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丁度、今日、還暦を迎える前職の同僚が、一人、そして、今年の秋に還暦を迎える前職の同僚が、が、もう一人居ますが、当人達に最後に会って話したのは、2004年の7月で、今月で還暦を迎える前職の同僚と、今年の秋に還暦を迎える前職の同僚と、一緒に、当時、大阪府の岸和田市にあった、「いよやかの郷」と呼ばれていた温泉施設でした(懐)・・・(当時、岸和田市民は無料だった覚えが・・・)www.city.kishiwada.lg.jpもう今では残っていない(カタチは変わって継続しているようですが)「いよやかの郷」への、行き帰りは、当時「岸和田」に住んでいた、今年の秋に還暦を迎える前職の同僚の車に乗って、2001年1月末に閉鎖した、物流センター時代の話で、車内は、たいへん盛り上がりました!その後「いよやかの郷」から、今月で還暦を迎える前職の同僚の家(泉佐野)に、移動して、皆で、飲み会(大騒ぎ)をしました💦(嫁さんと娘さんは、旅行中で留守だった・・・)皆、酔っぱらって、何を話したかは、覚えていませんが・・・結局、東京から一緒に大阪に出張で来た当時の同僚は、今月で還暦を迎える前職の同僚の家に、そのまま泊まり、(出張時のホテル代が、酒代に化けた)今年の秋に還暦を迎える前職の同僚も、車を運転したら、飲酒運転になるので、説き伏せて、一緒に泊まることになり、わたしだけが、一人、最寄りの、鶴原駅から、松ノ浜駅まで、南海電車に乗って実家に帰ることになり、なんとか、実家に帰りつき、無事に泊まれましたが、あれから、もう20年以上も、経つのかと思うと、わたしは、2001年1月末に、現地退職をせずに、定年退職するまで、前職に残って、良かったなぁと、思うばかりです・・・今年の秋に還暦を迎える前職の同僚は、実家には、住んでいないようで(年賀状は届いたが・・・)、本人は、行方しれずですが(生死不明)、今日、還暦を迎えるの前職の同僚は、現在、大分県で働いていて、定年退職後は、どうするのか、興味は有りますが、33年前に結婚した後、購入した自宅のローン完済まで、後5年くらい有るので、恐らく、まだまだ、働くのだろうと想像しましたが、わたしも、昭和の価値観(≒社会常識)は、転勤した際に、マインドリセット出来たので、引きずっては、いませんが、結婚して、家買って、子どもを産み育てるのは、コストパフォーマンス的に、経済合理性は、無いなぁと、還暦を過ぎた今、改めて、実感します(答え合わせは出来た)確信犯的に、借金を、しまくって、生きている内に、借りたお金を返すつもりの無い、同年代の、同窓性や、(阪神淡路大震災で「億」の借金を持つオトコになった・・・)新卒で入社した同期達の、その振舞を見ているので、(親切で「お金」を貸して、返さない人とか、色々、いました・・・)昭和の価値観を「あたりまえ」だと薦めた社会というか、当時の行政の当事者(公務員)や、当時の政治家は、既に、もうこの世に、居ないので、その責任は、追及できないので、そういうもの(社会の空気)に、踊らせられないように、自分の「芯」を、持たないと「同調圧力」に流されやすいので、「人は人」「自分は自分」「他人と自分を比べない」は、正しいなぁと、思った、今日還暦になった元同僚のことを、思い出して、つらつらと、書いてみました(爆)とまぁ、とりとめもないですが、それでは、今日は、これくらいででは、また、次回にて
2026.01.26
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まず、今日1日が、もうすぐ終わる頃、このノートを、書くにあたり、気づいたのは、働いているか、無職だったかで、かなり、充実感に、落差を感じました・・・わたし自身、それなりに、齢を取っているので「希望」という言葉のような、曖昧なものには、流石に、いまさら、縋らないものの、年金受給開始年齢までの残りの40ヶ月の間、どうやって、定収入を得るのか、具体的に考えるように、就職してから、マインドが変わりました・・・人間は「衣食住」足りて、礼節を知るは、やっぱり、有るなぁと、就職後、三ヶ月経って、就業時間が過ぎると、頭の中に、この教訓は、浮かびます・・・振り返ってみると、学校を