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先日、フィンドフォーンのイアン&ロージー夫妻のワークへ行ってきた。場所は、京都のパレスサイド・ホテル。3ヶ月に1度エンジェルハモニーフェアが開催される場所だ。名前の通り御所が目の前にあって、御所の穏やかな感じがそのまま流れているよなホテルだ。「地球との繋がり方」かそんな題だったので、興味を持って参加した。フィンドホーンからは、まだ呼ばれていないのか行きたいという気持ちはないけれど、アイリーン・キャディさんの本は何冊か読んだことがあるし、去年ロージーさんのワークにも参加した。だから、ご縁をいただければいつか行くかも?な~んて考えている。ワークは、楽しかった!それに尽きる。ダンスをして地球と繋がり、歌を歌って天と繋がり。楽しく話して・・・。こんな風に毎日を過ごし、働けたら幸せな気持ちに毎日なれるだろうな~!と思った。最近ちょっと詰まり気味だった私。ダンスをして体を動かし、大きな口を開け歌を楽しく歌いとってもすっきり出来た。とにかく楽しかった~!イアン&ロージーさんスタッフのみなさん、参加された方、ありがとうございました。
2006年01月30日
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生まれ変わる!それは、死によって肉体を離れた魂が違う肉体、新しいに生まれ変り違う人生を歩むことを指すのだけれど、今、私達は目まぐるしく動いていく時の流れの速さの中で生きながらにして、生まれ変わることも可能なのではないかと思う。引越しや留学や結婚やそんなこんなで住んでいる環境が大きく変わる。昔では考えられないような遠い距離を移動できる現代においては、それも、生まれ変わりの一つだと思う。そこでは、今までの生活では考えられないような人との出会いや場所との出会いを体験することが出来る。その出会いの体験を通して、今まで自分自身でさえ知らなかった隠れていた、自分の性格、能力などを発見したりする。旅をする私は、この21世紀になり旅を体験する度に生まれ変わりをしているのかもしれない。そんな思いがだんだんと強くなってきている。私が旅をする場所は、過去に私と縁ある場所がほとんどだし、出会った人たちの中には、過去の人生で深い関わりのあった人もいる。例えば、カイラスを旅(日本人2人だけの旅だった)したときのネパール人のガイドさんとは、何度か過去生を共にしていたし、そのときの旅の友のアベラーは、過去生で私の妹だったときもあった。ハワイ島へトレッキングへ行ったときのガイドさんは、私の夫だったことのある人だった。私はこんな風に過去に縁のある場所に行き、それぞれの過去の人生での様々な思いを解消し、生まれ変わっているのだと思う。だからか、久しぶりに出会う人は、私のことを違う人だと思ったりする。それほど感じが違うそうだ。それは、写真にも現れているようで、アイルランドの写真を友達に見せたら、私のことを「このルーマニア人だれ?」と言う始末。(なんで、ルーマニア人やの??せめて近くのイギリスにして欲しいゎ~)そう言う彼女がセドナの旅から帰ったときは、力強いインディアンの男の人になってた!環境が変わることで、自分自身が確実に変化しそれが生まれ変わりに匹敵するほど凄いことなんだ!このことに多くの人が気づき、意識することが出来れば、すべての変化が速やかになり、確実にそうなれると思う。死を体験せずに生まれ変われる!そんな可能性があるなんて、素晴らしいやんか~!
2006年01月29日
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今を生きている私だけれどすぐにでもに過去へ戻ることは出来る。例えば、以前に行った旅の写真を見る。そして、その旅を思い出す。それだけで、旅をしていたときの気分や感情を思い出す。心は過去へ旅をしたときに戻りそのときを再体験している。それは、まさにこの場で過去で体験した旅の時へと心は戻っている。今まで生きてきていた場面の写真は、すべて過去へと意図も簡単に心を運んでくれる。音楽もそうだ。辛いときに聞いた曲や歌は、今聞いても辛くなるし、楽しいときに聞いた曲や歌は、どんなときに聞いても楽しい気分へと心を連れて行ってくれる。この人生の中でもこんな風に過去・今まで生きてい時へと戻ることは出来るのだ。それとは感覚としては違うけれども、私がたどった過去生と同じような過去を今現代を生きている人々も存在している。今世界のどこかで、戦争がある。個人的に誰かの命を奪う現実がある。飢えで死ぬ人も。人の売買さえもどこかでは起きている。子供を生んだり、育てたり、生まれたり、死んだり。人を恨んだり、嫉んだり、喜んだり、笑ったり、感謝したり。戦争も飢餓も人身売買(あえて言うなら日本人間では)のない、日本に生まれ、生きている。それだけでも、過去生から抜け出た生きる時を選んでいるんだと思う。世界の中でも恵まれた日本にいても、まだ、人を憎んだり、うらんだり、今を生きてる私の周りには、過去の状況を状態の心で生きている人たちも確実にいる。それが、現実だと思った。
