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ひとつ起きると連続してしまう中高生の自殺。バスケット部、吹奏楽部…。部活で悩んでの自殺、と言われると…。試合や演奏会には、プレッシャーはつきもの、でも仲間のミスを陰湿にじめじめ言う雰囲気がその部にあったら…、それはダメですね。そこで私は気が付きました。息子の部活の場合、先生が生徒たちのスケープゴートになっているってこと。つまり先生が憎まれ役になっている、ってこと。ヒステリックに怒ったり、偉そ~、だったり、横暴だったり…。そっか、生徒同士の結束を固めるためにわざと嫌われるようにしているんだ?それにしてもずれているのが国会や教育委員会だと思う。いじめは絶対いけない、学校は隠蔽するな、それに対して、ここ数年全国でいじめはゼロだった、という文部科学省のデータ。…どういうデータの取り方なんでしょう?でも、いじめられたことを名指しされた子のショックも、考えると、計り知れない。同じ部活の子達、同じクラスの子達のショックも計り知れない。生きている限り、一生背負う十字架になる。いじめたんだから、それは仕方ない、いじめた子が悪い、と、言うかもしれないけどどの程度のいじめだったのか。どんなに小さないじめでも、いじめは絶対許さない、という人もいる。でも感情のぶつかり合いもいじめと言われたら?…その基準はとてもあいまいで、下手をすると子供の健全な成長も阻害しかねない。生き残っている子達の心の傷、将来にわたる影響を考えから、学校は「いじめがあった。」と認められないのではないかしら。学校は、マスコミが批判するように、そんな無味乾燥なところではないと、私は思う。死んだ子の事も考えるけど、生き残っている子の事も考えると思う。学校の先生って、結構子供たちの事を真剣に考えているし守ろうと一生懸命だと私は思う。
2006.10.30
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次男は模試を受けに、今日は早稲田大学に行ってきました。会場が早稲田大学、というだけですよ。今までも、なんだったかな?模試の会場が立教大学とか、日本大学、なんてことがあったの。東京の高校生は恵まれていますよね~。色々な有名大学のキャンパスに入って、模試が受けられるんですから。オープンキャンパスだって、地方の子は大変ですよ、夏休みを利用して交通費かけて、宿泊費かけて来るんですから。話はそれましたが、次男たら、朝の7時ごろに家を出て、夜の7時過ぎに帰ってきたの。模試が終わって、どっかで友達と遊んでいたのかな?って思っていたら、そうじゃなくて、模試が11時間に及んでいたんだって!8教科、って言っていたかな?センター模試だったそうです。最後の方になると、回りの子達は疲れて憔悴しきって、へろへろだったそうです。「俺、部活やってて良かった~。」って思ったそうです。体力だけは自信がある…?でも肝心な脳の力は?***そろそろ次男の友達も推薦などで行き先の決まった子達も出てきているんだけど、前の学校の友達で、東京の大学に来る子も結構いるようです。で、どこにマンションを借りるか、次男に相談のメールが来るそうです。「希望は渋谷がいいかな~?」とか、「もよりは山手線の駅がいい」とか、贅沢ばっかり言っているそうです。単に現実(家賃相場)を知らないだけですが。渋谷に学生の住めるマンションなんてあるのかな?でも私の地方の友達も、自由が丘とか、代官山とかに住んでいましたよ、昔。リッチな仕送り生活送っていたなあ~。毎日のように六本木で遊んでいたし…。***そうそう、受験のときにホテルが取れなかったらうちに泊めて、と言う子もいるそうです。その子ったら、一橋と? 慶応と? 青山と? 早稲田を受けるとか。すごーい!次男に「あなたも一緒に受けたら?」って言ってみたけどあっさり「俺はむり。」と言っていました。聞かなくてもわかっていたけど…。
2006.10.29
