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先週の日曜日から火曜日まで仕事でバルセロナへ行っていた。月曜日のワークショップに参加するためだったので、日曜日の夕方に着いて火曜日の朝には出発という、短い日程だった。 到着した日の夕方ホテルへ着き次第、バルセロナ在住のまあのいとこ、ミケーラに電話をしてみた。彼女はまだ30にもならない若者だが、ヨーロッパのあちこちでイタリア語を教えながら時には何らかのマスターを取得したりと、姉のラファエッラ、ドナテッラ同様、EU人の醍醐味を満喫している。 その彼女と夕食を一緒にとろうという事になったので、待ち合わせ場所で待っているとその近くに自転車置き場があるのを見た。それは普通の自転車置き場ではなくて、同じデザインの自転車がずらっと並んでおり、 その手前には “自転車ステーション(だと思う)” の場所が地図上で示されている。 パリや、ほかのヨーロッパの都市で聞いたことがあるこのシステムがここにもあったのだ。 ミケーラに聞いてみると、バルセロナでは年間20ユーロほどのパスを購入することで一区間30分まで自転車を利用できるとの事。自転車はどこのステーションに返してもいいので、“乗り継ぎ” をしてもいいし、たとえ30分過ぎてしまったとしても追加料金は20-30セントと格安なので安心である。バルセロナはなんといっても平坦だし、歩道も幅が広くて自転車でも悠々と走れる。 わがサルデーニャではこのシステム、まったく無理だろうなあ。起伏が激しいし、第一歩道なんてないも同然。車の運転マナーも駐車マナーも悪くて、自転車で町を回るなんてほぼ自殺行為といっても過言ではないだろう。
2008年06月07日
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すっかり夏の陽気になってきたので先日、洋服の整理をした。夏物を引っ張り出し、一枚一枚品定めをし、去年一度も着なかったものは何らかの形で処分することにした。 ピンクの木綿のワンピースを広げてみて、これも去年は一度も着なかったから下に住んでいる12歳のマリアパオラにでもあげようかと思っていると、ふと、ゆみーながこのワンピースでリフォームされた洋服を着ているイメージが浮かんだ。 思い立ったらすぐ行動に移すべし。 母からもらった例の洋裁の本をめくり、どんなデザインにするかを決め、チョキチョキ、だだだだだだだ、ぱっぱっぱっっとかんたんなツーピースを作ってしまった!すそには3色の糸で模様縫いを施し、 とってもかわいいお洋服の出来上がり!
2008年05月30日
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ガッルーラの自然を満喫したあとは、Aggius(アッジュス)の民族博物館がお勧めである。人口約1800人、標高約500mの小さな町にあるこの博物館は、静かな旧市街に位置する。展示物は民族衣装や民芸品のほか、1800年代の家屋を再現したものや、サルデーニャの伝統的な歌を聴くことができるオーディオシステムなどがある。さらに、昔のように今も手で織られている敷物の様子を見学することも、実際に織ることも経験できる。 この民族博物館に行く方にはぜひ、ガイドつきでの見学をお勧めする。なぜならば、この博物館のガイドはまるでこの町アッジュスが生まれたときから生存しているかと思わせる、すばらしい知識の持ち主だからである!
2008年05月12日
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4月25日の祭日から週末、メーデーと飛び石連休が続いたのでまとめて10連休を取り(というか、せんにーのの学校をサボらせてしまっただけ)北サルデーニャのパラウへ行ってきた。 私の住んでいる州都のカリアリから北へ車で3時間半、約320KMの道のりを、サルデーニャ島を縦にぶった切る感じである。 この季節のサルデーニャは新緑と春の花がすごくきれいだが、特に水の豊富な北は南よりも何倍も美しい。道を走っていると、ガッルーラ地方独特の花崗岩の山に、放牧されている牛たち... そして、マエストラーレと呼ばれる地中海独特の北西風にあおられ続け、こんな形になっても強く行き続けるコルクの木。 時には、こんな大きな牛に道をふさがれることだってある! 観光客が少ないローシーズンの今どき、質の良いアグリツーリズモが豊富で、町並みも美しいこの地方はドライブに最適である!
2008年05月04日
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まあがベルギーへの出張から帰ってきた。 ということでお土産は、もちろんチョコレートである。今回は、私のお気に入りノイハウスのほかに、ピエールマルコリーニも買ってきてくれた。 “ナンバーワンはピエールマルコリーニだからぜひワイフに買って帰りなさい”と、まあがベルギー人たちに言われて買ってきてくれたのだが、考えてみればベルギー人の同僚ミーシャも同じ事を言っていたような気がする。 “そうか...ナンバーワンなんだ...” と心の中でつぶやきながら手にする。 箱や袋はいかにも高級感があってそれだけでものすごく高価なものに見える。 わくわくしながらふたを開けてみると... まあなんて色とりどりできれいなチョコレートたち金色で名前がプリントしてあるのや、金箔らしきものがちりばめられているのや、見るだけで楽しくなってしまう しっかし32個も入ったこの箱、いったいいくらするんだろうと、おそるおそるまあに聞いてみると... “20ユーロも払わなかったよ。確か17,50ユーロ(2800円)。” なーんだ。ということは、ノイハウスと大して変わりないじゃないか。 でも、日本のサイトをのぞいてみると、34個入りの箱がなんと1万円以上で売っていた...日本にいたとしたら一生買えないであろう代物!あ~なんて幸せ
2008年04月11日
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シロッコと呼ばれる風がある。それは、アフリカからイタリアに向けて吹く南風である。“南風” というと、温かい風で良いイメージがしないでもないのだが、このシロッコは結構くせものである。 なぜかというと、アフリカからサハラ砂漠の砂を持ってくるからである。つまり、“砂まみれの風” というわけ。 今日はそのシロッコに加えて雨まで降り、おかげで車はこんな感じ。せにーのに指で落書き(なぜか自分の名前)までされてしまって、かわいそうな我が家の車。 でも天気は引き続き悪いということなのでまだまだ洗えません!
2008年04月10日
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同僚の誕生日に、面白いものを見つけた。輸入雑貨のお店で見つけた、えびのマグネット。全長13センチぐらい、パーツと本体はバネでつながれているのでちょっと触っただけでもぶるぶると動いて面白い。おなかのあたりにしっかりしたマグネットがついていて冷蔵庫にがっしりと張り付く。なんだか本物みたいに見えるでしょ ダルトン マグネット付きキッチンタイマー (レッド)DULTON キッチン雑貨卓上ペーパーシュレッダー・ウシ/カエル
2008年04月02日
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昨日の朝、リロを去勢させるために動物病院へ連れて行った。 我が家では去年の12月からリロの去勢について議論が交わされていたのだが(もちろん男対女である)、最終的にはTrishとGordonの助言がまあとせにーのを納得させた。オーストラリアではブリーディングの目的以外で飼育している犬は去勢が義務付けられているため、Gordonがなぜ去勢をするべきなのかを辛抱強く説明してくれたのである。 私が去勢を考えたのは、なんといってもリロを屋内で飼っているからである。マンションなので、シーズン中のメス犬が近くにいたりすると雄たけびを上げまくるのでマンションの住人から苦情が来る。 せにーのの友達が来れば抱きついて腰を振りはじめるし、衛生面でもあまりよいとはいえない。 ふとした隙に逃げてしまうこともあって、そうなると最終的には不幸な捨て犬たちが増えることになる。 まあとせにーのにしてみれば “男” としてそんなむごいことはして欲しくない、という気持ちもわからなくもないのだが、それでもまあが“そんな自然に反したことはするべきではない” と言ったときに、わたしが “じゃあ、私が避妊用ピルを服用してる事についてはどうなのよ”と言うとさすがに反論はできずにいた。 ということでリロの手術は朝のうちに終わり、迎えに行くと結構元気そうに近寄ってきたが、傷口が傷むのだろう、歩き方が変。 傷口が治るまでしばらくはエリザベスカラーをつけていい子にしていようね、リロ!
2008年03月29日
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まあのオーストラリア留学時代のホストペアレンツが我が家に2週間滞在していた。彼らは去年の8月にオーストラリアを出国した後、ドイツを拠点に車でヨーロッパ中を旅行中。ドイツでは、1988年に初めてホストした留学生の実家にいるわけだが、2週間の滞在予定が、その家族の引越しの手伝いを頼まれたりなんだりと、長居をしている。 彼らと食料品の買い物に行ったときにホストマザーのTrishが、“ドイツではどこでもレジ袋が有料だから、みんなカゴやこんなバックを持って出かけるのよ”といって見せてくれたいわゆる“エコバック”。 サイズ44cmx40cmとたっぷりしていて、しっかりした上質のナイロン製である。小さく折りたたんで専用の袋に入れるとこんなに小さくなって、バックに入れてもかさばらない。袋にはプラスチックのクリップがついていて、バックについているループに引っ掛けるようになっていて、なくなる心配がない。 さすがドイツ! 環境に対しての意識が薄く、2008年の現在でさえごみの分別が浸透するかしないかというようなイタリアとは大違い!事実、エコバックのようなものはこちらでは見たことはない。 Trishがひとつプレゼントしてくれたので、私は大喜びで使い始めた。 エコバックを使い始めてから数日後。Trishが、“子供たち見ていてあげるからちょっと一人で散歩でもしてくれば?”などとやさしいことを言ってくれたので、早速街へ繰り出した。 引越ししたばっかりの友人の誕生日が近かったので、何かかわいい雑貨をと思って雑貨屋に入ると、レジの横になにやら見たことがあるような… 中をあけて見ると、なんとそれば正真正銘のエコバック! Trishがくれたエコバックと形もサイズも同じ、質は少し劣るが結構しっかりしている。しかも色とりどりの柄がとってもかわいい!私は大喜びで、ペイズリー柄のものを2つ買って(@2,50ユーロ)ひとつをTrishにプレゼントした。 その日からというもの、私のバックにはいつも2つのエコバックが控えており、買い物をするたびに “レジ袋は要りません” という自分をまったく誇らしく思うのである。
2008年03月12日