2006年01月27日
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私はこの番組が好きだ。番組が始まるときの音楽、まるで鳥の目線のように上から場面を捉えだんだん近づいていくカメラワーク。そして何より世界遺産を家の中からTVを通して私に見せてくれる!それがうれしい!!今回は、ヨーロッパの北、ラップランドに住むサーメ人とトナカイの話。去年2月にオーローラを観にフィンランドへ行った私は、そこでトナカイの橇に乗り、サーメ人の人たちに出会った体験がある。その時は、オプショナルで参加したのだけれど、前日乗った犬ぞりのスピードのある走りに比べ、ゆっくりゆっくりでもトナカイ達はまじめな足取りだった。乗っている私は、その穏やかなリズムの中で寒いにも関わらず瞑想状態のようになったことを思い出した。フィンランドへ一緒に行ったたびの友は、サーメ人の人が私達のことをどう思ってるのか?他の国へ行ったことがあるのか?などと疑問を持っていた。二人が同じことを思ったのは、トナカイの橇の先頭を行くサーメ人の男性が幸せではなさそう!と思ったことだった。TVでは、デンマークに住むトナカイを中心に暮らすサーメ人家族が紹介されていた。 4月まだ雪がある中をトナカイたちは感じる気温の上昇と共に北へ移動する。その移動に伴い家族は、トナカイと一緒に北の牧草地へ移動していく。木々の茶色が逆さにした竹箒のような雪の森の中、トナカイたちが川のように群れを成し移動して行く。なんか、とっても懐かしい~!この森の木々の一本一本に木の精霊がいるのを私は知っている。精霊達は、このトナカイとサーメ人の暮らしを何千年もず~っと見つめてきたくれたことだと思う。この極寒の地に春の訪れを告げるこの営みを。ラップランドで誇り高きサーメ人として暮らすと言うことは、並大抵のことではない。 過酷な自然環境。それを動物と生き抜く。そして文明社会と呼ばれている社会との兼ね合い。その文明社会と異なるが故の差別。約1万年前にこの地にラップランド住み着いたサーメ人の子孫の彼は、トナカイと共に旅をして、トナカイを飼うことは職業ではないと言う。それは、生きていくこと。私の人生そのものだと。TVに出てきた彼は、どんな困難をもに越えてきた強さと優しさを感じさせる人だった。 それは、淡々とした中にもにじみ出ていた。幸せとか不幸せとかそんなことさえ、どうでもいいような現代人の多くのが失くしてしまった生きていくことへの、当たり前のことを当たり前にするだけというようなシンプルさを 感じ取ることが出来た。このシンプルさが、素晴らしい!!
2006年01月24日
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昨年8月に父を亡くし、母は今までの人生で一番自由な時簡を過ごしていると思う。父は、「ああして、こうして。」と人が自分の思う通りに動いてくれるのが好きだった。 それに、亡くなる2~3年前になると以前よりさらに口やかましくなり母の行動を制限していた。そんな母が、はまっているのは「韓国ドラマ」。まだ父が入院しているときには世間の多くの人と同じように「冬のソナタ」を見て、涙を流し、大学受験中の姪に気味悪がれていた。年齢は関係なく、恋愛ドラマを見れば主人公のように反応する。恋する乙女!いくつになっても、人の気持ちは変わらないんだ!と言うことを母を通して理解できたように思う。(と言うことは私だって可能性があるってこと!!)今までの締め付けから急に解放された母は、何時間でもビデオを見ている。何かが外れたと言うか、壊れたと言うか。犬を夕方家に入れたり、洗濯物を入れたり、雨戸を閉めたり等の決められた簡単な仕事も忘れてしまうほどに熱中している。だからそんな行動が、他のものに非難されている。そしてビデオを持っていく私も。でも、何もせずにぼーっとしてるより話の筋道を考え好きな俳優のビデオを見ているほうが幸せだと思うんだけど・・・・。一緒に暮らしているのでもない私がどうこう言えることでもないしな~。その母が、家で飼っている豆柴に咬まれてしまった。豆柴も15歳という高齢。目もにごってきたし、耳も聞こえにくいし、行動もおかしいし、ちょっとボケていきた。老人同士!やっぱりな~なんて思った。母は、傷が深く、毎日病院通い。痛みも大変だし、気の毒だと思う。以前野良猫に咬まれて、その痛みや消毒が大変だった私は、同情する。でも、これで気兼ねせずにビデオが見られるようになったんだな~!と私流に解釈もする。一般的な解釈ではないけれど・・・・。物事が起こるのには、必ず訳があるし、必要なこと必然なことしか起こらないのだから・・・・。ちょっと冷静すぎるかも??
