のぽねこミステリ館

のぽねこミステリ館

PR

Profile

のぽねこ

のぽねこ

Calendar

2023.07.08
XML


桜井万里子『歴史学の始まり―ヘロドトスとトゥキュディデス―』
~講談社学術文庫、 2023 年~


 桜井先生は東京大学名誉教授。古代ギリシア史がご専門です。
 本書は、 2006 年に山川出版社から刊行された著作の講談社学術文庫からの文庫化で、あらたに補足や文庫版あとがきが追記されています。
 本書の構成は次のとおりです。

―――
1 二人の歴史家と二つの戦争
2 ヘロドトスは嘘つきか?
3 新しいヘロドトス像
4 ヘロドトスの描いた史実
5 トゥキュディデスの「ヘロドトス批判」
6 トゥキュディデスが書かなかったこと
7 歴史叙述から歴史学へ

あとがき
学術文庫版のための補足―二人の歴史家とアテナイ民主政
学術文庫版のあとがき
参考文献
図版出典一覧
―――

 キケロが「歴史の父」と呼んだヘロドトスの『歴史』はペルシア戦争を題材とし、トゥキュディデス『歴史』はペロポネソス戦争を題材とします。そこで第1章は、本書が取り上げる2人の人物と2つの戦争の概略、そして2つの著作の執筆意図(執筆の姿勢)を指摘します。
 第2章は、神話や伝承からとられた荒唐無稽なエピソードを記すヘロドトスについて、「嘘つき」との評価もあるなか、その執筆姿勢を丹念に見ていき、「自身ではとても真実とは信じられないことさえも、記録するという方針を彼は貫いた」 (37 ) と評価するなど、近年のヘロドトスに対する見直しを踏まえながら分析します。
 第3章は、より具体的に、ヘロドトスの著作から、「相異なる社会あるいは共同体の出身である二社のあいだで儀礼をへて結ばれた連帯の絆であって、具体的には、財と奉仕の互酬としてあらわれる」 (63 ) クセニアという慣行の分析に、ヘロドトスの記述が貢献していることなど、現代歴史学におけるその有意義さを強調します。
 第4章は、ヘロドトス『歴史』ではふれられていない碑文史料などとヘロドトスの記述との比較検討を通じて、ヘロドトスの態度などを明らかにしており、興味深いです。
 第5章からはトゥキュディデスの分析に移ります。まず、第1章でも引用されているように、「他の人から情報を得た場合も、事柄の一つ一つについてできるだけ正確に検討を加えて記述することを重視した……私の叙述には神話伝承が含まれていないため、耳にした際におもしろくないと思われるかもしれない」 (30 ) という記述や、一度もヘロドトスの名を挙げていないことから、彼はヘロドトスに批判的だったと評されてきました。桜井先生自身もそうした見解を提示したことがあるそうです。しかし、たとえば名前を挙げないのは、神の名を直接言わない慣行との類似性が指摘されるなど、近年ではそうした評価に異論も出され、本書では桜井先生も、むしろトゥキュディデスはヘロドトスに敬意をいだきつつ、批判的に継承したとの評価を提示しています (98 )

 第6章は、細かい紹介は省略しますが、トゥキュディデスが詳細を書かなかった、ある密告制度の詳細を分析し、当時の社会の人々に割り当てられていた役割を浮き彫りにするという、非常に興味深い記述です。
 第7章は、トゥキュディデスの後継者たちの歴史叙述の概観や、トゥキュディデスらの史料批判への態度などを論じる、まとめの章となっています。
 参考文献まで含め、 170 頁強という短い著作ということもあり、また叙述も平易で、2つの戦争についての細かい予備知識がなくても興味深く読み進められます。
 最近続けて読んでいる方法論・史学史関係の観点から、山川出版社版の単著が出た頃から気になっていながら、ずっと手に取れていませんでした。この度文庫版で購入し、また読むことができて良かったです。これは面白かったです。

(2023.06.16 読了 )

・西洋史関連(邦語文献)一覧へ





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2023.07.08 22:27:28
コメント(2) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

Keyword Search

▼キーワード検索

Comments

のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 久々の再…
シモン@ Re:石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』(12/23) 年の瀬に、興味深い新書のご紹介有難うご…
のぽねこ @ corpusさんへ ご丁寧にコメントありがとうございました…

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: