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今日めでたく、2000ヒットと一ヶ月を同時に迎えました。これも今まで訪問や書き込み、パーソナルメッセージをくださった皆様のおかげです。これからも、自分自身も読む方々も楽しめるサイトにしていきたいと思っています。明日からは十二月です。これからますます寒くなっていきますので皆様くれぐれも体調管理にはご注意してください。
2003年11月30日
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21世紀はインターネットの時代である。個人がネット上で情報を収集し、情報を公表する。あらゆる文書、画像、メールが世界を駆け巡り、遠くの人とのコミュニケーションが可能となり、知らない人間とのコミュニケーションも行われる。ネット上での情報を使い人と人が出会う事もありふれた事となった。にもかかわらず、にもかかわらず、マスコミは批判してないか?ネットを通じての人との出会いを。「出会い系サイト」という言葉で。マスコミのニュースを通じて「出会い系サイト」という言葉が使われる時、いつも100%、マイナスな、ネガティブな意図が含まれている。ネットを通じて出会った男女が事件に巻き込まれた時にしか、この「出会い系サイト」という言葉は使われない。そしてそのニュースを聞く度にネットを通じて人と出会った事の無い人達は「出会い系サイト」つまりネットを通じて人と出会う事は危険だというイメージを抱く。マスコミの言葉は疑った方がいい。例えば、「キレる少年」。凶悪な少年犯罪が起きた時この言葉が合言葉のようにマスコミで使用された。キレる少年という言葉を聞き、誤解する人は多い。「最近の少年は総じて簡単にキレるやつが多いのか」と。日本人はなんでも一般化する傾向があるから恐い。凶悪な犯罪を起こす少年なんて何年に一回にしか出てこない。それをまるで社会全体の現象のように報道し、人々を不安にさせてないか?そして最もかわいそうなのが、現役の「少年」達。ある一人の非常に極端な、凶悪な犯罪者が社会を騒がせたために、まるで自分達も予備軍のように見られる。子供達を守るのは大人の役割なのに、視聴率を取るため、発行部数をあげるために、なんでも大袈裟に報道する。報道による「被害」や「誤解」の蔓延は非常に腹立たしい。
2003年11月29日
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この日記サイトを始めてから今まで、パソコンの画面に向かい、「今日は何を書こうか」としばらく時間を費やさなければいけなかったのはたった数回。今日がそう。しかし書くことは楽しい。画面の前にいる私の気持ちは今日はどんないたずらをして楽しもうかと考える小学生グループの中の一人みたい。この日記サイトの世界は読者さんがいるから面白い事を書けば最後まで読んでもらえるし、出だしから面白そうじゃなければ一瞬で違う画面に変えられる。「ある意味で実力世界だ」面白ければ人は読むし、面白くなければ人は読んでくれない。私は同じ書くなら出来る限り多くの人に読んで頂いて感想を、書いて欲しい。これが私の偽らざる正直な気持ちである。三十年近く生きてきたけど、まだまだこの世界も捨てたもんじゃないと思う。人間に飽きない。人間が面白い。ちょっと変な表現かな?自分は常に「変化」しようと意識していて実際に変化しつづけている。そして自分の周りの人間達も常に変化しつづけている。新しい人と出会い、古い人とは疎遠になる。面白いと思っていた人が意外と面白くなかったり、面白くないと思っていた人が意外と面白かったり。人を見極める力がまだまだ未熟だ。私は人を観察しつづけ、その心を分析しつづけたい。なぜなら私は人が大好きだし、人の心を理解したい。より面白い人間に出会いたいし、自分がより興味深い人間になりたい。人にいつも感動させられるから、人を感動させる人になりたい。まだまだ修行中。
2003年11月28日
