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2016.12.16
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カテゴリ: 昭和の日常
柱を打つ.jpg

家を作るのに当って、建材は色々な手段で、調達でき

仕入れられ 確保できたのでしょうと思いますが、

けっこう 昭和30年代って、大工さんではない職業の

お父さんが 住む家を作るという例もあったのですね。

作ることができるお父さんが多くいたのです。

建築の法規制も、緩かったことですしね。

屋根をつける.jpg

まだ、日本家屋は平屋が多く、二階建ての家なんて

みんなに見上げられていました。

昭和30年代初めに日本住宅公団が、

団地型の住居を急ピッチで建設し

そして、住宅ブームが湧き上がりました。

大工さんは沢山いました。

一級建築士の国家資格もできました。

資格を取った方は、堂々と玄関先に看板を掲げたのです。

国家資格は名誉だったのです。

家 完成.jpg

縄文時代、大工さん 建設業者など存在しない頃、

みんなお父さんが竪穴式住居を造ったのですよね。(笑)

自分の住む所を造る、生物が持っている本能なのですね。

それにしても 昭和30年代に家を作った大工さんではないお父さん。

器用だったのですね。

木造仮設.jpg

日本が太平洋戦争を終えた 昭和20年からは、

あちこちに、 バラック の家が作られました。

空襲で焼滅してしまったからです。

バラック

ブロックと似ているので建築材料かと思っていました。(笑)

上の写真は、東日本大震災で建てられた、福島県会津若松市の

木造仮設住宅です。

2012年にグッドデザイン賞を受賞された 、「はりゅうウッドスタジオ」

さんの設計です。プレハブの仮設住宅より暖かいし、

なんといっても心のケアが滲み出ていますよね。






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最終更新日  2016.12.16 10:18:03コメント(0) | コメントを書く
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