卒業してから、40年間働いて、定年退職後、1年半近く、無職だったのは、わたしの場合、幸せでは、なかったことが、良く分かりました・・・会社で働く時間と、プライベートで、自由に使える時間の、両方が、無いと調子が、狂うのは、わたしが昭和の、サラリーマンだったからのような気がします・・・(良くも悪くもですが💦)結局、年末年始は、実家には帰省せず、東京で過ごしましたが、人の多さは変わらずで、旅行客(外国の)が、増えた感じが、電車や神社、ショッピングモールなどで、再確認が出来、老いた両親が、亡くなった後、実家に帰るのは、現実的ではないイメージが、年々増してきています・・・結果的に、年老いた両親が、長生きしているのは、子どもと離れて暮らしているからで、恐らく、同居していたら、共倒れになるのでは無いかなぁと、容易に想像できました!すでに、還暦過ぎのわたしが、言うのも何ですが・・・、両親共々、90歳を超えて、一応元気というのは、ありがたいことなのかなぁ?と思う反面、亡くなったら、葬式含め、死後の手続きは、かなり、面倒だろうと予想は出来、願わくば、親よりも先に、わたしの寿命が、尽きるのが、いちばん、ありがたいなぁと、思った、「仕事はじめの日」に、なりました!とまぁ、とりとめもないですが、それでは、今日は、これくらいででは、また、次回にて
2026.01.05
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今日は、お正月、1月1日、無事に年を越せました!昨年は、年末に、風邪を引いて、熱が出てしまい、実家に帰省どころか、病院もお休みで、家から出られず、貯蔵食料から簡易な料理を作り、市販の風邪薬を飲んで、どうにか。仕事始めまでに、治しましたが、正月前後の5日間計10日間は、本当に「寝正月」でした・・・(結構、熱が出たので、この間の記憶が、ほぼ無いです)2025年は、就職活動をしながら「曲」の制作をしていたので、大晦日までに、100曲以上、リリースしましたが、「ちりも積もれば」で「大晦日」までに「Spotify」等で、1000回以上再生された「曲」が、丁度10曲有ったからか、Spotify - Web Player:すべての人に音楽をSpotifyは数千万以上もの曲へのアクセスを提供するデジタル音楽配信サービスです。open.spotify.com総再生回数が、大晦日の時点で、5万回を超えました!(配信会社(Tunecore)からのメールは正月の今日届きました)TuneCore Japan - あなたの音楽でセカイを紡ぐあなたの楽曲を Apple Music, Spotify, YouTube Music, TikTok, Instagrawww.tunecore.co.jp2025年の3月1日に、最初にリリースしてからなので、丁度、10ヶ月間で、毎月5000回は、聴かれていたことになり、来年の大晦日まで、12ヶ月間有るので、単純計算で6万回、計11万回聴かれるのかも知れません( ゚Д゚)作曲というか、本格的の音楽制作を始めたのは、1998年からなので、27年間待って、音楽配信サービスが、安価で、利用できるようになったお陰で、27年前に作った「曲」をAIに編曲して貰って、かなり、聴きやすくなったとはいえ、1998年当時、30代半ばの、わたしが、作りたかった作品が、イメージ通りに出来上がると、素直に、ウレシイというのが本音です!今年「わたしが叶えたい夢」は、「1曲で、1万回再生されるような作品を作ること」に、なりました!!!出来るかどうかは、別にして(^^;)良い作品を作ることは、昨年と、変わらずに続けたく、これまで「インストルメンタル」の「作品」が多かったですが、今年は、聴いてもらえる「歌詞」を書けるように、まずは、こころがけようと、考えて、この「note」を書いています改めて、還暦を過ぎてから好きなことをやり続けられるとは、前職を、定年退職した当時は、想像もしておりませんでしたが、正月早々に、自分自身が、一番驚いています( ゚Д゚)とまぁ、とりとめもないですが、それでは、今日は、これくらいででは、また、次回にて
2026.01.01
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