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少し前に配布されていた、情報誌に「スキャンダル」と「ホテル・ビーナス」の2本立てが京都の祇園会館で上映されていると掲載されていた。それを見て、年も押し迫った30日なら、人も少ないから行って観よう!そう思った。「スキャンダル」は、上映され始めてすぐに観た。が、もう一度じっくりと観て観たいな~と。「ホテル・ビーナス」も全部韓国語のせりふで話題性もったったしスマップのの剛くんもでてるし~。それに祇園会館は、高校生の時親友のキーちゃんとお弁当持参で3本立てとかを見た懐かしい思い出の映画館だ。二人は映画が好きでよく一緒にいろんな映画を観に行ったものだ。でも、今朝になってどうでもいいかな~?行かなくったって・・。そんな風にも思ってきた。家の片付けもあるし、することがまだまだある。なんて。これは、よくある私の行動パターン。いざ、行動と思ったときに、引き止める自分がいつもある。旅行に行く時も、当日まじかになってくると、「いいのかなー?」「あんまり、行きたく無いな。」なんて思いが浮かんでくる。ここで、じっくりと心に聞いてみる。「行った時、行かない時、どっちが楽しいの?」いつも心の答えは、「行ったときだよ~!」自分のことも大好きになってきてはいるが、まだまだ、自分を過少評価する癖が抜けきらないところがあるから・・・。分かっていても染み付いた思考パターンはなかなか脱却できない。だから、いつも心に問う様にしている。
2004年12月30日
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その人は、入ってくるなりにぎやかだった。上品な感じで50後半か60歳そこそこそんな感じの女性だった。ミスドのドーナツが並んでいるウインドウを見て何にやかや店員のお姉さんに話しかけていた。飲み物と後から運ばれる6番の札をプレートに乗せてまるで目指しているように真っ直ぐ、私の隣の席にやって来た。そして、当然のように横の私にも話しかけてくる。今日は、とても寒く関東のほうでは雪が降っている。寒い時は首を暖かくするといい。地震でたくさんの人が亡くなった・・・。果ては、運ばれてきたラーメンの説明。時間待ちをしていた私は、簡単な食事も終わり本を読んでいた。話聞いてたら、本読めないやんか~。何でこの人来たんやろ~?しばらく話を聞き流すうちに、ふっと気付いた。あ~この人、きっと私に何かメッセージを伝えにきたんやゎ~。と。それから、真剣に話すと、「心をは、強く持たないとだめよ。心が大事よ。強く持ったら何でも乗り越えられる。どんな苦しくっても、心が強かったら大丈夫よ。そして、もうだめと思ったら、そこから離れることよ。何でもいい安いツアーで海外に出ると良いよ。」と。彼女も辛い時にウィーンへ旅に出て、そこで湖がおいでおいでと言ってくれたそうだ。その湖が、彼女を励ましてくれ、それで持ち直して今があると・・・。年齢も自分から、もうじき70歳だと。全然見えない!人は心の持ち方でこんなに若く見えるんだ!それを実証している人なんだ。そっか~、心だよな~。うん、こころさ~。素直にそう思える出会いだった。
2004年12月29日
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彼らのアドバイスは、いつも私の心にすとんと落ちて納得する。そして、迷いが消えて前進できる。感謝しかない。 私は、その日原付のラッピーに乗って国道171号をぼーっと走っていた。すると後ろから、サイレンが・・・。ボーっとしてたので、救急車かな~?年末は事故も多いんか?なんて暢気に走り続けていると、「そこの黄色の単車、止まりなさい!!」「えっ~?もしかして私かな~?」白バイのお兄さんが睨んでいた。私は、自慢じゃないけどゴールドカード。いつもスピードは出す割には、白バイに捕まったことなんかなかった。とほほ・・・。でも、初めての体験のせいか、な~んか面白いというか~へ~って気持ち沸いてきた。ゴールドカードを見て白バイの警察官はちょっと悪そうに。だからか、丁寧に説明をしてくれた。それを聞きながら、捕まえたらこんな事をするのかー!という思いのほうが強く、自分でもちょっと不思議。24kmオーバー(だーって、原付の制限速度は30km。遅すぎ!)で罰金10000円。罰金は、年末だが、27日までに払わないと門真の試験場へ行かねばならないとのこと。くやしい。もったいない。そんな気持ちはまったくない。すぐにその足で郵便局へ。あ~、そうか!お金は、紙切れなんだ~とここでまた、納得。「666」のナンバーを3回も見たのはそのせいだったのか!捕まってから、家へ向かってゆっくり走っていると今度は「1212」の車とすれ違った。12:12の意味は「宇宙的な結合」未来にかかる橋。イニシエーションのプロセスにおいて一つの完了ないしは新しいレベルへの移行を意味する。とにかく、これを体験して私は新しいレベルへ移ったんだ~。と確信。ちなみに検挙した白バイの警察官は「金子」さんだった。 それから、しばらくして浄水器を買うことにした。椅子は、とにかく古いソファーを捨てた。<<終わり>>
2004年12月28日
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しかし、こんなにしていて大丈夫だろうか?と時々不安が襲ってくる。こんなに旅ばかりしていていいのかとも・・・。今年の10月マイケル・J・ローズのセミナーへ参加して、誘導瞑想のシェアの時、彼が私のビジョンに対してアドバイスをしてくれた。「旅をしていますか?」「たくさん行ってます。」「あなたは、旅をすることで人生の喜びや楽しみを見出してくる。旅を続けてください。」と。この言葉は、私の心の中にスーッと入ってきた。迷っていた私とって何よりもうれしい!!励ましの言葉だった。よっしゃ~!!これでいいんだと。時々、ふっと沸いてくるお金に対する不安な気持ちも、だんだんと短い時間で持ち直すことが出来るようにもなって来た。去年の今頃は、眠れない夜を経験したが、そんなことはまったく無くなっている。最近、浄水器と絵と椅子が欲しい!!と突然思った。これも、本当に突然。絵は、今月16日に梅田へ出る機会があった。その時、紀伊国屋書店のウィンドウで出会った。河童横丁へ向かう時、普段は通らないショーウインドウの道を歩いていると目に飛び込んできた。その時は、待ち合わせの時間に遅れそうなので足早に立ち去った。