のぽねこミステリ館

のぽねこミステリ館

PR

Profile

のぽねこ

のぽねこ

Calendar

2006.07.18
XML
島田荘司『展望塔の殺人』


 吉敷竹史さんが登場する作品も含む、六編の作品が収められた短編集です。それぞれ、内容紹介と感想を。

「緑色の死」私は、緑色に激しい恐怖を感じる。野菜も食べられないほどだった。緑色への恐怖の原因に気づかないでいた私だが、亡くなった父親の友人から連絡を受ける。過去、母親が密室状況で死んでいた事件について、父が遺した手記があるというのだった。
   *
 数年ぶりの再読ですが、印象に残っている話でした。緑色恐怖の理由も、密室の謎もまったく覚えていませんでしたが。野菜も食べられず、虚弱体質の「私」と、妻が一緒にいる理由は怖いものを感じましたが、二人のなれそめが気になるところです(本編とは関係ありませんが…)

「都市の声」火曜日、フランス語会話学校から帰る途中、店に寄り道をした私。すると、その店に、私宛の電話がかかってきた。知らない男からだった。その後、いく先々の店に電話がかかってくる。さらには、路上の公衆電話にさえもかかってきた。毎週火曜日にかかるようになった謎の電話。しかし、私がまっすぐに帰宅すると、電話はかかってこないのだった。年の離れた弟と二人暮らしの私に、電話の男は、弟の無事は自分にかかっていると脅迫する。電話の犯人を弟かと疑うこともあったが、やがて電話は自宅に、弟といるときにもかかるようになる。
   *
 この話も、印象に残っていました。自分が行くあらゆる店に、自分宛の電話がかかってきたり、通りがかった場所の公衆電話が鳴ったりするのは、本当に恐怖でしょう。まだ携帯電話が(ほとんど、という方が正確でしょうか)なかった頃の話ですから公衆電話がメインですが、携帯電話への不審者からの電話よりもある意味では怖いような気もします。自分の居場所を、ずっと見られているわけですから。


   *
 この第三話以降は、まったく覚えていなかったので、新鮮な気持ちで読みました。 20年前の乱暴事件を理由に、無理矢理不倫関係を続けさせている女性が、失踪し、それから一年ほど経った後、20年前の姿で女性が現れる-。面白い設定でした。

「展望塔の殺人」東京都郊外の展望塔に、二人の婦人客がやってきた。その中にある喫茶店は、セルフサービスが建前だったが、婦人は頼んだココアをテーブルまで持ってくるように頼んだ。周りからの評判もよいバイトの女性がココアを客たちのもとへ運んだ後、バイトの女性は突然婦人の一人をナイフで刺した。明らかに面識がなさそうな婦人を、なぜ彼女が刺したのか。しばらくしてから、事件を担当していた吉敷のもとに、被害者の夫から連絡があった。事件の背景を語っている手記が出てきたという。
   *
 これは面白かったです。ネタにふれる部分もあるので、ご注意を。
 昭和53年。受験戦争が白熱し、親たちは、有名大学に入らなければ大人になって飢え死にすると、子供にはげしい勉強を課している時代-だったそうです。小学生の自殺ブームがあったのだそうです。
 手記に出てくる少女は、小学校でトップの成績で、教師も彼女の顔色をうかがうところがあるほどです。彼女のクラスで、0点をとった子が三人自殺します。これについて、少女は言います(文字色変えます)。(220頁)
 私が小学生の頃は、それほど受験戦争どうこうはありませんでした。隔週週休五日制が導入された頃です(年齢がばれますね)。勉強の内容は、いま思えばほとんど忘れてしまっているのであるいは「無駄」(かぎかっこは便利です)もあったのかもしれませんが、昨今の指導要領改訂での議論を鑑みると、まあちょうどよかったのでは、と思っています。「ゆとり教育」が導入されてからの方が、息苦しそうですね。私が聞いているのはマスコミからうかがえる一部の大人たちの声でしかなく、子供たちがどう感じているかは知りませんが。以前、授業内容が削減されたカリキュラムを経験している方々と話す機会がありましたが、その方々は指導要領改訂に不満を感じていたみたいですが。
 とまれ、本作を読んで、そんなことをつらつらと考えました。先に引用した少女の言葉もありますが、親と子供のあり方も考えるところです。最近も、いろんなところで言われているようですが。

「死聴率」21時からの連続ドラマの担当になったディレクター。スポンサーをはじめ、多くの人々の期待(そして予想)とは裏腹に、初回の視聴率が20%に届かなかった。そして視聴率は低迷を続ける。打開策として、ディレクターは一つの賭に出る。

 これも面白かったです。視聴率はどうやってはかるのか、という議論は印象に残っていましたけれど、話の流れは全く覚えていなかったので、新鮮な気持ちで読みました。俳優と、その役の境界がなくなっていく描写がよいですね。
 ※解説を読んで知ったのですが、実際の出来事をモデルにした作品だそうです。最近も話題になった作品でしたか。私はまったく見ていなかったのですが、聞いたことがあるような、とは思っていました。勉強になりました。

「D坂の密室殺人」知恵遅れの少女がすむ隣家に、毎週水曜日、三時間だけ滞在する紳士がいた。私は少女とともに、その紳士に関心をもっていたが、ある日、事件が起こる。紳士が、密室状況で死亡。同じ日に失踪していた少女が、水死体で見つかったのだ。
   *
 これは、残念ながらしょうもない話でした。島田さん、こんなのも書いたんだ…。ラストがはかりかねました。とってつけた文章のような気もするし、逆に事件の内容のしょうもなさとの対比で、シリアスさを出しているのか。少女も婦人も気の毒でなりません。


 全体を通して。私は御手洗さんシリーズが好きなので、他の作品を読むのは新鮮な感じです。最近は特に脳科学の知見を援用した衒学的な作品が目立つ島田さんですが、この頃はそれほど衒学的でもなく、ふつうに読み物として楽しめました。いわゆる「社会派」と形容されるほどメッセージ性のある作品も、「展望塔の殺人」くらいですね。
 今日は具合が悪く、最近買った厚めの小説を読む気にもならず、本作を読んで少しのんびりできました。

(追記)
 読んでいる途中にも感じていましたが、解説にもやはりふれられていたので、一言。この短編集のキーワードは、「都市」です。「都市の声」と「展望塔の殺人」は、特にそれを感じさせます。
先に、さほど「社会派」と形容するほどでもない、という趣旨のことを書きましたが、「都市」という視点から考え直すと、メッセージ性が感じられるように思いました。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2006.07.18 19:12:05
コメント(2) | コメントを書く
[本の感想(さ行の作家)] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

Keyword Search

▼キーワード検索

Comments

のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 第2部第…
のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 脳科学に…

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: