サンド・ビーチは、ハワイ島の最南端、サウス・ポイントから、北東に海岸線を1時間ばかり歩いた先にある。赤茶色土と背の低い草がまばらに生えた荒涼としたでこぼこ道を延々と歩く。本当にどこまで歩くの??というほど長い距離だった。風が強く日差しもがんがん。暑かった!!汗だくだ~。でも、見たいんだ!!緑の砂浜。その一念だけで歩いたようなものだ。道は途中何本かに別れているが、行き着く先は同じなので、一番海に近い道を歩いた。海の色は、太平洋の真ん中なんだなーと妙に納得してしまうほどの濃い青だった。小高い丘を越えると突然すり鉢型の崖の下に砂浜が広がるグリーン・サンド・ビーチが現れた。長い距離を歩いてやっと見れた!!疲れも吹き飛ぶ素晴らしさ。うれしさも一際だ!!砂浜の砂を見ると、緑の砂の源、ペリドットの原石のカンラン石の小さな粒がきらきらと輝き混じっていた。そう、この砂浜は、宝石でできているようなものだ。今回どうしてもしたかったことは、キラウエア火口のトレッキング。これは、去年の3月と12月にキラウエア火口へ来た時に、ジャガー博物館あたりから、火口を見ると人が歩いているのが見えた。上から見ると人は点のように小さかったが、それを見ていて、どうしても私も歩いてみたい!!と思ったから・・・・。あいにくその日は、雨。「FUKU TRAVEL」の福島さんにガイドをお願いして、2時間程度のトレッキングをした。火口周辺の熱帯雨林を通り火口へ。熱帯雨林では、野鳥の声を聞きながら、木々や草花の説明をしていただきながら歩いた。今回、またネネに出会えた。火口は、溶岩だけの不思議な風景だった。雨ということもあり少ししか歩けずに本当に残念だった。人は、変わるものだと自分を見るとよく分かる。全くトレッキングに興味もなかった私が、火口を歩きたいと思い、次には火口をもっと長い距離で歩いて見たいと思っているんだから・・・。どちらも思いは遂げられました。満足。
2004年11月23日
コメント(0)
ハワイ島が大好きになったのは、去年の3月の旅からだ。それは、ワイピオ渓谷~ワイヌマ渓谷へのトレッキングがメインの旅だった。「ワイピオは、かつての偉大な族長が何人も埋葬されている聖地で、そのマナ(霊力)が谷に住む人々を守っていると言われている。」その言葉だけで、行きたい!!行かなくっちゃ!!と思って行った。それは、それは、大変なトレッキングの旅だった。だって、私はそれまでただの1度だって登山やトレッキングをしたことがなかった。そんなこと、全く興味もなかった。それが、初めてのトレッキングで40L近くの荷物を背負い約8時間かけ、渓谷を上ったり下ったり、右手に谷底を見ながら細い道を歩いて行った。靴づれと荷物の食い込み、みんなに遅れないように付いて行くのがやっとだった。荷物を背負い、歩いていると腕が手が指先が、浮腫んでくることも初めて知った。でも、ワイヌマ渓谷を見下ろす場所へ着いたとき、笑顔が自然に出てきた。ここ、この場所、知ってる!!な~んて懐かしいんだろう!!うれしさがハートの奥からこみ上げてくる・・・。体は極限。心はやっとこの場所へたどり着けた満足感で溢れている。私の魂は、体を使ってこの場所へやって来た私自身にとても感謝してくれた。この旅では、スピリチュアルな人も誰もいなくて波動的にも、辛いものがあった。でも、ハワイが大好きだったことを思い出させてくれた貴重な旅だった。
2004年11月22日
コメント(0)
ただいま~!大好きなハワイへ行ってきました。10日から21日まで、9泊11日です。イルカのボートツアーに、あのジョーン・オーシャンが偶然にやってきて彼女と同じボートに乗ることができました。とっても、ラッキー!!憧れのグリーン・サンド・ビーチでも泳いぎました。キラウエア火口のトレッキングはあいにくの雨でした。しかし、帰りの車から大きな大きな虹を見ることができました。
2004年11月21日
コメント(3)
ずーっと自分の名前も好きになれなかった。自分自身のことももちろん好きになれなかった。存在していることも嫌だった。いつも消えてしまいたかった。生きていること自体が自分にとって不自然に思え、重荷そのものだった。だから、そんなころの自分には決して戻りたくはない!!あるとき、ふと自分自身を好きになれない人は、他の人を本当に好きになれないんだと気付いた。あるとき、ふと私が80歳以上生きることが分かった。だから、こんな風に思って生きるより、前向きに生きなくっちゃ。そう思った。それでなければ、つまらなすぎると・・・・。それから、もつれた糸をほぐすように少しずつ少しずつ自分を好きになりってきた。今は、大好きだ!!この気持ちを考えを捨ててまで、元に戻って若くはなりたくない。
2004年11月20日
コメント(2)

ほとんどの女性なんら誰でも、1歳でも若くなりたいと思うだろう。私も若くなれるものだったら、なってみたい。ただ、条件として今の私の意識のままで。それが、無理なら今が一番いい。若くならなくっても、今の私が一番好きだから。 私は小学生の低学年のころから、生きるの辛いな~。死んだほうが楽やナ~。そう、思ったことが何度もあった。学校では、明るく活発ではきはきした子どもだったが、心の中ではいつも孤独と寂しさを持っていたように思う。両親は、人から見ればとても立派な人たちだった。虐待されたり、ひどい扱いを受けたこともない。でも、私の中にはいつも孤独と寂しさがあったのも事実だ。そして、それがどこから来ているのか何故なのかわからないままに・・・・。高校生の時は、本当に生きていくのが大変だった。人はどうして生きて行くんだろう?何故、生きるんだろう?何のために?いつも、そう思っていた。そのころ、友達間のたわいのない会話の中で、「何が怖い?」と聞かれると素直に答えられない私がいた。その時、私は、自分が一番怖いと漠然と思ったから・・・・。だれも、そんな答えはしていなかった。「みんなは、そうは思わないんだ!!」自分は、人とは違うんだ!!それがだんだん分かってくると、暗い穴の中に入り込んで行くような、抜け出せないような重たい気分が私の周りを霧のように漂っているように思えた。でも、体調を崩さない限り、機械的に毎日学校へ行った。今思うと、不登校や途中でギブ・アップするだけの勇気も行動力もなかったからだと思う。自分自身にも全く不正直だし・・・。中学・高校からの友人の娘さんが、高校を中退して一時家出をしたことがある。彼女は、ずーっと優秀だった。大学も国立だった。進学校だった私たちの高校は進路がとても早かった。数学が苦手だった私は、いつも問題集で自分が当たりそうなところを彼女に解いてもらっていた。だから、娘さんのことは一般的に考えると不幸なことのように思えるし、思っただろう。でも、私は、自分で考え行動したんだから、すごいなー!!と!!素直な気持ちを伝えた。たとえ子どもが、どんな状況になろうとその子を受け入れる場所を戻ってこれる場所を親がいつも持っていれば必ず帰って来るのだから。今、娘さんはちゃーんと家に帰って、自分で決めた自分の道を歩いている。娘さんも大したもんだし、私の友人も大したもんだ!! <<続く>>
2004年11月09日
コメント(2)

