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2005年09月13日
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テーマ: 小説日記(233)
 レースさんのお家は、ルースさんのお家の隣。
 家も庭の花や植木も、全てがそっくりだから、「こんにちは」とステンドグラスの嵌った扉を開けて入って行くのも、初めての気がしない。
「いらっしゃい、ハル!レン!」
 そして、甘いスコーンの香りと共に出迎えてくれたレースさんも、ほんとうにルースさんと見分けがつかないくらい、そっくりな双子だった。唯一違ってたのは、ルースさんは赤いチェックのスカートを履いていたけど、レースさんは青いチェックのスカートだった事ぐらい。
「あなたたちったら、いつまでたっても来ないんですもの。ノクトと待ちくたびれてしまったわ」
「ごめんなさい、レースさん」
 ハルがぺコリと頭を下げるのを見て、ぼくも慌てて頭を下げる。けれど、レースさんはちっとも怒ってはいないようだった。
「お茶を飲んでいってくれたら許してあげるわ。私の特製のハーブティーをね」
 悪戯そうに笑う瞳が、ぼくの前でさらに細くなった。

 レースさんは僕の前に屈み込んで、ふっくらとした大きな手で抱き締めると、チュッと額にキスをくれた。
「初めまして、レンです。よろしくおねがいします」
「もう一人、お待ちかねがいるのよ」
 レースさんはそう言うと、クッキー缶やティーカップの並んだシェルフに向かって、「ノクト!」と声をかけた。
 その声に、シェルフの影の暗がりに、ちらちらと白い小さな星が散った。その中に、紫色に光るひときわ大きな星が2つ。
「わっ!」
 暗がりから一斉に飛び出して来たそれにいきなりとびかかられて、ぼくはそのまま押し倒されるように、居間の床に転がった。顔にべとべとと生暖かい感触。それはさっきも経験したものだ。
「い、犬?」
「ウォン!」
 やっぱりそれは、メリディと同じくらいの大きな犬だった。少し長めの毛も、垂れた耳もメリディと同じ。正反対だったのは、ノクトは真っ黒い毛に小さな白の斑点模様だった事、そしてちぎれそうなほど尻尾を振っている、この人なつこい性格。
「は、はじ、めまし、て、ノク、ト」

「あはは、ノクトは君の事が相当気に入ったみたいだ」
 ハルがノクトの首を抱き寄せて、ぼくの上からどけてくれた。チビはノクトの勢いにすっかりびっくりしてしまったらしく、本棚の上に逃げたまま、呼んでも寄って来ない。
「ノクトは雨の森が大好きなものだから、ちょっとはしゃぎ過ぎたようね。ごめんなさいね」
「いえ、いいんです」
 差し出されたタオルは、さっきルースさんに渡されたものと同じ花の刺繍が入っていた。

「さぁさ、じゃあ早速お茶にしましょ。ハルも顔をお拭きなさいな」
 見ればノクトは、今度はハルの肩に手をかけて顔を舐め回している。レースさんはお茶を取りに行ったのか、キッチンへと消えてしまった。ぼくはテーブルの椅子を引くと、とりあえずそこに腰掛けた。さっき、ルースさんの家でぼくが座っていたのとそっくりな椅子だ。
 椅子の音に気がついたのか、ノクトが隣に来てお座りをした。ぼくの目線と同じ高さにある紫の瞳は、わくわくと楽しそうにぼくを見ている。ハルも顔を拭きながらテーブルについた。
「ノクトは色んな人が好きなんだ。コリィの事も大好きでね。もっともコリィの方は、ちょっと苦手らしいんだけど」
「…そう」
 気のないぼくの返事に、ハルが「あれ?」といった顔をした。その瞳が見返せなくて、ぼくはノクトを撫でるふりをして顔を反らした。
「さあさ、焼き上がりよ。冷めないうちにどうぞ」
 暫くしてレースさんが持ってきてくれたのは、オレンジのスフレとハーブティ。フワフワのスフレは舌に優しくまろやかな味で、何処か懐かしい感じもした。
「どう、レン?気に入って貰えそうかしら」
「はい」
「良かったわ。これからあなたたちが来る時は、必ず焼いておきましょうね」
 そう言えば今日、レースさんはルースさんが伝えるよりも先に、スコーンをちゃんと焼いてくれてたみたいだった。あらかじめぼくたちが来る事は分かってたんだろうか。他にも聞きたい事は沢山あったけど、もうそんな気分にはなれなかった。
「レン、お茶のおかわりはどう?」
「ありがとう。でも、いいです」
 ぼくがふさいでいるので、レースさんはあれこれと気を使ってくれているようだった。それは分かっていたけど、どうしても明るく話をする気にはなれない。折角お菓子まで焼いてくれたのに、きっとすごく嫌な思いをさせてる。ハルだって、わざわざ仕事を休んで、ぼくをここまで連れて来てくれたのに。
 レースさんとハルに悪いとは思いながらも、ぼくはその後もずっと下を向いていた。
 なんて我が侭で身勝手。聞き分けのない子供のような自分に嫌気がさして、さらに心の棘は大きくズキンと痛み始めた。
 スプーンに掬った最後のスフレが、ぼくの重い舌の上で、甘酸っぱいオレンジの香りを放って溶けたけど、もうその味はよくわからなくなっていた。





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最終更新日  2005年09月14日 03時10分04秒
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