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2022.01.29
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大黒俊二『嘘と貪欲―西欧中世の商業・商人観―』
~名古屋大学出版会、 2006 年~


 著者の大黒俊二先生は現在大阪市立大学名誉教授。商業・商人観の研究をはじめ、特に中世後期イタリアの説教活動や、リテラシーに関する研究を多く発表されています。
 本書は、それまでに刊行された主要な論考をまとめあげた、先生の博士論文をもとにした一冊です。(第4章と「おわりに」は新稿。なお博士論文は大阪大学リポジトリからPDFが入手可能で、博士論文には本書には掲載されていない史料の訳も付されています。)

 本書の構成は次のとおりです。

―――
はじめに―視点・史料・方法
序章 嘘と貪欲
 I スコラ学文献から
第1章 徴利禁止の克服をめざして
第2章 石から種子へ
第3章 公正価格と共通善
第4章 清貧のパラドックス
II  教化史料から
第5章 托鉢修道会と新説教
第6章 ベルナルディーノ・ダ・シエナと商業・商人観
第7章 ベルナルディーノ・ダ・フェルトレとモンテ・ディ・ピエタ
III  商人文書から
第8章 為替と徴利
第9章 「必要と有益」から「完全なる商人」へ

おわりに―近代への展望

あとがき

引用文献
事項索引
人名索引
―――

 はじめには、本書の問題関心、研究史の整理、そして主要な史料の概要を示します。本書の要点は、商人への非難としてのトポス(定型句)である「嘘と貪欲」から、商人を肯定するトポスである「必要と有益」への移行という商人へのまなざしの変化を、大きく3種類の史料から論じることにあります。
 序章は初期中世から 12-13 世紀頃までの商人観の軌跡をたどります。
 第1部は、フランシスコ会の急進的な立場である聖霊派の代表的論客ピエール・ド・ジャン・オリーヴィを中心に、スコラ的史料から商人・商業へのまなざしを論じます。
 第1章は徴利 usura への見方の変化をたどります。元々神に属する時間を売るものとして非難された徴利ですが、期待利益喪失の観点から―たとえば大市に向かう者に対して喪失するリスクを背負って金を貸す場合、元本以上に受け取りうる―一部容認されていきます。

第2章は、そうしたリスクのない徴利を得る場合の考え方として、貨幣は何も生まない石なのか利益を生み出しうる種子なのか、というオリーヴィの議論を詳細に分析し、オリーヴィが貨幣の種子的性格を認めていることを明らかにします。
 第3章は、渇きで死にそうな人にとっての水は命にも代えがたいが、そういう人に計り知れないほど巨額の金額で水を売ることが妥当か、という興味深い例題に見られるように、公正価格と共通善の問題を扱います。また本論は、共通を意味する commune の語の様々なニュアンスを使い分けて議論を展開するオリーヴィの言葉を、日本語に訳することによって、その戦略をより明確に明らかにしうるという大変興味深い試みとなっています。
 第4章は清貧を理想としたフランシスコ会士であるオリーヴィが商業を肯定する議論を展開したという事態を「清貧のパラドックス」と呼び、彼の清貧と使用の観念を論じます。
 第2部は私が関心を寄せる説教史料を主要史料として、商人・商業へのまなざしを論じます。
 第5章は中世の説教史料の類型を、具体例を提示しながら紹介しており、邦語で読める西欧中世の説教研究の基本的文献にして必読文献です。
 第6章はフランシスコ会士ベルナルディーノ・ダ・シエナが、オリーヴィの著作を丹念に読んでおり、その思想の一端を説教に織り込みながらも、決してオリーヴィの名前を口にしない(「危険ユエニ説教スベカラズ」)という興味深い事実を明らかにし、彼の「声の検閲」「文字の検閲」という戦略を浮き彫りにします。
 第7章はそのベルナルディーノにあやかり名前を付けたベルナルディーノ・ダ・フェルトレが、モンテ・ディ・ピエタという公的質屋設立に尽力したこと、説教活動により人々にその意義を訴えかけながら、その前後に都市当局と綿密な準備を重ねていたことなどを示します。
 第3部は商人文書を主要史料として、スコラ的文献や教化史料に見られる思想がいかに商人の中で消化されているのか、また商人はいかなる自己認識をもっていたのかを論じます。
 第8章は、為替の使用により、徴利を正当化する商人の戦略を明らかにします。
 第9章は、「商売の手引」と呼ばれる史料群をもとに、「必要と有益」のトポスがいきわたり、さらに「完全なる商人」像が描かれることになる過程を、ベネデット・コトルリ、ジョヴァンニ・ドメニコ・ペリ、ジャック・サヴァリという3人に着目して描きます。
 このように、本書は大きく3種類の史料をもとに、商業・商人観の変遷を丹念に明らかにする興味深い試みです。
 なお、大黒先生の論文には非常に興味を引き付けるタイトルが多く、本書のタイトル『嘘と貪欲』もそうですが、たとえば第5章の初出は「声の影」、第6章の初出は「危険ユエニ説教スベカラズ」です。さらに本書は、各章冒頭に史料からの引用文を掲載しており、この趣向も読者の興味をかきたてます。
 本書刊行当時に通読し、その後も適宜必要個所を読み返していますが、この度久々に通読し、あらためて興味深く、また重要な著書と思います。

 なお、大黒俊二「『ハーメルン』と『無縁』から『嘘と貪欲』へ―出会いと対話の創造力―」『日本史研究』 700 2020 年、 3-13 頁は、本書執筆への網野氏、阿部氏の影響と対話の重要性を指摘する論考で、こちらも興味深いです。
 また、赤江先生による書評(赤江雄一「書評 大黒俊二『嘘と貪欲―西欧中世の商業・商人観―』」『史学雑誌』 116-7 2007 年、 89-97 頁)は、本書の内容を明解に整理し、適宜批判を加えながら、研究史上の評価を行っています。データベース・サービスの CiNii などからダウンロードもできます。

(2021.12.04 読了 )

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Last updated  2022.01.29 12:32:42
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のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 久々の再…
シモン@ Re:石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』(12/23) 年の瀬に、興味深い新書のご紹介有難うご…
のぽねこ @ corpusさんへ ご丁寧にコメントありがとうございました…

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