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ケーブルTVで見る。久しぶりにみたが、ついつい最後まで見てしまう。文句なく面白い。藩の首脳部の陰謀を何とかしなくてはという九人の若侍その九人の若侍の密談を聞いてしまい、九人の手助けをすることになる椿。虚々実々の駆け引きの妙。これは、詐欺師的でもあるが・・・。捕らえられた奥方とその娘のおおらかさ。そして、捕らえられていた伊藤雄之助が素晴らしい。最後の仲代達矢との決闘シーンは西部劇の決闘シーンだ。『用心棒』にしても、今の普通の若い人たちが見ていない。みれば、いかにこういう面白い映画があるかが分かるのにと残念である。そうそう、疎水を流れるおびただしい椿の花は感動的でさえある。ボクは、最初見たときにこのシーンに震えが来た。
2005.07.31
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熊井啓の日記をベースに熊井啓本人が書いた、『黒部の太陽』の記録である。ここで、書かれている五社協定なるものが一般に知れ渡ったのはこの映画がきっかけであったかも知れない。ボクの記憶にはそのようである。『黒部の太陽』は、今ではビデオもDVDもなく、もしかしたら封切り時の3時間15分のフィルムすらないのかもしれない。見ていないものにしてみたらただただ見てみたいという思いに駆られるだけである。その後独立プロの映画と言うことで、色々な映画があった。でも、『黒部の太陽』ほどの、成功はなかったようだ。本物の黒部ダムも見てみたいとも思う。読み終えるのに少々時間がかかったが、それはシナリオ部分に時間をとられたからだ。それと、今やベテランの、寺尾聰がこの映画で役者としてデヴューしている。
2005.07.30
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キネマ旬報(1967年)の479号に双葉十三郎さんが「五社共同戦線論」と題してたものがある。中に、「『黒部の太陽』の威力と」いう項目があり、上半期の日本映画の数字がよくなったとは日活が配給した一本に負うところが多い、その一本が『黒部の太陽』である。(中略)このような成績をみて、なぜ五社にこういう知恵がうかばなかったか、ということである。知恵はあったかもしれないが、五社にはもう信用がなくて電力会社がはなしに乗ってくれない情勢だったのか、どうも、そのへんのことがよくわからない。が、知恵が足りなかったと見るのが正しいようである。その証拠に『黒部の太陽』の成績をみるや、とたんに各社とも建築会社だのなんだのとの提携に、汗みどろになりだしたではないか。というものです。本の『黒部の太陽』は、まもなく読み終えますが、これがVTRも出ておらず、今簡単に見られないのが日本映画の不幸です。1967年の双葉さんの文章の如く、残念ですが、いまだに日本映画界は変わっていないと思うのです。
2005.07.27
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風呂にはいりながら読んでいる本です。ようやく、第一部を読了。これから、昭和に入る。遅々として進まないが、今年中には読み終えられると思う。
2005.07.26
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『黒部の太陽』を図書館で借りた。これを先に読むことにしたので、神谷美恵子の『本、そして人』はしばらくお休み。途中だが、なかなか面白い。五社協定との戦いが興味深い。当時の日活社長堀氏の見識が疑われる。堀氏はかつて鈴木清順を干した人でもある。日活の衰退はそういうことに始まったのだろうか?