帰り、8時半を回っていたが書店はまだ開いていた。絵の前に立ってじーっと見つめながら私の心へ聞いてみた。「これは、本質が欲しいのですか?それともエゴですか?」「本質です。」今その絵は、家にある。見ているとやさしい気持ちになれ、とっても気分がいい。その前に、どこからか浄水器のパンフレットが届いていた。144個の水晶と鏡とダイアモンドで宇宙エネルギーを浸透と。何だか、おもしろそう!!あんまり、訳は分からないけど、何だかよさそう~。でも、ちょっと値段がな~。と思っていた。よーく考えてみるとこれらの、絵も浄水器(正確には水活性器)も私が宇宙から呼び寄せていたもの。必要だから、やって来たのだと思った。物を買うにはお金がいる。当たり前のこと。これらの物を買って私がどう感じるか、私の心がどう思うかが大切。しかし、迷ってしまった。どうしようかと。友達から、お金は所詮紙切れ。100万持ってても火事で燃えてしまったらパーだよと。それを持てた時の喜びや豊かさのほうが価値があると思うよとアドバイスを貰った。そっか、と妙に納得していた。だがその時、浄水器を買うにはまだ迷いがあった。
2004年12月27日
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その日、午前中にナンバープレートが「666」と6が3つ並んだ車に3台出会った。これは、今までに無いこと。1台見たら、次は違う数字の3つ並んだものとかはしばしばあるが、「666」を連続3台見た。初めてだ。どういう意味だろう?数字には意味がある。同じ数字が3つ以上並んだ場合は、特別な意味を持つ。以前の日記にも書いたことがあるが、ロナ・ハーマン著「黄金の約束」37章を読んでからすれ違う車のナンバーや偶然見たときのデジタル時計の数字など気をつけるようにしている。「666」の意味は、物質の世界。三次元の周波数を密度。だから、「666」の車に会ったときに私は、また今からまた上昇していくんだな~と思うようにしている。それは、魂はDNAの螺旋のように成長していくから。だから、物質的なものからまた上へと・・・・。と言っても決して、物質界が低いレベルということではない。今私たちが三次元を生きるためにはどんな状況も必要なこと。そして、私たちは生きているだけで、ただ、それだけでも魂は確実に成長しているのだから。私は、ずーっとお金に対するワークをしている。ほとんどの人がそうだと思うけれど。2002年会社が解散してからは、それが本格的になってきた。私は、行きたいところへ行く(魂の呼ばれるままの)旅をするようになっていて、旅をすればするほどお金がどんどん無くなっていった。だんだん、心細くなってくる。でも、行きたい。不安になって夜も眠れないこともあった。去年12月にハワイへ行く前には、「このまま、ハワイへ行ったら、いずれ1円のお金もはいずり回って探す日が来るよ。家も夜逃げ同然で引っ越すよ~!」アドバイスを求めてもいない私にこんなことを言う人まで、現れた。その時は、本当に奈落の底へ落とされるように不安が私を襲い、呼吸をするのも辛いほどだった。眠れない日も続いた。そこまで、言われて悩まない人はいないだろう。私も悩んだ。「私は、ハワイへ行ってもいいんだろうか?行かなかったらお金も減らないし・・・。」結局、「ハワイへ行った時と、行かなかった時とどっちが私は幸せなんだろう?どっちが楽しいんだろう?」と自分自身に問うと。「もちろん!行ったほうだよ~!」不安を振り払って、ハワイへ行った。行って、ほんとうに良かった。吹く風だけでもやさしいハワイは、たくさんの気付きを与えてくれたから。でも、この現象も私がお金に対する不安を持っていたから引き起こしたもの以外の何者でもない。「私が何とかなるゎ~。」と思っていたらあんな事を言う人も目の前に現れることもなかった筈だ。私の前に現れる全ての現象は、私が呼び寄せ引きを越してるのだから。その時は、辛かったし苦しかったのでそうは思えなかったが、今では、彼女に対して、感謝している。それは、嫌な役を引き受けてくれ、私に学びの機会を与えてくれたボランティアだと思えるようになったからだった。<<続く>>
2004年12月26日
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最近、毎日必ずすることがある。それは、「冬のソナタ」の録画。そして、私には珍しく出来るだけテレビの放送も見る ようにしている。やっぱ、吹き替えでなく字幕でペ・ヨンジュンやチェ・ジウの生声を聞くのはいい~!!もうすでに、「冬のソナタ」は4~5回は見ている。でも、今回のが一番いい。カットも ないし場面が自然に繋がっていくので、あれ~?どうして~?ってとこがほとんどない。せりふ一つどれを取っても、感情がよく分かるし、演技にぴったりの言い回しなんだな~。 韓国の俳優さんたちは、本当に上手い!!今回見て、ユジンがチュンさんをどれほど好きだったのか。彼女にとってどれほど特別な人だったのかが、今まで以上によ~く分かった。そして、突然の別れがどれほど大きな 心の傷になっていたかも、今までとは比べ物にならないほど、私の心に入って来た。愛する人が、突然死という形で自分の目の前から姿を消してしまう。それが、高校生という感じやすい心を持った時に・・・。トラウマになるな~。そして、そっくりな人が目の前に突然現れた。心の整理は、つかないわ。無理も無い。 ずーっと、一緒に居て気心のしれてる自分を好きで居続けてくれるサンヒョクに、悪いなと思っても、それは理性では分かっていても魂が求めているんだから。今までは、ユジンが自分の気持ちに正直に生きてないな!!他人の為の人生を生きようとするから、みんな不幸になるんだ。という思いが強かったけれど、今回の放送で、カットされてた場面や生声からの微妙さが伝わってくるとそうとも言えないのかなー?それとも、この1年の間に私がある意味で物事をそう捉えられるように余裕が出来た或いは、成長できたから、そう思うのだろうか?でも、やっぱりペ・ヨンジュンよりイ・ビョンホンが好みだな~。
2004年12月24日