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バレンタイン前、我が家でいつも聞いているラジオのRDSでは、“バレンタインデーにあなたの愛する人へのメッセージをRDSから伝えましょう”といって宣伝していた。 それを聞いたせにーのが、“ママ、メッセージ 送ろうよ”などというので、“誰に?パパ? それとも、誰があなたがメッセージ送りたい子がいるの?”と聞いてみた。 すると、“うん”と元気よく返事をしたので、一瞬考えて、“でもラジオは聞いてないとだめだから、チョコレートでもあげればいいじゃん、お金持ってるでしょ。”と言ってみた。(イタリアではバレンタインデーにはどちらかというと男性が女性にプレゼントをする) せにーのがなんだかニコニコしているので、ちょっと突っ込んでみることにした。 “誰にあげるの?”“レベッカ”“好きなんだ、レベッカ。”“うん。かわいい。ちゃらちゃらしてないところがいい。” そうか。せにーのは、ちゃらちゃらしてる女の子は嫌いなんだ。なんだかうれしくなってしまった。 “レベッカはあなたが好きだって知ってるの?”“メモの交換したことあるから”“メモ?どんなこと書くの?”“相手にどうしてほしいとか、そういうこと。2年生の時にもらったんだ” 2年生ということは、もう1年もせにーのはレベッカに思いを寄せているのか…一筋だなぁ “レベッカはあなたの事好きなの?”“…。”“わからないの?”“なんだかよくわからなんだ。好きなのかな、と思うこともあるし、そうじゃないときもある” な、なんということだ!レベッカは8歳にしてすでに男心をもてあそんでいるというのか “じゃ、チョコレート喜んでもらってくれるといいね。”“うん” そして次の日、二人でチョコレートを買いに行った。くまさんがついているのとか、ハートの形のケースに入ったのとか、貯金箱になったものとか、小さなバックのとか、お花がついてるのとかいろいろあって、せにーのがどうすればいいのかわからない様子だったので、ちょっと聞いてみた。 “お金、いくら持ってきたの?”すると、せにーのはポケットの中から5ユーロ札を出した。 5ユーロ…なんだかせにーのがとてもかわいらしく思えてしまった。 5ユーロの予算で買えるのは、貯金箱の中にチョコレートが入ったもの。でも、せにーのはあまり気に入らないらしく、お店の人にほかを見せてもらっている。 ひとつ、取っ手が輪になったかわいらしいバックがあった。中にチョコレートが入っていて、せにーのはそれが気に入ったらしい。お店の人に聞いてみると、なんと11ユーロもするという。 せにーのは少し考えて、“ママ、お金貸してくれる?” と、ちょっと恥ずかしそうに聞くので、私はわが息子の純粋な恋心がかわいらしくなって、立て替えてあげることにした。 家に帰る途中にカードも買って、せにーのは準備万端。 次の日のバレンタインデー。 せにーのは下校するときに、“レベッカ、はい、バレンタインのプレゼント。”と言って、チョコレートを渡した。レベッカはとても恥ずかしがっていたが、うれしそうに受け取った。 あ~ なんて純愛私にもそんな時代があったっけな~
2008年02月20日
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今年も懲りずにやってきたカーニバルの季節。去年のイチゴはせにーのもゆみーなもいやだと言うので“じゃあどうするの?” と聞くと、せにーのは “わからない…” という。しかしゆみーなは、“びあんかねーべ!(白雪姫)” うっそ 白雪姫ってこんなかっこうしてるじゃない~ ちょうちんみたいな袖で、おっきな襟が立ち上がってて、スカートがふわっとしてて…こんなもん作るなんてめんどくさーいしかもカーニバルのパレードなんて1回ぐらいしか行かないのに! しかし買うとなると、40ユーロぐらいするし、やだなーやだなーやだなー と数日考えたあげく、 去年のイチゴの残り布があったのを思い出して“ゆみーな、赤ずきんちゃんのお洋服作ってあげようか?”と聞いてみた。 するとわが娘ゆみーなは“しー!! (うん!) あっかずきんちゃーん!!!”と大喜び と、言うことでゆみーなの赤ずきんちゃんかんせーい!! ってゆーか、ただのフードつきマントなんですけどね。 さて、ゆみーなのマントを作っていると、それを見たせにーのは“あー、ぼくもほしいー マント。 でも黒いやつ。 殺人鬼みたいな。” おおおおおおおおおおおおおおおお~!!!!!!!!!!!!!! なんという親孝行な息子よ!!! 殺人鬼とはちょっとガラが悪いにしても、マントさえあればいいてことではないか!あーこれで今年も楽チンカーニバルですむなあ。 と、うきうきになりながらサテン布を買いに行くと、な、なんとそこにもっとお手軽なものを発見! まるでせにーのの為にあるかのような、すばらしい “死者の使い” 風の衣装が、なんと17ユーロなんて金額で売っていたのだ!! しかもほかをあさってみると、それが最後の一品だったので、いっそいでゲット!ご覧いただけるように、顔の部分が黒い布(マジックテープで取り外し可能)で覆われていて、結構臨場感が! しかし、“死者の使い” と “赤ずきんちゃん” ではあまり粋なコンビとはいえないなあ。 何かないかなあ…と考えていると、ちょうどいいものがあったのを思い出した! じゃじゃーん 何年か前に、プラハに行ったときにまあが仕入れたもの。 こうして2008年度カーニバル名コンビ誕生!
2008年01月30日
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ゆみーなが生まれてからというもの、毎年、年が明けて春が近づいてくると、私は “洋服作りたい症候群” に襲われる。女の子の夏服は簡単にかわいいものができるので毎年何着か作っているのである。 先週、何の前触れもなく 《作りたーい!!!》 という思いに駆られ、いつもの本をめくりだした。 このいつもの本とは、これ 昭和56年、つまり、なんと27年前の本で、母が私たちの洋服を作るのに使っていた本である。27年も前の本、洋服のモデルもかなり古いのではないかと思う人もいるかもしれないが、中を開くとシンプルなデザインのものもたくさんあり、2008年の今でもぜんぜんかわいい洋服がある。 そして、今回出来上がったのがこれ
2008年01月23日
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つづき 次の日に深夜番の同僚、マティァから聞いた話によると… 夜中の3時ごろにホテル入り口の警備員から電話があった。“7歳ぐらいの子供が、丸裸で泣いて走って来た。保護したので、すぐに来てほしい。” 裸で泣いている子供と警備員が二人きりでいるところなどを宿泊客に目撃されたりしたら大変な騒ぎになりかねないので、マティァが急いで駆けつけると、なんとそれは、例のイギリス人ファミリーの長男であった 両親は毎日プールでもビーチでも昼間っからアルコール付けなので、この家族はすでにスタッフの間で有名で、マティァももちろん知っていた。そのため、マティァは “きっと両親が喧嘩でもしているのだろう” と思ってとにかく部屋へ連れて帰ることにした。 警備員と長男と一緒に部屋へ着くと、部屋のドアと窓はすべて開けっ放しで、なんと両親はベットで裸で寝ていた 開いているドアをノックし、マティアと警備員は両親を起こそうとしたが、どんなに音を立てても起きない。どうしようかと考えた挙句、警備員は懐中電灯を父親の顔に当ててみると、やっとのことで父親が目を覚ました。 “お子さんが泣いて外を走っていましたので保護しました。”というマティアを無視して父親は、息子に対して“おー、さっさとベットへ行って寝ろ!” なんという父親だ…というより、なんてかわいそうな子供… そして次の日の朝、その家族はまるで何も起こらなかったかのような顔をしてイギリスへと帰っていったのである。
2008年01月11日
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なぜかわからないが、ふっと去年の夏にわがホテルでヴァカンスを過ごしていたイギリス人家族のことを思い出した。 40代前半の両親と、7歳と3歳の男の子たち。 ほとんどの宿泊者と同じく、この家族も朝食・夕食付を予約していたため朝食後の昼間は海やプールで過ごし、夕食時になるとホールに姿を現し始める。ホールにはフロントとバーが隣り合わせであり、その上階にレストランがあるからである。 さてこの家族、夕食を早めに取り終わると、毎日バーへ降りてくる。ある日、こんなことがあった。 子供たちはゲームコーナーでほかの子供と同じように遊び、両親はバーで飲み始める。 しかし、しばらくすると父親はお約束のごとく、バーのソファで眠りこんでしまう。母親は知らん顔で飲み続ける。 そのうち3歳の息子が “疲れた” と言って母親のところに来る。母親は、夫を起こして息子を部屋に連れて行ってもらおうとするが、夫が起きる様子はない。 母親は仕方なく(?)息子をベビーカーに乗せ、寝かせつけようとホールをゆっくり移動し始める。しかしここで、その母親の行動に私は目をむいてしまった。飲んでいた赤ワインのグラス手に持ち、ボトルをベビーカーのカゴに入れたのである空いたままカゴに横たわっているワインのボトル…いやーな予感をさせながらほかのゲストと話をしていると、横目に、ボトルから流れ出るワインに気づかずにホールをうろうろするそのイギリス人の姿が見えた。 ぎやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁと心の中で叫び、急いでバーのスタッフに連絡してフロアーを拭いてもらったわけだが、張本人はすでに泥酔状態に近く、“あらやだー、ごめんなさいねー” と言いながらボトルに残ったワインをグラスに注いで飲み干す始末。 そんな頃、父親はいつの間にか部屋へ帰って一人でゆっくり眠っていた。 3歳の息子はベビーカーで眠り込み、7歳の息子も疲れてきて、“マミー、部屋に帰りたーい” と訴えながら私の目の前のソファでごろごろし始めた。 母親は、そんな息子たちを置き去りにして空になったグラスを持ってバーに消えていってしまった。 あきれ果ててしまった私はその長男に近づき、“部屋まで連れて行ってあげようか?”と聞いてみた。長男はなんとも惨めな顔でうなづき、私は母親のところへ行った。 “子供たちを部屋に連れて行っても良いですか。 だいぶ疲れているようなので。” すると母親は、“あーそうね、ちょっとまって、主人に迎えに来させるから、電話かしてちょうだい”と言って部屋に電話をかけた。 “ねえ、子供たちが疲れたって言ってるのよ。 ちょっとフロントまで迎えに来てくれない? あたしはまだもう少し飲みたいから。”しかし、眠っていた(に違いない)夫は後のことを全く考えずにすんなり断ったらしく、妻は突然発狂し始めた。“来れないってどういうことよ、あんたそれでもこの子達の父親なの??!! あー、あんたみたいなどうしようもないクソ野郎と結婚なんかするんじゃなかったわ!!”すっごい迫力である。 いくら酔っ払っているといっても、4ッ星のホテルで、たくさんの人の前で、しかも息子たちの隣で、こんなことを言える母親がいるとは! こんな感じで電話を切った母親が気を晴らすためにバーへ直行したのは言うまでもない。 7歳の息子が泣きべそをかき出したので私はいい加減かわいそうになり、子供を連れて母親のところに行った。 “お部屋までお送りします。 グラスを置いて、さあ、行きましょう。” 母親は一気にベイリーズを飲み干し、だまって出口へ向かっていった。私はベルボーイを呼んで、部屋まで付き添わせた。 なんという家族だ…こんな状況であの子供たちはどんな風に育つのだろうか… しかし、この日はこれだけでは済まなかったのである… つづく
2008年01月10日
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と言えばノイハウスである。“neuhaus” と書いて “ノイハウス” と読む。もちろんベルギーのメーカーである。 私がノイハウスを知ったのは5年ほど前、まあのベルギー人の顧客がお土産にもってきてくれたときである。 まあが、“ベルギーで一番おいしいチョコレートだってよ”と言って持ってきたのは、箱詰めにされたココアパウダーでまぶされたチョコレートバタークリーム。超高カロリーなんだろうなと思ってはじめのうちは遠慮がちに食べていたが、ひとつ食べるとどうしても次に手が伸びてしまう。 このノイハウスのチョコレート、我が家近辺ではまだ手に入らない。と言うことで、次にお目にかかれたのは去年の11月に仕事でベルギーに行った時。そして今回、ベルギー人の同僚が帰省したときに3箱買ってきてもらった。こんな風にかわいく包装されたノイハウスのチョコレート、17粒入りの詰め合わせで14ユーロ。このおいしさで、17粒も入っていて14ユーロは悪くない。
2008年01月07日
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24日のイヴから食べっぱなしだ。というか、休暇に入って仕事をしないからいつも食べてるように感じるのか。 今年は黙って地元に残ることになったわけだが、そうなると普段あまり会えない親戚や、帰省中の友達などと毎日毎日、ランチだとか、お茶だとか、映画だとか、ディナーだとか、まったく忙しいものだ。 クリスマス時期のランチやディナーは、季節ものということもあって子羊、子豚、イノシシ、野うさぎが中心。 これは、 子羊の腸を使った料理。野うさぎの肝のフライ。子豚のロースト。 野うさぎのソースのラヴィオリ。 アーティチョークのフライ。 もちろん一食のメニューはこれらのほかに前菜やまもり、サラダ、フルーツ、ケーキ…と、終わりを知らない。マレーシアから来ていた友達は、次から次へと出される料理に目をむいていた。
