靴底についたガムの話

靴底についたガムの話

2014.01.04
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娘が高校に入学し、しばらくするとガムは会社を辞めてしまいました。

私には一言も無しでした。

次の就職が決まっているので心配ない、と言いました。

生ぬるく、大企業で中間管理職をしていたガムは

中小企業でも大事にされると思っていました。

来る日も来る日も、外国人労働者と同じことをさせられた、と言っていましたが

私は一年ぐらい、根性が試されるにきまっていると知っていましたが黙っていました。

興味なかったんです。

半年もすると、ガムはあれこれ理由をつけて会社へ行けなくなりました。

家にいると、私の仕事の邪魔になるばかりで職安へ行ったりしていましたが

高望なんですね。。。

しまいにはパチンコへばかり行くようになりました。

とにかく、いやなことからはとりあえず逃げる。

だんだん、奇行がひどくなり、息子にも説得されていましたが効果なし。

そのころ、息子と私は、3人で生活する余裕はあるが

ガムにお金がかかるようになったら共倒れなんで、今度こそ離婚だね

と言うような話をしていました。

ある日、酒を飲んで、階段から落ち、救急車を呼ぼうとしたら暴れたので

警察にお世話になりました。

医師の話では怪我は大したことが無いが、

一度アルコール依存症専門医に行った方がいい、と言われました。

予約が取れ次第連れて行きましたら、がっつり、依存症でした。

うちで、資源ごみと言えばガムの酒の容器だったわけですが

道理で自分でせっせと出すわけだ、と思いました。(証拠隠滅?)

医師はさらに入院設備のある病院を紹介しようとしましたが

ガムが断るんですね。

「俺は依存症じゃない」と。

何のために医師がいると思っているんでしょう。その医師が診断したんです。

ガム抜きで医師の説明では

「奥さん、もう、疲れきっているでしょう?(うんうん)ご家族を休ませるためにも

入院を勧めるんですよ、実は」。。。。。 

ガムの依存症はおそらく治癒しないであろうけれども、家族を休ませるために

入院を繰り返させて、何とか持たせる、というのが本音だそうです。 

その後、通院しないと言い張るガムに切れて

「お前は必要ないから出ていけ~!!」

と、封建時代の家長の様に私は怒鳴ってしまいました。

出て行ったと思ったら、夜帰ってくるんですね。

死のうと思ったけど死ねなかった、とかいって。

その後、私が自分の車で帰ってきたところを待ち伏せされて

(ワタシはガムと二人では出かけようとしなくなっていた)

運転席から助手席に押し込まれ、どこかに連れて行こうとされました。

「一緒に死んでくれ」「いやだよ」

ハンドブレーキを引いて、車から飛び降りました。

「ひき殺されるかもしれない」と思ったら、ガムは土手に突っ込みました。






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最終更新日  2014.01.04 12:09:14 コメント(2) | コメントを書く


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