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2005年09月10日
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テーマ: 小説日記(233)
 ルースさんの家に戻った(あの不思議な広間も、ルースさんの家の中なのかもしれないけど)ぼくらは、お昼御飯にシチューと、焼きたての胡桃のパンを頂いた。
 チビがぼくの肩に下りてしきりに催促するので、ひとかけらパンを千切ってやると、美味しそうにつつきはじめた。
「あっ、そうだ、ルースさん。僕、コリィに星屑入りの水飴を貰ってあげるって約束しちゃったんだ。それとレースさんの野苺のスコーンも」
 早くも2杯目のシチューをおかわりしながら、ハルが言う。
「あらまぁ、じゃあ、ちょっと待ってね」
 そう言って、目を閉じて20秒ほど。
「もうすぐ焼き上がるそうよ。帰りに寄っておいきなさいな」
 まるで、頭の中でレースさんって人と話をしたみたい。
(レースさんはね、ルースさんの双子の妹なんだ。ほんとにそっくりなんだよ)

(ルースさんは、離れていてもレースさんとお話できるの)
 ぼくもこっそり聞き返す。
「うん。びっくりだろ」
「うん、びっくり」
 ぼくたちは、顔を見合わせて、くすくす笑いあった。
 そして、びっくりはまだまだあった。
「メリディ!」
 ルースさんが、誰かを呼んだ。
 でも、ルースさんが見ている方には、窓があるだけで部屋はない。床板には、窓からの午後の日ざしが落ちているだけ。
 …と思った光が、ゆらりと揺れた。良く見ると、それは光が揺れたんじゃなくて陽炎だという事が分かった。驚いた事に、陽炎は蹲っていた身体を、よいしょ、といった感じに起こすと、ぼくらの方に歩み寄って来た。その輪郭は、4本足の動物。
 一歩あるくごとに、空気の揺らめきにしか見えなかったその形に、次第に色が現われた。不安定だった輪郭も、やがてしっかりとりた形になっていく。

「メリディ、雨降らしの森のレンよ。挨拶してね」
 メリディと呼ばれた犬は、金色の瞳でちらりとぼくを見ると、テーブルをぐるりと回って側に来た。近くで見るとさらに大きい。顔が、椅子に座っているぼくの顔と同じ高さだ。
「うわっ」
 いきなり、大きな桃色の舌でべロリと顔をひと嘗めされた。なんだか…べとべと湿ったタオルで顔を拭かれた感じ。
「こ…こんにちは、メリディ」

「メリディは、相変わらず無愛想だね」
「ごめんなさいね、レン」
 べたべたの顔のぼくに、今度はちゃんとしたタオルを手渡しながら、ルースさんが言う。
「メリディ、初めてのお客さまに、その挨拶はないと思うわ。どうして握手にしてくれなかったの」
 ルースさんの小言も、メリディにはどうでもいいらしい。ふわぁ、と大きな欠伸をして、足元に寝そべった。
「そう、いいわ。あなたがそのつもりなら、後でどうなるか覚えてらっしゃい」
 ルースさんが腰に手を当てて言う。後でどうするつもりなのか分らなかったけど、その言葉を聞くとメリディは、やれやれといった風に再び腰を上げた。
「地下室から、飴の瓶を持って来て頂戴。下から3番目の棚のね」
 めんどくさそうに、キッチンの奥へと消えていったメリディを見送って、ぼくは聞いた。
「メリディが、ルースさんの使い魔なんですか」
「ええそうよ。いつもあの調子なので、困ってしまうけどね」
 そう言って笑うルースさんは、けれどとても嬉しそうに、メリディの事を話してくれた。
 暫くして、メリディがくわえて来たのは、カゴに入った大小いくつかの瓶とスプーン。一番大きな瓶には、水飴が入っているので、重さでカゴが斜めになっている。
「ご苦労様。あなたも何か食べる?」
 ルースさんの質問には答えずに、メリディは元いた場所へ、のっそりと歩いていった。そのまま、窓の日溜まりに座り込むと欠伸をひとつ。どうやら昼寝の続きらしい。そして蹲り、その姿をゆらりと空気に溶かして消えてしまった。
「仕方のない子ね。まぁいいわ」
 溜め息をつきながら、ルースさんがカゴから瓶を取り出す。
「実はねハル、申し訳ないのだけど、今、星屑の飴は作っていないのよ」
「えっ、そうなの?」
「最近、流れ星が少ないでしょう。飴を作るだけの星が中々集まらなくて。だから、代わりにこれはどうかと思ったのだけど」
 言いながら、ルースさんは瓶の蓋を開けて、銀色のスプーンで飴を掬いとった。持ち上げたスプーンから糸を引くように流れる飴が、七色に輝いて小さな半円の虹を作った。
「わぁ…!」
 ぼくとハルは、同時に声をあげた。
「虹の飴だ!」
「これなら、コリィもきっと納得してくれるでしょう?」
「うん!絶対!」
「レンにも詰めてあげましょうね」
 ルースさんは、いくつかの瓶の中から、丸い形のものを2つ、テーブルの上に並べた。
「ねぇルースさん、その飴、今ちょっとだけ、食べちゃ駄目?」
「食べるなら、御飯の後にね」
 ぼく達は顔を見合わせて、お皿に残っていたシチューを急いで平らげた。
「虹の飴なんて、しばらくぶりだね」
 ルースさんの手元を眺めながら、ハルが言った。2つのスプーンの間でくるくる練られる飴は、透明な色から乳白色へと変わる。その間にも、飴の周りには小さな虹がかかり、とても綺麗だ。
「ええ。でも、あの森にレンが来てくれたから、これからは前のように作る事が出来るわね」
「ああ、そっか」
 ハルは納得したみたいだけど、当のぼくには分らない。何故ぼくが来たらこの飴が作れるんだろう。
「雨の森に、いつも充分な雨が降っていると虹も出やすいんだ。ここ半年くらい、あの森にはあまり雨が降ってなかったから」
 聞いた答えも、分かったような分らないような。でも、教えてくれたハルの顔が、何故かちょっと寂しげだったので、ぼくはそれ以上聞くのを止めた。
「はい、レン」
 ルースさんに渡された乳白色の飴は、角度を変えるとあちこちが七色に光る。ちょっと舐めてみた最初の味は苺味。ふた口目は葡萄の味、三口めはレモンの味だった。見た目だけでなく、味もくるくると変化するらしい。
「どうかしら」
「とっても美味しいです」
「そう?気に入って貰えたなら良かったわ」
「星屑の飴も美味しいんだよ。口の中に入れると、パチパチ弾けてね」
「今度流れ星があった時は、必ず作っておくわ。出来上がったら、レンの所にも知らせてあげるわね」
「ありがとう、ルースさん」
 それから飴が舐め終わるまでの時間、3人で色んな話をした。でも新参者のぼくは、ハルとルースさんの話を聞くばかりで、自分の森について語れる事など、まだごくわずかしかなかった。

「あら大変」
 話の途中で、急にルースさんが言った。
「レースがお待ちかねのようよ」
「いけない、随分ゆっくりしちゃった」
 家を出る時に、ルースさんは瓶に詰めた虹の飴と、胡桃のパンをいくつか、ぼく達に持たせてくれた。
「あと、これはレンにね」
 そう言って最後に渡されたのは、赤い紙の包み。なんだか細長いものみたいだけど、何だろう。「お家に帰ってからのお楽しみよ」と言われては、そこで開ける事も出来なかった。ぼくは丁寧にお礼を言うと、壊れないようにそっと、それをカバンの中に仕舞った。





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最終更新日  2005年09月10日 15時51分16秒
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