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全国の高校で、必修科目を習得していなかった高校が発覚しているそうですが、あらら、やっぱり、という思いです。そういう話は聞いたことがあったので。でもゆとり教育で、それまで小中学校で教えていた事を教えなくなったりしたしわ寄せも、高校に来ていたんですよね。小中学校でゆとりを持っても、大学受験の難しさは変わらないわけで、中学から私立にいった生徒は別ですが、公立の中学校にいった子は高校で挽回しなきゃならない、例えば、英語の筆記体、これも公立の中学校では教えなかったんです。(今は教えているけど、3年~5年ほど前は教えていなかった)ブロック体しか教えていなかった。でもそんなことすら高校の英語の先生は知らない。中高で連携が取れていない。(これこそ教育委員会って何やってるんだろう?って思うけど)黒板にどんどん筆記体で、書いてしまう。学校によっては、わからない子が続出する。でも進学校ではほとんどの生徒は中学時代、塾にいっていて、塾の先生が「学校で習わなくても筆記体も覚えなさい。」と言ってくれるので、筆記体ができる子は多いんですけどね。公立中学だって、悩んでいましたよ。保護者や生徒からは、実力テストをして、業者テストをして、偏差値や学年順位を出して、でないと、進学先をどこにしたらいいのか、判断ができない、と言われ、文部科学省からは「そういうことはしてはダメ。」と言われていたらしい。指導要綱を守らなかった学校より、現場からずれている指導要綱を作っている文部科学省に問題があるんじゃないかと思う。
2006.10.27
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今朝、テレビを見ていたら「モスジーバー」が紹介されていました。普通の「モスバーガー」なんですけど、そこで働いている方が高齢! なんです!70歳以上の方が6人も働いているモスバーガーのお店なんですって!実はこのお店、娘と入ったことがあるんです。場所は五反田。JR五反田駅のホーム、一番大崎寄りに立っていただくと山手線の内側に、そのお店は見えます!私と娘が入ったときも高齢だな~、と思う方が2人いらっしゃいました。おじいさんとおばあさんでした。でもおじいさんは、なんだかダンディな雰囲気でかっこいいんです。おばあさんも、お化粧もきれいで、動きもかろやかで、おきれいなんです!今日テレビで知りましたが、昭和9年生まれですってー!でも、ほんとに接客が丁寧で、落ち着いていていい雰囲気のお店でしたよ。お客さんは若いサラリーマンや、OLが多かったですが、ジーバーの方々に癒されたい、って感じで来店しているように思われました。ってことで、お薦めのお店ですよ。機会があればどうぞ~。
2006.10.18
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産院で赤ちゃんを取り違えたという事件が問題になっています。当時の赤ちゃんはもう40歳を過ぎているそうですが、その産院、『都立墨田病院』って、どういう病院なんでしょうか?当時、昭和34年頃って、子供がいっぱい生まれた頃ですから病院もてんやわんやだったんだと思う。でもあまりにもずさんな管理、信じられないです。昔アニメで『さすらいの太陽』っていうのがありました。貧乏なお嬢さんとお金持ちのお嬢さんが産院で看護婦の悪意により、入れ違いになっちゃうんですよね。で、そのお嬢さん達はそれぞれ歌手を目指すんだったかな?***しかし私、実際、聞いたことがあるんですよ。友達の友達の話ですが、お子さんを取り違えられた、という話を。お子さんが10歳くらいの頃に取り違えがわかり産院に調査を依頼、同じ日に生まれたあるお子さんと取り違えたことがわかりそちらのご家族とも対面、でもそのご家族は、東北と山陰、と遠く離れ離れに生活していたんです。対面の時は、どちらも涙、涙で、大変だったそうです。でもね、血はつながっていなくても、育ててきて一緒に生活してきたので、今一緒にいる子に対する愛情が強くてとても手放せないんだって。なので、お子さんはそのままなんだそうです。定期的に(年に一度くらい?)会って、お互いの家族を大事に、暮らしている、と聞きました。その方々が出産した病院は、良心的だったのかなあ?ちゃんとカルテも開示して、すぐに非を認め、本当の親に会えたんですもの。都立病院(東京都)は、何をガチャガチャ言って、情報を開示しないんだろう?中国残留孤児だって本当の親探しに、戦後60年以上たっても国は協力しているじゃない。本当の親に会いたい、当たり前のことじゃない、早く情報を開示して協力することを願います。
2006.10.16
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娘が以前から読みたがっていた『きょうの猫村さん』という漫画、古本屋で見つけてきて読んでいます~。結構古い言い回しや表現があり、「わかるかな? 難しいかな?」と思いながらも、娘のツボにはまった様で、 「ねこちゃん、かわいい~!」と言って読んでいます♪特に、落ちちゃったネコムライス(ネコさん特性オムライス)を片付けているシーン、シャンプーハットをかぶってお風呂に入っているシーン、そのネコさんの表情がたまんないそうです♪でもこの漫画、全体的にちょっとオバサンっぽいんですよ。主人公のネコさんって、テレビのサスペンス劇場の今後の展開にハラハラしてたり、でも子供に対する愛情や、周りに対する気配りもたいしたもんです。精神年齢は50歳以上かな? って思います。作者は若い女性なのかな?年配の方かな?どっちの感覚も持ち合わせていて、すごいな~、って思います。
2006.10.15
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『夕凪の町・桜の国』という漫画を読みました。舞台は広島で、原爆をテーマにした話ですが、『はだしのゲン』のように直接的ではなく、全体的には暖かく和やかな雰囲気、そんな恐いシーンや、残酷な描写もなく、きれいで懐かしい絵が続きます。でも原爆を体験した人々のリアルな気持ちが伝わってきます。凄いです。戦争って、死体の上をまたいで逃げたり死臭の匂いに慣れながら、家族の死体を捜したり、そういうのが一番身近な現実なのかも。戦争が終わって10年が経ち、きれいな町並みになっても同じ場所が以前どういう悲惨な状況だったかが、頭をよぎってしまう。そんな場所で幸せそうにデートなど出来ない、って思ってしまう主人公、自分が生き残った意味を死者に問う主人公、かつて広島の市民を殺す事を目的にしたモノに対して今また自分が死ぬ事を喜ぶか、と問う主人公。みんな、たった一度の人生なのに。
2006.10.13
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初めて公開録画、というのに行ってきました。実は娘の所属する合奏団の先生のお薦めで、娘がこの番組のオーデションを受けたんです。コルネットの演奏で、テープ審査です。しかし結果は落選。「やる気あったのかしら~?」と先生のご好意に答えられなかった娘に不甲斐ない思いをしていたのですが、その落ちた番組の公開録画に招待されたんです。会場は新しくリニューアルした『渋谷・CCレモンホール』…以前の『渋谷公会堂』です。最初に渋谷区長さんのご挨拶がありましたが「サントリーの”CCレモン”を名前に使うことで 年間8000万円のお金が区に入ります。」とのことでした。しかしホール自体はトイレも小さく、エスカレーターも無く、全体的にお金をケチった感じがしました。バブル期に作られた地方の贅沢なホールなどと比べると。ホント、渋谷区に限らず、東京の区って、案外貧乏だと思いますよ。区内の保育園、図書館などの古いこと…。(地方交付税もらっていませんからね。)みんなの公共物、大切に使って頂きたいものです。さて、その公開録画ですが、こういう無料の録画の常連さんっているようで、年配の方がとても多かったです。まわりで「紅白の時は…」なんて会話が聞こえました。いいなあ~、時間があって、贅沢な時間を過せて…。そしてそしてその番組の内容ですが、東京フィルの演奏が素晴らしかったです。やっぱり違うなあ~、プロの中のプロだなあ~。モーツァアルトが生涯に2曲だけ作曲した短調の交響曲、ということで、25番と40番の演奏がありましたが25番を作曲した時、モーツァアルトは17歳だったそうです!やっぱり天才ですね…。その東京フィルの演奏をバックに、素人が演奏できる、という大変贅沢な番組なのですが、オーデションに選ばれた三人の方々は皆大人で、シロウトとは思えないすばらしい演奏でした。アドリブでの司会者との受け答えも上手でしたしね!…そんな、中学生が受かるわけないじゃない、って思いました。先生ったら、何を勘違いされたんでしょう?私、実はもっとしょぼい番組だと思っていました。ホント、オーデションに参加できただけでも光栄です。それに番組も楽しかったですしね!