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昨日今日と奥の二部屋の壁紙を張り替えてもらった。12月になって、急に張り替えてもらいたい!!そう思っていたらパアニの知り合いのクロス屋さんを人を紹介してもらって、急遽22、23日でしてもらえることになった。私は、本当に物をたくさん持っている。うんざりするほどだ。去年は、たくさん処分した。体形が変わらないので随分前の服もそのまま持っていたりで、洋服だけでもゴミ袋18個分も処分した。本も精神世界系以外のものは全部手放した。ふくろうやねこの人形も・・。でも、また確実に増えている。以前のように目に付いたらすぐに買うなんてことはないんだけれど・・・。最近は物を買うときには、必ず、「これは私の本質がほしがっているのですか?それともエゴですか?」と心に聞くようにしている。心は正直に答えてくれる。物を買いすぎる人は、これはお勧めの方法の一つだと思う。物が多いから、片付けるのが大変。何しろ一人でするから・・・。本や椅子や絵の取り外し・・等など。21日午後から夜まで。それだけで、疲れてしまった。家のマンションは古い。多分築25年ぐらい。だから、今までの壁紙がたいそう剥がしにくいとのこと。でもさ~すがプロ。ランディ(三毛猫)がぼろぼろにしていた襖も何とか見えれるようにしてくれた。部屋は、壁を張り替えるだけで見違えるようだ。2日前とは大違い。本当に感激した。なんだかうきうき、うれしくなってきた。壁紙を張ってくださったTさん、紹介してくれたパアニ、Yちゃん本当にありがとう!!感謝してま~す。今は、傷の無いきれいな壁を見て、絵をかける釘を打つのにちょっと勇気がいるな~なんて考えしまう。
2004年12月23日
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18日の土曜日、父の施設へ行くとき阪急茨木市駅の西口で日本アニマルトラスト(ハッピーハウス・動物の孤児院)のボランティアの方々とセントバーナードのさくら ちゃんが街頭募金を行っていました。私が自分に決めていることの1つに盲導犬やレスキュー、ハッピーハウスのような動物の命を支えている団体に出会えば、必ず500円以上の募金をするということがあります。それは、私が動物が大好きだからということ。出来るものなら係わりたいと思うこと。それに、何よりも、私が今生きていることが出来た支えとして、家にいた動物達の存在が大きかったからです。幼いころ捨て犬や捨て猫を見るたびに、み~んな連れて帰って一緒に暮らせるお家があったらどんなにいいだろう!と思ったものです。ですから、ハッピーハウスの人たちの前は素通りできないのです。父の施設からの帰り、地震や災害の救助犬で有名なレスキューアニマルの方々も募金をしていました。阪急河原町や京阪京橋でよく募金をされています。こちらは、黒ラブちゃんでした。2つのグループが募金をしているのを見るのは、初めてでした。もちろん、こちらにもささやかな気持ちを!写真は、もう一つの日記 Cats&Meに載せていますおりこうさんで、かわいいわんちゃんの様子も見てくださいね~。Cats & me
2004年12月20日
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今日は、母と父の入っている特養の施設へ行ってきた。今年の12月の始めにオープンした新しいその施設の2階に父を含め10人の痴呆の人が暮らしている。10人で一つのグループとなっていて、3人のヘルパーさんが、お世話をしてくださっている。3人に1人ってとっても、ありがたい。元気な時からわがままだった父の世話は、痴呆になった今はさらに大変だと思う。新しい施設は、廊下も広々、部屋も広々。まるでホテルのロビーのようだ。それにとても清潔感がある。エレベーターホールも広々していて、白い壁には美しいお花の絵がたくさん掛かっていて、痴呆老人の施設とはとても思えないほどだ。私は、入所の時と今回で2回目の訪問。電車やバスに乗り換えたりで結構時間がかかる。 時間をかけて行っても、そこに居るのは30分ほどだ。たまにしか、会いには行けないけれど、「どうしてるかな~?」と会いに行くのは楽しい。父は、会うとなんとなく覚えていてうれしそうにしてくれる。私も会えるとうれしい。私が父をどうこうできる訳でも無いけれど・・。この時間は、やっぱり、うれいし。もちろん、ちゃーんとした会話は成立しない。わけの分からないことを脈絡無くしゃべっている。私も適当に話を合わせている。しかし、20分を過ぎるとだんだん思い出してくるのか家へ帰りたがる。そして、怒り出す。こうなると帰ることばかり言い出す。やっぱり、家がいいんだな~。私たちは、ヘルパーさんに父の気持ちをそらしてもらっている間にそーっと抜け出すようにして、そこから足早に去る。母は、可哀想だという。可哀想だけれど家では、とても面倒を見れるような状態ではとても無い。父は、昨年はまだ要介護1だった。それが、今年の夏には4にまで進んでしまった。(今回は、また3になったそうだが・・・・。)今では、紙おむつをしている。父がこうなったのは、2000年に家族の問題で揉める事があったせいだが、私たち系の考えでは、父がこうなったのもだれの責任でもなく彼自身の選択ということになる。私たち一人一人の魂は、自分の人生をすべて自分自身で設計して生まれてきてる。父の人生設計に自分が痴呆になるとあったのだろうか?そうだとしたら、本当に寂しい。
2004年12月18日
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先週の土曜・日曜の2日間、京都のパレスサイドホテルでエンジェル・ハーモニーフェアがありました。スピコンですが、参加費も入場料もやすくみんなが気楽に楽しめるって感じです。私は、今までお客さんとサポーターとして来ていましたが、今回は初めて参加することにしました。前回、サポーターとして参加した時、サポーターよりやっぱり私は自分のできることをするほうがむいているな~という思いが湧き上がり、今回はブースを出すことにしました。ヒプノとレイキヒーリングと思っていましたが、会場には音が溢れており、この状況ではちょっと催眠にかかりにくそう!!と思い前世に興味がある人のために、前世リーディングを付け加えました。私のリーディングは、その方の潜在意識にアクセスする方法をとっています。その方の潜在意識が一番見てもらいたい(もちろん私では、なくご本人がです)過去世、前世が現れます。私は、現れた過去のその人とお話をして、最初お聞きしていた質問をして答えをもらいます。どうしても、ヒプノを受けたいといわれた方のお一人は、音の溢れた中御自分の前世へと旅に出ることができました。私もこれには、ちょっと感激しました。その方が、どうしても見たい!!そう思う熱意が強いほど前世へ行くことがよりたやすくなるように思います。遠くからもクライアントさんや友達が来てくれて、結構忙しく楽しく過ごすことができました。みなさん、ありがとうございました。