2007年12月28日
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つづき 30分しても1メートルぐらいしか進まない列。カウンターには10人ぐらいのスタッフが対応しているのだが、問題が問題なのでなかなか進まない。 と、エア・フランスのスタッフが箱に入ったドリンクを配りだした。水、コーラ、ファンタ…私は水がほしかったのだがあっという間になくなってしまい、しょうがなくコーラをもらった。そしてコーラをもらう際、“すっごくお腹空いてるんですけど。 食べ物は出ないんですか?” と聞いてみた。スタッフはうなずいてどこかへ消えていった。 私は、すっかり食べ物をとりに行ったのだろうと思ったが、戻ってくる気配はない。そのまままた30分ぐらい過ぎていった。 もう18時。 朝10時半に搭乗してから、8時間近く何も食べず。近くにいた空港のスタッフに“何か食べるものを買いに行きたいのですが。”というと、“順番が来たときに食事クーポンが出るので待っていてください。”と言われ、結局待つはめに。 しかしそれからすぐに、さっきのスタッフがサンドイッチの箱を持って帰ってきた。私の前にいたインド人のおばさんはサンドイッチ2つ入りのパックを4つももらってバックに入れていた。私はひとつだけもらってお腹に流し込んだ。 サンドイッチを食べながら近くにいたイタリア人と話をしていると、どうらやバンガロール行きを断念する人専用のカウンターがあることを発見。 それならそうと、どうしてエア・フランスのスタッフはきちんと列に並んでいる人みんなにその旨を説明しないのかとすごく腹を立てながら早速そのカウンターに行って“今日出発しないとバンガロールに行く意味がないのでキャンセルしてイタリアに帰りたいのですが”と伝えた。 カウンターのスタッフは私に何度も何度も、“本当にキャンセルして良いんですか? 一度キャンセルするともう二度とこのチケットは使えませんよ”同じ事を何度も聞くので私はいい加減腹が立って、“もしバンガロールに行く必要があっても、エア・フランスは二度と使わないからとにかくキャンセルしてください!”と言ってやった。 そのスタッフは私の態度に逆ギレしたのか、そのとき、時計はすでに18時を回っていたのに、なんと19時発ローマ行きの便などを予約して、時間がないからチケットを発行してもらうためにチケットカウンターに走っていけなどと言ってきた。 まったく、朝5時に起きてから何も食べずに、航空機の中に5時間も拘束させたあげくに航空会社の責任で目的地にも着けずにイタリアに帰らなければいけない客を捕まえて、飛行機に乗り遅れるから走って行けとはまったく、この航空会社はどうなっているんだ。 しかし、このような状況で怒ったとしても、事は悪化するばかりとわかっていたので、私はその場から去ってほかのカウンターに行って次の便を予約してもらうことにした。 ほかのカウンターに行って状況を説明し、20時10分の便を予約してもらって食事クーポンももらい、搭乗前にゆっくり食事を取って、帰り道は順調。 ローマからカリアリへの乗り継ぎ便はもうなかったので、またまたローマに一泊することになった。その日の朝チェックアウトしたホテルにまた宿泊するためフロントに行くと、前日の夜チェックインしてくれたスタッフが “あ、お帰りなさい! ずいぶん早いお帰りですね…” まったくそのとおりである。ローマからパリに日帰りで行ってきたのだから。 次の朝、ローマからカリアリへの飛行機に乗って、わたしの<幻のインドへの旅>に終止符が打たれたのである。
2007年12月16日
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つづき…飛行機のことはよくわからないが、水が無いということは、トイレに行っても手が洗えないということだろうか。それは大問題である。しかし、こんな大問題を何で今になって発見したのか?素人の私にさえ<基本的>に見える水の点検、普通だったら乗客を乗せる前にするものではないのか?“今修理をできるかどうか点検していて、もしできなかったらほかの飛行機に移るということもあるかもしれません。”ということは、待つしかないということか。さっさと修理を終わるか、修理不可能と判断してしてほしいなーそれにしてもお腹空いたなー“もう2時。お腹空いたんですけど。食べるものいただけませんか?”と聞いてみた。寒い飛行機の中に閉じ込められて、食事も取れないのでは牢獄よりひどい。“状況がわからないので、食事は出せませんが、パンなら。”といって、パンをくれた。子供たちは、アニメを見たりゲームをしたりするのにイヤホンをほしがっていた。添乗員は、“まだ、飛行機から降りるかどうかわからないからあげられません”といってかわいそうな子供たちに断っていた。飛行機から降りなければならなかった場合、無駄使いになってしまうからか。すでに3時間以上も飛行機の中に閉じ込めておいて、ずいぶんケチな会社だ。それから30分ほどして、突然添乗員がイヤホンを配りだした。ということは、まだ修理に時間がかかるということか?添乗員は “機長から連絡があるまでなんともいえません”と言って何も教えてくれない。イヤホンをもらえたので私も席に戻り、映画を見始めた。しかし、いつの間にか眠ってしまった。朝5時に起きてからの旅の疲れか。“…修理が不可能です…詳しくは飛行機を降りて…”機長のアナウンスが夢の中に聞こえて、目を覚ました。が、聞き逃したので添乗員に聞いてみると、“修理ができないので、この便はキャンセルになります。空港に戻って、明日以降の便を予約してください”なんだとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!5時間以上も寒い飛行機の中で食事も与えられずに待たされた挙句、キャンセルとは何と言うことか! エア・フランスのばかやろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!と心の中で叫びながら、飛行機を降りる用意をした。こんなときはいらいらしたり怒ったりせずにとにかく事を解決することを考えなければならない。私は2日仕事、1日観光の3日間でインドに行く予定だったが、次の日出発となると2日目の仕事にも半日しかいられないことになる。となると、航空券代を返金してもらってイタリアに引き返すほうがましかもしれないと思い、すでにインド入りしていたボスに連絡を取った。ボスはとにかく私の状況をとても気の毒に思ってくれ、心配はしなくて良いからイタリアにすぐ帰るように、と言ってくれた。しかし、最後部の席にいた私が飛行機を一番最後に降りてからトランスファーデスクに着くと、そこには長ーーーーーーーーーーーーーーーーーい列…あたりまえである。飛行機は満員だったから、200人以上はいるはずである。その200人が、みんな次の日以降の飛行機を予約しなければならず、宿泊するホテルを見つけなければならないのである… つづく
2007年12月13日
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仕事で、インドのバンガロールに行く予定だった。 サルディニアから11日に出発してローマに一泊し、翌朝一番、エア・フランスでパリへ飛んでそこからバンガロールへの直行便。バンガロールには13日の0時半に到着予定で、15日の夜中には帰国のため出発するという大変な旅の予定だったので、はじめから “行きたくないなー”、“ビザがおりなければ良いなー”などといっていた。 しかし、ビザは10日ほどですんなりおりてしまい、出張が確実になった。 11日、予定していたとおり19時20分の飛行機でローマへ。予約しておいた空港近くのホテルに一泊し、次の日は7時の便でパリへ行き、何の問題もなく11時発のバンガロール直行便への乗り継ぎをした。 10時半に少し遅れて搭乗が始まり、飛行機に乗ってみると最後列の席であることを発見。しかも、3人がけの真ん中…9時間半も一番後ろのしかも真ん中で我慢するのか…なんという不運… 憂鬱な気分で仕方なく席に着き、出発を待ちながら雑誌を読んでいた。前のインド人の女の人が、手荷物を置くスペースがないといって文句を言っている。添乗員が “座席の下においてください” と丁寧に言っているのに、その女の人は “まったく、手荷物は一人ひとつまでって決まっているのに、ひとつ以上もっている人がたくさんいるじゃない。 どうしてきちんとルールを守らせないの!”と文句を言っていた。 12時過ぎぐらいになって、やっと飛行機が動き出した。一時間遅れての出発か。ということは、到着は夜中の1時半ごろになるということか? 動き始めてから約30分、未だに飛ばず何をしているのかと思うと、“機械的な問題が発生しました。点検をするのでしばらくお待ちください。”という機長のアナウンスが流れた。 なんだと!!!!! エア・フランスには、以前苦い経験をさせられたことがあったので、この時点でわたしはなんだかすでにいやな予感がしていた。 しばらくすると、“この場では修理が不可能なので、パーキングに戻ります” ということは、<機械的な問題>は大きいということか。 すでに一時半になり、私はいい加減座って待っていることができなくなった。席を立って、添乗員に聞いてみた。 “どんな問題なんですか?”“水がないんです。 水と、圧力がないんです。”“…。” つづく
2007年12月13日
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先日、猛禽類の催し物が近くの町であったので、我が家のお子様たちとせにーのの大親友、マリアパオラを連れて見に行った。 我が家から車で約20分ほどのとても小さな町で行われたその催し物には、地元の子供たちで大賑わいだった。 さて、そこにいたのはまず、体調が30センチくらいの鷹さんたち。そして、鷹さんよりもだいぶ大きい鷲。そしてそして、ぬいぐるみのように大きなフクロウ。鷹匠のおねえさんが鷹の生態、訓練の方法などを語りながら鷹が空中でえさをとる様子を披露してくれたり、子供たちの腕に乗せたりしてくれた。
2007年12月05日
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日曜日に、サンテリアのメルカートへ行った。サンテリアはかなり柄の悪い地区で普段は近寄ろうともしないが、日曜日、特に魚を食べたいときには大喜びで行ってみる。 サルデーニャでは日曜日となるとどこもかしこも閉まりきり、新鮮な魚やパンなどはそう簡単に手に入らないが、サンテリアのメルカートにはその朝に焼かれた手作りのパンや、まだ元気に跳ね回る小エビなど、新鮮な食料が目白押し! そこで、今日の我が家のお目当てはなんと言っても季節投入のウニ屋台でおじさんが二つにパカッと割ってくれたウニをを小さいスプーンですくい、白ワインで流し込みながら味わう…のもいいのだが、今回は雨が降りだしてきそうだったこともあったのでお持ち帰りようの小さな入れ物に入ったのを買った。これで10ユーロ。4人分のパスタにちょうど良い量である。 ウニのスパゲッティは、オリーブオイルをにんにくで軽く香り付けし、そこに茹で上がったスパゲッティとウニを入れるだけ。ウニは加熱すると水分が抜けてぱさぱさになってしまうので、火を止めてから加える。ぺペロンチーノでちょっと辛味を加えてもよい。
2007年11月26日
