西洋中世学会『西洋中世研究』 12
~知泉書館、 2020
年~
西洋中世学会が毎年刊行する雑誌です。
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【特集】カロリング期の記憶
<序文>
菊地重仁「記録を残し記憶が残る―カロリング期の史料と中世におけるカロリング期にまつわる過去の想起―」
<論文>
山本成生「〈グレゴリオ聖歌〉成立の記憶」
奈良澤由美「カロリング時代の組み紐装飾の記憶―「懐古的」礼拝空間演出の事例―」
鈴木道也「 <Reditus Regni ad Stirpem Karoli Magni>
再考」
小川直之「武勲詩におけるカール大帝の光明面 (
ライトサイド )
と暗黒面 (
ダークサイド )
」
津田拓郎「「大立法者」としてのカール大帝の記憶」
【論文】
木場智之「「社会的動物としての人間」と「政治社会」:フランシスコ・デ・ビトリアのテクストから」
仲田公輔「9 -11
世紀におけるビザンツ帝国からアルメニアへの聖十字架断片の奉遷」
三浦麻美「呪詛ではなく祝福を:マンスフェルト伯家と加門修道院ヘルフタに見る 13
世紀末の紛争と和解」
【新刊紹介】
【彙報】
―――
特集は、西洋中世学会第 10
回大会で行われたシンポジウムを出発点とします(同シンポジウムについては『西洋中世研究』 10
、 2018
年、 262-264
頁に概要あり)。シンポジウム中、宮内ふじ乃氏による報告「行き交うベアトゥス写本の挿絵と文字」の論文はないかわりに、奈良澤論文と鈴木論文が追加されています。
菊池論文は 1200
年頃にシゲベルトゥスにより書かれた『年代記』を取り上げ、「カロリング期の記憶」という特集のテーマにまつわる諸論点を提示するとともに、特集に寄稿された各論文との関わりも示すなど、優れた特集の序文となっています。
山本論文は、カロリング期の音楽政策(典礼との関わりから)にピピンらの「記憶」が利用されていることを明らかにするとともに、音楽分野に関する「カロリング期の記憶」が後世にどのように引き継がれたかを今後の展望として示します。
奈良澤論文は、カロリング期に生まれた組み紐装飾の利用という観点から、ロマネスク期における彫刻分野での過去の記憶の利用を論じます。
鈴木論文は、ヴァンサン・ド・ボーヴェ『歴史の鑑』を中心とする歴史史料から、「シャルルマーニュの系譜への王統の回帰」 (=
論文タイトル )
という言説の意味を探る試み。時代、史料ともに関心に近く、興味深く読みました。
小川論文は文学史料(武勲詩)に描かれるカール大帝像の分析から、彼が肯定的に描かれる事例と否定的に描かれる事例を抽出し、その意味を考察します。否定的に描かれる場合でも、カール大帝をおとしめるというよりは、「君主」の類型の代表として描かれているという指摘が印象的です。
津田論文は、実際にはカール大帝は大量の勅書を発布していないにもかかわらず、彼が多くの勅令を発出した「大立法者」であるというイメージがいかに創出されたのかを、中世の史料と近世の研究を丹念に読み込んで論じます。こちらも鈴木論文同様に興味深く読みました。
木場論文は、従来十分に研究されていないビトリア (1483-1546)
による『政治権力について』における人間の社会性の議論に関する政治思想史研究。
仲田論文は、ビザンツ帝国からアルメニアへの十字架断片の奉遷は上下関係を示す一方的なものだという従来の見方を相対化し、様々な事例を挙げ、お互いに利害にもとづく交渉として奉遷がなされたことを指摘します。
三浦論文は伯家とその家門修道院の関係をめぐる一事例から、女子修道院ヘルフタが後期中世に果たした役割を論じます。
新刊紹介では 32
の欧文研究が紹介されます。小澤実先生による、中世グローバルヒストリーの著作3冊を紹介する部分は圧巻。また、栗原健先生による、中世における妖精について論じた書籍と、「僧院長がある日突然女性に変化し、男性と結婚して子供をもうけた後、再び男性の身体を取り戻す」という中世アイルランドで語られた異色の物語について考察する書籍の紹介も興味深いです。
(2021.01.07 読了 )
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