2006年01月22日
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なんと、2週連続!映画を見に行きました。邦画を映画館で観るのは、ほんと久しぶりです。ちょっと楽しく笑えるような映画を観たい!そう思って有頂天ホテルを選びました。あの『古畑任三郎』の三谷さんの作品なので期待もしていました。映画を観て、ブログに書くことが多いのでいつもパンフレットを購入します。が・・・。だんだんたまって来て本棚を占領するようになってきたし、ほとんどあとでそれを読み返したり見直したりすることがないので最近は、めったにそうすることもなくなりました。便利なもので、上映中の映画には必ずH・Pはありそれを参考にすればいいんです。しかし、こう有頂天ホテルのH・Pは、重くてなかなか立ち上がりません!!とほほ・・・。水曜日、1時25分のからの2回目上映を見に行きました。今までだったら、なんか脅迫観念に取り付かれたように、1番最初を観る!それが心意気だ~!!って思い立ったら弾丸のようにそこへ向かって行く私でした。(ちょっとオーバー??映画観るぐらいでね~。)でも、ゆっくり行って見れればいい。観れなければまたそれもいい。そんな風に変化してきている今日この頃です。でも、上映1時間前に着くとチケット売り場は、けっこうな列を作っています。そして席も、残り少なく何とか座れた~!状態。この映画、さすがだな~と思いました。 とにかく出演者が超豪華!役所広司,松たか子,佐藤浩市,香取慎吾,篠原涼子,戸田恵子,唐沢寿明,オダギリジョー,伊東四郎他どの人も主役クラス!これだけでも観てみたい!そう思うはずですよね。特にオダギリジョーの役どころと演技、おもしろ~い!!と思いましたね。場面、場面に笑える所があって、充分たのしませてもらったな~。何か心ににとどめそこから、深く考えて行くというような作品ではなかったけれど何も気にせず、考えず「あはは!」って笑って、ちょっと幸せな気分を味わえた。やっぱり、笑っていれば楽しくなってくるし、幸せな気分になってくるってことを思い出させてくれた映画でした。それに、メッセージもありました!自分の思う通りにする!ありがたい、お言葉です。
2006年01月19日
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この本に出会ったのは、11月北海道へ行ったとき時間つぶしに立ち寄った札幌の紀伊国屋書店でだった。大阪の紀伊国屋書店とは違って、広々として平日だからか人も少なく本を探しやすいお店だった。それに、ベンチとかもあって、なんと!!そこでお店の本を読んでる人もいたりして・・・。ちょっと信じられなかった!だって、大阪・梅田のお店では人を掻き分けるようにして自分の目的の本のある場所にまで突き進んでいく!そして、人垣の中からそれを探し出す。人人人。ベンチなんてとんでもない!そんな感じだから。その時は、オーストラリア行きを控えその関連のガイドブックを探し、毎年購入するミドリ製の手帳を探したり。(結局なかった~。)お店を出る前に偶然(必然??)目にした本が、「エラゴン」だった。紺のバックに光るドラゴンが浮き上がる表紙に一目でとても惹かれた。その場で買ってすぐにでも読んで見たかったほどに。しかし旅のはじめ。こんな分厚い重そうな本を持ち歩くなんてちょっと無理だと。諦めた。しかし、いつか読んでみようと手帳にちゃ~んと題名や作者を書き留めておいた。私がドラゴン・龍にに惹かれるには訳があった。三内丸山遺跡へ行ったとき龍が私に玉を運んでくれるビジョンが見えたことや、夢で青い龍を釣りあげたこと。決定的にいつも龍が私と一緒にいることを教えてくれたのは、私の尊敬するマイケル・J・ローズだった。彼のリトリートでエクササイズのシェアーをしたときに、 私にはず~と龍が一緒だと伝えてくれた。その時、やっぱりなぁ~!と思った。だからか、龍にはいつも目が行き、心が傾いてしまう。先日、なぜかその本のことを急に思い出して、AMAZONで購入した。注文した翌日に本が到着して、余りの早さに驚いてしまったくらい。まるで早く読んでみたらどう?なんて言っているように思えた。すぐに読み始める。面白くて、一気に読んでしまった。指輪物語とハリー・ポッターを合わせたような話の展開。でも、ぐいぐいと気持ちを引っ張って行く話の展開は凄い。ドラゴンライダーの主人公は古代語を教えてもらい魔法も使うようになる!わくわくする魔法がらみの物語が、大好きな私にとってほんとに(きっとそうでない人も)ぐいぐいと引き込まれる物語。読み終わってすぐに、パート2をオーダーした。早く来ないかな~!とても楽しみ。
2006年01月17日