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仕事で、ブリュッセルへ行った。欧州委員会の、わがプロジェクトの担当者とのミーティングに参加するためだ。 プロジェクト側からは私を含めて20人の参加者がおり、欧州委員会とのミーティングの前日に事前ミーティングをするため、ホテルの予約とミーティングルームの予約のやり取りを同僚のミーシャが担当した。 ミーシャはベルギー人だがオランダ語を母国語とする地域の出身で、ホテルの担当者はフランス語圏の人だったのでやり取りはすべて英語で行われた。 しかしこの担当者、英語をあまりよく書かないだけではなく、なかなか見つからないのである。メールの返事がなかなか返ってこないので電話してみても、ホテルにいないのである。実際、私たちが滞在していた三日間、一度もホテルに姿を現さなかった。いったいどういう仕組みになっているのか。 ホテルにほとんど姿を現さないというのに彼女の仕事を引き継ぐ人はおらず、一度電話をしたときなど “ホテルは満室なので予約はできない” などといわれ、予約した20部屋を売られてしまったのかとハラハラした。 ミーティングルームについても、はじめはミーティングルーム300ユーロプロジェクター150ユーロワイヤレスインターネット150ユーロという見積書の請求先が間違っていたので訂正をお願いすると、訂正された見積書にはミーティングルーム(プロジェクター、インターネット込み)450ユーロなどと記されていた。ミーシャが親切に間違いを指摘すると5日後、やっとさらに訂正された請求書が届いたと言う感じだ。 ホテルに到着したとき、ミーティングルームを見せてもらえるかと尋ねると、“これがミーティングルームだが、朝10時まで朝食で使わなければならないので利用できるのは10時15分ごろから”などと言われた。もちろんそんなことは事前に知らされておらず、まったくはめられたと思ったが、“次の日の朝食が始まるまで存分に使ってください” などと言われて笑ってしまった。 到着日の夜、私の部屋は(壁が薄いことを除けば)結構居心地がよく、ほかのメンバーの、“エアコンが効かない” とか “冷蔵庫がうるさい” と言う理由で眠れなかったと言う話をきいて、アーよかったと思った。 しかし、二日目の夜中に、なんと私の冷蔵庫も音を出し始めたのである…ちょうどマルコが言っていたような、カンカンカン…という連続音。追い討ちをかけるように、次の朝シャワーのお湯はぬるま湯で、シャワールームの暖房が効かない… アジアからやってくるパートナーを思って選んだ三ッ星ホテルだが、やっぱり三ッ星は三ッ星なのであった…
2007年11月16日
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今年も10月から狩猟が解禁となり、我が家にも早速新鮮な獲物が届けられた。まあの狩猟好きの友人が分けてくれたのは、イノシシのモモとペルニーチェと呼ばれる鳥。ペルニーチェを辞書で調べみると “ヨーロッパヤマウズラ” と書いてある。体調20センチほどの、小さな鳥である。 毎年のごとく、狩猟の獲物をもらうと、まあが腕を振るって料理をする。まあは食べることが大好きなので、料理もうまい。 そこで昨日の夜は、私たちを含めて4家族、大人8人と子供5人がまあの手料理にあやかる為に我が家に集まったのである。 8時半ごろに続々と友人たちが集まり、子供たちが先に食事をしている間に大人たちには食前酒とおつまみをご馳走した。 おつまみにはチーズ数種、イノシシのサラミ、モッツァレッラとトマト、野菜スティックなどを用意し、カンパリソーダやビールなどと一緒にいただいた。 子供たちが食べ終わると、 大人たちはディナーテーブルに移動し、夕食の始まり。 まずは、ペルニーチェのスープ。ペルニーチェは、羽をむし取ってからにんじん、たまねぎ、セロリなどの野菜と一緒にゆでてだしをとり、ラビオリを浮かべて出された。だしをとり終わった肉は、イタリアンパセリ、レモン、にんにくで味付けしてメイン料理となった。 ペルニーチェの後はイノシシの煮込みトスカーナ風。イノシシの肉は臭みを取るために、セロリ、にんにく、にんじん、たまねぎ、酢などと一緒にゆでる。15分ほどゆでたら肉を取り出して小さく切り、野菜はミキサーにかける。その後すべてをなべに入れて白ワインと一緒に少しいためてから水を加えてゆっくりと煮込む。ポレンタと共ににいただく。 おいしいバローロに付き添われたこれらの料理はどれも絶品で、友人たちとすばらしい夜をすごしたのである。 バローロ・モランドー[2002]赤ポレンタ・ビアンカ(白ポレンタ)
2007年11月04日
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先日どーしようもなくフライドポテトが食べたくなって、なべに油を入れて火をつけた。その後、シャワーに入っていたゆみーなとせにーのがいつものごとく空になったシャンプーだか何だかの取り合いで大騒ぎをし、二人を怒鳴り散らしながらゆみーなを上げて、パジャマを着せたりしているうるちに油のことをすっかり忘れてしまい、キッチンは煙でもくもく、油はこげこげ! その日は泣く泣くピザを注文して食べたが、次の日はその怒りを晴らすために朝っぱらから電気屋へ行って、素早くフライヤーを買った。フライヤーとはこんな感じ。炊飯器よりやや大きめで、実は結構場所をとる。油の容量が1L~2Lとあって、それによってサイズが変わるのだが、私が買ったのは最新型のデカ物である。何が最新型なのかというと、油を入れる内なべの底が従来のように平らではなく斜めになっていて、それに沿って入るかごが自動でぐるぐると回る仕組みになっているので油の量が約半分で済むのである!!!実際、1kgのおイモちゃんを揚げるのに通常は2Lの油が必要だが、私のマシーンは1,5Lで済んでしまうのである!!もちろんサーモスタットもついているので、私のように、火をつけて “キッチンさようなら” するような人でも大丈夫。(ここだけの話、実は先日紅茶を飲もうと思ってお湯をかけた後、すっかり忘れてゆみーなのお迎えに行ってしまった!) もちろんその夜、早速フライドポテトを揚げてみることに。まず油をMAXの線まで入れ、ふたを閉めてから電源を入れて190度に設定する。5分ほどで油が加熱され、サーモスタットが利いてランプが消えた。 そこで冷凍のフライドポテトをどさっとカゴに入れて、ふたを閉める。このマシーンの優れたところといえば、ふたを閉めた後で取っ手を下げることによってカゴが油につかる仕組みになっているので、油がはねることがまったくなく、やけどの危険はなし、キッチンを汚す心配も無しなのである!! 冷凍のフライドポテトの調理時間は4分から6分と説明書に書いてあったのでタイマーを5分にセットして、ピピピっとなったところで取り出すと、まるで高級レストランで出て来るようなフライドポテトが出来上がったのである!
2007年10月31日
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気づくと、最後に書いてからすでにほぼ3ヶ月が過ぎようとしていた!皆様ご無沙汰しておりました。8月のピーク時期に入ってからと言うもの、あわただしく毎日が過ぎていった。8月の後半にはジャンルカと諍いを起こしてジョルジョが病欠を取って契約最終日まで欠勤し、それに付き添ってロジータも同じように病欠。ホテルは未だに満室だと言うのにいきなり二人もいなくなってフロントはもちろんパニック状態。みんな休みを削ってなんとか持ち越したがやはり疲れました。。。9月の半ばにはせにーのの学校が始まり、空手も始まったので送り迎えのぐるぐるが始まり、副業の方では10月末に提出期限の決算報告書を作成するのに大忙し!きのう、みんなで遅くまで働いて期限ぎりぎりで決算報告を提出したので、“明日はゆっくり家で休もう”と言うボスの言葉に大感激!今日はせにーのの学校も休みだったのでゆっくりすごし、ふっと思い出してブログを書いているのでした。またがんばって書き始めるので皆様どうぞよろしくお願いいたします。
2007年10月30日
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ルイジはわがホテルのメートルである。日本語で言えば、レストランマネージャーとなるのだろうか。50代半ばの面白いおじさんである。レストランでの料理見習いとして16歳の時にこの世界に入り、30代の時にレストランの表へ移動し、サルデーニャ中のホテル、レストランを回り続けた。 社員食堂で会うと、ルイジはいつも過去の経験の話をしてくれる。その中でなんと言っても面白いのは、エメラルドコースト、ポルト・チェルヴォのホテルやレストランで仕事をしていたときの話である。 夏になると、ビル・ゲイツやアラブのスルタンをはじめとする超大金持ちがクルーザーでこぞってやってくるエメラルドコースト。このクラスの大金持ちはそこらの5ツ星ホテルなんかに泊まらない。ヘリコプターを2機も載せたプールつきのクルーザーでヴァカンスを過ごすのである。 ポルト・チェルヴォの高級ホテルに泊まりに来るのは、自家用クルーザーまでは手が届かないが、一日6000ユーロぐらいでレンタルすることはできるくらいの階級の人々。いわゆる、起業家、医者、弁護士といった人たちである。 この系列の人々は、たくさんの現金を持ち歩き、なんでも現金で払うのが特徴である。ホテルの宿泊代10,000ユーロ、クルーザーのレンタル代6000ユーロ、なんでも現金。 なぜかと言えば理由は簡単、この現金は “脱税” した金だからである。 ということで、脱税してたくさん浮いた金を文字通り “水のごとく” 使うのがこの人たちである。 レストランやホテルで残すチップの金額も桁外れである。テーブルを担当すれば、それだけで1000から5000ユーロは稼げる。ちょっとわがままを聞いてあげると、車をプレゼントしてくれる人さえいる。 ホテル・チェルヴォのコンシェルジェは65歳を超えても引退したがらない。彼は一年に5ヶ月ほどしか働かないのに高級車を乗り回し、庭付きの豪邸を持っている。彼が稼ぐチップの金額がどんなにすごいか、想像できる。仕事をやめたがらないのもうなずける。 1996年、ルイジはポルト・チェルヴォのとあるクラブで働いていた。クラブでの月収は現在のユーロに換算すると、約1500ユーロ。働いたのは5月から9月なので給料の総額は約7500ユーロ。 面白半分にはじめたチップの計算、仕事を終えた9月にはなんと 200.000ユーロ!!! (本日のレートで約3300万円) すごい金額である。 ルイジはさっそく小高い丘の上に一軒家を購入した。もちろん支払いは現金である!! 10年後の現在、彼の家の査定額は400.000ユーロ。まったく夢のような本当の話なのである。
2007年08月08日
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ジャンルカは、いわゆるフロントオフィスマネージャーである。私と同じ年で、すでに15のホテル経験を持つ。 夏はサルデーニャのリゾートホテルで、冬は外国のスキーリゾートなどで- ホテル業に腰を据えた人はこのような生活を何十年も続ける場合がある。若いうちはとにかく経験を積むためと外国語をものにするため、毎シーズンホテルも国も代えて仕事をする。 ジャンルカが3年前にやってきた時、“そろそろ腰を据えるホテルを見つけたい”と言っていたのを覚えている。ここでフロントオフィスマネージャーとしての経験を積み、いづれはホテルマネージャーになりたいのだろう。 空手は黒帯、背が高くがっしりとしていて、迫力がある。落ち着きもあって、堂々としている。 しかし… 実は下っ端が客のリクエストに追われて四苦八苦しているときににソリティアで遊んだり、インターネットで空手サイトをサーフしたりするような、そして3年たった今でもくだらないミスをして下っ端を窮地に追いやってしまうような、結構いい加減でマネージャーとしての存在感が薄い人物なのである。 先日、ジャンルカが昼の休憩に行っている間にこんなことがあった。 その日のチェックインにレボルセンさん2名様と、バッティステッリさん2名様がいた。4人は一緒に到着し、フロントに着き次第、“スタンダードルーム2部屋、隣りあわせで予約したけど、そうなってるかしら” !!!!!!!!!! ジャンルカが用意した「到着リスト」には隣同士どころか、レボルセンさんの部屋だけアップグレード(予約した部屋のタイプより料金の高い部屋を与えること)されているではないか!!!!!しかもその2つの部屋は、かけ離れている!!!!! コンピューターをのぞいて予約を確認してみると、両方の予約の備考欄に、“レボルセン/バッティステッリ友人。隣同士の部屋希望。”と、しっかり書いてあるではないか!!! (オー、ミオディオ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!) と心の中で叫びつつ、落ち着きを崩さないまま同僚のアレッサンドラを呼んで、“部屋を代えなきゃいけないから、あなたとりあえずホテルの説明だけして。部屋の説明はしないでね。”と言ってバックオフィスに下がり、隣り合わせのスタンダードルームを探し始めた。 ホテル稼働率が90%を超えると、隣り合わせの部屋を見つけるのはなかなか難しい。向こう一週間の予約がすでにアサインされていて、たくさんの予約を動かさなければならない。 ジャンルカへの怒りで心臓が肋骨と皮を破って飛び出しそうなくらいどきどきしている。