2005.07.25
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オムニバス映画Jam Filmsシリーズ最新作『female』『桃/姫野カオルコ』<監督:篠原哲雄*主演;長谷川京子>『太陽のみえる場所まで/室井佑月』<監督;廣木隆一*主演;大塚ちひろ・片桐はいり・石井苗子>『夜の舌先/唯川恵』<監督;松尾スズキ*主演;高岡早紀>『女神のかかと/乃南アサ』<監督;西川美和*主演;大塚寧々>『玉虫/小池真理子』<監督;塚本晋也*主演;石田えり>五本のオムニバス映画。オムニバスと言うのは、「乗り合いバス」というラテン語らしい。一人の監督が数作品を一本の映画にして作ったものもある。古いもので恐縮だが『砂上物語(リカルド・フェリーニ)1963』が記憶に残る。さて、『female』だが、タイトルや原作者、監督、主演をみれば、何となくエロティックだなと思う。その通りでもあり、そうでもない部分もある。順位をつけると、『女神のかかと/乃南アサ』大塚寧々がなんとも言えず良い。あのけだるさ、娘のクラスメートの男の子を誘う目つきなど、流石大塚。『夜の舌先/唯川恵』高岡早紀も頑張っている。そういう作品。『玉虫/小池真理子』石田えりは相変わらずだ。年齢相応の色気が、作品にふさわしい。もっと、そういうところを出した方がよかったが、残念。これは石田のせいではなく、監督塚本の判断だろうが。『桃/姫野カオルコ』普通。『太陽のみえる場所まで/室井佑月』男のボクにはついていけないところあり。しかし、石井苗子も頑張っていると思う。ということで、神谷さんの本はお休みです。
2005.07.23
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「古典というものはたいてい近づきにくいものではあるけれども、ただ解説を読んですませたのでは、あまり意味がない。(中略)原典そのもの、またはそのよい翻訳にぶつかってみるほうが実り多い・・・。」と。これは、ヒルティの「原著主義」の影響でもあるのだろうが、古典に限らず原典、情報の元に行くのは正しい。例えば、ベートーヴェン「運命」の頭の部分はだれでも聞いた経験あるが、最後まできちんと聞く機会は中々ない。じゃあ、最後まできちんと聞こうと思う人がどれだけいるのかと、言うことになる。神谷の言う「解説」とは違うが、音楽で言えばこういうことだと思う。
2005.07.22
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著者の神谷美恵子は生きがいの基礎の発見はローマ皇帝マルクス・アウレリウスの「自省録」を読んだ時であった。と述べている。それの引用にこうある。{君が心を傾けるべきもっとも手ぢかな座右の銘のうちに次の二つのものを用意するがよい。その一つは、物事は魂に触れることなく外側に静かに立っており、わずらわしいのはただ内心の主観からくるものにすぎないということ。もう一つは、すべて君を見るところのものは瞬く間に変化して存在しなくなるであろうということ。}と。なかでも、{物事は魂に触れることなく外側に静かに立っており}のところは納得である。人の心は、外側のものに影響されるが、外側のものは{静かに立っている}に過ぎないと・・・。
2005.07.21
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昨日の続きです。この本から人間の品位と言うものは、要するに、その時に置かれた社会的立場よりも、自己のよって立つ内なるものをしっかり持っている人におのずから備わるものなのだろう。人間を外側から地位、肩書、社会的背景などだけで性急に判断するのを聞くたびに私は抵抗を感じる。そのくせ自分もそのあやまちをしばしば犯しているのだろう。人間をその内側から理解すること。これが精神医学の理想であり、これこそこの学問が考えてくれたことだ。と、ある。とくに、「そのくせ自分もそのあやまちをしばしば犯しているのだろう。」と言うところが、自分にも置き換えられる。今さら、言う前もないことだが、常に気にしていても気にしすぎることはない。
2005.07.20
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生きがいについて・人間を見つめて・こころの旅・遍歴・本、そして人の全5巻が刊行され、コレクションが完結した。取りあえずといってはいけないが、いつかは読もうと全巻買った。一番新しく出た『本、そして人』の初めの部分を読んだ。特別、何がと言うことはないが、彼女の生きた軌跡がきちんと書かれているように感じた。版元はみすず書房。ボクの偏見だろうがみすず書房は信頼のおける版元と思っている。そういえばまだ読み通してはいないが詩集『心理(荒川洋治)』もみすず書房だ。
2005.07.19
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NHK大河ドラマ「義経」第28回 「頼朝非情なり」(7月17日放送)で、頼朝は、頼朝の娘・大姫やその夫で義仲の子・義高を斬首する。義高は、そもそも父義仲の死の真相は知らされていなかった。ところが、侍女の話から義仲の死について知った大姫が義高の身を案じて密に逃がそうとした。頼朝の心を忖度した大姫や義高、その侍女たちがとった行動である。頼朝、義経兄弟は平清盛に助けられたが、結果として父の仇、平家を討つことになる。それを、頼朝は義高に見たわけであるが、頼朝は以前、義高を亡き者にした方がよいと進言した家臣を殺している。そういう事情がありながら、義高は逃げた。きっと、殺されると・・・。頼朝と面と向かい対決していればどうであったか?それは、分からない。だが、少なくとも、すぐに死ぬことはなかったであろう。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぼく(達)は、人の気持ちや心を忖度するがために、面と向かって話し合いをせず、余計な想像をしたり、策を弄(ろう)したりして失敗をする。自分の意見をきちんと持ち、立つ位置をしっかりとすることで、相手と面と向かい話し合うこと。困難なことが多いと思うが、それをすることで、解決出来る事が多いだろう。家族とも、友だちとも、仕事関係でも、あらゆる場面でそういうことに遭遇する。その際の自分の位置を決めておこうと「義経」を見て、後に感じた。
2005.07.18
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これは、主役の柳楽優弥がカンヌ映画祭で主演男優賞を取り話題になって、普段の映画ファン以外も映画館に足を運ばせた作品である。キネマ旬報の邦画ベスト10の1位にもなり、キネマ旬報の柳楽優弥は新人賞をYOUが助演女優賞を得た。監督はドキュメンタリー出身だからだろうが、その手法を所々取り入れて、ドキュメンタリータッチが生かされている。この映画がこれほど、多くの客を呼んだのは、柳楽優弥君の受賞による。確かに柳楽優弥はよくやっているし、監督の演技指導が上手くいったのだと思える。残る三人の子供も上手い。YOUもいいと思う。映画は、辛いまま終わるが、未来がないわけではないと少しは思わせる。全篇140分を超える。これが、ドキュメンタリーとして作られていたら、ナレーションで説明が入り、60分程度にまとめられていくのだろう。人物のそれぞれの思いが、事実はこうだと説明されてしまうからだ。だから、映画は初めに、モチーフは事実だと言いながら、そこに描かれるモノ、心理はフィクションだというのである。このような、但し書きを敢えて初めに入れるのは、ドキュメンタリーを撮ってきた、是枝裕和だからと思うのだ。
2005.07.17
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先週の土曜、日曜に続き、万博。 日立館、180分待ちの案内。 トヨタ、三井東芝、三菱と終えたので、あとは日立。 まあ、今日一日ここだけでもいいかで、午後4時から並ぶ。見終えて出てきたのが午後7時少し前。ということは、待っていたのは2時間半なかったというこ今、企業館の殆どは、待ち時間の表示は実際の待ち時間より、短い。これは、見側から言えば、まあまあいいことだろう。表示時間より長ければ当然文句が出るから・・・。これで、企業館は「ガスパビリオン」「夢見る山」を残すのみ。 外国館も、適当に入っているのでこのまま行くことが出来れば、殆ど見ることが出来そう。 今日の外国館は、オーストラリア、マレーシア、シンガポールの3館。
2005.07.16
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1999年第72回の「全米スペル暗記大会」のドキュメンタリー。8人の子どもに焦点を当て、それぞれの家族の出身国による違い、教育の考え方の違いなど親の意見も興味深い。各地区の予選を通過し、ワシントンDCでの決勝大会に8人がでる。この「スペル暗記」は、言われた言葉のスペルを当てるのだが、予選も含め1問でも間違えればそこで、失格。だから、優勝者は一度も間違えていないことになる。これは、すごく大変なことだ。それぞれが、順番に答えていくのだが、丁度知っている単語が出ればOKなので、運もある。決勝の舞台では、子供たちは、語源は?例文を言って下さい。フランス語の○○と同じですか?などと、高度な質問をしている。約900万人が挑戦するまさに全米を挙げての催しだ。ボクができる限りドキュメンタリーを見ようと思うのは、劇映画と違い、ドキュメンタリーはビデオやDVDで見ることが難しく、とくにレンタルでそれを見るのは、よほどの話題作でない限り殆ど見るのが不可能だからだ。さて、この『チャレンジ・キッズ~未来に架ける子どもたち(ジェフリー・ブリジ)2003』は、映画館のスクリーンでなくても、TVで十分だと思う。従って、こういうものはTVでも流して欲しいと思う。でも、それとは関係なく、この映画は面白い。名古屋では7/22まで「シネマスコーレ」で見られます。7/15、18:20の回を見ましたが、ボクを入れて客は3人でした。