2004年12月17日
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先月(11月)の今頃はハワイにいたんだ~と。でも、半年以上昔のような気がします。ホント地球は早くなっているって実感する時です。次は、6月にツアーをかけますが、パアニはそんなに待てないと!!きっとハワイへそれまでに行くんだと思います。私は、2月にオーロラを見に行く予定なので、ハワイへ行くのは6月だと思っています。今回の旅を終えて気付いたことは、次の旅(海外は特に)なでの期間を2ヶ月はを置くということ。そうしないと旅で気付いたこと思ったこと浮かんだことが、全部消化されてないように 思えました。ハワイの旅日記だってや~っと完成したけど、1ヶ月以上っ経ってるもんな。それと旅日記は、必ず書きたいと思います。旅を終え、日記を書くときに浮かんでくるそのときに感じなかった気持ち熟成された気持ちに結構いい感じの気付きがあるから・・。それとこれが、今回の旅で一番の気付きだったんだけれど、物事には順番があるといこと。当たり前のことなんだけど、これが胸に落ちました。ハワイ島が大好きで、大好きで3回訪れ、今回初めてカゥアイ島へ行きました。カゥアイ島は、とてもとても波動の優しい島でそれがハートに細胞に染み渡るようでした。そして、また行ってみたいと思いました。でも、これを感じられたのは、ハワイ島の良さを十分分かったからだと思います。島巡りツアーで、来ていたらこんな気持ちには、決してならなかったと確信できます。 ハワイ島から始まって、カゥアイ島へ。次は、ホノルルから離れた、オアフ島の良さを見つけたいな~と思っています。
2004年12月16日
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ドライゲイブを後にしてしばらくいくとタロイモ畑を見晴らす場所にやって来た。パアニは、本当にハワイに詳しい。ここも事前にネットでパアニが調べてくれていた所だ。私は、今回の旅でパアニに随分助けられ、彼女のおかげでいろんなものを見ることがで きた。本当に感謝しかない!!56号線から右のわき道を少し行くと見事なタロイモ畑が広がっている。収穫を終え刈り 取られた土だけの畑もあったが、サトイモによく似た濃い緑の葉を空に向かって広げて いる畑は、ハワイらしさを十分に感じることができた。タロイモにもマナが宿るという。タロイモは、古代のハワイアンの主食で、今もハワイアンはこれを食べる人が多い。そして、このタロイモは水のきれいなところでしか栽培できないそうで畑も減っているそうだ。唯一残念だったのは、小雨が降っていた為太陽の光をいっぱいに浴びた緑の畑を見ることができなかったことだ。途中ホテル近くのスーパーで夕食を買った後は、悔いなくホテルへと向かった。20日のユナイテッドのフライトが、9時25分発だったので、またまた5時おきで6時55分発のホノルル行きへと急いだ。今回は、鍵をかけずに行った。日本語の話せる係りの人がアロハ航空の荷物検査でフイルムがだめになることがあるとのことで、カメラやフイルムを急いで出して荷物を預けた。みんながいる所でトランクを開けるのは、ちょっとかっこ悪いけど背にハラは変えられない。飛行機は、時間通りホノルルへ。パアニ達とは、ここでお別れだ。彼女は、ロミロミの勉強をするために2週間オアフ島へ滞在する。私は、日本へ。私達は、それぞれの場所へと左右に別れた。
2004年12月12日
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さらに西へ進んでいくと56号線の終点へ。もう、ここから先には、道は無い。そこが、ケエ・ビーチだ。リーフがあり、波は穏やかだった。小さな子ども連れの家族も安心して泳いでいる。ただ、ただ時々小雨が降ったり、止んだりそれに時々晴れたりで 泳ぐには・・・・。と躊躇してしまうような天候と気温だけれど、体感温度が違うのかな~?それともハワイへ来たからには泳がないと!と思っているのかな~?結構人は多かった。 このビーチの西側には、断崖絶壁になっていたこの向こうがナパリ・コーストへと繋がって るのがはっきりと分かる。さらに西側には、石畳の狭い道がヘイアウへまで続いている。途中にあ大きな岩やその道自体にも、とてもパワーを感じることができた。私は、そのヘイアウまでへ行って見たかったが、友達は行かないと言うので諦めた。次回は必ず行きたい。ビーチからもと来た道を引き返していくとすぐ水を湛えた洞窟がある。水があるのでウエット・ゲーブとも呼ばれているワイカナロア&ワイカパラエ洞窟だ。とても大きな洞窟の中に小さなトンネルのような洞窟がある。道路より3mほど降りるとそこは砂地になっている。足元の水は、底が見えるが奥のほうの水は緑色でとても神秘的で綺麗だ。水に手を浸けて見たが、それほど冷たくもなかった。伝説では、若く美しい娘に変身したペレが地元の若くてハンサムな首長と恋をしたそうだ。さらに東へ戻る。北海岸・ハエナ州立公園ビーチと道路を挟んで水の無いところからドライ・ゲーブとも言われるマニニホロ洞窟が口を開けている。シダの洞窟とは比べ物にならないほど間口も奥行きもある。迫力もある。奥のほうは光も差し込まないようだった。この洞窟の入り口で写真を撮ろうとシャッターを押す時に、白く丸く結晶のようなものが現れた。おお!これは、きっとちゃ~んとコンタクトを取らずに無意識でシャッターを押したからに違いないと思った。遺跡やお寺や古い建物などの写真を撮るときには、私はいつも挨拶をしてからシャッターを押していたのだった。でも、このとき何故か忘れていた。デジカメの画像を確認するとそれははっきりと意志をもった存在の目のように思えた。(この写真は、私のh・p、シャボン玉2に載せています)それから、洞窟の奥へと。そのときにはもちろん許可を得てから入っていった。奥は薄暗かった。目がだんだんと慣れてきてじーっと見つめると、洞窟の一番奥に5,60cmほどの石が6個と左のほうには、さらに奥へ行けそうな洞窟が続いていた。この洞窟には、何かが、霊力を持った何かが存在しているのを強く感じた。石から10mほどのところまで歩いて行くともう、これ以上は来ないで下さいと言われた。そこで留まり歌を歌って外へと引き返した。外に向かって写真を撮ると。緑の縦の光の筋が写っていた。この洞窟を後に私たちは、ホテルへと帰路に就いた。
