西洋中世学会『西洋中世研究』 13
~知泉書館、 2021
年~
西洋中世学会が毎年刊行する雑誌です。
今号の構成は次の通りです。
―――
【特集】中世貨幣の世界
<序文>
図師宣忠・西岡健司「中世ヨーロッパ貨幣研究の可能性」
<論文>
城戸照子「中世イタリアの貨幣の機能と製造」
内川勇太「アフルレッド王・エドワード古王・エセルスタン王の貨幣制度―『第2エセルスタン法典』第 14
条の「1つの貨幣制度」と「王の支配地域」の考察から―」
高名康文「ファブリオーにおける貨幣」
辻内宣博「中世スコラ哲学における貨幣論の展開―トマス・アクィナスとジャン・ビュリダン―」『西洋中世研究』 13
、 2021
年、 64-78
頁
【論文】
白川太郎「故郷における預言者―キアラ・ダ・モンテファルコ 81268-1308)
をめぐる崇敬・対立・権力―」
【講演】
ヴァレリー・トゥレイユ (
向井伸哉訳 )
「戦争の暴力と市井の人々―ジャンヌ・ダルクの家系に関わる新史料:ジャン・ド・ヴトンへの国王赦免状―」
【研究動向】
井口篤「重要であり続けるということ (Staying Relevant)
―中世英文学の研究動向―」
【新刊紹介】
【彙報】
山内志朗「西洋中世学会第 12
回大会シンポジウム報告「中世における感情」」
草生久嗣・有田豊「西洋中世学会第 13
回大会シンポジウム報告「異端の眼、異端を見る眼」」
―――
簡単にメモしておきます。
特集序文は、中世貨幣研究史の簡明な整理で、貨幣研究から社会史、文化史など様々な観点がみえてくることが示されます。
城戸論文はイタリアの貨幣の通史的概観で、紀元千年以前の銀の重要性や 13
世紀後半からの金銀複本位制について論じます。シエナ施療院で巡礼者が金を預けていたという事例は興味深く、その巡礼者はそもそもどのように金を手に入れて巡礼に出発していたのかなど、いろいろ気になりました。なお、 12
頁注9のアナール学派概観で、雑誌名について「 1946
年以降『年報―経済・社会・文明』」とありますが、さらに 1994
年以降は『年報-歴史、社会科学』
となっていることへの言及がありませんので補足しておきます。
内川論文は 9-10
世紀のイングランドにおける貨幣制度について論じます。『第2エセルスタン法典』の条項の成立年代を関連資料の内容分析を通じて示すスリリングな論考であり、また、同試料中の「1つの貨幣制度」という言葉が意味する内容も先行研究によりつつ説得的に論じており、興味深く読みました。
高名論文は 13-14
世紀に成立した滑稽噺であるファブリオーを主要史料として、ファブリオーに現れる貨幣の文言を洗い出し、貨幣が「他人をだまし、あるいは自らが間違いを犯す」機能を持つものとして描かれていることを示します。
辻内論文は哲学の観点から貨幣の機能を論じています。なお、同論文には言及がありませんが、大黒俊二『嘘と貪欲』にも、中世後期イタリアの貨幣論(徴利論)について興味深い議論がなされています。
白川論文は、中世後期イタリアの聖人キアラ・デ・モンテファルコを主題とし、先行研究に対して、生前の彼女の聖性の脆弱性を指摘する興味深い論考です。しかし、先行研究への批判の中で、「預言者は自分の故郷では敬われない」 (90
頁 )
と断言しているのはやや言い過ぎのような印象を受けました(少なくともキアラの個別事例では説得的にそれが示されていますが)。とはいえ、それはその他の事例研究の積み重ねにより議論を深めていく論点と思われ、重要な指摘だと思われます。また、キアラは修道院長をつとめていましたが、院内で彼女同様に幻視をみた修道女がいれば、それは悪魔のしわざとして、自分だけが「真正な」預言者であり、自身に競合する存在を排除していた (95
頁 )
という指摘が興味深かったです。
講演は、ジャンヌ・ダルクのおじに関する新発見の史料をもとに、彼が歩んだ人生を描く、こちらも興味深い内容でした。
井口論文は、レスター大学でのカリキュラム見直し(チョーサーなどの除外)を出発点として、現在における中世英文学の動向、成果、課題、展望を示します。
新刊紹介以下は省略しますが、今号もたいへん興味深く読みました。
(2022.01.09 読了 )
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