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昨日の日記で日本人のクリスマスの過ごし方についてある意味、いや、かなり否定的な事を書いたので今日は、クリスマスの良い部分について書きます。昨年のクリスマスは教会に行きました。繰り返します。昨年の12月25日はキリスト教会に行きました。何故?日本語を教えていたオーストラリア人の生徒がクリスチャンで、彼女が行っていた教会でクリスマスイベントがあったので、彼女のダンスを見に行きました。そのイベントでは全員参加によるクリスマスソングの合唱や、イエスキリストの生涯を吉本新喜劇風にアレンジした劇や、ダンスがありました。私の生徒はそのダンスに出ていて、彼女が是非きて欲しいというので見に行きました。まさか12月25日に教会に行くとは思いませんでした。クリスマスソングはほとんど好きです。特に古いジャズっぽいクリスマスソング。エラフィツジェラルドやナットキングコールなどジャズの歴史に残る偉大なシンガー達もクリスマスソングを歌っている。私がクリスマスソングの中で一番好きなのがナットキングコールの「The Christmas song」この曲を聴くととても優しくて、幸せな気分に包まれる。
2003年11月27日
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「あと一ヶ月」という文字をみてすぐに何かわかりましたか?そうです。クリスマスです。クリスマスに関しては様々な思いがある。2003年の日本においてはもう国家的なイベントです。クリスマスという商業イベントから逃れて生活する事は不可能でしょう。この時期だけはインドにでも行きたい気分だ。商業イベントとしてのクリスマスを否定していて、しかもクリスチャンではない私にとってはクリスマスは無意味です。いつから日本では若い大人の男女が24日の夜に高級ホテルを予約し、高い料理を食べてセックスをする日になったのでしょうか?それはある意味平和的な事ですが、クリスマスの意味も深く考えず、雰囲気に流され、もしくは恋人がいないとさびしいとかそういう理由でイベントにのる人達の気が知れない。聖人とされているイエスキリストはそんな2003年の日本の愚かな若者達をも慈悲深く見守っている事と思いますが、凡人の私は慈悲深くなれない。
2003年11月26日
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タイトルの言葉はサッカー日本代表の前監督フィリップトルシエ氏が言った。(と思う。何故なら私の記憶は定かではなく、それを読んだ雑誌も信用出来るかどうかはわからない。しかしトルシエ氏の言動を考えると十分ありえる話。)補足すると「あいつら」とは日本代表の選手達のことで、この言葉が発せられた時のトルシエ氏は感情的になっていたと思う。ナンパも出来ない、つまり女性に声をかける事もできない、つまり、コミュニケーション能力が無いという事だ。彼は日本代表の選手達はおとなし過ぎて、コミュニケーション不足だと言いたかったのだろう。それをわかりやすい言葉で、「あいつらはナンパも出来ない。」といったのかもしれない。さて、「ナンパ」って日本ではいいイメージがないですよね。文字通り、「硬派」に対する「軟派」で。でも女性に声もかけれない男ってどうなんでしょう。シャイと言えば日本では美化されがちだけど、気が小さいだけなんじゃないだろうか。気に入った女性に声くらいかけれないとだめですよね。皆さんどう思います?(もう完全に読まれる事が前提になってます。)
2003年11月25日
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昨日まで私は松井秀喜選手を尊敬していたが、考えを改めた。今は、「崇拝している」。同時代に彼が生きていて、野球をやっているという事実にただ「ありがたい」と思う。彼の人間性がすばらしいという話は避けようとしても耳に入って来る事実であるが、私は無知であった。「すばらしい」などという言葉では彼の人間性を賞賛し足りない。昨日国営放送の番組で今年の松井選手のシーズンを振り返っていた。単に振り返るだけではなく、伊集院静香という有名な作家が彼との関係であったエピソードなどを紹介していた。彼が今まで生きてきた「道」は我々凡人とは遠くかけ離れていて、いつか彼がこの世を去った時、「神様」と祭られる道だ。つまり我々は生きる「神様」を目撃していると言っても過言ではない。このサイトを見ている方々にぜひ番組の再放送があれば見ていただきたい。信じられないような隠れた事実が次々と紹介される。私は今まで生きてきて彼ほど魂のレベルの高い人間を見聞きした事が無い。
2003年11月24日
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土曜の夜は「フランスNIGHT」だった。フランス人のアパートで彼女の引越しパーティーだった。フランスへの里帰りから戻って来たばかりのミシェルは五種類程のフランスのチーズ、セシソン(サラミのような食物)、フランスのワインを用意して参加者をもてなしてくれた。半年以上前にも同じ事をした彼女、よく引越しをする。偶然皆同じ時刻に彼女のアパートに着いた時、アパートの前の公園に、生まれてあまり経ってないと思われる首輪のついたネコが震えて鳴いていた。ミシェルはほっておけなかった。私は「なんとかなるからほっておけばいいのに」と思っていたが、彼女はアパートに連れていった。パーティーの主役は突然そのネコになった。やたらと人なつっこく誰のひざにでも乗っていた。最初は四人の日本人とミシェルの五人だったが、途中でミシェルの友達のフランス人二人が来た。それからはその部屋の中はフランス語が占領していた。彼らが着いた少し前、ミシェルがトイレに入り、ドアを閉めようとした時、後ろからついていっていたそのネコはドアに飛ばされそうになり、驚いて逃げ出した。逃げ出した瞬間は私を含め二人が目撃したが、どこに消えたかは気にしなかった。しばらくし、ミシェルがトイレから戻った、「あれ?ネコは?」となり、探したが見当たらない。六畳が二つの狭い部屋で見つからないはずがないのだが、まさに「消えた」。大人五人があ然としながら探している最中にフランス人二人が到着、挨拶をする前に彼らはネコの捜索に参加。約十分ほど探した後、台所の流しの下から声が聞こえ発見。みんなホッとしてパーティーに戻った。よくタバコを吸う3人のフランス人。迷子の子猫ちゃん。フランスのワイン、フランスパン、セシソン、フランスの山羊のチーズ、ハーゲンダッツのアイスクリームと耳慣れないフランス語に囲まれ、そのおかしなおかしな夜は過ぎていった。フランス語は一言も分からないから私にとっては音楽のように聞こえ、いくら聞いても飽きなかった。
2003年11月23日
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日本人はブランドが大好き。特に女性はブランドのバッグを持ちたがる。よく聞くのが日本の田舎から団体の人々がヨーロッパやアメリカに行き、高級ブランド店に入り、醜態をさらしながら買いあさるという話。想像しただけで、ゾっとする光景だ。お金を出して買っているのだから文句を言われる筋合いはないと、彼らは言うと思うが、ブランドの服やバッグはそれを持つべき人が持たないとミスマッチになる。LやCやGの文字で始まるブランドのバッグを若い女性が欲しがる。私はそれらのブランドバッグをいいと思った事がない。むしろ、なんてカッコ悪いデザイン!と思う。ブランドバッグの特徴としてはそのブランドのロゴが分かりやすい場所に大きく、しつこく見えている。これはサッカーチームのユニフォームを思いおこさせる。サッカーチームはスポンサーからお金をもらいそのスポンサーのロゴをユニフォームにプリントしている。これは理にかなっている。ところがブランドグッズを持つ人達はそのブランドにお金を払ってそのブランドのロゴの入ったものを持ち、ブランドを宣伝しながら歩いている。たしかにブランドのバッグは品質がすばらしいと思う。何年も使える保証がある。でもあまりにもデザインがカッコ悪すぎる。そして値段が高すぎる。世の中には探せばもっとデザインがすばらしく、品質が良く、安いものがたくさんある。でもブランド好きな人たちには、高くて有名なブランドのロゴが商品にプリントされていないとダメなんだと思う。本当にブランドを着こなせる人とはその人の存在自体が「ブランド」であり、その服をきこなす術を持っていて、服に「着られて」いない人だと思う。多くのブランド服を着る人は自分の存在に自信がないから、ブランドという権力の力に頼っているようにみえる。その姿はかっこ悪い。
2003年11月22日
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またまたシカゴ在住の「シャークアイ」さん(大学院で心理学を専攻、楽天にHPあります)にインスパイアされて書きます。私はよくハグをする人だと思う。当たり前だがハグをするという事は、ハグをしてくれる人がいるという事である。外国人の友達が多いから自然とそういう習慣が普通になっている。男女問わず、自分が好きな人とはなるべくなら会う時、別れる時、ハグをしたい。ハグが出来る関係ってすばらしいと思う。嫌いな人とはしたくない。ある外国人の友人が言っていた。日本では触れる事によるコミュニケーションがないからさびしいと。大人も愛に飢えている。邪じゃない愛。シンプルな愛。いやらしくない愛。これを表現する手段として、ハグはとてもいい。日本では余程の特別なシチュエーションがないとハグするチャンスはないんでしょうね。その文化がないから。もっと気軽にしてもいいと思う。触れる事によるコミュニケーションはとても大切。