2005.07.15
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先日の不要図書で頂いてきた小説新潮2002年3月号は「川上弘美と江國香織」の特集。写真、小説、詩(江國)、俳句(川上)、対談。『号泣する準備はできていた(江國)』『通天閣(川上)』の2編を読む。どちらも大して面白くない。もともと江國香織はいま一つだというボクの評価は変わらない。この川上はやや手抜きではないかと思える。それより、同じときに貰った「文学界」の『○鼠(うごろもち)』が、川上らしさがあり面白かった。○鼠とはモグラのことで、このモグラが人間世界で普通に生活し人間を飼っているという話。メタファーが見え見えだが、ここまで大胆にかける人はそうはいまい。それが、川上の面白さだ。しかし、川上は短篇の人と言うよりは長編の人ではないかと、『センセイの鞄』『古道具 中野商店』で思う。なお、○は伏字ではなく、この文字は使えないのです。「うごろもち」を大きな辞書で調べて漢字を確認して下さい。
2005.07.15
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どういう本かといえば、古い、といっても明治、大正と昭和初期の布の絵柄の写真集です。布と知らなければ、古いマッチ箱のデザイン?絵葉書?といった風のものです。懐古趣味的といえばそれまでですが、なるほどと、うなるものが掲載されています。日本人の日常感覚が実は美術的?ということが改めて分かります。
2005.07.14
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10年以上のお付き合いのある、特許事務所の所長さんと軽く飲みながら食事。店は「酒肆 蘭燈」。 アイリッシュウィスキーのソーダ割りとモスコミュール、 食べたのは、スモークチーズ、アスパラの塩炒め、トマトのスパゲティ(塩味)と海老のグラタン。これを二人で食べた。ここは、酒も旨いが食べ物も旨い。
2005.07.14
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「四十七歳年下の愛人に先立たれるの記。慟哭の私小説 独占告白」と目次にある。70歳の主人公(団鬼六)とキャバクラのホステス、さくらの物語。愛人といっても、男が陰萎で性的関係はなしの愛人関係。まさに娘のように、孫のようにかわいがっていた「さくら」が死んでしまう話。実話か否かは分からないが、これに近いことはあったのだろう。さくらが死に、70歳の老人は「夜具の中で狂い泣きしながらわめき続けた」。誰でもよい、自分は誰かの死に狂ったように声を上げて泣くことが出来るだろうか。
2005.07.13
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ふらっと寄った、ブクオフで、105円で買う。前から読みたかったし、手許に置いておきたい本だから、105円に引かれて買ってしまう。まだ、中・下巻があるはず。105円で見つかるまで気長に・・・。この『桃尻語訳 枕草子(橋本治)』が出たとき立ち読みをした。そのときの衝撃は今でもはっきりと思い出す。どちらかといえば衝撃と言うより、目から鱗だったのですが。枕草子の有名な出だし「春は曙」を「春って曙よ!」と訳されていた。今でもこの訳は目から鱗だ。橋本治は東大闘争の時代の文化祭(駒場祭)のポスターで知られるようになった人だが、ボクには『桃尻娘』6部作が一番。それと、『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ(上・下)』という少女マンガの評論。かつて、新潮文庫で出た、短編集も面白かった。これから読みたいのは三島由紀夫のことを書いたものである。橋本治は、ボクには興味深いものが多い。
2005.07.12
