ピーター・バーク編(谷川稔他訳)『ニュー・ヒストリーの現在―歴史叙述の新しい展望―』
~人文書院、 1996 年~
(Peter Burke (ed.), New Perspectives on Historical Writing , Cambridge, 1991)
著者のピーター・バークには、本ブログでも紹介したことのある 『フランス歴史学革命―アナール学派 1929 - 89 年―』(大津真作訳、岩波書店、 1992 年) のほか、『イタリア・ルネサンスの文化と社会』(森田義之・柴野均訳、岩波書店、 1992 年)などの邦訳書があります。
本書は、バークが編者となってまとめられた、歴史叙述のあり方を中心とした歴史学の方法論に関する論文集です。
本書の構成は次のとおりです。
―――
序 章 ニュー・ヒストリー―その過去と未来―(ピーター・バーク)
第二章 下からの歴史(ジム・シャープ)
第三章 女性の歴史(ジョーン・スコット)
第四章 海外の歴史(ヘンク・ヴェッセリング)
第五章 ミクロ・ストーリア(ジョヴァンニ・レーヴィ)
第六章 オーラル・ヒストリー(グイン・プリンス)
第七章 読むことの歴史(ロバート・ダーントン)
第八章 イメージの歴史(アイヴァン・ギャスケル)
第九章 政治思想史(リチャード・タック)
第十章 身体の歴史(ロイ・ポーター)
第十一章 事件史と物語的歴史の復活(ピーター・バーク)
註
試練に立つ「新しい歴史学」―訳者あとがきにかえて―
索引
―――
印象的だった点を中心に簡単にメモをしておきます。
編者による序章は、いわゆる伝統的な歴史学と、ニュー・ヒストリーの相違点を指摘した上で、本書の試みを簡潔に整理しています。興味深かったのは、事件よりも構造を重視したフェルナン・ブローデルは、その有名な著作『地中海』で、山々や島々といった自然環境に大きなスペースを割いている一方、人間がガレー船を建造するために森林を破壊することによって「環境が変容するという事態を深刻に受けとめてはいなかったのである」 (15 頁 ) 。
第二章からは、エドワード・トムソンという研究者の言葉を引用しておきます。「私は、貧しい靴下編みの職人を、ラダイトに加わった収穫労働者を……後の世の見る影もない落魄から救いだしてやりたいと思っている。……彼らの蜂起のくわだては無謀であったかもしれない。しかし、この激動の社会を生きたのは彼らなのだ。私たちではない」 (33
頁 )
。著者ジム・シャープは、「トムソンが指摘したのは、集団としての「ありきたり」の人びとの経験を再構成することの必要性だけではなかった……彼は、現在の歴史家に可能な限り、過去の人びとをその人たち自身の経験と、その経験に対する反応という光にてらして理解することの必要性も指摘しているのだ」 (
同 )
と評しています。私自身、歴史学に関心をもったのは「ありきたり」の人びとがいかに生きていたか、という点からなので、本章はたいへん興味深く読みました。
第三章は、フェミニズムや女性史と政治の関係などを論じます。
第五章は、一般的結論を引き出すために、観察の範囲を狭めて得られた知見が利用可能なこと、ミクロストーリアと人類学の関係性を指摘します。
第七章は個人的に関心のある領域でもあり興味深く読みました。ペーパーバックの祖先といえるような安価な本の冒頭に「これから皆さんが耳にするのは……」とあることを受け、「 19
世紀には職人たちが……順番を決めたり、あるいは読み手を雇ったりして、楽しみながら仕事を進めた。現在でも、テレビのキャスターが読むのを聞いてニュースを知る人は多い。テレビは一般に思われているほど、過去との断絶をもたらしているわけではないのであるまいか」 (179
頁 )
と指摘されている部分は、特に面白かったです。
第八章は、作者や作品評価、写真の位置づけなどの議論です。第九章は 10
年以上前に読んだとき同様、今回もよく分かりませんでした。第十章は身体の歴史に関する多様な論点を示します。
第十一章は、ある事件が位置している文化を明らかにするために事件に焦点を当てる試み(たとえば、デュビィの 『ブーヴィーヌの戦い』
)や、構造を明らかにするために物語を利用する試みなどを紹介し、いわば伝統的な手法やテーマが新しいアプローチによって歴史学をより豊かにすることにつながるということを示します。
この記事ではやや乱暴にまとめた部分もありますが、いずれも興味深い議論でした。
また第五章のレーヴィが、第三章のスコットのある論文に批判的な記述をしている部分も印象的でした (
第五章註 3)
。それぞれの章を担当する研究者が、妥協せずそれぞれの主張を展開している良い証拠のように思います。
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