2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全3件 (3件中 1-3件目)
1
ふわらいどう【付和雷同・附和雷同】自分にしっかりした考えがなく、他人の意見にすぐ同調すること。【大辞泉】ニッポンは二大政党制になる筈だったのに国会でも真っ当なディベートなどただの一度も聞いたこともなく、日夜繰り返されるのは無期限開催中のネガティブキャンペーン。足の引っ張り合いどころか泥の掛け合い。中傷合戦。って言うか今や自民党の一人芝居状態。邦夫ばかりが劇団ひとりと思ったら大間違い。自民党は肉弾戦よろしく民主党の懐深く攻め込み、ばっさばっさと斬り捨てて敵の武将の首取る(取りかけた)大手柄かと思いきや、手足も頭もばらばらで誰に足をひっ掛けられたわけでもないのにあっちへよろよろ。こっちへよろよろ。もはや同類なんだし民主党に肩貸してもらうしかないな。そこへ持ってきての大不況。いやいや誰も大不況だなんて言わないか。景気は持ち直してる。回復傾向にあるんだから。いやいや、産業界が持ち直してるなんて出鱈目も甚だしい。人件費ばっさばっさ切っといて回復傾向も糞もあるかってんだ。肝心の病巣には目を背け、上っ面でしか見ないからもはや末期癌。リンパや骨に転移が見つかるのは時間の問題さ。病身じゃ誰も預貯金使えないね。せめて死ぬまでの諸経費あれこれ確保してなきゃおちおち生きちゃいられないってのは道理ってもんだし、先進国でも指折りの預貯金がさっぱり回らないんだから景気なんて回復するわけがない。嗚呼絶望だ。大手が傾く。銀行が倒れる。そして圧倒的勢いでもって動き出すだろう付和雷同。わけわかんないから誰も自分の頭で考えない。面倒だし、うざいし、お先真っ暗だから考えたくない。カタルシスが得られるならこの際なんでもいいさ。右も左も関係ねぇよ。前も後もね。そう。ビジョンがあれば簡単だ。わかり易い!サイコー!付和雷同が悪いなんて誰が言いやがった。見てみろ、ジジぃもババぁも同じだろ。かわらねぇよ。どいつこいつも付和雷同だろ。誰かが『悪だ!』と叫んだらみんなで寄ってたかって石を投げろって教えたんじゃねぇか。ま、いいか。2012年にみんな滅亡するらしいしw
2010.03.18
コメント(0)
社会は厳しいもの。会社は厳格に運営される組織。みたいなデフォルトがニッポン人の多くには設定されている。ほぼ確実に。間違いなく。ゆえにそのデフォルトが昔から随分と足枷になった。どのように足枷になったかと言うと、例えばイベント等の企画なり起業なりアイディアなりの表明・発表・主張などを始めた最初の段階で良識あるニッポン人を自覚する多くの方から横槍が入るのである。正直に言うと横槍が入るのではなくて年端も行かない若造の戯言と遥か大上段から叩き潰しに掛かられるのである。我こそは社会規範。大ニッポン人の鑑。社会正義にして悪と甘ちゃんと生意気の性根を叩き直す良識派ま、そのような方々に年代別の多寡があるかと言えば偏りと言うべきほどのものはないのであるが、個人的な印象としては二十代後半から四十代に掛かる所謂中堅と称される立場の人たちにありがちな性向であるかも知れない。社会は厳しく、けっして甘いものではない。ろくに世の中も知らぬ若造に何が出来るか。どうせ失敗するのがおちだ。もっと勉強してから出直してこい。何かと言うとそのような言説を振り回す方の多いことよ。そこで八重山。私がこの地を面白いと感じるのは、上記の如き『社会厳格論』に対するアンチテーゼが八重山社会には脈々と受け継がれているからである。そう。この地が日本ではないと感じる材料の一つは紛れもない社会に対する甘さ、組織に対するゆるさなのだ。社会や会社組織が厳しいものなら二日酔いで遅刻したり無断欠勤は出来ない。不可である。しかしここらで生きている人は誰一人「社会って厳しいもの」とか「会社経営をするのは大ごとだ』なんて思っちゃいない。