2004年12月11日
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キラウエアのショッピングセンターでお昼を取ることにした。そこで食べたピザは、なかなかの味だった。お店のお姉さんは、ハワイに来て初めて!!本当に愛想のいい人だった。みんな、本当に無愛想!!にこりともしない人が多い。日本のマクドで働く人たちと大違い。ハワイ島のヒロで、ガソリンスタンドの横にある小さな食堂のようなお店で友達がクラブサンドイッチをオーダーしたら、「クラブは、無い」と言った。蟹なんか、こんな値段でしかもサンドイッチでないことぐらいだれでも知ってるわ!! 発音が、違うだけやんかー。怒ってるんかと思うほど、怖い顔をして言ってた。商売の基本知らんな~!大阪人をなめちゃいけないよ!!そのショッピングセンターで、トイレに行こうと思った。ぐるぐる探し回ってもトイレの標識も無ければ、それらしき物のも見当たらない。さっきのピザ屋の親切なお姉さんに聞くと、キャンドルショップへ行くようにと言っているのがなんとなく分かった。キャンドルショップ行くとやはり、そこのお姉さんが鍵を持っていた。鍵を借りて、トイレをして鍵を返しに行った。めんどくさかった。昼間お客さんがいる間は使いやすくして欲しいなと思った。本当に日本とは随分違う。このトイレの前の小さな広場に白いオウムがと鎖もつけずに止まり木で遊んでいた。買い物に来たお客さんやここで働く人たちに声をかけられ、遊んでいるオウムは幸せそうだった。10月の始めに西表島の由布島へ行った時にもオウムを見た。そこのオウムのゲージは隅の方にあり、ほとんどそこを訪れる人もいないようだった。誰にも声も掛けれずゲージの中を1羽で行ったり来たりしていた寂しそうなオウムと大違いだ!!オウムは、飼ってみたい鳥だった。飼いたくて京都の新京極の六角堂の近くにあるペットショップに、見に行った事がある。その店は、こんな鳥売ってもええんかな~と思うような変わった鳥を扱ったりしていた。そこで見たとき、50万もしていた。オウムは、長生きで40~50年生きることもあるそうだ。私は、値段と寿命の長さで飼う事を諦めた。私のほうが先に死んでしまったら、残ったオウムがかわいそうだから・・。車は、カゥアイ島の北北西で道路の終わるところを目指して56号線(クヒロ・ハイウェー)を西へと進む。途中いくつも小さなビーチがある。どのビーチも、やっぱりハワイのビーチだ。こんな人気のないビーチでのんびり1日過ごすのもいいかもしれないな~。だんだんとお天気が、雨模様となって来た。ハワイ島もカゥアイ島も島の北西部は、貿易風の影響で雨が多く湿度も高い。去年の3月に行ったハワイ島のワイマヌ渓谷では、めがねのレンズが曇るほど湿度が高かった。道を進んでいくと小さな川の上にかかる白い5mほどの橋は、車1台がやっと通れるぐらいの幅しかなく履行ができないため、片側通行で対向車が行き過ぎるのを橋のたもとでじっとも待つ。
2004年12月10日
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そしてシダの洞窟には、食物の神様が祭られておりここで結婚式をあげると一生食べ物 に困らないという言い伝えがあるそうだ。息子を持つパアニはここで結婚式を挙げたらいいな~なんて考え始めている。特別な場として守られいるいい感じの場所だけれど、こんな蚊の多いところで結婚式って ちょっとな~。蚊が好きでない私は、自分がするわけでもないのにそんな風に思ってしまった。56号線を北へとキラウエア灯台を目指す。Lihue空港のレンタカー会社でもらった地図に載っている写真がとても素敵だった。だから、早く着かないかな~とわくわくしていた。 キラウエアの町の入り口に灯台への標識があった。そこを右折して教会の前をすぐに左折し道なりに進んで行くと海に向かって開けた展望台のような所へ。そこからの眺めがまた、また素晴らしい!!水色の空と白い雲、真っ青な海の色とのコントラスト。吹く風もさわやかで心が洗われるようだ。そして、そこから見える灯台の風景は当たり前なんだけど、あの地図の写真と同じでとってもかわいい。う~ん、期待通り!!半島の先に小さく見える白い 灯台の屋根は赤く、まるでおもちゃの灯台のようだ。ゲートを進んでさらに灯台へと近づいていくと途中の小道に海鳥の巣がいくつもある。 この灯台周辺は海鳥の保護地域に指定されており、手厚く保護されているせいか道から 一歩踏み込めば、雛鳥に触れそうなとほどのところに土に穴を掘った巣が何個もあった。 灯台の対岸の小さな島や近くの崖には白い点々のように見える海鳥の巣が、たくさんあった。半島の先から、対岸の島や海を眺めていると、風に乗ってグライダーのようにすいすいとそれは、それは気持ちよさそうに彼らが飛んで行く。思わず、うわ~あ!な~んていいの!!と、見上げる私は、口を開けていた。暗い夜の海に、ここですよ~と光を照らして位置を教える。そんな灯台が私は、好きだ。 だから、この美しい灯台に来れて心からにっこり!!1913年に建てられたこの灯台は、1976年に無線標識の設置により任務を解かれたとのこと。灯台としての役目を解かれてしまったなんて、ちょっと残念な気がする。ハワイに向かって航海を続けている船が、この灯台の光を見たとき「無事にハワイに着いた!!」と感動したに違いない。航海の安全を守り、たくさんの感動と喜びを与えた灯台は、今も輝いていた。
2004年12月09日
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ビーチから部屋へ帰ると、急にお腹が空いてきた。みんなを待てないほどに。仕方がないので、本能のままハワイ島のスーパーで買っていたカップヌードルを食べることにした。備え付けのコーヒーメーカーのお湯が、それほど熱くならないのでちょっと硬めの麺を食べた。なんとかこれでお腹は落ち着いた。今日は、これからシダの洞窟と北にあるキラウエア灯台に行く予定だった。友達と合流して出掛けることに。みんなは、朝食がまだだったので、途中のショッピングセンターへ立ち寄る。なんと、朝から行列のできている店もある。みんな知ってるんだな~。安くて量の有る店を。去年3月、ハワイ島のワイピオからワイマヌ渓谷へトレッキングに行く時に立ち寄ったお店での朝食は、ホットケーキ4枚と目玉焼きの卵4個だった!!とても私の食べれる量ではなく、見ているだけでなんだか気分が悪くなったことを思い出した。