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BS2でエルビス・オン・ステージを観た。とても思い出深い映画だ。その映画が上映される少し前にラジオからエルビスが歌う「この胸のときめき」を聞いて、びびび~っと体に電流が流れるように感じ、なんて凄い歌!だれが歌ってるの~?今までにそんな感覚を自分の中に感じたことがなかっただけにそれは、私にとってすご~く衝撃的だった。興味が、むくむくと入道雲のようにわきあがり、そしてこの映画!映画館で9回観た。今でも9回映画館で観た映画はこれだけ!それほど熱中した。歌が上手いし、心の中へ歌声が突き進んでくる。そして、かっこよかった!エルビスは、もうそのころには充分スターだった。ビートルズもローリングストーンズも影響を受けているし・・・。映画の中には、有名な映画スターが何人も彼のステージを観に来ている様子も写っていた。その当時、若い、子どもだった私は、普通の人がスターに憧れるように彼の歌に情熱を傾けていた。今この映画を観て、このステージを作り上げるのには、彼の天性のみならず大変な努力があったことや、スターという人生が決して人並みの幸せを味わっているものではないこと。私たちが当たり前にしていることが決して出来ない、私生活という大きな犠牲を払って 成り立っていることなどなど。いろんな事がはっきりと分かり見えてきた。あのころの若かった私の目は、物事の表面を追うだけで精一杯。何も本質を見ていなかったし、それがあることすら知らなかった。家族が語るように晩年(でも亡くなったのは42歳の若さですよ~!!)と言っていいのか??とにかく彼は幸せではないと思った。人の幸せは、その人の中にだけあるのだけれど、あんなに魂に響く人の人生が不幸だなんて!「エルビス・フロム・ハワイ」の彼を見ていると私は、涙が出てきてしまった。
2006年01月15日
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母と昨日、久しぶりに歌舞伎を見に行ってきた。日常とかけ離れた歌舞伎には、映画とはまた違った魅力がある。お正月と言うだけではなく、歌舞伎には着飾った人々が多い。そんな観客の様子を眺めるの楽しい!上演んされた「神霊矢口渡」「仮名手本忠臣蔵」「春調娘七種」の中でやっぱり踊りの場面がよかった。「仮名手本忠臣蔵」の浄瑠璃の場面で仁左衛門と玉三郎の踊りは本当にきれいだった!背景の水色の富士山、ピンクの桜、黄色の菜の花、緑の松。錦絵のような流れる踊りをみていると夢のような美しさで心が満ち足りて来る。目は、吸い付けられたように、二人の踊りから全く離れなかった。「春調娘七種」も踊りで満足した。肝心の歌舞伎のほうは、劇の中へ入り込むほどには見ることが出来なかった。テンポが今の時代とかなり違っているのは、別にどうこう思わないが、「仮名手本忠臣蔵」は、歌舞伎の三大名作狂言だそうだが、内容が・・・・・。作られた時代が時代だけに仕方がないのかも・・・・。あだ討ち資金の調達のために女房のおかるを祇園に売る!おかるもその両親も納得!おかるの行為は、美談!この内容で昔の人は、自分たちの人生になぞらえながら涙を流し感動したのだろうか?そりゃ昔の日本は貧しかった。第二次世界大戦より以前の農村では、娘を売る家もあったという。なんであだ討ちの資金のために身売りするねん。なんか納得いかない。やっぱり、自分の人生を生きてない。だからか?踊りや衣装や、仁左衛門は足までおしろい塗ってる!そんなことばかりに目が行ってしまった。
2006年01月14日
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その日の午後からは、「わくわく動物探検」のツアーに参加。結構ハードな毎日。私は、動物ツアーより「天空の城ラピュタ」のモデルになったパロネラパークに行きたかった。だって、宮崎さんの作品の中でラピュタとナウシカが特に好きなんだから・・・。ここでも私らしくなく、今までの姉妹パターンによって遠慮をしてしまった!それは、年も離れているし年上の言うとおりにするって!古いパターン。「ごめんねぇ。」と謝る姉にまた、腹が立つ!謝るぐらいなら、パラネラパークへ行きたかったゎ~。(でも黙っていました。)おもしろガイドさんだった。でも、喋ってばっかりで、疲れないのか~?なんて思ってしまった。2M以上あるシロアリのあり塚では、パセリのような味のするシロアリを1匹食べた。農薬を散布していないゴルフ場には、いつも野生のカンガルーが集まっていたし、ワラビーやオーストラリアで、90匹しかいないと言われるカモノハシも見ることが出来、それはそれで楽しかった!今回オーストラリアでもいろんな体験をすることができた。同じ魚仲間でも深海魚と回遊魚が全く生活パターンが違うように姉と私も違うと言うことが分かった。故意に避けたりすることはないけれど、必要がない限り会うこともないし、話せば分かってもらえると思うという幻想は、持たないようにしよう!ただ、わたしたちは肉親ではあるけれども、物事を見る視点が違っているのだから・・・。それは、仕方のないことでどちらがいい悪いでもない。と思った。
2006年01月12日
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今日は、ハリー・ポッターを観て来ました。大阪・京都では、水曜日は映画鑑賞が1000円になる日です。昨日は、ユーさんと新しい年になって初めて会って、素敵なお店でランチをしてその後、韓国映画「アメノナカノ青空」を観ました。ちょっと哀しいお話だったけれど 全体的には軽い感じだったにもかかわらず映画が始まると肝臓の下がすぐに痛み出し、 何に私は一体反応してるんだろう?と思いました。ゆーさんも気分が重かったそうです。やっぱり、お決まりの不治の病、実らぬ恋!描き方は軽くても底にあるものが重いのでしょうか?ハリー・ポッターは、物語の内容はともかくハリーがドラゴンに追いかけられながら空を飛んだり(飛ぶのにホントに憧れてるからですが・・・)、原作を読んでないので 次に何が起こるか?