2003年11月21日
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繁華街を歩いていてよくみかけるのが白人男性と日本人女性のカップル。白人男性の95%?位は英会話学校のインストラクターだと思う。二人の外見を見てよく驚かされるのが、日本人女性は平均よりきれいといえるのに、白人男性のほうが、ugly!だ。WHY???と思う。白人だったら誰でもいいんですか??おそらく彼女たちは英語を上手くなりたいんでしょう。英語を始めたきっかけは、「外国映画を字幕無しで見たい」といった理由で、映画の中のトムクルーズだとかブラッドピットだとかに恋したんでしょう。それは悪いとはいいませんが、実際あなたの目の前にいる彼を見てください。トムクルーズじゃないですよ!と言いたい。金髪、青い目、高い身長、白い肌に弱いんでしょうね。異文化交流ですばらしい経験になると思いますが、もう少し彼らをしっかりとみる目を持ってほしい。日本に住む外国人女性は外国人男性が嫌い。あるイタリア人女性は、「日本に来る外国人の男達は日本デビューの奴らが多い」日本デビューって言葉は面白い。簡単に言えば、母国ではあまりもてなかったが、日本に来たとたん突然、ただ白人という理由でモテる人たちのことをいう。英会話スクールの休憩ルームでは男達が、「オレは何人の日本人女性とヤッた」とかそんな話題ばかりだという。そんな話をとなりで聞かされては外国人女性も外国人男性不信になると思う。もちろん偏見はいけないのはわかっている。外国人男性と外国人女性のカップルもたくさんいる。ナイスガイな外国人男性にも少しだが会った事がある。本当に心と心のつながりがある外国人男性と日本人女性のカップルもいるだろう。ただ、相手が白人男性だからとか英語でコミュニケーションをとれてうれしいからとかそういうimmatureなノリで外国人男性と付き合う日本人女性とは友達になりたくない。日本人の間にいわゆる外人コンプレックスみたいなのはまだまだあるんでしょう。それに外見というのは異性を見るうえでとても大きな魅力の一つですから。あとは日本人男性よりも、女性の扱いがうまいんでしょうね。その点は見習わなくてはいけないと思いますが。
2003年11月20日
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異性との出会いが多い。意図的に多く出会いの機会を作ろうとしている。出会いというのは多ければ多いほどいいと思う。自分にとってのベストな人に会える機会が広がるから。何もせずに待っていても出会いはやってこない。積極的に、動かなければ出会いはない。新しい人に会う。第一印象がとてもいい。その時の私はおそらくこの世界にはあなたしかいないと訴えるような目でその人をみつめているかもしれない。簡単に人を好きになってしまう。でも大体は二回目以降に気持ちは変わる。初めて会った時は、どういう訳か気分が高揚し瞬間的に舞い上がってしまう。でもぎりぎり言葉には出さない。しかし態度が訴えている。「あなたに興味ありますよ。」と。それが相手を誤解させる。好きな気持ちというのは言葉に出さずとも伝わる事があると思う。私の場合は非常にわかりやすい。明らかに態度が変わるから。でも気持ちが変わるのが早い。次に会うまでに冷静になりいろいろ考え、最初の持った感情は消えていく。相手側にとってはこの私のきまぐれぶりは性質が悪いと思う。
2003年11月19日
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社交能力と言い換えてもいい。グローバル化が進み、人や物や情報が世界を行き交う時代になった。そんな中、日本でも外国語、特に英語の必要性が問われるようになってもう何十年もなるだろう。多くの日本人が少なくとも中学校、高校で六年間英語を勉強する機会がありながらほとんどの人が英語を話せない。もちろん日本での生活で英語を話す必要の無い、または話す機会の無い人々が大多数であると思うが、海外に留学しても、または英会話学校にいってもいっこうに英語が上達しない日本人が多いと思う。理由の一つはコミュニケーション能力の欠如にあると思う。楽天でHPを持っているシカゴ在住のシャークアイさんが、11日の日記で「個人主義と集産主義」というタイトルで日米の家庭による教育の違いについて書いていた。ちなみに彼は現在心理学を勉強されている。その日記の中でアメリカの家庭では、「社会的スキル」と「言語による自己主張」が教育されると書いていた。多くの日本人に欠けているのがまさにその二つであると思う。その二つをひっくるめて「コミュニケーション能力」と呼ぶ事にすると、それが無ければ英語は上達しないと思う。英語を身につけようとする日本人は日本人というだけで初めからハンディを背負っているのだから、意識的にコミュニケーション能力を磨く努力をしなければいけない。今は英語を学ぶ人に限らず、あらゆる企業に勤める労働者にとって「コミュニケーション能力」は求められていると思う。
2003年11月18日
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もうすぐ1000HITが近づいてまいりました。これまで訪問してくれた皆様、ありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。
2003年11月17日
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日本の教育環境の中で欠けているものの一つは「生徒に自信を持つよう育てる」事ではないかと思う。過信はいけないが自信は必要だ。いつも人と比べられ、あなたはここをもっとがんばらなければいけないと、教育されているような気がする。それよりも一人一人のつき抜けている才能を認めてやり、それを伸ばせる環境を提供する事が生徒達に自信を与える事になるのではと思う。あらゆる分野でバランスよく才能を持った人間なんて少ないと思う。でも一人の人間の中には一つは優れた分野があると思う。日本人は謙虚だ。これは美徳として誇れるところであるが、消極的な謙虚さを持つよう教育されている気がする。それまで自分が達成してきた部分を見つめ、「まだ上にいける可能性がある」という考えをせずに、「まだまだ自分はここまでしか到達していない」という自分に足りないマイナス面を見がちだ。私は自信を持った人間が好きだ。その人に本当に実力があるかどうかはその人の問題だ。付き合っていく人間としては自信のある人間といる方が楽しいし、こちらも前向きな気にさせてくれる。自分の発する言葉、表情、態度がその人の人間そのものを表す。それらが他人に与える影響を考える時、私はpositiveな印象を与えたほうが相手にとって心地よいと思う。一緒にいて心地よいと感じられる人になるのが理想である。
2003年11月16日
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久しぶりに踊ってきた。恥ずかしながら本格的クラブデビューはつい一年ほど前。二十代後半になってクラブにはまってる日本人男性もあまりいないと思う。クラブに行って思うのはかっこよく踊れる人って少ないと思う。多分本気で踊りをやっている人たちはクラブにはあまり来ないからだろうと思うが。外人もあまりたいした事ない。特に男性は日本人女子をナンパしに来ているし、踊りのセンスが無い人たちが多い。女性の方がセンスがあるし大胆で、楽しそうに踊る。「男が踊るなんて恥ずかしい」なんて思っているのだろうか?私は踊る。踊りまくる。スクールに行った事は無いし、ビデオで研究した事もない。でも十代の頃にHIPHOPやR&BのMUSICVIDEOを見まくったから目で見て、自分のスタイルをいつのまにか作り上げてたのかもしれない。でもあの頃はクラブに行くお金もなかったし私の中に「クラブに踊りに行く」という文化そのものが無かった。だからあの頃の「青春」を今取り戻そうとしているのだろうか?
2003年11月15日
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昨日は少し難しい話をしたので、今日は難しくない話を。「OK牧場!」知っておられる方も多いかと思いますが、これはガッツ石松の最近のお気に入りの言葉である。OKの意味が違うのであるがそんなの関係無い。彼が「OK牧場」と言えばだれもが微笑む。今日、朝の情報番組で内田裕也氏がインタビューを受けていて、最後締めの言葉で、「ロッケンロール!」と言った。それまで話していた内容とは全く関係無く、ファンが待っている言葉を放ってくれる。そしてなんと言ってもトリをつとめるのはアントニオ猪木氏。あまりにも有名な、「1,2,3、ダー!!!!」この全く無意味な言葉を放つ行為には非常に大きな意味がある。考えてください。日常生活の中で、「ダー」なんて大声出していう機会がありますか?彼は我々にそんな機会を与えてくれるのです。とにかく何も考えず、「ダー」と叫ぶ。その事によって普段蓄積されてるストレスみたいなものが発散されればすばらしいじゃないですか。3人に共通されるのは一芸に秀でている事とそのカリスマ性。そして、常識を逸している点。カリスマ性のある人間の非常に短い言葉に我々は圧倒される。