備考欄に書いてあることを見落とすなんて、最もくだらないミスだ。震える手を押さえながら、一つ一つ予約されている部屋を代えていく。 ふと、アレッサンドラの言葉が耳に入った。 “ああ、はい、バッティステッリさんはスタンダードルームを予約なさったので部屋はこちらにななりますが、レボルセンさんはスイートを予約なさったのでちょっと離れた、こちらになります。” (¥尾ggんかrてょrlん4地0-オkwrfmじゃfd後藍rrと銃和えナlfdfb;ありg所pw4t「pg;ぉだfgmkfぃじゃrgptあ」0えうたkg;!!!!!!!!!!) 部屋の説明はするなといっただろおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!! 心の中で、知っている限りのイタリア語を使ってののしりまくった。 到着リストに「アップグレード」と書いてあるので、レボルセンさんがスイートルームを予約していないのは一目瞭然。しかも私が、“部屋の説明はしないでね。”と言ったのに、アレッサンドラはなぜかその逆のことをしたのだ!!!!!!!!!! “あら、どうしてよ。私たちスタンダードルーム2部屋予約したのに。” ゲストがムカッとするのも当たり前。さあ、大変だ。急いで部屋を探さないと。 と、アレッサンドラ真剣に血迷ったのか、“ああ奥様、でもスイートは料金がスタンダードルームより高くて、お部屋も広いんですよ。” (gじゃいjdjfぴ9j歩rんだdgもjおぴt歩9時ぇrがlgjウrg重’ぴjガンg時gじおじゅぴjぴj儀gdfg巻dvぁkjgぺjぴjんふぃljmが¥あえgじょあいごdf地lkdんみlkfrんgふぉkjmw路pj儀kjgrピアjいじゃprをjrぴjぎぱjrが!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! )そんなこと言ったら、最終的にはスイート2部屋あげなきゃいけない羽目になるじゃないか!!!!!!! 当たり前である。 一度アップグレードを知らせてしまったら、その後元にもどすことほどダサいことはない。ゲストにしてみたって、ウキウキにさせといて後でやっぱりだめです、などと言われれば怒るのだって当たり前。 こうして、ジャンルカの損害の上にアレッサンドラの損害が重なって、私の努力と怒りは風に散り、レボルセンさんとバッティステッリさんは合計2000ユーロの差額を払わずにスイートルーム2部屋を手に入れたわけである。
2007年07月23日
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私の同僚は、全部で7人である。古株は私とオーストリア人のロジータで、4年目。ロジータは25歳の美人で、母国語のドイツ語のほかに、イタリア語、英語、フランス語を楽に操る超人でもある。性格はまじめ一本、仕事中の無駄話などはまったくなしで黙々と仕事を続けるタイプ。いわゆる、文句の言いようがない人物なのである。が、ただひとつ、ジョルジョのお相手であるということが実はガンなのである。 ジョルジョは今年50歳になる、バツ一の深夜番(23時から7時)である。彼の息子はロジータと同じ年で、3人で一緒に暮らしている。 ジョルジョは、深夜番などという仕事を続けているだけあって、独特の性格の持ち主である。なんといっても問題なのは、仕事グループに入ることができないということ。 この仕事は、早番、遅番、深夜番に分かれていて、それぞれの時間帯によって仕事が振り分けられている。しかし、日ごとのチェックイン、チェックアウトの部屋数や、その他のもろもろな理由によってすべての仕事を時間中に終わらせることができない場合、次のシフトグループが前のグループから仕事を引き継ぐことになる。 これはごく当たり前のことであって、特に動きの多い週末にはジョルジョに仕事を残せざるを得ないことがよくある。しかし、これを彼に言わせると “わざと仕事を自分に残している” となってしまう。 こうして文句を言うだけなら良いのだが、彼はそんなおとなしい人物ではない。 彼は23時から7時までの間、他のシフトに比べて断然仕事量は少ないはずなのに、引き継いだ仕事をそのまま次のシフトに残したりする。ある日には、“必要なソフトがなぜか使えなかったのでこの仕事ができなかった” というのでPCを見てみると、LANケーブルが抜いてあるのを発見したこともあった。 こんな感じなので、私たちはこの4年間、ただただロジータを失いたくないばかりにジョルジョを雇い続けているわけだが、「来年こそこの二人に値する人物を見つけよう」と今からはりきっているのである。
2007年07月20日
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早番が3日続いた。朝7時から午後3時までのシフトである。朝6時におきて、シャワーを浴びて、朝食をとって、6時50分ごろ家を出る。 このシフトは、朝早く起きるために一日を有効に使えてなかなか良い。夏の午後3時といえばまだまだ太陽が高く、家に帰って用意をして海へ繰り出しても7時ぐらいまでたっぷりと太陽と海を満喫できるのだ。 しかし、これが3日も続くとだんだんきつくなる…なぜならば、次の日が早番だとしても早く寝ることができないからである。 子供たちは夏休みなので夜遅くならないと寝付かないし、(なんてったって朝10時過ぎまで寝てるんだから)まあが家にいるときは遅くまでテレビを見たり話をしたりだし。 つまり、睡眠時間が足りなくて、早番3日目ともなると目の下にクマができ、なんだか酔っ払ったような状態になってしまうのである。 もともと、私はよく寝るほうである。たっぷり寝ないとへなへなになってしまうほうである。それに重ねて年が年なので、よく寝ないとほんとに体が疲れてしまうのである。 早番の3日目、仕事が終わって子供たちと海に行った。本当は家でゆっくり寝たいと思ったが、ゆみーなが“ママも一緒に行こー” というので行った。 ビーチで遊ぶ子供たちをベビーシッターのエリカに任せて、私はすかさずタオルの上にごろん。 あっという間に睡魔が現れて、ひゅーっと吸い込まれていく…と、“ママー、ママー、見てー” とゆみーなが呼ぶ。“ママ寝てるからあとでみせてねー” 再び吸い込まれていこうとする私の頭に、砂がばらばら…ゆみーなが穴を掘っていて、その砂が私に直撃。 その後はなぜか付近にいたたくさんの乳幼児が一気に泣き出し、寝るどころではない状態に… そしてゆみーなが “ママー一緒に水にはいろー”というので、もうこれはあきらめるしかないと実感して水の中へ。 家に帰ると、まあから電話が来て“今日は顧客と夕食の約束があるんだけど、むこうは家族連れだからうちもみんなで行こう” きゃああああああああああああああああああ!!!!!!!!!こんな駄目押しってあるだろうか…夕食には軽くパスタでも食べてすぐにソファーでごろごろしよーっとたくらんでいたのに… こうして私の体には着々と疲れがたまっていくのである…
2007年07月09日
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コンティさん一家はナポリからやって来た。両親と、子供2人の4人家族。ナポリ人らしく、とっても陽気でチェックインの際は冗談をたくさん飛ばしていた。滞在は2週間、たくさん働いてためたお金でやってきたと冗談っぽく言っていた。ポーターが部屋へ案内した後、コンティさんはすぐにレセプションへと戻ってきた。陽気な笑顔はなく、だいぶ怒っているようだ。「この部屋はシービューなんかじゃないぞ」「せっかくサルデーニャに来たのに木ばっかり見えて、冗談じゃない」と怒っている。コンティさんは追加料金を払ってシービューの部屋を予約した。シービューとは、“海の見える部屋” である。しかし、困ったことに “海の見える” の基準が、人によって違うため、こんなことが起こってしまうのである。ホテルは孤立したアパートメント式のため、たとえば高い位置にある部屋は前にある部屋越しに海を見ることになる。海はちゃーんと見えるので “シービュー” として売っても、“前の部屋の屋根が見えるからシービューではない”という人がいる。コンティさんの部屋も、海は見えるけど前に木が何本か生えているのでシービューではないという。困ったものだ。ゲストが怒っているときは、とにかく落ち着かせることが大切である。それは、ただ “謝る” ということではない。怒っているゲストというのは、“あなたの話をちゃんと聞いていますよ”“状況を改善できるよう誠意を尽くしますよ”と、私たちが “ゲストの立場になって考えている”ということを感じると、自然と落ち着いてくるのである。そうなると、万が一ホテルが満室でほかの部屋に移ってもらうことができないとしても、ほかの物を進めることで事が解決してしまうことだってある。たとえば、スパにマッサージつきでご招待するとか、ヨットでの一日クルーズにご招待するとか。わがホテルはこういったサービスを備えているので、ホテル側にかかるコストは少ない。これでゲストがハッピーに休暇をすごしてくれるのだったら、2回だって3回だってお勧めする。コンティさんの場合は、ほかの部屋が運良く空いていたのでお勧めすると、大喜びでお引越しをした。ゲストが喜んでくれると、私はいつも “この仕事は快感だわ~”と思うのである。
2007年06月25日
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私が働くホテルチェーンは7つのホテルを所有する。すべて北サルデーニャにあり、それぞれの距離はそれほど遠くなく、 それぞれが固有の魅力を持っているので、リピーターゲストの中には毎年違うホテルを訪れる人が多い。 ホテルゲストは、グループのホテルを選んだ利点として、ほかのグループホテルのサービスを利用することができる。通常リゾートホテルは、一般のゲストは受け入れないのでこのサービスはわがグループの目玉商品といえるだろうか。 そして、もうひとつの利点といえば、もしも予約したホテルがゲストの気に入らない場合、グループのほかのホテルに移動してもらえることである。 グループ側にすれば、ゲストはホテルを変えてもグループ内に残るので損がないし、ゲストにとってもキャンセル料などの出費を考えることなく違うホテルに移動できるので、お互いにとって平和なソリューションなのである。 たまに笑ってしまうのは、ホテルが気に入らないといってほかのホテルに移動して、移動した先でやっぱり元のホテルのほうがいい、といって帰っていくゲスト。せっかくの休暇に、荷物を開けたり閉めたり。わがままするのは疲れるだろうに。
2007年06月22日
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初日の昨日は15時から23時までの遅番。ちょっと早めに14時半ごろに行って、オープンからの引継ぎ帳を読み、うろうろして何がどこにあるかなどを確認したりした。といっても、オープン当時に私が決めた配置がいまだに確立されていたので文字どおり、“確認” で済んだ。 ホテルの稼働率はすでに約85%。この時期はまだ宿泊料金が安いため、ドイツ人、フランス人などの外国人が目立つが、6月10日から学校が夏休みに入ったため、イタリア人の家族連れも結構宿泊している。 イタリアでは学校が休みに入ってからすぐに1-2週間の休みを取りそしてまた7,8月あたりに1-2週間の休みを取る人たちと、7月や8月にどーんと3,4週間休みを取る人たちとに別れる。 この時期に来る人たちは8月に来る人たちと比べるとだいぶリラックスしていて扱いやすく、コンプレインも少ない。 なぜならば、旅行に費やす金額はそれほどではないし、飛行場、ホテル、海はまだまだ人があまりないし、4月はじめのイースター休暇の後も5月のはじめと6月の初めに連休があって仕事の疲れがあまりたまっていないからである。 それに対して8月に来る人たちといえば、サルデーニャの美しい海での休暇を夢見ながら暑い中働き蜂のように仕事をして、一年間で一番高い航空運賃とホテル代を払い、空港のチェックインでは長い列で待たされ、到着空港では荷物が届かず、ホテルに着くまでは交通渋滞にあい、旅に疲れきってぐにゃぐにゃになった子供たちをあやし、やっとホテルに着いても部屋に案内してもらうまで待たなければならず... だいたい、ここで爆発するのは “女性” である。私の経験から言うと男性というのは、こういう状況では黙っている場合が多い。疲れきって、怒る元気もないという感じである。しかし、女性というのは疲れきると “バクハツ” する傾向があるらしい。 この時期を選んだのも、この地域を選んだのも、このホテルを選んだのもぜーんぶ彼らなのに、なぜかこの状況下では私たちレセプションスタッフのせいになってしまう。 到着時にこうだと、大体の女性たちは “いやな女” のまま休暇をすごすことになる。何をとっても文句ばっかり。 これでは家族はかわいそうだし、私たちも困ってしまうので、できるだけ早くこの状況から助けてあげる必要がある。 こういうタイプの女性たちは大体が、“やさしくいいこ、いいこ” してあげると気を取り直すことが多い。「長旅で疲れたでしょ、何かお飲み物ご馳走させてください」「かわいそうに、疲れきった子供たちとの旅は大変でしたね」という感じでやさしく声をかけると、朝起きた時からホテルに到着するまでの状況をたまりきったものを吐き出すかの様にぐわーっと一気に話し始めたりする。 こうなればOKなのだが、これでも機嫌を直さない女性たちは手ごわい。何をしてあげてもだめなのである。こういうタイプに出会わないよう、毎日祈るしかないのである…