どんな魔法の仕掛けがあるのか?わくわくして観ました。ドラゴンやペガサスの馬車や不思議なことが大好きだから、魔法もとっても楽しいです。 全然知らない人たちと2時間半ほどの時間を楽しく共有出来るのは、映画館で作品を観るときだけ。この感覚も好きで~す。それに映画館では時計を見ることもなく作品に没頭するので、時間がいつもより長~く長~く感じられ、この映画が永遠に続いていくような錯覚がまたまた好きで~す。物語の進み具合が子役の成長と一致しているかどうかは分からないけれどハリー役のダニエル・ラドクリフをはじめ、当たり前のことなんだけどみんな随分大きくなっていました。ず~っとこの作品と関わって大きくなるって、この子たちの人生にどんな風に影響を与えるんだろう?そんなことにも興味がわいてきます。
2006年01月11日
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翌日は、気球に乗るツアーに参加した。その為、朝の3時半起き!眠ったと思ったらもうおきる。海外のツアーではそんなことが多い。元気じゃなければとてもやってられない!4時半頃に迎えの車を待っていると、まだ太陽も昇らず薄暗い。鳥だった過去生を持っている私は、高い所が大好き!だから、どうしても高い所から浮かびながら地面を見てみたかった!だから、とても楽しみだ!ホテルから、1時間ほど車に乗ってバルーンに乗り込む地点まで向かった。そこは、競技場と言えるほど広い場所で、3基のバルーンにボンベを使って熱い空気を送っていた。バルーンを飛べるようにするためにボンベを1本は使うそうだ。西の空に沈んでいく満月を東に昇ってくる太陽を広~い自然の中で黄色のバルーンがだんだん大きくなっていくのを待つ。そんなことが自分の人生の中で体験できるなんて!!思ってもいなかった。そして、バルーンが大きくなるにしたがって初めて体験する熱気球ツアーへの期待もどんどん大きくなっていった。気球が充分に膨らむと、大きなカゴにカメラだけを持って乗り込んだ。乗員は操縦士を含め14名。気球がだんだん浮かんでいき、高度も上がっていく。地面が遠くなり、人や車がだんだん小さくなって行くの眺める感覚は、あ~これが~!この感覚は知ってるみたい。懐かしい~。そうなのか~!そうだ!・・・と言う感じだった。それは、きっとテレビや映画でそんな映像を見たことがあるからか?それとも過去で飛んでいたからか?再体験できた。そんな感じだった。上から見下ろしながら、遠くを見渡しながら空を漂うのは、楽しかった!朝日も色鮮やかにきれいに見え、とっても満足!もし、叶うならゆっくりと空を漂う気球に乗って、鳥の目で空から地面を眺めながら旅をしたら楽しいだろうな~。何日もかけて・・。やってみたいな~と思った。このツアーは、気球をたたむ作業も体験できるようになっていた。エアーをたたみながらどんどん抜いて、寝袋?テント?をたたむように気球を小さくたたんでいく。これも面白かった。
2006年01月10日
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海の中で波に漂いながら泳いでいると、今目に入る景色のことだけに心が奪われその様子「きれいだ~!、こんな魚見たことないな!」なんてそのことだけを考える。 これこそ、今に生きるってことなんだ!陸にいてもこんな風に毎日を過ごして生きていくことが出来たら、いろんな事を考え思い煩うこともなく、生きていくことが出来たら、みんなの不安も減っていくの違いないと思った。ランチを食べてからも。すぐに海に戻り楽しく幸せな時間を過ごした。とてもとても満足した。このせいか、ふくらはぎが真っ赤に日焼けして日本に帰ってからその皮膚がぼろぼろと剥けるほどだった。寒波で寒~い日本で日焼けでぼろぼろ・・・。おもしろいな~!ってお風呂で浮かぶむけた皮を見てうふふと笑いが出てきた。帰りの船は、最初からデッキに座ることにした。日差しは、きつかったけれど景色がたっぷり見れるたし、自然の風が日焼けでほってった肌にはここち良かった。ケアンズの港に近づくと、亜熱帯のマングローブの林が見えてきた。この風景から、大好きなハワイや西表島と同じようなエネルギーが感じられ、またうれしくなった。ホテルまで送るバスの出発時間が思っていたより遅く、その上時間の遅れて来た日本人がいてホテルに着いたのは、6時半近くなっていた。昨日の写真をギャラリーへ取りにいくのと、少し買い物もしたいのでメイン通りへ向かったのは7時半を過ぎていた。まず、スーパーで買い物をした。私は、自由に自分で見て行くのが好きだが、姉はべったりと一緒に買い物をしたそうだった。好みが違うし一緒にいたら時間の無駄だと思えてならず、別々に行動しよう!と提案すると彼女は思った通り不機嫌な表情になった。きっと私のことを自分勝手なやつ!と思っているに違いない。でも、嫌なものは嫌!大体姉妹というだけで、何の一致点もないのにこんな買い物まで 一緒だったら息が詰まって仕方がない!姉は、その後、写真を受け取りに行ったギャラリーでもず~っと不機嫌な表情だった。 姉との関係を解消したいという思いから選択した旅だけれどその難しさがだんだんとはっきりとしてくる毎日だった。
2006年01月08日