外国人は本当にびっくりするような量を食べるんだから・・・・。 パアニ達は、ホットドッグのお店を探しそこで簡単な朝食を済ませた。ワイルア川の手前の道を右に折れて進んで行くとスミス会社のボート乗り場に到着する。この会社は、カヤックでワイルア川を上っていくツアーとかもしていた。シダの洞窟へ向かうボートは30分ごとに出ていた。出発までには少し時間は、あったが乗り込むことにした。だんだん乗り込んできて、25人ぐらいになると時間が来て出発した。船の前方ではハワイアンの歌や演奏。フラを踊ってくれる踊り子さんに合わせて簡単な踊りをしたり歌を歌ったりで、楽しい雰囲気が溢れていた。日系人の通訳をしてくださる方がいて説明されるには、このワイルア川沿岸は、ハリウッドの映画の撮影に使われたそうだ。ケビン・コスナーのウォーター・ワールドや ダスティン・ホフマンのアウト・ブレイクなどなど。ボートは、ゆっくりと川を上って行く。西表島でマリュウドの滝やカンピレーの滝を見に行く時にボートで行くのとよく似た雰囲気だった。20分ほどボートに乗って行く。ワイルア川州立公園の中のシダの洞窟エリアというところに上陸。ここから歩いてシダ の洞窟まで向かう。なんと、ここにもニワトリが!!走り回っている。洞窟へ向かう小道の途中には生姜の一種の香りによい美しい花が咲いていた。ふと見るとその下に灰色のねこが気持ちよさそうに眠っていた。思わずカメラを向ける。ちょっと目を開けうる さいな~って感じでけだるそうに見上げてくれた。ねこに出会うとれしくって何故だか 分からないけれど、とっても得をしたような気持ちになる。シダの洞窟は、10年前の大きな台風で木々が倒れ日差しがさすようになったせいでシダが枯れ始め、減ってきているそうだ。シダも少なく以前写真で見た全面がシダに覆われている状態とは、明らかに違う。それほど深くない洞窟の奥が丸見え状態でガイドブックに載っているような神秘的な感じはあまりしなかった。しかし、その昔、 ここは王族だけが足を踏み入れることを 許された特別な神聖な場所だったそうだ。
2004年12月08日
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ホテルへ着くと部屋に荷物を置きすぐに裏のビーチへ向かった。それは、カゥアイ島へ来たからには、ヘイアウ近くのこのプールに入って身を清めてみたいという思いが、急に湧き上がってきたからだった。ホテルから裏の公園へは3箇所ほどの簡単な門を通ると5分ほどで行くことができた。ヘイアウのあるこの公園は、ビーチへと続いている。ビーチの中には、石で囲んだプールが2つあった。 1つは、浅く小さい子供用。もう一つは直径20mほど大きさで、深い所でも背の高くない私の足が着くぐらいの深さのものだった。波が荒いビーチの中でいつも安全に泳げるようにと作られたプールかもしれないが、どうしてもそこへ体を浸けてみたかった。しばらくの間浮かんでみた。水は思ったより柔らかく、じんわりと静かに喜びが広がっていった。体が冷え切っていた為、わずかな時間しかこのプールで過ごせなかったが、なんとも言えない満足感を味わうことができた。ビーチを後にして、部屋へ戻るときここで朝日を明朝、必ず見ようと強く決心した。時を告げるニワトリの泣き声のせいか、自分との約束のせいか5時前には目覚めることができた。少し肌寒いのでTシャツの上に長袖を羽織り、カメラを持って昨日の場所へ。外はまだ薄暗かった。ビーチに着くと、あのプールで誰かが泳いでいる。朝日を泳いで待つのも、ちょっと素敵だけれど、この気温では・・・。寒がりの私には、とても無理。朝日を見るために、6人ほどの人が徐々にやって来た。ただじーっと、海を見つめ朝日を待つ人。瞑想する人。太極拳のような動きをする人。さまざまだった。待っていると太陽は、顔を出して来てくれ白々と夜が明けて行く様子に立ち会うことができた。思ったことを1つ実行、実現できた充実感。よかった~!うん。ハワイ島では、夕日を。ここカゥアイ島では、朝日を。夕日から朝日。8月に石垣島へ行ったときも、夕日からだった。私は、いつも夕日が先だ。どうしてなんだろう?
2004年12月07日
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だんだんと風景が変わり、船は切り立った崖を目指して行く。波は荒い。前のほうに座っていると波しぶきがもろにかかって来る。しぶきを避けるために、席を移動するようにキャプテンから指示があった。 そんな中を進んで行くと深い谷のある、断崖絶壁の素晴らしい景色が現れてきた。崖が幾重にも重なり、次々にに現れては、通り過ぎて行く。目を見張るような、息を呑むような風景。目の前のに繰り広げられる大いなる神々しいまでの自然の美と力。ただただ驚き!心が熱くなる。オオ~!感動!な~んて、すごいんだ!!言葉では、うまく言い表せないが、これらの深い谷からは、すごいパワーというか、波動というか、何かが伝わってくる。ナパリに会えてよかった。ナパリに来れてよかった~。ナパリに案内してくれた船。キャプテン、お兄さん達。一緒にいた人たち。一緒に来てくれた友達。私。そして、ナパリ。すべてに感謝!!ありがとう!!船が揺れたせいか、私もパアニも船酔いしてしまった。ナパリの素晴らしい景色を後にすると、忘れていた船酔いを思い出し気分がかなり悪くなって来ていた。お昼を食べるのも決心がいった。アメリカ人たちは、ほんと元気だ。コーラは、何缶も飲むし、おおきなサンドイッチもパクパク。食事が終わったら、なんと、アルコール類も飲んでいた。私たちは、アルコールなしでもこんなに酔っているのに…。そして、楽しみ上手というか、楽しまなきゃ損というのか、その後のシュノーケリングでも70歳ぐらいの人まで、ほとんどの人たちが海に入っていた。私も少し海に入ったが、マスクが合わなかったし、気分が今一で海の上に浮かんでいると先ほどの船酔いがよみがえって来るようで、すぐに船に上がった。その後、港を目指して帰ったが、ぬれた体に風が寒かった。
2004年12月06日
