ウィンストン・ブラック(大貫俊夫監訳)『中世ヨーロッパ ファクトとフィクション』
~平凡社、 2021
年~
(Winston Black, The Middle Ages: Facts and Fictions
, Carifornia, 2019)
監訳者の大貫俊夫先生は東京都立大学人文社会学部准教授で、主にシトー会を中心とする修道会の歴史や中世ドイツ史を専門にされています。本書のほかに、訳書としてアルフレート・ハーファーカンプ (
大貫俊夫他編訳 )
『中世共同体論―ヨーロッパ社会の都市・共同体・ユダヤ人―』柏書房、 2018
年があります。
さて、本書は、その標題どおり、中世ヨーロッパについて一般的にもたれているイメージ=フィクションを取り上げ、一次史料によりながらファクトを提示していくという、非常に興味深い一冊となっています。
本書の構成は次のとおりです。
―――
まえがき
イントロダクション
第1章 中世は暗黒時代だった
第2章 中世の人々は地球は平らだと思っていた
第3章 農民は風呂に入ったことがなく、腐った肉を食べていた
第4章 人々は紀元千年を恐れていた
第5章 中世の戦争は馬に乗った騎士が戦っていた
第6章 中世の教会は科学を抑圧していた
第7章 1212
年、何千人もの子どもたちが十字軍遠征に出立し、そして死んだ
第8章 ヨハンナという名の女教皇がいた
第9章 中世の医学は迷信に過ぎなかった
第 10
章 中世の人々は魔女を信じ、火あぶりにした
第 11
章 ペスト医師のマスクと「バラのまわりを輪になって」は黒死病から生まれた
訳者あとがき
―――
構成のとおり、大きく 11
のテーマが取り上げられます。それぞれ、「人々が起きたと思っていること」(=フィクションの概要)、「物語はいかに一般に流布したか」、そしてフィクションを裏付ける一次史料(フィクション流布に大きく影響した著作など)を提示した後、「実際に起きたこと」とそれを裏付ける一次史料を提示するという構成になっており、非常に説得的に議論が進められます。特に、フィクションが流布したきっかけを丹念にたどっている部分が興味深いです。(このブログで紹介した文献でいえば、津田拓郎「「大立法者」としてのカール大帝の記憶」 『西洋中世研究』 12
、 2020
年
所収が、実際にはカール大帝は大量の勅書を発布していないにもかかわらず、彼が多くの勅令を発出した「大立法者」であるというイメージがいかに創出されたのかを、中世の史料と近世の研究を丹念に読み込んで論じており、連想されました。)
さて、それぞれの章の内容については多岐にわたるので省略しますが、面白かったところでいえば、第3章の指摘です。香辛料は腐った肉の悪臭をまぎらすためというフィクションに対して、「ひと言でいって香辛料は高価だった。腐肉でも食べなければ、と思うような人々には手が届かなかった」 (104
頁 )
というのですね。ごもっともです。このフィクションの成立過程も興味深いです。
本書ではしばしば、ジュール・ミシュレがフィクションを流布した人物として酷評されるのですが(一次史料も引用せずに、とのこと)、訳者あとがきによれば、ミシュレは実際には一次史料を参照し引用しており、ブラックの記述に誇張がある、と指摘されます。中世ヨーロッパについてのフィクションを覆そうとするブラック自身が、フィクショナルな記述をしてしまっているという皮肉が指摘され、興味深いです。
本書は、中世ヨーロッパのフィクションを覆すという意味で興味深いのですが、同時に、情報のあふれる現代で、いかにフィクションとファクトを見分けるべきか、その姿勢をも(著者自身のミシュレについての誇張した表現も含めて)教えてくれるように思います。
良い読書体験でした。
(2021.05.08 読了 )
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