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グーリン島は、歩いても1時間もあれば一周出来るほどの小さな島だった。さんご礁によって形成されているこの島は世界遺産にも指定されている。リゾートアイランドとよばれているだけに、とても人工的にな感じがして写真で見たときのような感激は全く湧いてこなかった。船が島に着いて、桟橋を歩くときのどんな島なんだろう?というワクワク感が一気に消えてしまった。せっかくオーストラリアまで来てこれか~と言う思いになり、それがちょっと残念だった。でも、考え方を変えてみると、どんなパンフレット見ても必ずグリーン島へのオプショナルツアーは載っているだもの観光化・リゾート化・人工的であっても仕方ないのかもなぁ~なんて。そりゃそうかもしれないと納得するところもある。11時過ぎにもう一度船に乗ってアウター・リーフへ向かう。30分ほど船に乗りアウター・リーフに浮かぶ人工の浮島ボントゥーンに乗りこむ。この人工の島には、シャワー室やキッチンなんか着いていてここからマリンスポーツを 楽しめるようになっている。ランチまでの時間をまずシュノーケリングをして楽しむ。最初、水に対する恐怖がまだ、残っていたので救命ベストを着て泳いだ。しばらくすると大丈夫!信頼・信頼! と浮かんできたのでベストを脱いで泳ぎ回った。でも、どこへでも泳いで行っていいのではなく、白いブイの浮かんだ限られた場所の中を泳ぐようになっていて、そこを少しでも出れば監視の人が笛を吹き注意をしていた。それでも久しぶりに海で泳ぐのは、気持ちが良かった。下を見ると色鮮やかな魚たちが 波に揺られながら泳いでいくのを見るているだけで自分も海の中にいるようで、とても 楽しくなってくる。太陽が雲に隠れると海の中の色がグレーっぽくなり、太陽が雲から 出ると一気に様子が変化して美しい日の光の筋と珊瑚や魚たちの色が鮮やかにか輝きだす。その色彩の変化もとても素晴らしい!あ~やっぱり、私は海が大好きなんだ!そう思えるこの瞬間は、何物も変える事ができ ない私だけの世界だ!こんな世界をどれだけ体験し、知るか、思い出すかによってその人の幸福感が大きく違ってくるのだと思う。この思いをたくさん思い出せる人ほど幸せなんだな~と思った。
2006年01月07日
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翌日は、グリーン島とアウターリーフへのオプショナルツアーに参加した。ウルルにさえ登れればあとは、おまけのようにしか思えないこの旅だった。しかしパンフレットに載っているグリーン島の写真を見て行きたい!、見たい!と思った。その写真は、さんご礁独特の色の海に浮かぶ緑の島。その島から長く張り出ている桟橋。そしてなんとその桟橋は、以前、マイケルのリトリートでのエクササイズにでて来た桟橋に良く似ていたから、その思いがでてきたのかもしれない。船には、修学旅行生がいてとても賑やかだった。高校生の修学旅行が海外!もちろん私立の高校だったけれど、いいな~良かったね~!って思う。私の修学旅行は、超古典的。九州だもんね~!船は、とてもエアコンがきいていて寒いくらいだった。港をでてしばらくは、穏やかな海も外へでていくと少しずつゆれ始めた。2003年にインドへ行ってから、船酔いするようになった私は、酔い止めを飲んで準備万端だ!それでも船内にいるとだんだんと息苦しくなってきたので船上へと。そこは真夏のオーストラリア真っ只中!曇りがちではあったけれど、日差は、とても強く、暑かった。しかし、風に吹かれて遠くを見ているとだんだん心も落ち着き始め気分の悪さもどこかへ飛んで行ってしまうようだった。ほとんどの高校生たちがデッキにいるのか、高校生の元気な波動で溢れていた。そこにいてそれを感じるだけで楽しい気持ちを分けてもらえるように思えた。それも気分回復の源かも?ぎゃーぎゃーとうるさいだけかもしれないけれど、この年代のこの子達にしか出せないエネルギー!このぎゃーぎゃーにとっても助けられた。ありがとう!高校生たち諸君!いい旅を!船が、グリーン島へ着くとみんな急いで降りようとする。それでいいんだけれど、またまた、姉へ私のチェックが入る!人を押しのけるようではな~。せかせかせんでもいつかは降りれるやん。時間たっぷりなのに~。など等。嫌だな~と思っているから違いが気になるのか?違いが多すぎるから、嫌だな~と思うのか?共に行動することで、学ばせてもらってますゎ。彼女がどう思っているか?どうせ私と一緒だと思えば気楽だから、あまり考えていないのが現実。物事の基本は、自分なんだから・・・。
2006年01月06日
