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2007.07.02
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感性の歴史

~藤原書店、1997年~

 アナール学派第一世代のリュシアン・フェーヴルから、第三世代のジョルジュ・デュビィ、そして現在を代表する「感性の歴史」の歴史家、アラン・コルバンの論文(インタビューなど含む)を紹介することで、「感性の歴史」の流れと実践を示した魅力的な一冊です。
 本書の目次は以下の通り。

ーーー

第一部 感性の歴史の方法
「歴史学と心理学」(リュシアン・フェーヴル)
「感性と歴史」(リュシアン・フェーヴル)
「社会史と心性史」(ジョルジュ・デュビィ)


第二部 感性の歴史の諸相
「魔術」(リュシアン・フェーヴル)
「「おおよそ」と「正確さ」という感性」(リュシアン・フェーヴル)
「恐怖」「リュシアン・フェーヴル)
「死」(リュシアン・フェーヴル)
「安心ということ」(リュシアン・フェーヴル)
「電気と文化」(アラン・コルバン)
「涙」(アラン・コルバン)
「恋愛と文学」(アラン・コルバン)
「音と共同体」(アラン・コルバン)
「音の風景」(アラン・コルバン)


初出一覧
編者あとがき

ーーー

 目次からもうかがえるように、本書の第一部は、感性の歴史の方法論、理論的な側面に関する論文からなり、第二部で、その実際の研究の例が紹介されています。

 第一部でもっとも興味深かったのは、アラン・コルバンの論文ですね。本書では、全ての論文に、訳者による内容紹介あるいは評価が付されているのですが、その評にもあるように、この論文の「豊富な原注はそのまま、1990年代初頭におけるこの領域に関する詳しい文献一覧になって」います。リュシアン・フェーヴル、ミシェル・フーコー、ノルベルト・エリアスの三人の業績を強調した上で、感性の歴史を研究する上での注意点や方法論を述べています。

 デュビィのは、インタヴューです。

 第二部は、具体的なテーマが取り上げられるので、より興味深く読みました。
 フェーヴルは16世紀頃の専門、コルバンは19世紀が専門ということで、私は二人の研究をまだ読んでいないのですが(コルバンの『人喰いの村』は読みましたが、当時はよく分かりませんでした…)、ここに収録されているのは書評など、軽めの論文ということもあり、わくわくしました。

 フェーヴルの論文の中で、もっとも興味深かったのは、コイレという科学史家・科学思想家の論文を紹介する「「おおよそ」と「正確さ」という感性」です。ギリシア時代にも真の工学が生まれず、そして17、18世紀の技術革命の時代まで、そうした技術革命が起こらなかったのはなぜか。「そうしようとしなかったから」。すなわち、「おおよその心性」の時代だったから、というのですね。
 コイレが言うには、17世紀以前に作られた機械の特色は、それらが決して「計算されて」いないことです。機械は大体の見当で作られ、「おおよその世界」に属します。だから、機械は大まかな作業に使われ、より繊細な作業は人間の手仕事によって行われた、というのです。
 さらにフェーヴルは、17世紀を生きたモンコニという人物に焦点をあて、「おおよその心性の時代」を示します。モンコニは、顕微鏡や望遠鏡にも興味を示すなど、当時の科学技術の最新の進歩に通じた、学のある人物でした。そんな彼も、現代の目から見れば馬鹿げたこととも思える、いわば迷信じみたことも書いているのです(洟をかんだ紙に貨幣をつつんで捨て、誰かがそれを拾うと、拾った人に風邪がうつる、など……)。
 モンコニは、そうした治療法を書くにあたり、その情報元も記しています。フェーヴルは、この時代を、「伝聞の王国」と形容もしています。当時は、モンコニのような知識人にとって、「伝聞」が確固たる王者の地位を占めていたというのですね。やがて、初期の生理学者たちが、観察と実験に基づく化学の構築をはじめていくのです。

 コルバンの論文の中で興味深かったのは、「音の風景」です(藤原書店から、(本書『感性の歴史』の数ヶ月後に刊行された、アラン・コルバン『音の風景』は、原題は『大地の鐘』です。本書に収録されている「音と共同体」は、この『音の風景』の冒頭部分。「音の風景」は、また別の場所に発表された論文です)。
 まず、静寂について述べるのですが、音は曜日によって異なるといいます。日曜日は静かで、ほとんど教会から発せられる音しか聞こえないため、その風景には独特の雰囲気があると述べられますが、なんというか、リアルに想像がかきたてられるような文章で、とても面白いのです。
 その後、物音、羊飼いが羊につける鈴の音(羊飼いは、羊につける鈴によって、その羊のアイデンティティーを示し、また、羊につける鈴の鳴らし方などによって、羊飼い自身のアイデンティティーを構築する、という指摘が興味深いです)、労働歌、動物の鳴き声など、様々な音についても言及していきます。

   *   *   *

 最初に本書を読んだのは、大学二年生の夏休みのことでした。アナール学派が興味深そうな研究をしていることを知りつつ、第二外国語でドイツ語をとっていた私ですが、本書を読み、やはりアナール学派の研究をもっと読んで勉強したいと強く思い、独学でフランス語を勉強することになったのです。いま思い返しても、この夏はとても充実していました。その後は、実際にフランス語の論文も読んで卒論さらには修士論文を書くことになりました(その間、ドイツ語の方はさっぱりになってしまいましたが…)。
 というんで、本書は、とても思い出深い一冊です。「感性の歴史」の入門にはうってつけの一冊。おすすめです。

*コルバン「感性の歴史の系譜」など、興味をもった論文については、またあらためて整理して記事を書きたいと思います。





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Last updated  2008.07.12 18:35:56
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