2006.10.12
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私は結構何かモノを作るのが好きで、手芸や編物などをしますが、でも私のは自己流で、ちょっとかじった程度のお粗末なもの。子供が小さい時は、ズボンやスカートやワンピースは作りましたけどね♪ 帽子も作ったなあ~。幼稚園の頃が一番作ったかな?お稽古バックにお弁当一式セットなど。それに比べるとうちの母は何でも凝ってしまって何をやってもプロ扱(ちょっと大袈裟?)になってしまうので、ほんとに敵わない、と思ってしまいます。刺繍、レース編み、編物、機械編み、洋裁、和裁、油絵、日本画、お菓子作り、パン作り、料理…今は陶芸ですか!すっごく器用な母なんだけど、その良いところが私に似なかったのが悲しい(T.T) 編物は、超難しい模様編みのセーターやカーディガンを編んじゃうんですよ。洋裁は、大人の女性のスーツも作っちゃうし、子供のリバーシブルのコートも、幼稚園の卒園式のワンピースも作ってました。和裁は、少し先生のところで習っていました。油絵と日本画は近所の美大にもぐりこんで、学生と仲良くなって習っていました。日展にも出したことがあります。(当然落選しましたが)ケーキやデザートはお店みたいなものを作っちゃうし、パンも、クロワッサンなど、天火で焼いていましたからね~。料理だって、上手ですよ~。私はそういう母を見て、自然と自分も作るようになりましたが、私があんまり作っていないからか、うちの娘は全然しないんですよね(T.T)編物だって、あやとり用の紐に、鎖編みをするくらい…。私は小5でマフラーくらいは編んだけどなあ…。まあ、私のしつけが悪いんですね(T.T)
2006.10.08
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国体ってテレビ放送もほとんどされないし、普段はあまり関心がもたれていないけど、今年は早実の斎藤君人気もあって、ちょっと注目されているみたいですね。で、今日の午後、友人からメールがきたんです。見事、次男の友達が陸上で、国体8位になったそうです~。パチパチパチ(^-^)この友達、元は野球をやっていたのですが次男が陸上部に誘ったんですよ。高校1年から始めた陸上だったのに、元々素質があったようで、メキメキ頭角をあらわし、県で優勝したりと大活躍でしたが、今回の国体8位、本当に嬉しいです。♪実はこの子、2年ほど前の日記に書いた子なんです。うちにお泊りに来た4人の友達のうちの一人なんですが、海老蔵に似て目鼻立ちの整った、とってもハンサムで、礼儀正しい、すっごく素敵な子。何事もマジメにしっかり考えていて、きちんとしたご家庭で育ったお子さんなんだろうな~、と感心ちゃったお子さんです。良かったなあ~、本当に。受験勉強と部活の両立で大変だったろうに、すっごく努力したんだろうなあ~。とにかくおめでとう~~~!