みんな「たいへんだけどなんとかなるさ」とか「失敗したらもう一回やり直せばいいだろ、別にそれだけのことだろ」なんて思っているのである。そして私はそれが正解だと思っている。社会は厳しいなんていう面倒くさい共同幻想をどうしてわざわざ持たねばならぬのか私は理解に苦しむし、数年前に起業して経営者連中と付き合うようになったから余計に感じるのだが会社経営してる連中なんてのはその規模の大小に関わらずどいつもこいつも出鱈目だ。ま、出鱈目まで言うと語弊があるかも知れないが、それほど深くも先までも考えちゃいないし、体系的に物事を捉えてもいないのは確かだ。わりと直感的に動いたり考えたりする人のほうが多いと思うし、そりゃ中には切れ者みたいな人もいるだろうがそんなのは極少数の経営者に過ぎないのである。つまり、社会は甘いと思えば甘くもなるし、会社組織は厳格に運営されているわけでもないし、起業や経営は大ごとでもない。もし厳格に運営されているなら経営が傾くこともないだろうし、社内や業務に重大な問題が起きることもないだろうが、一部上場から零細町工場にいたるまでどこもそこも問題だらけでもなんとかかんとかやっているってのが実情だろう。だからこれからの若い人はもっと自由に発想して、自由に動いていいと思う。失敗したらやり直せばいいだろうし、あなたが一生懸命やっているなら幸運が味方してくれることもあれば助けてくれる人が現れることだってあるのだから。そうそう。八重山の人は社会は厳しいとは思ってないが、本土はキビシイと感じてるのは確か。社会は厳しく会社組織は厳格なんて妄想をみんなで持ってる空間に暮らすのはキビシイもの。ゆるく暮らすならやっぱり八重山ってことで、ひとつ。
2010.03.14
コメント(0)
日夜 各種掲示板やらコメント欄に書き連ねられる不毛極まりない誹謗中傷悪口雑言。今や日本のネット世界は市中引き回しのうえ磔獄門(ハリツケゴクモン)のごとき様相を呈すって有様。ブログなどが炎上するにも様々なケースがあるから一括りには出来ないけれども一人のブロガーに対して数十名・数百名の連中が寄って集ってやりこめている絵面は如何にも醜い。なにが醜いって、他人のブログに誹謗中傷罵詈雑言を書き込む方々の多くが我こそは社会正義ってな自認をしているあたりがひどく醜い。一面識もない閼伽の他人に対してヘンだとか甘いとか職を失って困っている人がたくさんいるのにアナタは…みたいなコメントを吐けるセンスが私には理解できない。そのような批判を載せる方々は相手の一体何を知っているというのだろうか?ブログ記事にある言葉尻を捉え、訳知り顔で無意味な批判や非生産的な誹謗を繰り返す粘着質で傲慢な態度は何に由来するものなのだろうか。更に醜いのが掲示板。例えば爆サイって掲示板サイトにある沖縄版・石垣島雑談なんか見てみるに多くのスレッドでシマンチュ(地元)とナイチャー(本土出身者)の二派に分かれて『内地へ帰れ』『島から出て行け』だの『島は低脳』『サル並みの連中』だのと互いに著しく低いレベルでやりあっている。ネットが持つ匿名性が社会的な不満や制度的な軋轢に対して一定のガス抜きを持つのは確かであるが、そのガスを噴射する先が間違っているのだ。匿名の多数が不満と批判を向けるべきは今ある歪んだ社会の礎を築き、偏向した制度を構築してきた連中なのではなかろうか。ましてや寄って集ってやるのならば尚更だ。うってつけだ。寄って集ってやらないと効果がないのだから。匿名という武器の使い方を間違えるべきではない。これまで我々小市民がなかなか持てなかった匿名という武器を行使すべき相手は微罪や軽犯罪を犯した者でもなければ少々世間を甘く見ている女の子でもなく口が達者な生意気なアスリートでもない。匿名を得た我々が寄って集ってやっつけるべき相手は、忘れるなかれ、権力と金を持った連中である。
2010.03.08
コメント(0)
全3件 (3件中 1-3件目)
1