2007年06月19日
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本日15時より、本業が始まる。昨日、ホテルの様子を見に行ってみたら、懐かしい顔ぶれが次々と。。。みんな、「おまえも帰ってきたか~!!!」と大歓迎してくれて、こんなに歓迎されちゃうとまた来年も帰ってきたくなっちゃうなどと先走ったことを考えてしまった。 レセプションへ行くと、期待していた “新しい制服” の姿が見当たらない。新しいGMが張り切って「変える」といっていたのに…変わったのはスカーフだけ。私にしてみれば、去年までの薄い水色のスカーフのほうがよかったのに、今年はえんじに白の水玉…いまいちだなあ。夏だっていうのにえんじはないでしょう。 ま、しょうがないので「スカーフちょうだい」というと、はりきりマンのジョゼッペが、「制服とスカーフはランドリーにありますから」という。「は?制服は、家にあるよ。なんでランドリー?」と聞くと、「えっっ…ランドリーになかったから新しいの注文しちゃいました…」 ジョゼッペははりきりマンだが、このような “空振り” が多い。2年前に来たときから、“事前確認” の大切さを教えているのに、はりきりすぎて忘れてしまうらしい。 今年の新人は3人。オープンから今までの一ヶ月間、どんなトレーニングしてきたのかなぁ~
2007年06月18日
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来週より、私の夏が始まる。といっても、バカンスではない。 本業が始まるのだ。副業の関係で約一ヶ月出遅れになってしまったが、いくら好きな仕事とはいえ去年のように働きすぎて、家族の顔を忘れそうになったりしては困るのでちょうどよかった。 今まで4年間一緒に働いたGMが去年 Valle dell'Erica へ移動してしまい、今年も彼からラブコールがかかったが、さすがに去年のような生活はしたくなかったので丁寧にお断りした。古巣のホテルでのーんびり、仕事と家庭を両立するほうを選んだのである。 さて、私の大好きなボスが移動してしまったので、我がホテルには新しいGMがやってきた。サルデーニャ出身ではあるが、約20年間世界のリゾートホテルを回り続けて沢山の経験を積んだ人。 地元に帰ることを決意した理由は、子供が生まれたため。 子供には、モルジブやキューバの何もないリゾート地ではなく、海はこれらのリゾート地に負けないほどきれいな、自分が生まれ育ったサルデーニャで育ってほしいと思ったからだそうだ。 さあ、もうすぐシーズン開幕、明日は一日タラソスパでリラックスして充電しよう!
2007年06月14日
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私は、数字が嫌いである。学生時代には算数とか数学とか、決まって赤点を取っていた。なので、よく数学者とか算数の好きな友だちが “算数は楽しい” とか言っているのを聞くとまったくこの人たちはどんな脳みそを持っているのかと、あえてそっちのほうに興味を持ったりしたものだ。 この週末にせにーのは、核物理学者であるおじのコラードとトレッキングへ行っていた。二日間重いバックパックをしょって大人なみに歩いたと、コラードは感心していた。 せにーのにトレッキングの様子や、一緒にいた人たちの話などを聞いていると、コラードの仕事仲間のロブというスイス人が、面白いことを教えてくれたという。 “ママ、7895x11はいくつだ?”“げ、計算機持ってくるから待って。”“どうやってやるか教えてあげるから見てて” といって、ホワイトボードに数字を書き始めた。7,8,9,5 そして、5の下にそのまま5と書く。9の下に、9+5の一の位、つまり4と書く。8の下に、8+9の一の位に、上の足し算で繰り上がった1を足した数字、つまり8を書く。7の下に、7+8の一の位に、上の足し算で繰り上がった1を足した数字、つまり6を書く。最後に7と、上の足し算で繰り上がった1を足した8を書く。 こうやって、答えは86845だというので計算機で試してみると…ほんとだぁぁぁぁぁ!!!!! さすがに算数は面白いと思ったのである。 知育、玩具、おもちゃ、 リープパッドプラス用:ディズニー・プリンセスとさんすう、めいろをや...
2007年06月04日
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ヴァレンティーナの結婚ミサは土曜日の11時に始まった。教会は我が家から約30分の町にあり、ミサは1時間強はかかるので11時ごろに家を出ればちょうどいいかもね、と言っていた。教会の結婚式というのは、まったく退屈なものである。神父が、離婚率50%というこのご時世に(しかも結婚経験もないくせに)“夫婦とはこうでなければならない” とか、“家族とはこういうものである” とか、夢のような言葉を並べ立ててつまらない説教をだらだらと続ける。わたしもまあも、そんなミサなんかにはじめから最後まで付き合いたくはないのでミサが終わる時間を見計らって家を出ようと決めたのであった。 わたしたちが着いて約45分後にミサは終わり(予定より長かった)、招待客らは車に乗って教会から約10分ほどの、披露宴が行われるホテルへと向かった。ホテルのプールサイドで食前酒とおつまみが振舞われた。悲しいことにおつまみは素朴で、量も少なく、すでに1時を過ぎていたので子供たちは(そして大人たちも)しずかにブーブー言い始めた。 炎天下、写真撮影をどこかでしている新郎新婦を待つこと小一時間。ぐったりしてきたところでやっとこさ新郎新婦が現れ、みんなでレストランへと移動した。 食事が始まったのが2時過ぎ。こちらの披露宴は日本のように2時間半でぱっぱっとリズミカルに終わるようなものではなく、始まった矢先にまあが、“6時だな…” と言ったのがまったく大当たりになるはめとなった。 前菜二皿、パスタ料理二皿、魚料理、肉料理、そしてフルーツ。大体、多すぎるんだああああああああああああああああああああああああ!!!!! 結婚式でめでたいのはわかるけど、どうして招待客にこんな馬鹿みたいな量の昼食をとらせようとするのか!!!!???? こんなんでは、食事が終わったときに食べすぎでゲロゲロになるのが常で、“あー、おいしかった、良い披露宴だったねー”などと言う人はまず出てくるわけがない。 イタリア人は大体が見栄っ張りだから、こうなるのだ。一品減らしたら、“貧乏” と思われるのがいやなのだ。(私の勝手な解釈) しかし、この結婚式から3日たった今だって、私は未だに変な満腹感から逃れられないのであった…
2007年05月30日
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イタリアでは、結婚式の招待状を受け取ると、決まって新郎新婦に聞かなければならないことがある。“結婚祝いリスト” である。 地域や場合によって変わるらしいが、こちらでは結婚祝いを新郎新婦があらかじめ1箇所または数箇所の店で選び、招待客はそのリストを元に自分の予算に合ったものをお祝いとしてあげる、という形が主流である。 つまり、招待状を受け取ったら、その “結婚祝いリスト” がどの店にあるのか聞かなければならないわけである。 通常、結婚して新郎新婦が新居に移る場合、食器、電化製品、タオル・シーツ類などを選ぶのでリストは食器屋、電気屋、またはデパートなどで作られることになる。 明日結婚するヴァレンティーナの場合、 彼らは “結婚祝いリスト” を旅行代理店で作った。ボローニャの新居に移るとは言うものの、それは借家で家具つきなので、家に必要なものは何もないという。 そこで、彼らはアメリカへの2週間の新婚旅行を “結婚祝いリスト” にしたのである。これはなかなか手間が省ける!金額を兄弟やほかのいとこたちと決めて、旅行代理店に行ってお金を払うだけ。 いちいち物を選んだりする暇がなくて楽チンなのであった。
2007年05月25日
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今週の土曜日に、まあのいとこのヴァレンティーナが結婚する。ヴァレンティーナが、“ヒュー・グラントにそっくり!”と言い張るそのお相手はたれ目でやせっこけたサッカー青年だ。一ヶ月ほど前、彼らからの招待状が届いた。日本の結婚式への招待状と同じように、おしゃれなカードに印刷してある。結婚式の招待状が届くといつも、数年前に結婚したイトコのカルロのことを思い出す。日本でも同じように、招待状を郵便で送るのはごく当たり前である。しかし、変な事に凝るのが好きなカルロは、昔ながらに一軒一軒招待客の家を、新婦となるロベルタと一緒に招待状を届けてまわったのである。招待状を持ってこられたほうは、玄関先で受け取ってさようなら、なんていう失礼はせずに家の中に招待してお茶でもお勧めするのが常識である。結婚式に招待されるだけあって新郎新婦の少なくともどちらかをよく知っているはずなので、話すことぐらいいくらだってあるだろう。 さて、二人が私たちのところを尋ねてきたとき、私は家に一人でいた。しかも、日本の母とビデオチャットをしよう、と決めておいた時間ちょうどにやってきた。玄関を開けて招待状を受け取ったはいいものの、予告なしに突然やってきた母がウェブカムの前で待っている二人と会ったことはあるが、よく知らないと言う理由を並べ立てて “しょうがないよ、わかってくれるよ、” と自分に言い聞かせつつ、 “ごめんねー、まあは仕事でいないのよー” などと言って中に招待せずに帰ってもらってしまった。あとでこの話をまあにすると、“あー!!! 言うの忘れてた、カルロが電話で言ってたよ、招待状持ってくるって!”カルロは、ちゃんと “XX時ごろに” と、時間まで言っていたと言うのだから、ほんっとに失礼なことをしてしまったわけである…と言うことで、忘れたまあが悪いので電話をして謝ってもらいました!
2007年05月24日
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先日、Skypeのアップデートを通知するメールが届いた。仕事でも、日本の家族との連絡にも結構使うのでSkypeのメールは隅々まで読むようにしている。読み進んでみると、SkypeからPaypal経由で送金ができると書いてあった。“国外への送金も簡単になったなあ”と、つくづく思った。Paypalから直接、Skypeを通さなくても送金はできるのだが、PaypalよりもSkypeのほうを頻繁に使うのでなんだか使ってみようと言う気にもなるものだ。以前は、日本とのお金のやり取りには郵便局から国際為替や、銀行口座からの送金など結構手間とお金がかかったものである。国際為替はまだましなほうで、銀行から送金すると1ヶ月ぐらい時間がかかって何千円もの手数料まで取られた覚えがある。こんなんではやってられないので、最近では母に頼まれて日本へ何かを送ったときは、その代金の代わりに日本から何かを送ってもらったりする。日本での支払いと言えば、楽天やヤフーで買い物をするとき、海外発行のクレジットカードは決まって使えない。実に厄介な話だ。こんなに円が下がっているからこそ、私は今のうちにどんどん買い物したいのに、日本の銀行口座から振込みをしたり、母に立て替えてもらったりしなければならないのでは買い物する気もうせる。なんとかならないんですかねぇ!