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その日の夜は、寝ていても雨音でふと目が覚めるほどに雨が激しくふっていた。この雨では、明日は登山口はクローズされるかも?そんなことがうとうとしながら寝ぼけた頭に浮かんできた。この雨は浄化の雨だ!私が運ばせていただいた聖水に対する反応なんだ。そんなことも浮かんできた。その雨は朝まで残った。思ったとおり、登れなかった人には本当にお気の毒なんだけれど・・・。登山口はクローズ!やっぱり、私の直感ってすご~い!改めて自分を見直してしまった。私たちがエアーズ・ロックを去るころまで、ぽつぽつとした雨が降っていた。ケアンズは、晴れていてエアーズ・ロックよりもさらに暑くその上ムシムシとしていた。私たちのホテルは、値段設定の低い所を選んだせいか、ケアンズの繁華街から歩いて15分ほどの所だった。迎えに来てくれた現地の日本人の男性は、今まで出会ったガイドさんに比べとても割り切った、仕事だよ~!って雰囲気の漂っている人だった。アメリカ人ならともかく オーストラリアでこんな感じの日本人に会うなんてちょっと意外だった。だって、私のオーストラリアの印象派は田舎だ~!だから。ホテルの部屋は、姉と隣で私にとって便利か?不便か?分からなかったけれどそれぞれの部屋の中のドアを開けると外へ出なくても行き来が出来るようになっていあた。それに町外れだからかとても広かった。ケアンズに3泊するので、すぐに洗濯をした。昨日の水着はまだ湿っていたし靴下なんかも洗いたかった。私が旅をするときに必ずもっていくのは、百金の洗面器。百金の洗濯干し。ワイヤーの ハンガー2本(捨てて帰る)これがあれば連泊を利用して洗濯する小物は結構乾く。その日の夕方町に歩いて出る。夕方なのにまだまだ、昼間の暑さが残っていて歩いていると汗が出てくる。姉の念願のガイドブックにも必ず乗っている有名な「シーフード」のお店へ出かけた。 お客のほとんどが日本人。味は、~。たいしたことなかった・・・。カーニバルプラザのかにのほうが私にはず~っとおいしく思えた。町をぶらぶら歩いていると、オーストラリアで初めての買い物はポストカード。空港で私の目に飛び込んできたカードを撮った写真家のギャラリーがあった。吸い寄せられるようにそこへ入り、ポストカードでも手に入れた「ハート・リーフ」の額入りを買うことにした。ハート・リーフは、200万年の歳月をかけ形成された世界最大のさんご礁のグレートバリアリーフの中にある小さな小さなハート型の島。自然が作り上げた愛で出来ているハートの形の島だ。そこで、出会った瞬間「あ~この人知ってる!」と思った、写真家のリックさんにも会うことが出来た。これの出会いも縁なんだ~と妙に納得した。購入した写真は直す必要があるとのことで明日取りに来ることにしてホテルへと帰った。
2006年01月05日
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そのあとエアーズ・ロック・リゾートを循環しているシャトルバスに乗り込み隣のホテルのムルガラ・ギャラリーへ。ここでクリソコーラとアンバー、トルコ石などの天然石を使った手作りアクセサリーを買った。最初、ぴぴと来るものがなくでも離れがたく・・・。違うものを買おうとしていたとき目に留まり私のところへやってきてくれたペンダント。大切にしたい!ここには、アボリジニのアートや絵画などが展示されていて、それらを見るだけでも楽しむことができた。時間を見ると6時をすぎていて急いでホテルへと戻って行った。ホテルへ戻るころには。雨がぽつぽつ降ってきた。ホテルのショップに何気なく立ち寄ると、ラクダの人形があり、これは一目ぼれ!オーストラリアとらくだ??奇妙な取り合わせのようだが、昔砂漠を旅するのに暑さに強いヒトコブラクダをアフガニスタンから輸入したそうだ。それが、野生化していて今や人形が作られるほど!!な~んかこの話を聞いて、ハワイ・カゥアイ島の鶏を思い出した。カゥアイ島は、鶏の天敵になるような蛇などがいないため、逃げ出した鶏が野生化している。ホテルの庭にもシダの洞窟などの観光地にもどこでも鶏が走り回っていて、お土産物屋には、堂々といるかやカメの横に鶏の人形が売られていた。ちょっと奇妙だった!ラクダの人形も惹かれたのは、オプショナルのラクダ・ツアーに参加しったかったな~という思いがあったのと、過去生でらくだの世話をしていたのを思い出して知っていたからだった。大人の私が自分のためにラクダの人形!世間から見ると明らかに変。でも私は、このラクダの人形にも出会えて、またまた満足!姉がどう思おうが私が納得しているんだからそれでいい!!私の家へ来られたクライアントの方の中にも「ぷーさん」の縫いぐるみを見て「子供さんがおられるのですか?」と聞かれる人もいる。「いいえ。自分のものです。」と答えると納得いかないような表情をされる。もちろんこれも私の中のインナー・チャイルドのために買ったもの。買い物をするとき、本当に必要かどうかを自分自身に問うてから買うし、そのときに使うお金にも必ず感謝して買う。だから、自分のためにばっかり買い物しているけれど、それは、それでいい!と思っている。
2006年01月04日
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この日のためにトレーニングなんか全くしていない私の足は、泣きたいほどに痛かった。 でも、登ることも出来たし、聖水もプレゼントできそのうえ頂上まで行けとても満足した。 同じように険しい道を登り、歩き、頂上を踏み、また下る。共に同じ時間で同じ行動を体験した ということだけで、全く見ず知らずの人たちに対して、とてもいとおしく思えた。 下山してすぐには、集合場所のバスに帰らず、ぶらぶらビジターセンターへ向かい手を洗った。 そこからは、うるるの急な坂道が白く光っているのが見えた。沢山の人が登るためにできた のだろう。頂上へ向かう一本の光の筋は、尊い光の道のようだった。 バスへ戻ると、時間がまだまだあるのにも関わらず、姉はとても心配してガイドの人にも いろいろ言っていたようだ。 