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先日、頂いてきた不要図書(リサイクル図書と図書館では言っている)の雑誌、小説新潮2002年6月号と7月号の2回に分けて掲載されたものです。多分どこかで単行本に収録されていると思うのですが、それは不明です。さて、相変わらず笠原和夫はボクには面白い。すでに読んだことをまた読むことになるが、少しずつエピソードが違ったり、新たなことが書き加えられたりしていることが、発見であり楽しい。中にこんなことがあり、再び『一条さゆり 濡れた欲情(神代辰巳)』を見てみたいきになった。それは、「仁義なき戦い」を書くにあたり苦労しているときのことで、とある。『我等の仲間』も見たくなる。こういうものを読むと見たくなる映画が増えてきて困る。また、この小説新潮2002年6月号は「最近、映画観た?」という特集で「ロマンポルノの名花たちは今」という記事もある。これから読みます。
2005.07.11
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日進市の図書館で不要図書の配布。勿論無料です。雑誌「文藝春秋」2冊、「小説新潮」3冊、「文学界」1冊。『明日の記憶(荻原浩)』『芥火(乙川優三郎)』『田園風景(坂上弘)』『シモーヌ・ヴェーユ カイエ2』の10冊。庭のグラジオラス始めひまわりなどが綺麗に咲いたのでお墓参りにいこうと家人の提案で、墓参。この時期は花は直ぐに枯れていまうのですが、でもとても綺麗でした。そして、その後万博。万博トヨタで一緒に並んでいた父子。大阪から来ていたという話。トヨタの終了が21:00。帰りのリニモも何分か待ちでしょうね。新幹線で帰るといていたが、無事帰ったかと、家人と話しながら我々は帰宅。「ミュージカルバトン」が回ってきました。幸福の手紙」「不幸な手紙」のNet、Blog版ですね。 以下が、その説明で。回してくださった方には申し訳ないのですが、ボクの分はボクのところで止めます。連歌で言えば、ボクのところが36句目で、挙句にします。「ミュージカルバトン」とは、 アメリカ発のブログの企画で、それを渡された人が、音楽に関する質問に答える形で記事・日記を書いてから、別の5人に繋いでいくもの。 質問項目は以下のとおり。 1「コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量」 2「今聞いている曲」 3「最後に買ったCD」 4「よく聞く、または特別な思い入れのある5曲」 5「バトンを渡す5名」南包の回答 1「コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量」 すみません、分かりません。 2「今聞いている曲」 ハインリッヒ・シュッツの「マタイ受難曲AWV479」マルティン・フレーミヒ指揮 ドレスデン十字架合唱団 3「最後に買ったCD」 アイク・クェベック「春の如く」(Blue Note)NAXOSの日本作曲家選輯「SHIRO FKAI 深井史郎」 4「よく聞く、または特別な思い入れのある5曲」 コルトレーンの「至上の愛」ビル・エヴァンスの諸々ブラームスの4つの交響曲ソニー・ロリンズ「サキソフォン・コロッサス」などなど・・・。 5「バトンを渡す5名」ありません。 昨日に続いて万博。 「三井・東芝館」200分に並ぶ。約120分で入場出来る。 アトラクションは、地球に人が住めなくなり、人類は他の星へ・・・。そしてその子孫たちが、再び地球に戻る話。宇宙船のクルーに見物の我々が扮するもの。 入る前に顔写真を撮られ、それが登場人物の顔になるもの。 しかし、自分の顔を探すことに気をとられて、肝心の宇宙船の話が分からなくなってしまう。 一緒に行った家人も同じ意見。ということです。 そして「アメリカ館」ここは20分待ち。 ベンンジャミン・フランクリンが過去と未来の話をする設定。椅子が振動し、雨が降る。自分には「三井・東芝館」よりよかった。 最後に「アンデス共同館」へ。目的はエクアドル。理由はエクアドルはパナマ帽子のパナマを供給している。 パナマ帽子が4500円でした。これはまあまあお買い得かも。今日は見るだけにしました。 19:00に会場を出ました。
2005.07.10
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午後3時過ぎから万博に行った。「ワンダーホイール」に70分並びました。大したことはありませんでした。雨だから、観覧車からの景色が今一つ。その後、ゴンドラで「瀬戸会場」へ。大皿を見て、電気自動車(バス)で、長久手会場に戻る。18:30。通りかかった「TOYOTA」館で、並べば、20:20の回が見られるという。整理券も予約もなく、とても運が良い。見た人の多くは、こういう形らしいが、幸運と言うべきであろう。今まで見た企業館では、頭抜けていい。お金がかかっている。ということは、18:00くらいがTOYOTA館のねらい目かもしれない。夕食を食べて、帰宅は23:00.