2007年05月22日
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仕事(副業)の関係で、トリエステに5日間滞在してきた。トリエステはイタリアとスロベニアの国境にある港町だ。私が住んでいるサルデーニャとはだいぶ違い、道路も歩道も広場も広々としている。G8・ユネスコ ワールドフォーラムが行われた国際会議場は桟橋の上に建てられていて、イタリア首相をはじめ世界中から集まる重要人物を控えて厳重な警備が…と、書きたいところだが、フォーラム前日には警察がうろうろしてはいるものの、何のチェックもなく会議場に入ることができた。会議室の中に入ってイタリア首相が座るであろういすの下に爆弾でも仕掛けてやろうを考えた人がいたならば、楽に大成功していただろう。こんなどうでもいいことを考えながら次の日のフォーラム開幕の準備を終えて、ホテルに帰って夕食に出ることにした。私の住んでいるサルデーニャには悲しいことに和食を食べさせてくれるレストランがないので外に出るたび、和食レストランに行くのがお決まりである。ということでホテルで“日本食レストランはありますか”と聞くと、“一軒だけありますよー、私はよく行くんです、すごくおいしいですよ!”というのでうきうきしながら行ってみた。レストランについて看板を見て、足取りが重くなった... 「リストランテ トーキョー」。外国にある、「Tokyo」と言う名のレストランは、だいぶ信用しがたい。日本人のオーナーならば、イタリアにオープンする和食レストランの名を「Tokyo」とは名づけないだろうと真剣に思うからである。中に入ってみて、私の直感が正しかったことを確信した。ウェイターはみんな中国人。カツどん5ユーロ、餃子3ユーロ。イタリアで食べる和食の値段とは程遠い。メニューを閉じて出て行きたいところだったが、旅の疲れがあったのでさっさと食べてかえることに。出てきたカツどんは、“ニセカツどん”。ご飯の上にサラダとトマトと、とんかつソースのかかったカツ。なんということだ…続けて出てきたのは、中にやたらといろんな野菜が山ほど入っている巨大な水餃子。“Gyoza”と書いて“スイギョーザ”と読まされたわけだ。唯一本物のアサヒビールでこれらを流し込んで、16ユーロのお会計を払ってホテルに帰った。次に本当の和食に出会えるのはいつのことか…
2007年05月15日
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イタリアには車庫証明の制度がない。つまり車を買いたい人は、駐車場がなくったって買えるわけだ。と言うことで、車は増える一方。 町は車だらけ。 駐車場探すの大変。駐車場探し、出先に限ったことではない。家に帰る時だって、駐車場を持っていない人は場所を探さなければならない。私の住んでいるパラッツォには、各家族一台分の駐車場が敷地内に設けられている。私は車を一台しか持っていないので何も問題なし。しかし、私の上に住んでいるムーラさんのように、車を2台とか持っている人は昼時や週末など、車をずーっと遠くにとめなければならない羽目になることがよくある。ムーラ家は4人家族。年金暮らしのお父さんと、生涯主婦のお母さん。40歳近くになる長男は家でピアノの教師、30歳越えた長女は彼氏もいやしない。小回りの利く軽自動車は買い物やお使いにお母さんが、そして長女が夜友達と出かけるときに使う。ステーションワゴンは家族4人で出かけるときに。ということで、通常軽自動車はいつも駐車場内に止めておき、ステーションワゴンは駐車場からすぐ出たところにとめてある。ある休日の朝早く、わたしたちは遠出するために車に乗り込もうとしていたとき、同じく出かけようとしていたムーラ家にであい、彼らの“駐車場確保大作戦”を目撃したのである。はじめに、お母さんが駐車場内の軽自動車に乗り込む。そして、お父さんと長男は駐車場外のステーションワゴンに。長女は駐車場の外でタバコをぷかぷか吸っている。お母さんがバックで駐車場からのろのろ出てくると同時に、お父さんが少し車を前へだす。お母さんの車をお父さんの車が駐車してあったところへ駐車する。長女とお母さんはお父さんの車に乗り込んで家族4人水入らずで走り去って行った…す、すごい!!!これぐらいの根性があれば、“イタリア駐車場戦争”にも勝ち残れるというのもだ!!
2007年05月03日
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先日連絡帳に、“4月24日午後4時から7時まで個人面談があります”と書かれていた。背筋がぶるぶるっとした。“午後4時から7時まで”とは、もちろん私個人に当てられた時間ではない。かといって、10人やそこらの少人数に当てられた時間でもない。なんと、クラス全員の面談を“午後4時から7時まで”にするのだ!!!!!!!クラス全員で21人。 “ま、たいしたことないか。”と思う?うんうん、私もそう思っていた。しかし…“午後4時から7時まで”というだけで、名前順とか、誕生日順とか、家が近い順とか、どんな順番で面談をするのかがはっきりしない。ということで適当に5時ぐらいに行ってみると教室のドアに紙が張ってあり、そこに連なる名前の一番最後に自分の名前を書くようになっている。これが、順番なのである!!!!!あたりにはすでに待ち疲れた様子の父母がたむろっている。せにーののクラスのシルビアのママを見つけたので近寄ってみた。そしてもっと恐ろしいことを聞かされたのである…私が今名前を書いたリストは国語の先生との面談用。むこうの教室に算数の先生との面談の順番リストがあり、もうひとつ違う教室には英語と宗教の先生のがある。国語の先生は担任なので生徒の数は21人だが、算数の先生はほかに3クラス持っているので生徒の数は約80人、英語の先生なんか3学年持っているので120人!!!!!!!!!!つまり、すべてのリストに名前を書いてそれぞれの進行状況を確認しながら待たなければならないのである!!!!数字にひるんでしまった私だが、周りを見渡す限りそんな多くの父母がいるわけではない。リストにも、100人もの名前が連なっているようには見えない。シルビアのままに聞いてみると、“仕事で来ることができない人がたくさんいるんでしょ”と単純な答え。 ではその人たちはいつ面談をするのかと聞くと“連絡帳を通じてアポイント取るのよ”と言う返事。じゃあ、なぜみんなにそうしないんだああああああああ!!!!!!!というのが私の気持ち。教師のためにも、父母のためにも、日本のように一人ずつ時間を決めればいいのにね。
2007年04月25日
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“カリアリの人間は、ビーチと太陽が無いと生きていけないんだよ。”と、カリアリ出身のまあはいう。実際、サルデーニャの州都カリアリでは真冬でさえ、少しでも太陽が出ていると人々はビーチへと繰り出し、日光浴や散歩を楽しむ。そんなカリアリ人たち、春先の天気のいい週末となるとこぞってビーチへ繰り出す。そしてビーチは夏さながら、こんな感じになるのである。我が家も例外なく、土曜、日曜と二日連続でこの太陽を満喫しに出かけた。風はやや冷たいが日差しは強く、少し日に当たっていると思わず水に飛び込みたくなるほど。しかし水に少し足をつけると、悲鳴を上げながら戻ってくる羽目になる。さすがに水はまだまだ冷たい!!10代の若者のグループが走って海に飛び込むのを、身震いしながら眺める。そういえば小学校6年の春、4月29日に初泳ぎしたっけなあと思い出す。ゆみーなとせにーのは足を水に浸しながら砂で遊んだ。さすがに、“水に入っていい?”とは聞いてこなかった!トゥイーティー☆ビーチサンダル
2007年04月23日
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ゆみーなは2歳半になって、なんとかいくつかの“文章”が言えるようになってきた。毎日毎日新しい言葉をベビーパーキングとせにーのから覚えてくる。先日、せにーのとなにやら走り回って遊んでいたとき、はあはあ言いながらへたへたになったそぶりをしてわたしの近くに来て、床にべたっと倒れこんだと思ったら“まんま、いおそのもるた(ママ、わたし死んじゃったわ)”その言い草がおかしくってせにーのと一緒に大笑いした。我が家の日本語教育は、“日本語で話しかける”である。せにーのにもゆみーなにも、いっつも日本語だけで話しかける。彼らの母国語はイタリア語なので返事の99%はイタリア語で返ってくるが、“うん”や、“いいよー”などと日本語で返事をすることもある。ゆみーなの日本語の語彙は、面白いことにだんだん増えている。以前はイタリア語で言っていた言葉のうちいくつかを、今では日本語で言うようにもなった。たとえば“おおきい”。はじめから“ちいさい”を日本語で言っていたのに対し“おおきい”は“ぐらんで”とイタリア語で言っていた。 しかしいつのころからか、“おおきい”と日本語で言うようになった。いまでは大きい石や、大きい葉っぱなどを道端で見つけると“まんま、ぐあるだ(みて)、おおきいねー”と、“ねー”までつけてみたりする。ジュースがほしいときは、“まんま、ぼりお(ほしい)じゅーすー”という。日本語とイタリア語が混じるのである。せにーのはというと、わたしの家族とスカイプを通じて話すとき以外、あまり日本語は出てこない。小学校に上がったころ、ひらがなを覚えさせようと日本からドリルなどを買いあさったが、まったくやる気なしなのであきらめた。勉強を無理強いさせるほど意味のないことはないと思う。興味がないものを無理に教えたって、頭に入るはずがないのだ。わたしにはピアノをいやいや習わされたり、カレーのにんじんを食べきるまでテーブルに残されたりと、“無理強い”に関しては結構いやな経験があるので気をつけるようにしている。事実、せにーのは気が向くと日本語の言葉をわたしに聞いてきたり、日本語のDVDを見たりする。何かがせにーのの興味を引いて“日本語を覚えたい”と言う気持ちがわいてきてくれるのを待っている。アンパンマン おふろでピタッとあいうえお教室
2007年04月20日
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イースターといえば卵である。卵といっても、イタリアでは黄身と白身がある卵ではなく、チョコレートの卵なのである。イースター近くなるとこのチョコレートでできた卵が出回りだす。ちっちゃい卵型のチョコレートがたっくさん袋詰めにされて売っている。ナッツが入ったものや、イチゴのクリームが入ったもの、ビターチョコの物などさまざまだ。これらのチョコのほかに、子供をターゲットにした卵もある。しかしこれらのチョコはただのチョコではない。おっきい卵型のチョコレートの中に、サプライズが入っているのだ!卵は色とりどりの包装紙で包まれ、スパイダーマン、くまのプーさん、トムとジェリー、男の子用、女の子用など、中に入っているサプライズの内容がある程度わかるようになっている。大きさもさまざまで、本当の卵より少し大きめのものから、大人が抱きかかえてやっと手が回るほどの大きさのものまである。価格は内容によって異なるが、10ユーロも出せばお手ごろサイズのが買える。イタリアのイースターは、家族や親戚が集まって(教会でのミサの後)昼食を一緒にとるのが習慣だ。そのときに、家族、親戚の子供たちにこの卵をプレゼントするのが習慣として染み付いてきた。と言うことで我が家のモルモットたちも例外なく、あちこちから卵をいただいたわけなのである。包装紙を取ると、中から卵が出てきて、その卵を割るとサプライズ入りのカプセルが出てくる。そしてそのカプセルの中から出てくるのはこんな感じのおもちゃなのである。たまごからできたやさしい泡オーヴォ ナチュラルソープ(標準重量100g)
2007年04月10日
