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家を作るのに当って、建材は色々な手段で、調達でき
仕入れられ 確保できたのでしょうと思いますが、
けっこう 昭和30年代って、大工さんではない職業の
お父さんが 住む家を作るという例もあったのですね。
作ることができるお父さんが多くいたのです。
建築の法規制も、緩かったことですしね。
まだ、日本家屋は平屋が多く、二階建ての家なんて
みんなに見上げられていました。
昭和30年代初めに日本住宅公団が、
団地型の住居を急ピッチで建設し
そして、住宅ブームが湧き上がりました。
大工さんは沢山いました。
一級建築士の国家資格もできました。
資格を取った方は、堂々と玄関先に看板を掲げたのです。
国家資格は名誉だったのです。
縄文時代、大工さん 建設業者など存在しない頃、
みんなお父さんが竪穴式住居を造ったのですよね。(笑)
自分の住む所を造る、生物が持っている本能なのですね。
それにしても 昭和30年代に家を作った大工さんではないお父さん。
器用だったのですね。
日本が太平洋戦争を終えた 昭和20年からは、
あちこちに、 バラック の家が作られました。
空襲で焼滅してしまったからです。
バラック
ブロックと似ているので建築材料かと思っていました。(笑)
上の写真は、東日本大震災で建てられた、福島県会津若松市の
木造仮設住宅です。
2012年にグッドデザイン賞を受賞された 、「はりゅうウッドスタジオ」
さんの設計です。プレハブの仮設住宅より暖かいし、
なんといっても心のケアが滲み出ていますよね。
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