2003年11月14日
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今日は哲学のお話。西暦121年、ローマにマルクス・アウレーリウスという人物が生まれた。彼は後に皇帝となった。その彼の散文が本となり現代にも残っている。彼の名義の本はただ一冊だけ。その本の中身は紛れもなく、「哲学」で彼の日々の思うことや、信念、思想、理想、真理(彼の信じる)などが散りばめられている。私は二十代前半にその本に出会い、その本を聖書のように何度も何度も読んでその思想を頭に叩き込み、実生活に活かそうとしていた。彼のその一冊は間違いなく私の人生を変えた本の一つで、今も私の価値観に大きな影響を及ぼしている。「宇宙即変化」「人生即主観」この二つの概念は本の中で表現を変え、形を変え繰り返し何度も登場する。私にとってこの二つの言葉は真理である。その短い言葉だけでは分からないので少し説明を要する。先ず「宇宙すなわち変化」。私達が生存しているこの宇宙は常に変化の途上にある。私達はあと何十年もすれば死を迎え土に返っていく。当然のことであるが、日々の生活の中でそんな事を思うひまは無く、普段はそのことを忘れてしまっている。しかしその事を思い起こす事によって、自分の人生に対する姿勢というものを変えさせられる。何もかも変化の途上にあるのにまるで自分は永遠に存在するかのような心構えで日々をすごしている。次に「人生すなわち主観」。自分の人生を幸福かそうでないか、誰が評価出来るのか。自分以外の誰もいない。つまり他人の自分に対する評価というのは全く意味をなさないのだ。自分で自分を幸せと思えば幸せなのだから、幸せと思って生きれば幸せになれる。なのに他人の目を気にして生きている人のなんと多いことか。言葉というのはとても大切であると思う。私はこの二つの言葉を真理であると信じることによって勇気づけられてきた。
2003年11月13日
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大袈裟ではなく、本当に私のインターネットライフは変わった。いったいこの一年私は何をやってたのだろうか?パソコンを買い、自宅でインターネットをはじめてから一年が過ぎ、友人のすすめでようやくこの場に自分の発言の場を得た。日記サイトを開設し2週間を過ぎたここ最近、このホームページが私の生活の中心的活動にまで拡大化してきた。誰かのサイトに足跡を残すとその足跡をみた人が逆に訪れてくれる。そして私のサイトの掲示板に何かを書き込み、それを読んだ全く別の人たちがその書き込んだ人のサイトに足を運ぶ。好きなサイトを見つける。その人の書く文章に惚れ込み、言葉を残す。そしてその方から感謝のメッセージをもらう。言葉を発する事の影響力、新しい人に出会う事のすばらしさ、自分の意見に共感してくれる人がいる事を知った時の喜び。何も考えず始めた時は全く予期しなかった事が次々と起こり、驚きと静かな喜びの連続。きっと何かを失っているのだろうけど、今は手にしたものの方が目に見える。
2003年11月12日
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そのドイツ人は本当に日本語の上手い人だった。頭が良くて、日本的なオヤジギャグも言えて日本の文化もよく理解しながらも、日本かぶれじゃなく、真の国際人だ。彼と意見を交換する機会があった時、タイトルの話題になった。どうして日本にはかわいいグッズがあふれかえっているのだろうか?これは私の個人的な意見でもあるし、多くの日本に住む外国人が不思議に思う事でもある。かわいければ何でもあり、認められる、許されるみたいなところがあるのではないだろうか?私は子供の頃はぬいぐるみなんかは子供のためのものだと信じていて、その考えのまま大人になり現在に至っている。ところが現実にはぬいぐるみ大好きな大人がたくさんいる。人に注目されるために、かまってもらうためにいつまでもかわいくあろうとする女性が多い。そしてかわいくあろうとするために大人としては不似合いな、幼稚な行動を取る。日本人の大人の精神年齢は明らかに、昔に比べ若くなっているだろう。これは子を持つ親がこどもを過保護に育てているのが原因だと思う。日本人が国際社会で馬鹿にされるのはこの点。大人の精神年齢が幼稚な事。かわいくなろうと幼稚な振る舞いをする女性には魅力を感じない。どちらかといえば、かっこいい、洗練された女性の方が魅力的だと思う。日本にはかわいい女性が好きな男性の方が多いのだろうか?
