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2006.07.21
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中世の身体

(Jacques Le Goff et Nicolas Truong, Une Histoire du Corps Au Moyen Age, Editions, Liana Levi, 2003)
~藤原書店、2006年~

 フランスの歴史家、中世史の大家であるジャック・ル=ゴフの著作の最新の邦訳書です。表紙に名前はありませんが、文化ジャーナリストのニコラ・トリュオンの協力を得て、ル=ゴフがまとめた著書だそうです。
「身体には歴史がある」ということで、本書はタイトル通り、身体を中心に描かれています。結びで、「身体は、ゆるやかな歴史に例証を与え、これを豊かにしてくれる」とル=ゴフは言います。性の歴史も、食の歴史も、医学・病の歴史も、決して目新しいものではないと思いますが、本書はそれらの研究を身体という観点から整理している、といえるでしょう。

 さて、本書の目次は以下の通り。

ーーー
はじめに――出来事としての身体
序――身体史の先駆者たち

2 生と死
3 身体の文明化
4 メタファーとしての身体
結び――ゆるやかな歴史
ーーー

 順番は前後しますが、「序章」は、身体史についての研究史です。ミシュレ、フーコー、アナール学派第一世代であるマルク・ブロックなど、著名な方々の研究が整理されていて、これは興味深かったです。

 さて、以下は目次に沿っていきましょう。
 「はじめに」で、中世文明のダイナミズムはさまざまな緊張関係に起因しているとして、その中で、魂/身体の緊張関係、あるいは身体自体の内部にある緊張関係が挙げられます。身体は一方では非難され、キリスト教における救済は身体の贖罪を通してえられます。たとえば、食道楽と邪淫は大罪であり、節制と禁欲が大きな美徳とされました。他方で、身体には肯定的な価値も与えられます。13世紀のトマス・アクィナスは、「身体的快楽は人間に欠くことのできない善」と言っているそうです。

 この身体そのものの内部にある緊張関係についてさらに深めているのが、1章です。四旬節は、人々が禁欲と悔悛のうちに生きるべき期間であり、謝肉祭ははめをはずせる時期―大食が賛美される時期です。身体の抑圧が四旬節に、身体の解放(抵抗)が、謝肉祭になぞらえられています。
 血液などはタブーとされ、邪淫は大罪です。教会がそれらをいかに抑圧したか、ということが紹介されますが、大事なのは、教会の聖職者たちが非難した慣行が実際にあったかどうかではなく、そこから多くうかがえるのは「神学者たちの妄想」だということです。
 1章の後半では、労働観、涙、笑い、夢など、ル=ゴフが既に論文を発表しているテーマが紹介されています。といって、私は中世の涙についてはほとんど読んだことがないので、興味深く読みました。中世において、修道士は「涙を流す人」と定義されたのだとか。一方、「笑い」は本来悪魔の側にありましたが、聖書の中では、イエス・キリストが笑ったという記述も、笑わなかったという記述もないこともあって、次第に笑いに対する肯定的な見方が現れてきます。ある研究者は、アッシジのフランチェスコ(フランシスコ会という修道会の創始者)を、「笑う聖人」と言っています。修道士の「笑い」は、ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』(私の感想は こちら

 さて、2章にいきます。まず、「人生の道のり」という節で、人生の諸時期(人間の一生をいくつかの時期に分ける考え方があります)、性愛、子供、老人についてふれられます。この中だと、老人については、あまり読まないテーマなので、興味深く読みました。中世の平均寿命は長くなく、45歳でも「老人」とされたとか。とまれ、基本的に長生きできるのは健康的な食事のとれる人々、すなわち修道士たちで、「中世の間、老人たちはこの老いた修道士のイメージを享受」(151頁)したといいます。
 「病と医」という節では、まず病としてペストとレプラについて言及され、それから中世の医学について言及されます。最後に死者について言及されるのですが、ここではジャン=クロード・シュミットによる幽霊についての研究も紹介されています。

 さて、3章。「食道楽と美食」の節に続く、「身体の演出」の節が興味深かったです。裸体は禁じられていたようなイメージをもっていましたが、こちらもやはり肯定的な見方と否定的な見方の緊張関係があったということです。たとえば、先に名前を出したフランチェスコは、もともとは商人だったのですが、裕福な生活を捨てて伝道生活に入る際、裸になっています。「裸のキリストに、裸で従え」という、当時(12世紀から13世紀の変わり目)に無欲と清貧を信じる者たちが掲げていた標語にしたがったのですね。とまれ、ここで興味深かったのは、天国にいる、選ばれた者たちは裸体か着衣か、という問題です。
 エダムとエバが禁断の実を食べるまでは、二人は裸でした。禁断の実を食べた結果、「衣服」が生まれるのですから、衣服は原罪の結果ということになります。天国に選ばれた者たちは、原罪がぬぐわれている以上、彼らは裸体である、というのが純粋な神学的解答だそうです。
 その後、「身体の諸相」という節で、異形とスポーツ(?)が紹介されますが、中世には厳密な意味でのスポーツはなかった、という指摘が面白かったです。



 冒頭にも少しふれましたが、これはいろんな研究紹介の本です。注はそれなりについていますが、文献の何ページを参考にしたのか書かれていませんし、一次史料の引用も少ないです。だれそれという研究者はこう言っている、という表現が多いですね。
 なかなか、専門書関連について一時間かそこらで記事に書こうというのが無茶なので、上での紹介はあいまいなものになってしまいましたが、いつか時間ができれば、少しずつ自分で整理して記事にしてみたいなぁ、と思っています。





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Last updated  2008.07.12 20:59:28
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