今、毎朝必ず実行しよう!と思っていることがある。それは、20分ほどのエクササイズ。マイケルのリトリートへ参加して、練習が必要と深く思ったからだ。 マイケルとトリーニーは、去年と全く同じ内容で話してくれた。それは、オーストラリア出身の有名なピアニストが、プロになった今でも毎日ピアノを8時間練習している。だから、瞑想も練習が大切という話だった。昨年も同じ事を聞いて、そうしなくっちゃ!とは、思ったんだけど1ヶ月も続かなかった。それも、思い出した時するだけのものだった。でも、今回の私は強く決心した。「真理の道を生きると」そのためには、毎日少しずつ積み重ねて練習して行こうと!!だから、毎日大亀安美さんの声をCDを通して聞いている。CDの裏には「あなたは、とても素晴らしい存在です。無限の可能性を秘めています。体の制限を解き放ち、ひかりの存在として自然の神秘を抱きしめましょう。人間はひかりの存在であり、広がりゆく存在です。その練習をしましょう。」と書かれている。たった20分でも、集中できないこともある。でも、私は気にしない。いろんな考えが浮かんでは、消えていく。それは、それでいいんだと。20分を目を閉じ心を静めて、意識的に時を過ごす。だた、それでいい。とにかく、続けて行くことに意味があると思う。ピアノだーって、最初はバイエルの♪ドレドレド♪からなんだから・・・。
2004年11月08日
コメント(2)

私は、自分の名前がずーっと好きではなかった。でも、特定のある人が私の名前を呼んでくれるようになってから、少しずつ好きになってきた。それと同時に自分自身のこともだんだん好きに思えるようになってきた。不思議だ。名前って、ただの文字の羅列ではなく自分そのものなんだ。 2001年になって、新しい名前がひらめいてきた。名前と名字のあいだに「ぴぴ」を入れた名前だ。こうすると字画が33画になるし、ぴぴっと来た直感に従って行動していくとなーんとなく上手く回って行くように思えたからだ。でも、去年あたりからだんだんこの名前もなんとなく違う!!そんな感じがして来た。それも直感!!今年マイケルのセミナーへ行った時、名前の持つ力と言う話を聞き、私は、もうぴぴでも直子でもないなーと確信を持ってきた。すると、セミナー中に新しい名前が浮かんできた。今この瞬間を大切に。今を生きる。とにかく今がポイントだと。それが、「Nowdear」・ナディアだ。これからは、この新しい名前を口に出す時、自分を相手を敬う気持ちを忘れず、名前も大切にしていきたい。
2004年11月07日
コメント(0)

先日友達のお家へ遊びに行きました。私の家から少し遠くて2時間弱かかります。3人の子供とかわいいセキセインコがいます。3人に会うのはとても楽しみです。セキセインコのピーちゃんは、新入りです。今回初めて会いました。 わたしは、子供の時から家に小鳥がいて鳥も大好きです。でも、今は猫がいるので飼う事ができません。以前とてもオオムを飼いたいと思った時期がありました。もう、10年ほど前です。当時でも、オウムはとても高価で50万円ぐらいしました。とってもその時悩みました。飼ってすぐに死んでしまったら、高いのにもったいないとか・・・。泣き声が大きくて近所迷惑になるかもとか・・・。でも、私が諦めた最大の理由は、寿命を全うしたならなんと50年以上生きるということが分かったからです。ペットが、人間より寿命が短く先に死んでしまうことはとても辛いことです。だから、飼うのはいやと言う人も多いですね。でも、自分が死んでしまってもずーっと生き続けるとのもとても辛いことです。どんな環境で、誰に飼われるかも分からないし。今でも、オオムが檻に入れられ誰にも相手にされずに寂しそうにしているのを見ると複雑な気持ちです。どこかの国から、捕まえられてやって来たんだろうな?
2004年11月06日
コメント(0)
今日は、101歳のおじいさんのお宅へ伺った。足腰もとてもしっかり、御自分でお風呂にも入る。年齢のせいからか、何度も同じことを言われたり、私のことを学生だと思ったり、???は多いけど・・・。今日で4回目の訪問だ。彼との関係は、初めて会ったときからすぐに分かった。と言うのは、私が、ヘルパーとして訪れる方のほとんどが過去の人生で何らかの関わりを持った人だから・・。私の前々回の過去世は京都で舞妓さんをしていた。時は、幕末から明治にかけて・・。今、テレビで新撰組とか放送されているのをたまに見ると妙に懐かしい。彼は、商人でその時私を水揚げしてくれた旦那さんだった。その時も年齢は離れていたが、とても優しい人だった。時々だけどお宅を訪問するのは、わくわくする。懐かしさと会えて良かったそんな気持で一杯だ。愛車のラッピー号(50cc原付)で、30分かけての訪問だけれどちっとも苦にならない。行くのが、とっても楽しいから仕事じゃないみたい。
2004年11月05日
コメント(0)

ももこの耳の症状が治らないので、フードを11月1日からWALTHAMの「低分子プロテイン」へ変更することにした。3匹いるので全員がこれを食べることになった。4kg入りで6090円だった。今まで買っていたのものとは明らかに一桁高価。4kgを、どのぐらいの間かかって食べるのかも???だ。今まではのりこがフリスキーのみ。ももことランディは、缶詰とキャラット。だった。 好みが微妙に違うので、フードを買うのも手間と言えば手間だった。私は、お金に疎いというか面倒と言うか「3匹も猫を飼ったら、餌代が大変でしょう?」 とか言われても、一体いくらぐらい費用がかかっているのか、考えたことがないので返事に困っていた。フードを変更した今回からは、結構分かるかも。でも、健康であればそんなにお金のことを考えなくっても大丈夫だと思う。獣医さんへ通うような病気をした時には、お金は飛ぶように消えて行く。だって、保険が全く使えないから。ヨークシャテリアの萬は、4歳ぐらいから肝臓が悪いのが分かって10年以上通院していた。月に2~3回通っていたが、獣医さんへ行く時には必ず財布に1万円札が入っているか確認したものだった。犬といえども家族の一人。扶養家族に入れて欲しいなー!と何度思ったことか・・・。 新しいフードをみんなは食べてくれいる。これしかないから仕方ないのかも???1度誰かが、吐き戻しをしていた。「おお!!もったいない。」と思ってしまった私だった。
2004年11月04日
コメント(2)
意識は、原始の意識。潜在意識無意識)。顕在意識。の3つから構成されている。原始の意識と潜在意識の占めるわ割合は、90%とも95%とも言われている。と言うことは、普段自分だと思っている顕在意識は、10%にも満たない。そして、多くの人はその潜在意識の存在すら知らない。これには、ほとんどの方が、驚かれる。私だって始めて知ったとき、本当にびっくりしてしまった。自分自身の行動や考え方、癖などのほとんどすべてが自分が日常意識しない潜在意識に支配、左右されているのだから・・・・。だから、禁煙やダイエットを顕在意識でしようとしても潜在意識の中にタバコを食べ物を必要とする理由があるかぎり、無駄な抵抗だと言える。潜在意識に有効にアクセスできると、願望が実現したり、心の傷を癒すことができる。 潜在意識には、自分の知らない本当の自分がいる。本当の自分を知るには、勇気が必要だ。勇気を持って一歩踏み出せば、流れが起こってくる。そして、生きることがかなり楽になってくる。
2004年11月03日
コメント(2)
先日映画を見に行った時、携帯をオフにするのを忘れていた。予告の最後の方で携帯を切ってますか・・?そんな画面が流れてきて、あっ!!切ってなかった。携帯は、バッグの底のほうに沈んでいて、なかなか見つからない。映画が、始まりそう!!手にして、操作したけど・・・・。マナーモードにならない・・・・。そんなこんな、あれあれとしているうちに、映画が始まってしまった。始めの5分ほどは、携帯がかかってきたらどうしよう!!なんて思ったけれど、これは私の思いの強さを試すいいチャンスだと考え直した。絶対にかかって来ない。そう思うことにした。それでも、ときどきどうかなー?なーんて思ったり。だめだめ、そんな風に思ったら・・・。を繰り返すうちにだんだんと気にならなくなってきた。そして、かかる訳ないわ!!と確信してきた。台風に強いのと同じ様に、絶対かからない。とまで思うようになってきた。携帯は、2本目の映画「ヴァン・ヘルシング」のチケットを買っている時にかかって来た。もう、そのときにはちゃーんとマナーモード設定済み。全然影響なし。「ヴァン・ヘルシング」をはらはらどきどき楽しんだ。映画や講演会等、そんな時には必ず注意していることを今回忘れてしまったこの意味はなんだろう?もちろん、思いの強さが現実を作るということの確かめなんだけど・・・。「父帰る」を客観的に、没頭せずに観賞したら??ってことだったのかなー??
2004年11月01日
コメント(0)
全19件 (19件中 1-19件目)
1