連休も終盤になりました。
皆さん、どこか行かれましたか?ガソリンが高くって遠出できないですね。私は免許ももっていないので誰かに乗せてもらうときしか、遠くへは行きませんが・・
結局どこへも行かず、子供たち家族が集まって孫と遊び、食べる、喋る、・・・が連休の過ごし方になりました。
ところでここ半年ほどかかって家の不用品の整理をしています。
私はハッキリ言って片付けられない症候群です。
いつも「勿体ない。これは何かに使えないかなぁ?」と思って仕舞い込む。
洋服など(年を取ったら作業着にして庭の草むしり時に着よう)とTシャツ等を取っておく。
流行遅れの服も何かにリフォームできないかな?と仕舞い込む。
シーツなども(子供たちが泊まりに来た時必要だから)と仕舞う。
ちなみに、このシーツが意外なところで役に立ちました。
今我が家はtomo一家と(暫くの間)住んでいるのですが一歳半の孫(男の子)がとてもマメでジッとしていない。
なんと障子に指を突っ込んで穴を開け、それが何ヶ所もあり、しまいにはピリッと破り、目も当てられないほどの大きさに日々拡大しています。
「ア~ァすごいっ。貼り直すしかないかね?でも又破られるかもね」と嫁さんと話していましたが、そのままにしておけなくてシーツを障子にカーテン代わりに吊るしています。
(外から見たらおかしいけれど、なんと良いアイデァ・・・シーツを取っておいて良かった)と思いました。
障子の桟だけになったら、貼りなおすしかないけれど・・・
子供たちが学校時代に使っていたノートも半端のものは使ったところだけ破って捨てて孫の落書き用に取っておく。
鉛筆も同様・・・世界で充分な教育も受けられない子供たちが沢山いるというのに、とても捨てられない。鉛筆なども何とか送る方法がないのか・・・とさえ思う。
以前要らなくなった服を海外の人たちに送る為ダンボール一個分の送料二千円を添えてお願いしたこともある。
こんなふうで物を捨てられないので悩んでしまう。
私が育った頃は戦後の物があまりない時代だったから鉛筆一本だって小さくなるまで使っていた。ノートもビッシリ書いて一冊を長く持たせた。
洋服だって滅多に買ってもらえなかった。それでも全く嫌だと思ったことはなかった。
(年に数回、服を一着買ってもらうと飛び上がるほど嬉しかったものだ)
周りも似たり寄ったり・・物を大切に使っていたから・・
いつの間にか「消費様は王様」という言葉が流行りだし、その頃から物を大切にしなくなったようだ。
ちょっと使うとすぐ捨ててしまう。靴下だって穴が少しでも開いたら捨ててしまう。
靴下の穴が開くと母が他の布を当てて繕ってくれ、又穿いていた。
足の裏がちょっとデコボコになるけれど、それくらいは当たり前だった。
私の子供たちが学校に行っていた頃(次女の頃だから20年位前)新学期に雑巾を用意するように言われ、私はお風呂で使っていたタオルを洗って縫って持たせていた。
すると「お母さん、友達は新しいタオルの雑巾だったよ」と言うので驚いたことがある。
なんと店で買った雑巾を持ってきていたらしい。
雑巾を店に売っていたのもビックリだが、母親が雑巾を縫わないことにも唖然とした。
少しずつ少しずつ贅沢に慣らされて勿体ない・・・と思わなくなったこの現状はどう考えてもおかしい。
きっと天罰が下るかもしれない・・・とずっと思っていたら案の定、食料品は殆ど輸入品になってしまった。輸入が入らないと即食料が無くなる。不安である。
私が小学生だった50年前は夕食のおかずは1~2品。
魚の煮付けと一緒に炊いた白菜などの煮物・・それくらいと漬物。それで充分だった。
だから正月などは沢山のおかずでワクワク・・・とても嬉しかった。
今では毎日が正月のようなご馳走だ・・・3~4品のおかずが当たり前になっている。
毎日が沢山のおかずで脂肪が増え生活習慣病が増えている。これっておかしい。
おかずが残れば捨ててしまう。
其のおかずも殆どが輸入品・・・農薬を沢山使った輸入品・・・
この世の中おかしくないか??
電気製品だって流行遅れ・・・とばかりに使えるものを買い換えてしまう。
テレビも洗濯機も冷蔵庫も掃除機も・・・
ちなみに我が家の洗濯機は10年過ぎて壊れ、最近買い換えたけど店の冷蔵庫に至っては23年使っている。
テレビも勿論ブラウン管の昔のテレビのまま・・・13年以上前のテレビである。
買い換えないのは使えるから・・・壊れていないから・・・最後まで使ってこそ物に感謝の気持ちが持てると思う。物には命があると思う。壊れるまで使うのが資源のない日本のやり方ではないのか??
電気製品は壊れるまで使うとしても、物が溢れて部屋が狭くなるのはちよっと・・・なので整理している。
亡き主人の思い出の品はなかなか捨てられないけど10年過ぎたので少し処分した。
一年使わないものは捨てた方が良い・・・と言うけれど(これは使う?捨てる?)と日々格闘の毎日である。
孫達が大人になったとき資源の無い日本はどうなっているだろう。
せめて私だけでも物を大切に使っていきたいと思います。 では また・・