仁志・多喜馬の戯言日記&戯言通信

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2008年09月09日
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 9月9日は「重陽の節句」なのだがこの節句の起源は、ほかの節句と同様古来中国にさかのぼることができ、歴史の古い中国では奇数は縁起のよい陽の数とされ、一番大きな陽の数である九が重なる9月9日を、「重陽」として、五節句の中でも一番よい日の節句としてきました。

 中国ではこの日、茱萸(しゅゆ:日本で言うとぐみの実のことのようだが・・・)を袋に入れて、丘や山に登ったり、菊の香りを移した菊酒を飲んだりして、邪気を払い長命を願うという風習がありったそうだ。それが日本にも入ってきて、平安時代には「重陽の節会」として宮中の行事となったそうだ。

 旧暦の9月9日というと現在では10月の中頃ににあたり、ちょうど田畑の収穫も行われる頃で、農山村では栗の節句とも呼ばれて、新米と栗ご飯などで節句を祝ったという記述が残っている。昔はさかんに行われていた重陽の節句が、現代に引き継がれていないのは残念なことだと思ってしまう。

 これはしきたりや行事の本を読むと、明治時代初期に旧暦から新暦になってしまい、菊が盛んに咲く時期ではなくなってしまったことが大きいのかもしれないと書いてあった。それほどこの「重陽の節句」は菊の花と縁が深く、中国では菊の花には不老長寿の薬としての信仰があったみたいだ。

 いまでも漢方薬として、薬効を認められている菊の花の種類は少なくないのだが、昔の中国では菊の花は、鑑賞用としてより先に薬用として栽培されていたようだ。菊の花の言えばその意匠が皇室の紋章ともされており、日本を代表する花といえるが、そのルーツは薬用として、中国から伝わったものなのだ。

 さて、お楽しみの「菊花酒」であるが、重陽の節句の前夜にまだつぼみの菊の花に、綿をかぶせて菊の香りと夜露をしみこませたもので、宮中の女官たちが身体を撫でてたりもしたと言われている。平安時代の枕草子や紫式部日記の中でも、その風習のことを書いている箇所があるそうだ。

 私も色々なお酒は飲んできたのだが、この「菊花酒」というのは飲んだことがにので、一度どこかで飲んでみたいものである。それも若くて美人の素肌をなで回った菊の花で仕込んで「菊花酒」なら最高だろう。もっとも、酒の方は飲んだかとはないが食用の菊の花は食べてことはあるのだ。

 昔東北地方へよく出かけていた時に、青森県・秋田県・山形県などの菊の食花の生産地を中心に、さまざまな菊料理がつくられているので、けっこう食べさせて貰ったのだ。私は菊の花の酢物も好きだったのだが、 やはり少し苦みのある天ぷらを塩で食べるのが、一番旨かったと思い出しているのだ。



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最終更新日  2008年09月09日 19時56分36秒
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