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春の訪れとともにイースター休暇に入り、サルデーニャは一気に旅行シーズンに入る。この時期はまだそれほど暑くもなく、ローシーズンのためスポーツを楽しむために訪れる外国人が目立つ。私たちも冬の間中家に閉じこもってなまりきった体を少しほぐそうと、アドベンチャーツアー会社を運営する友達のテレマコの家に一晩お邪魔した。テレマコは、サルデーニャでロッククライミング、マウンテンバイク、トレッキング、パラシュートなどのアウトドアスポーツのほか、考古学ツアーまでしてくれるそれこそ“サルデーニャの自然を知りきったサルド(サルデーニャ人)”なのである。そのテレマコが住むカラゴノーネまで我が家から車で約3時間。午後3時ごろにつき、まずは彼の家のキッチンからの景色に大感激。夏時間になったこともあり、日が長くなったので海へ散歩に出かけておしゃべり。テレマコの奥さんのエレナはピエモンテの出身で、私と結構性格が似ているので気があって話がはずむ。夕暮れになって家に帰ると、エレナがジムに行こうというので一緒について行った。自転車を30分、ステップを30分、運動などと言うものは去年の夏のテニス以来まったくしていなかった私はどうなることやらと思っていたがおしゃべりをしながらあっという間に過ぎてしまった。次の日、テレマコが“今日はロックイクライミングをしよう”と言ってカラフイリに連れて行ってくれた。ロッククライマーたちには有名で、初心者用から上級者用まで、多数のポイントがある。マルは経験者だが、わたしとせにーのは未経験なので子供用の“ピカチュウ”と名づけられたコースを登ることにした。子供用といっても、やはりハードなスポーツだけあって頂上まで着くのは大変なものである。専用の靴で足場を捕まえるのは楽になるが、それでも滑ってしまったときにはさすがにぞくっとしてしまった。 テレマコが下で命綱を持っているとはわかっていても、宙ぶらりんになるのはあまり楽しいものではない。降りるときも、結構緊張する。人が降りてくるのを見るとするするするっと結構簡単そうなのだが、平面を降りるわけではないので足場を間違えるとバランスを崩して左右にゆれてしまったりする。しかしもっとぞくっとさせられるのは、命綱を持つテレマコがよそ見をしておしゃべりする事!?パッーと開いてハイ完成♪超簡単!!【ワンタッチテント3人用テント】
2007年04月09日
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友達のイヴァナとビデの話しになった。彼女がドイツへ遊びに行って帰ってきたばかりなので、その話を聞いていたときのことだ。“まーた桶を買っちゃったよー、家が桶だらけだ”“何で桶なんか買うのよ!?”“だって、ドイツってビデがないんだもーん、あたしビデなしじゃ生きていけない”“…”“ビデなしじゃ生きていけない”などと言う人、実はイタリアには結構いるのだろう。いや、もしかしたらイタリアだけではないかもしれない、トイレットペーパーを使う習慣がないタイなんかにも、絶対いるはずだ。“だいたいさー、イタリア人なんか、お尻さえもちゃんと拭けない人種なんだよ”とイヴァナは言う。まさか、そんな理由でビデが存在するわけじゃないでしょ。ビデ。はじめて耳にしたのは、というか、目にしたのはたぶん小学校中学年くらいの時だと思う。ウォシュレットに“ビデ”とかかれたボタンがあり、それを押すとノズルが伸びで前のほうが洗えるようになっていた。どうしてビデというのかなどと、考えたことはなかった。これを発明した人がそういう名前だったか、この名前が気に入ってつけたのだろうと思っていた。本物のビデに出会ったのは1999年春、始めてイタリアに来たときである。トイレの横にちょこんとある、便器に似たようなもの。海水浴場にある別荘だったので、“足洗いか。イタリア人はさすがにきめ細かいな。”などと思っていた。それが“足洗い”ではないことを発見したのは、赤ちゃんのせにーのがウンチをして、まあがビデでせにーののお尻を洗ったときである。“そんな低いところじゃなくて、洗面所で洗えばいいじゃない”と言う私に、“いやいや、ここはお尻を洗うためのビデだから、ここで洗うよ”と言われ、ここで初めてウォシュレットのビデと、この“足洗い”が、同じものであることを知ったのであった。しかしウォシュレットと“足洗い”の違いは大きい。ウォシュレットは用を足した後ボタンひとつで“洗ってくれる”感覚だが、“足洗い”は便器で用を足した後、移動してしかも自分のオテテで洗わなければいけないのである。考えてみるとなんだかちょっと抵抗を感じたものだが、興味津々ではじめて使ったとき、お湯をジャージャー出してざぶざぶ洗うことに結構快感を覚えてしまった。壁に向かってまたがって使うので、ズボンをはいてるときには片足を抜かなければならず、結構めんどくさい。日本ではウォシュレットがすっかり普及しているのに、どうしてイタリアまで来ないのだろう。世界のほかの国ではどうなのか?携帯用ウォシュレットTOTO YEW300
2007年04月04日
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せにーのが空手を習い始めてからはや3年が過ぎた。最初の2年半習っていた先生は結構若く、いい意味で厳しくてせにーのはとても気に入っていた。しかし、“ミュージック空手”などと、音楽に合わせて型を演じるちょっと変わったことをするような、日本語の“に”の字も知らないような先生だった。今年の初めから通い始めた道場は、二人で初めて見学に行ったときすぐに気に入ってしまった。わたしが、“日本人です”と言うと先生は目を輝かせて“僕は今までたくさんの日本人の先生に出会いました。 この道場にも機会があるたびに招待するんですよ”と話してくれた。それまでにいくつかの道場を見学したが、暖かい印象を受けたのはここだけで、せにーのと二人ですぐに“ここにしよう”と決めたのだった。初日は、ゆみーなと一緒にせにーのの門出を見学することにした。はじめから何の問題もなく子供たちの間に溶け込み、その体の柔軟さに先生をびっくりさせた。事実、せにーのはまったく私の息子とは思えないほど体が柔らかいのである。股を開いて足が一直線になっちゃうし、おまけに上半身を前に倒してぺたーんと床にくっつけてしまう。片足で立って、もう一本の足を耳の横にくっつけてしまう。特別な訓練もせずにこうなんだから、真剣に体操でもはじめたらどうなってしまうのか。しかし驚いたのは先生の側だけではなく、私も先生に驚かされてしまったのである。なぜならば、この先生は掛け声、型の名、数字など、日本語をバンバン使うからだ!!せにーのは毎回帰ってくるたびに、“ママー今日はねえ、ま・わ・し・げ・り 教えてくれたよー”とその日習った型の名前をイタリア語なまりの日本語で発音して教えてくれる。ただひとつガンなのは、時間帯である。週3回、18時半から20時15分まで。着替える時間を入れると2時間にもなってしまうので道場で待てるものではない。かといって、その辺をふらふらするわけにもいかない。 20時半から夕食の支度をするのでは遅くなりすぎるから。と言うことでせにーのを送り届けて、家に帰ってから夕食の支度をするわけだが、ごちゃごちゃやっているとあっという間に2時間がたってしまう。ゆみーなはおなかがすいてしょうがない、時にはベットに行きたいという事もあり、そんなゆみーなを車に乗せて夜遅くに迎えにいかなければならないのだ。一週間この送り迎えを続けてみて、“週に三回もこんなことはしたくない”とつくづく思い、お迎えをベビーシッターに頼むことにした。お迎えを頼むだけでもすっごく変わるものだ。ゆみーなに先にご飯をあげてお風呂にも入れることができるし、第一2歳の子供をつれて夜に外へ出ることが省けるのは何よりだ。せにーのよ、君の空手は金がかかっているのだ! しっかり習ってくれ!
2007年04月03日
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カーニバルの衣装を作ったときに思い切ってミシンを買ったので今年も早速ゆみーなの洋服作りに励んでいる。最後にミシンを買ったのは約8年前に日本で、それは15万円もするすごいコンピューターミシンだった。(母よ、あなたが代わりに元を取ってくれ。)今回買ったのはその3分の一程度の金額の、でも立派なブラザーコンピューターミシン。コンパクトで静かで、自動ボタン穴かがり機能もあるし、便利な機能が結構あって買ってよかったとつくづく思う。ゆみーなはまだ2歳半で洋服がすぐに作れるし、やっぱり女の子の服は楽しい!!パターンは母が使っていた、つまり30年ほど前の手作り子供服の本を使っている。30年前のモデルとはいえ、どれもかわいいものばっかりでまったく古めかしくはない。ね? かわいいでしょ?★ポイント5倍★本格的な刺しゅう機能【ブラザー】ソーイングステーションN80α EMS1601【春の...
2007年03月30日
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4年ぶりにデジカメを替えることにした。バッテリーはいい加減もたなくなったし、何度も落っことして傷だらけだし、4年も使ったし。と、いうことで、早速インターネットでデジカメを物色し始めた。長いこと目にも留めずにいたのでコンパクトの10メガピクセルの存在を知って感激した(だいぶ遅れてるでしょ?) 超コンパクトモデルにしようか迷ったが、動画の解像度が高いモデルがほしかったことと、せっかくだから10メガピクセル、ということで選んだのはCANON IXY 1000(日本名)。群を抜いて動画の解像度が高いのが気に入った。しかも、使い慣れているキャノン。選んだところで、実物を見に行こうとMedia Worldへ行ってみた。Media World は TRONY, UniEuroの先を行く大型家電製品店だ。店内へ入り、デジカメコーナーへ直行。優しいお兄さんが、すぐにお目当ての品を見せてくれた。商品説明さえもしてくれずに背中を向けているお兄さんを横目に、あっちこっち触りまくる。インターネットで機能などは勉強してあったので手触りや重量、サイズを見たかったので金額をチェックしてお礼を言って帰ってきた。Media World での金額は465ユーロ。 だいぶ高い。 でもすぐに自分のものになる。家へ帰って、eBay を覗いてみた。わたしは、eBayをよく使う。ゆみーなの洋服の90%ぐらいは、eBayから買ったものだ。といっても、イタリアからではない。イタリアでは、未だにネットオークション(というか、ネットショッピング)がうまく浸透しておらず、まともなものが見つからないからだ。しかも、セカンドハンドを目が飛び出るような値段で出したりするので、買ってあげる気もうせる。今回は新品のデジカメということで 安く手に入れることを目的に探し始めた。出品者は、思ったよりたくさんいた。 しかも、Media World に比べると100ユーロ前後の差!一番安いのは330ユーロで送料を含めても345ユーロ。 商品の到着まで何日か待たなければいけないが、120ユーロの差は大きい。しかしフィードバックをチェックしてみると、この出品者に対して“よい”と評価したのは99.6%。コメントを呼んでみると、ほとんどの購入者が“配送が非常に遅い”と書いていた。“3週間も待った”と言う人さえいる。ということでこの出品者からは買わないことにした。フィードバックを基準にして見てみると、100%の高評価を得ているのはたった一人。本体金額は、341ユーロ、送料込みで356ユーロ。コメントからはよい印象を受け、信頼できそうだったので購入することに。そして3日後、思ったよりちょっと早く私のデジカメが到着した。箱を開けて、電池を充電して、その間に説明書をさらっと読んで、充電が終わるとすぐにいろんな機能を使ってぱちぱちと写真をとり始めた。光学ズームの高性能さにはだいぶ驚いた。 動画の鮮明さにも、ISO感度のすばらしさにも、大感激!それに、この緩やかにカーブして角のないボディがかわいらしい!!しかしなんといっても、やっぱり解像度10メガピクセルはいい写真が撮れる!!Canon IXY DIGITAL 1000
2007年03月29日
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