ちょっと、これもまた信じられない!って思った。まだまだ時間があるのに・・・! 何考えてるんだろう?一体、何が心配なんだろう? 「あなたを心配していた。」と言うほとんどに人は、自分のために心配しているのにほかか? ほんとにお疲れさん!まだ起こっていもいない無駄な心配と言うネガティブにエネルギーを 使うなんて!! ホテルへ帰るとまだ、10時前だった。昨日の食事に対して不満があった私たちは、ショッピング センター内にある「ゲッコーズ・カフェ」でランチにしては、ちょっと張り込んだ食事とビールを 楽しんだ。ここへ来た大きな目的の一つを成し遂げた満足感からか、疲れた体に冷えたビール がとてもおいしかった! 私は、どうしてもプールで泳ぎたくなってきた。平屋のホテルの部屋は、プールを囲むように建 てられてていて、私の部屋からも裸足のままでプールへ行くことが出来る。 この意味は分からないけれど、直感に従おう!これほど、プールに入りたい!そう思うのは 私自身では、ないのかもしれないから・・・・。 プールの水は、ビールでもほてりを取れなかった私にはとても心地よかった!小さなプールを 何往復かして、水に全てをまかせぽか~んと浮かんで空を見る。 私の住んでいる大阪とは全く違う澄み切った青い空。白い雲。それをこうして水の中から見れる 幸せ!何もしなくても、ただ漂いながら空を見るだけでこんなに充実した気持ちに成れることに 喜びさえも沸きあがってきた。
2006年01月03日
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なだらかな頂上には、20人ほどの人がいた。ほとんどが日本人でそれもカップルが多かった。両手で抱えるにはやや大きく高さが70cmぐらいの頂上に建てられた印を目にしてそれほどの感激はなかった。頂上を目指しはしたけれどその途中で感じた様々な思いのほうが私にとってとても大切に思えたからだ。人生もこんなものかも知れない?ふとそんな風に思えた。しかし、ここに到達した思い出に写真を撮ってもらっうことにした。黒ぶちのめがねに オレンジ色の上着をきた26,7歳の彼は、パートナーが怖くて登れず一人で登ってきたそうだ。(私は基本的に他の人がどんないきさつでここへ来ているか、興味がないので他の人に 話しているのを聞いて知った。)何人かの人がいたけれど、私はこの人に撮ってもらいたい!そんな思いが強かったから自分の直感に従ったまで。思い出す努力はしなかったけれど彼を選んだのはきっと過去に、いつの時代かに私と共に何らかの形で人生を共に過ごした人だということは分かっていた。後で知ったのだが、姉は彼のことをよく見ていて、「おもしろ人」と言っていた。それから、ちょっと気になり観察すると。全てに楽しそうに夢中で写真やビデオを撮ったり、自分の好きなことをしている人だった。頂上には、ほんのわずかな時間だった。ウルルを下る時間は、上りにくらべはるかに少なく45分もあれば充分だと聞いていた。集合時間には1時間以上の余裕があった。下りが得意な私は、どんどん歩き、何人もの人を追い越した。あわてる必要はまったく ないのだけれど、もう、ここですべきことは全部してしまった!後は、無事にウルルを 下るだけと言う思いからか、勝手に足が進んでいく。あっという間に、45度の急な坂へ来た。そこでも、前進。前を向いて坂を下りてもまったく怖くはなかった。登ったときと同じように強い風が時々吹き付ける。北海道のニセコでは、風は神様の祝福だと言うことが自然に思い浮かび、それ突風さえも歓迎の風のように思えた。顔には笑みが浮かび、充実した気分で一敗だった。行きはあんなに苦労して登ったこの坂を一気に下りきるのが少し惜しいように思え、少しの休憩はとったけれど、かかった時間は30分ほどだった。
2006年01月02日
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新しい年が新しい月と共に始まりました。だだし、グレゴリオ暦の新年です。下記のようにこの暦が始まったのは1582年からです。日本では、なんと1873年のことです。 a.. 1582年10月15日 - イタリア、スペイン、ポルトガル、ポーランド b.. 1582年12月20日 - フランス 後に中断(フランス共和暦) c.. 1583年1月1日 - ベルギー、オランダの一部地域 d.. 1583年から1587年まで - ドイツ、スイス、ハンガリーのカトリック諸都市 e.. 1700年3月1日 - ドイツのプロテスタント諸都市、デンマーク f.. 1752年9月14日 - イギリス g.. 1753年3月1日 - スウェーデン h.. 1873年(明治6年)1月1日 - 日本 i.. 1912年(民国1年)1月1日 - 中国(中華民国が建国とともに採用、同年2月12日の j.. 清朝滅亡とともに国内全域で正式な暦となる)子供のころは、お正月が来る!それだけで何かワクワクしたものです。その気持ちがだんだん無くなってしまい、2006年の新年は、本当に昨日の続き。そんな感じです。だからなのかもしれませんが、日常の生活を大切にしていきたい。毎日の積み重ねの大切さを実践して行きたい!そう強く思います。今年もよろしく~!
2006年01月01日
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