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いよいよ、船に乗り込む。前の方に座って先を見つめる。初め、私は、ナパリコーストを空から見たかった。だーって、噂によるととっても素晴らしい景色らしい。だから、その全貌を見てみたいな~!!と思った。しかし・・・・。みんな、嫌がった。死にたくないと。死ぬ時はどんな時でも死ぬのに。 ちょっと、ナンセンスだと思った。だって、もし、ペルーへ行ってナスカの地上絵を見るとき空からしか見えないからセスナかヘリに乗って見るのにね。次回は是非、空からのナパリに挑戦したいな~。船には、新婚旅行のカップルや親子ずれ(学校は休みカイ??)中年の夫婦。 一人で参加している女の人もいる。みんなぺちゃくちゃと楽しいそうだ。よく飲み、よく食べる。船酔いを知らんのか~??おのぼりさん(結構田舎の人)も多いみたいだ。刺青をしている人もいる。でも、あんまりきれいではないな~。ルアで踊っている人や写真で見たハワイアンのような人を惹きつける美しさがたりないように思った。ある、若いカップルの男性の水着姿をみてちょっと驚いてしまった!!それは、まったくスクール水着。黒か濃い紺色の両サイドには白いライン。いまどき日本では、中学生も着ないような水着だった。船の上では、かっこいいお兄さんが、飲み物やスナック類のサービスを始めた。何で、こんなにまめに働くのかな~?と最初は思っていたけど、チップが働きや笑顔に反映されるから、こんなに熱心なんだと納得した。でも、この船で、かっこいい のは、やっぱりお兄さん達だ。船は、カゥアイ島の左半分を半周するコース。しばらく行くとイルカ達が船の周りに遊びに来てくれた、写ってるかどうかなんて確かめる暇もなく夢中でデジカメの遅いシャッターを押す。うれしい事にたくさんのいるか達が結構長い間いてくれた。後でカメラを見てみると、案外ちゃんと撮れていた。ハワイ島でのゾディアックのドルフィン・スイミングでは、動きが早すぎで写真に残すことができなかったので、ちょっとほっとした。船は、右手に製糖工場を見ながら進む。なんだか、とても懐かしい風景だ。どこを見ても絵になるような海岸線が続いている。ビーチも何ヶ所かあったが、人っ子一人いなかった。ここまで泳ぎに来る人はいないのかな~?それとも、平日だからかな~?左手にニイハウ島が小さく見える。だんだん、ナパリへと近づいて行く。どんな風景が広がって行くのだろう??期待でいっぱいだ。
2004年12月05日
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(((続き))) お昼を食べたショッピングセンターのお土産屋さんのウインドゥにも、いるかやカメの置物の横にニワトリの人形が並べられ、ちょっと奇妙な感じがしたのだけれど、こんなにあちこちで目につくなら、名物みたいなものんだ!!と納得した。しかし、ニワトリはニワトリ。毎朝、まだ日も昇らぬ4時ごろから鳴き始める。ゆっくり、眠ることのできないカゥアイ島だった。今日は、ナパリ海岸を船から見るツアーへと島の南のハナペペ湾に向かう。8時の集合だ。ホテルは、朝食つきなのでホテルの食堂へ。5ドル払ったら・・???と言っているが、はっきり分からない。5ドル払わないというと昨日の残り物のような固いパンが出てきた。サービスも悪い。よく分からぬまま、並んでいる果物を取って食べたが・・・。結局後で、その分5ドル払うことになってしまった。ホテルのウエイトレス達は、テーブルにチップが置いてないと文句を言っているようだったが、あんな乱暴で無愛想な態度に誰がチップを払うの??と思ってしまう。朝食のことでみんなちょっと気分を悪くしながら車を走らせて行く。空港へ向かう分かれ道を右に進んで行くと、反対車線はラッシュか??とても渋滞してきた。みんな空港やホテルの近くのショッピングセンターへ働きに行くのだろうか?カゥアイ島は、そこに居るだけで癒されるような穏やかな波動の島だが、車の運転は、超乱暴!なかなか入れていはくれないし、一体どうなってるん??ハワイ島の人たちの方が、ずーっと紳士的にこやかにで譲りあっている。ブルー・フィンで手続きをして、カードで支払いをする。このツアー代金は、158ドルだったと思うが、サインはさせない。船に乗ってからと言う。あとでわかったんだけど、船の上のお兄さん達にチップを払うために、チップの欄がありサービスに応じてか??金額を書き込むようになっている。50人ぐらいの人が集まっただろうか?日本人は私たちだけだった。たった一人だったら、ちょっと参加したかどうか?だって言葉がわからないから、こんな船の上でどう過ごすのか?ちょっと間が持たないかも~!
2004年12月04日
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寺院を後にして、お昼を食べにショッピングセンターへ向かう。おみやげ物屋や食べの屋さんのある主に観光客相手の センターだ。その中のお店でクラブサンドを食べた。とても量が多くて全部は食べきれず残して持ち帰った。雨が激しくなってきたのでお店の人が雨よけの透明な分厚めのビニールを軒先から下げると風も防げ、ちょっと寒さもしのげた。雨と風のせいで、これがハワイ??というような気温だった。その店には、太ったアメリカン・ショートヘアが居た。お客さんに食事が運ばれると素早く駆け寄り、テーブルの下から見つめ擦り寄る。ハンバーガーやフライドチキンのようなものを食べているから、こんなに太っているんだな~と納得した。私は、小さい時から動物が大好きだったので、旅先で、いろんな動物達に出会うのはとても楽しみだ。その中でも、ねこに会うと「うちの3匹もきっと元気にお留守番をしているんだな~。」と自然と思えるように最近はなってきた。以前は、なんだか罪の意識にとらわれ旅行自体を楽しめないところがあった。それは、精神的な意味での猫との決別ができていなかったからだった。自分自身が人生のクリエイターと言うことを忘れて、ねこ達に精神的に頼る弱さが私の中にまだまだあったからだった。ホテルへ着くと日本語は全く通じず、本当に無愛想だ。この無愛想さは、日本では考えられない程だ。サービス業以前の問題だろう。キラウエア火口のトレッキングガイドの福島さんが、最近10年ぶりに日本へ帰って「銀行でもどこでもとても親切なので安心した。」と言っていたけれどその気持ちが、カゥアイ島へ来てよ~くわかった。荷物を運んでくれるポーターもいないので、重いトランクを自力で運ぶ。私の部屋は、階段で下へ行くようになっているので、どうしようか??と思っていたら、廊下をお掃除していたおじさんにお願いして運んでもらった。1ドルをチップに。1ドルでこの重いトランクを運んでもらえるなんて有り難い事だ。部屋は一人では広いぐらいだった。でも、普段家でねこと私だけの生活をしているせいか、ずーっと他の人と行動し続けていたので、一人になって、ほっとできる空間が欲しかったので、うれしい一人部屋だった。窓は、湿気るといけないので絶対に開けないで!!と。注意書きがあった。窓の外は芝生になっていて、その先には海も見える。芝生には、野生のニワトリが走り回っいた。ホテルだけでなく行く先々でニワトリは目に付いた。それは、カゥアイ島には、天敵ともいえるへびとマングースがいない為に、昔入植者が持ち込んだニワトリがあ逃げ出しそのまま野生化し増え続けたからだそうだ。公共の敷地のニワトリを捕まえることはできないが、自宅の敷地にやって来たニワトリは自由に捕まえていいそうだ。だから、ニワトリに餌付けをして捕まえる日を気長に待つ人も多いそうだ。お昼を食べたショッピングセンターのお土産屋さんのウインドゥにも、いるかやカメの置物の横にニワトリの人形が並べられ、ちょっと奇妙な感じがした。