2005.07.09
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以前紹介した。『おぞましい二人』と『題のない本』です。作者はエドワード・ドーリー(1925-2000)。『おぞましい二人』は“The Losthsome Couple”が原題。『題のない本』は“The Untitled Book”が原題。『おぞましい二人』のはじめを紹介します。「五歳のとき、ハロルド・スネドリーは病気の小動物を石ころで叩き殺しているところを見つかった」「同じ年、モナ・グリッチは酒浸り二人を両親として生まれた」この二人が「おぞましい二人」です。内容はこの二人が出会い、一緒になり、死ぬまでの話です。『題のない本』はボクには上手く説明できません。機会があれば実物を見て下さい。
2005.07.09
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2002年のフランス映画。CATVで見る。毛沢東の時代、ブルジョアの子弟を再教育するために農村に送り込んだらしい。そこへ送り込まれた歯科医の息子と将来バイオリニストになる二人の青年と地元農村のお針子の恋物語。文化大革命が終焉を向かえ、その後彼ら二人の暮らした村が揚子江のダムの底になるという。バルザックやフローベルを盗み読み自由にあこがれる少女お針子は村を出る。青春の一ページというほろ苦い作品だが、もう少し深みがある。そこには、中国と言う国の深さのようなものだ。少し前の映画。佳作と思う。
2005.07.08
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前作『会社はこれからどうなるのか』の続編。経済の話であるが、小林秀雄賞を取った論文。ボクには経済の論文は守備範囲外であるが、小林秀雄賞ということで手に取り、読んだ。ボクには難しかったが、とても面白かった。さて、この『会社はだれのものか』は、まさにタイトルどおりのもの。最近のステークホルダー、コーポレートガバナンスということが今、世間に流通している解釈が根本的に間違い、誤解であり、それを説明している。たとえば、「コーポレートガバナンス」は「会社の望ましい経営のためには、経営者の行動をどのようにコントロールしていけばよいかという問題のことです。“企業統治”という日本語訳がつけられていますが、「コーポレート(corporate)」という英語は「会社」を意味しており、本来ならば“会社統治”と訳すべきで、それは多くの人が会社と企業を混同していることの証拠です。と、説明している。また、会社は株主のものと言うだけで会社を捕らえるのは間違っているとも岩井は言う。利益を生むことが会社の全ての使命のように、今言われているがそれは間違っているということを、八百屋とデパート、レストランの味を例に取り説明している。相変わらずボクには難しいが、とても刺激的な本である。グローバルスタンダードといい、米国中心の経済を見本にするのは、決してよくはないと、いうのが岩井の見解だといえる。「失われた10年」がいかにおろかな10年であったかということも見えてくる。様々なことを考えさせる本だ。
2005.07.07
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風呂に入りながら本を読むことは以前にも書きました。今は『楡家の人々・上(北杜夫)新潮文庫』です。ようやく半分くらいです。一日で10ページくらいの進みぐあいですから、一冊1ヶ月以上かかります。今日は、関東大震災の起こったところです。時々、この日記を休みますが、理由は二つくらいです。一つは書くことがない。それは、仕事に追われたりして、余裕がないときです。もう一つは、完全に疲れて書く元気がない。その二つです。昨日と一昨日は、仕事でした。
2005.07.06
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この本のことは少し前に書きました。読み終えてとから書こうと思っていたのですが、まだ読み終えるのに時間がかかりそうなので、今書いておきます。と大江はサイードを引用し、続けてこう述べています。と。ボクにしても、大江の本は難しくて迷路のように幾度も行ったりきたりしながら読み進めなくては読めません。前にも書きましたが、やわなものばかり読んでいると、本格が読めなくなることは確かです。小林秀雄の『本居宣長』について、これは岩を砕くようにして読まないと読めない、時間がかかる本であると誰かが言っていたのを思い出しました。一字一句ずつを読むことで、それを血とし肉とする読書、そういう読書をする快感もあるということを思います。でも、それは実に険しい体験です。だから、いつも覚悟をして立ち向かうのですが、時に挫折をし、軟らかいものを読んでしまうこともあります。自戒をこめての、今日の日記です。
2005.07.03
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今(2:00)見終えました。V.ウィリアムスが4-6,7-6,9-7のフルセット、2時間45分を戦いL.ダヴェンポートに勝ち、2001,2002に続き3回目の芝の女王になりました。ボクはダヴェンポートを応援していたのでやや残念でしたが、死闘といってよい戦いでした。ウィリアムの喜びようは見ていて気持ちの良いものでした。テニスの面白さを十分に味わうことができ満足です。では、おやすみなさい。明日(7/3)の男子決勝も楽しみです。
2005.07.02
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