2006.10.07
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大分昔のベストセラーですが、『話を聞かない男、地図の読めない女』っていう本を読みました。私は昔から「男ってもんがわかってないな~」と言われるんですが、確かに全然わかってなかったな、って思いました。ジェンダーっていうのは、男と女は同じ、っていう考えだけど、差別うんぬんじゃなくて、違うもんは違う、って事なんだそうです。それも性差だけじゃなくて、脳も違うんですって。例えば、右の脳と左の脳をつなぐ脳管の太さも男性と女性では全然違うんですって。女性の方が太いんですが、ですから女性はいろいろな情報を総合して考えられるんですって。確かに私は歯を磨きながら洗面所を掃除したり、洗濯機を回したりできる。でも夫は歯を磨く時は、直立不動で歯しか磨けない。私は朝食作りながらお弁当も作り、アイロンかけの用意をし、子供の忘れ物が無いかをチェックできる。ベランダの植木に水をやりながら部屋の掃除をし、洗濯物もたためる。女性は結構いっぺんにいろんな事を考えられますよね。頭がパニックになっちゃうそうだから、一つ一つ考えてやればいい、って自分でも思うけどでも家事ってそういうもんですよね。でも…考えが分散しちゃって結局大きな事はやり遂げていないかも?それから男の人って、狩りをしなきゃいけなかったから遠くの獲物を一点だけ、見つめる能力が増したんだって。ですから視野がとても狭い。それに比べて女性は視野が広いんですって。確かに私は180度近く見える気がする。視野の隅っこに、常に子供が見えていなければならなかったからかな?でも夫は視野が狭いですよ~。モノを探すのがとっても下手です。それから男性って、色もあまり見えていないんだそうです。おなじ緑でも、萌黄色とか若草色とかそういうビミョウな色調はわからないんですって。なかなか意外だったなあ~。
2006.10.05
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今日は日本橋の方まで行ってきました。母と待ち合わせてのランチだったんですけどね。私はあんまり東の方は詳しくないんです。日本橋までは行った事があるけど、馬喰町は初めてでした。でもこの辺りも面白いですね~。雑貨などの問屋さんばっかりあるんです。『エトワール海渡村』、状態ですね~。でも業者さん相手のお店が多いみたいで、一般の人は入れるのかな? ちょっとよくわかんなかったんだけど。錦糸町に住んでいる方が、「うちの娘が服を安く買ってくる。」と言っていましたが、こういう問屋街で買っているのかも?全身コーディネートして、1000円くらい、とか言っていましたから。しばらく歩くと、製薬会社ばかりが並んでいる所もあったし、東京って面白い…。確か、お人形屋さんばかりがある町や、(私も5月人形やお雛様を買いにいったんだけど)電気屋ばかりなのは秋葉原だし、本屋さんばかりなのが神田や神保町、キッチン用品ばかりなのはカッパ橋、とかいいますものね。日本橋も、刃物の木屋とか、つくだ煮屋さんなど、面白いですね。母は昔、日本橋で働いていたので行きつけのお店がいくつかあるのですがお昼は鰻屋さんに入りました。鰻屋さんは昔ながらの日本家屋で、都会の真ん中とは思えぬ静けさ、母の実家に似た感じがしました。久々の鰻だった~。(^-^)
2006.10.03
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次男が願書を提出するのに高校に調査書を書いてもらった。調査書は封筒に入れられ、『親展』というハンコが押してある。次男はどーもその中身が気になるらしい。で、「親が開けてもいいんでしょ、中見せてよ。」って言う。「は?」私は一瞬頭がまっしろになった。「調査書開けて中見たら無効だよ!」「え? ”親展”って親が見てもいい、って事なんじゃないの?」「違う違う!」「やっべー、俺学校で開けて見ようかと思った!」 ・・・。でも一生懸命封筒を照明に透かして、中身を見ようとしておりました。(^-^; エラソウになんだかんだ言ってるけど、やっぱりまだまだ危なっかしいなあ…。***危なっかしいといえば、天然ボケの長男ですが、「軽井沢に行く。」という話をしていると「ああ、名古屋に行く途中に軽井沢に寄った。」なんていうし、(なんで東京と名古屋の間に軽井沢があるのよね?)相変わらずどっか抜けている長男です。でも夏休みは友達と『青春18切符』で何度も乗り継ぎながら岡山まで行ったらしいし、時刻表を見てちゃんと往復してきた、という所が、私から見れば大きな進歩です!それに服装の趣味も、黒を基調として、落ち着いてきたし…。「去年はやばかったよね、紫とか、赤のTシャツだったもんね。」というと、「去年は古着ブームで、そういうのが流行っていたの。」だそうです。***
2006.10.01
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