2004年12月03日
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空港へ降りたらもう、涙を流している余韻など味わう間もない。荷物をターンテーブルから降ろし、雨の中ぬれた道路を渡り、レンターカー会社のバスでレンタカーの手配に会社へとへ向かう。ハワイ島にく比べるとずっと小さなカゥアイ島だが、初めての道はやはり運転しにくいそうだ。レンタカー会社で棚にあった地図をとり、それを見ながら寺院を目指して行く。ハワイ島では、こんな無料の地図でさえ日本語版があるのに、ここでは英語版のみ。旅行会社のツアーではなく、個人的に来る日本人は、少ないのだろうか?56号線を北へ走りワイルア川を越えすぐに右に折れ580号線を。住宅地を2つ通り越して右に折れ進むと寺院があるとパアニは調べてくれていたが、どこまでがいったい住宅地?と言うぐらい家が少なく右折の道を見逃してしまい道の最終の「これから先は立ち入り禁止」のところまで来てしまった。引き返し、途中の事務所で聞いてみる。英語は、話せなくったってなんとかなるものだ。あとは、度胸の問題。話せないからと言って、自分を卑下する必要なんか全くない。これは、旅を続け行くうちに私の身に付いてきた図太さの一つだ。やっと寺院の看板を見つけると、事務所はもう少し先。また、戻って、道を曲がり車を修理していた人に、パアニが聞くと、この先だとのこと。あ~あ~これでやっと行けそう!!時間は10時を回ってはいたけれど、2時間あればなんとか、なりそうだ。雨は、時折激しく降ったり、止んだりしていた。濡れながら入り口から寺院へと歩いていくと石を敷き詰めた通路の途中にテントがとベンチがあった。ここで靴を脱ぐ。ヒンドゥー教の寺院はどこでも裸足にならなければ中へ入ることができない。インドでもネパールでの必ず靴を脱ぐ。インドに行った時、裸足になったとたん敷地の大理石の暑さに驚いたものだった。プールで足を清め、水晶の祭られている本堂へ入る。水晶へは、3mほどまでしか近づくことはできなかった。70cmほどの大きさだろうか?とても、存在感がある。地球の中で成長を続け、姿を私たちの前に現してくれた水晶は、確かな意志を持って今も生きているのがはっきりと分かった。そして、その水晶は、南国の花でとても美しく飾られており、そこからやさしく穏やかではあるが凛とした波動をかもし出しているように思えた。いつまでも、ここにいたい。ただ見つめていたい。それだけでとてもとても穏やかで幸せになる。カゥアイ島にいるだでも十分繊細で、遺伝子の中から癒されるよう感じたが、この寺院の敷地はさらに特別なものを感じた。寺院の境内??は、整備された公園のよう庭が広がっている。そこには、さまざまな植物が植えられ、池や竹林仏像などがあった。庭の高台からは、ワイルア川を見下ろすこともできた。雨のせいか、流れは激しく水は濁っていた。寺院は、この水晶を納める石の神殿を新たに建設していた。石も石工もインドからやって来て、作業は手彫りで進められていた。石をノミで彫る音が、こんこんと耳に体に響いてくる。
2004年12月02日
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ハワイに来るのは4回目。カゥアイ島は、初めて。1週間のハワイ島の滞在を終え、3日間カゥアイ島に行こうと思ったのは、どうしても行きたいところが2箇所あったからだった。その1つ目に大きく影響を与えたのは、女優の山口智子さんの書いた本「反省文ハワイ」。その本を読んでナパリ海岸へ行ってみたいと言う気持ちが、とても強く湧き上がってきた。そこには、「志の高低も問われような原始の美と力」とナパリ海岸を著す言葉があった。2つ目は、以前からレイキ関係の人や精神世界系の人から聞いていた大きな水晶のあるヒンドゥ教のお寺が、カゥアイ島にあり、是非そこへ行ってその水晶に会ってみたいという思いからだった。17日早朝、ハワイ島のバケーション・ハウスから空港へ向かう。空は、まだ暗い。昨夜からの激しい雨は小降りになっているが、雨に送られてのハワイ島とのお別れだ。カゥアイ島へのフライトの時間は、当初もう少しゆっくりとした出発だった。しかし、パアニが調べていると私たちがカゥアイ島にいる間寺院の開放されている日が17日だけで、それも午前中のみとのこと。午前中に寺院をゆっくりと見学できる時間につくには、ハワイ島を早朝に飛ぶ以外なかったのだ。まず、6時15分に開くレンタカー会社へレンタカーを返却し、コナ空港へ向かうレンタカー会社のバスに乗る。島から島への移動にもかかわらずスーツケースのチェックはとても厳しい。重い荷物なので鍵をかけてしまった私は、鍵を係員に渡したりで時間が結構かかった。6時55分発ホノルル行きに乗り、ホノルルで乗り換え8時15分発のリフェ行きでカゥアイ島へ向かった。ホノルル空港では、待ち時間、ふと外を見ると虹が見えた。歓迎なんだな~。ありがとう!!リフェへ向かう飛行機は、それほど混んではいなかった。ラッキーなことに窓側に座ることができた。ほんの30分ほどのフライトだ。窓からだんだんと近づいてくるカゥアイ島を見ていると涙が自然に溢れてきた。横に誰もいなければきっと声を出して泣いていただろう。それほど魂の奥から涙が出てきた。懐かしさでもなく、ここにやって来て当然!そんな気持ちだった。私の魂は、きっとすごーく喜んでいるんだろう。そして、魂を運んできた私自身とこの体にとても感謝しているのだと思う。時間通り到着したリフェ空港は、小雨が降っていた。
2004年12月01日
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