2003年11月11日
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血液型に興味を持ち始めたのは、高校生の時から。高校2年まで自分の血液型を知らなかったのだが、身内に「あんたは絶対AB型だ」と言われた。何を根拠に?と思ったが、本屋に行き血液型に関する本を読んでいると、そうかもしれないと思った。AB型の一般的な特徴の説明を読むとまさに自分の事が書かれていたからだ。もちろん他の血液型のページも読んだがそれらは自分には当てはまらなかった。そして献血で血液型を調べる機会があり調べたら、案の定ABだった。それ以来血液型に非常に興味を持ち始め、自分の周囲の人間の血液型を知り、本に書かれてある事と比べたりし、人の性格を分析し始めるようになった。偶然にもその頃付き合っていた友人がほぼ全員B型だったり、A型とは上手くいかなかったり、O型の友達がいなかったりしてますます興味深くなっていった。血液型性格分析はたしかにあてはまるケースが多いが、もちろん科学的な根拠は無く、万能ではない。だから頼り過ぎると人に対して偏見を持つきっかけになる。しかし、個人的な経験の中での統計としては、私はB型とは付き合いやすく、A型とは心のすれ違いが多く、O型に対してはいろんな意味で異文化を感じ、AB型に対しては同士的なものを感じる。今はあえて初めて会った人には血液型を聞かないようにしている。聞くことすら忘れている。血液型を知った事によってその人を偏見の目で見始めるのを防ぐために。
2003年11月10日
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先ず女性の皆様。勘違いなさらないでください。私がこれから好き放題書かせて頂きますが、この全ての条件を満たしていないとダメというのではありません。今から書く事の少しでも身につけていれば私にとって素敵だなと思うだけです。あれこれと女性に注文をつけられる程のデカイ男でもありませんので。笑顔の素敵な女性。爆笑出来る時に爆笑する人。「セックス」という言葉を恥ずかしげなく口に出来る人。存在自体がブランドで、ブランドの服を着ても「着られず」に着こなしている人。ほのかにいい匂いの香水をつけている人。黒以外にも、明るい色の服を着こなせる人。愚痴や悪口ではなく、正当な批判精神を持っている人。花がすきな人。子供が好きな人。常にpositive、前向きな考えを忘れない人。劣等感を持ってない人。人を愛する気持ち、やさしさを忘れない人。一般的価値観に流されず、自分の価値観で行動する人。欲深く無い人。お金が命じゃない人。international-mindedな人。今日のところはこんな感じです。パート2もあるかもしれません。
2003年11月09日
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やはり、結婚について書き始めると止まらない。私が結婚に求めるものはズバリ、「幸せな家庭」。これが無ければ結婚ではない。不幸な状態で結婚生活に入るカップルなんていないと思う。幸せで、もっと幸せになりたいから結婚するのだと思う。ほとんどのカップルは。では次に問題になってくるのがその幸せを維持しつづけることだと思う。そんな未来の事は誰にもわからないが、お互いが相手を選ぶ確かな目を持っていたら、それは可能になるだろうと思う。一生の相手を選ぶ。これはある意味で、というか変な言い方を使えばギャンブルかもしれない。誰も未来の事なんてわからないのだから。しかしギャンブルにも考え抜かれた、最大限に情報収集した堅いギャンブルと、そうでないギャンブルがあると思う。どうせギャンブルするなら、勝てるギャンブルをしたい。勝てるギャンブルって?
2003年11月08日
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結婚観を書くにあたってはもうこれは、哲学的なテーマなので続きがあるのかどうかはさておき、1をつけさせてもらいました。先日シングルで結婚歴無しの27歳の女性の友人に会い少し彼女の結婚観について聴きました。彼女の両親は今も幸せな結婚を続けており、彼女も結婚したいが、絶対に離婚は嫌、だから相手を選ぶにあたっては慎重になるという。もちろん結婚する前から離婚を考えるカップルなんていないと思うが、籍を入れる前にどれだけ考えるかというのはカップルによって、違うだろう。自分はまだ結婚歴が無いので、結婚を考える人間の心境がわからない。誰かと結婚生活を送るなんて、非現実的な世界だ。その話した彼女と同じなのは私も相手を選ぶにあたっては非常に、過剰なほど慎重になると思う。離婚は嫌だから一生を過ごせる相手に出会いたいと思っている。世の中には妥協をして結婚をする人がいると思う。様々な理由で。特に女性に多いのではないかと思う。どうして日本では人の結婚に対して家族や他人までもがどうのこうのいうのだろうか?特に女性の結婚に対する周囲のプレッシャーは精神的外傷だと思う。もうあなたも年なんだから、などと平気でいう人間がいるのが腹立たしい。この国には個人主義的な価値観を持った人が少な過ぎて、人々が一般的な価値観を人に押し付け過ぎだ。
2003年11月07日
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I love your voice.シャロン(仮名)が私にメールでそう言った。声というのは自分で聞いている声と他人に聞こえている声は違う。留守番電話にメッセ-ジを残しそれを確認する時に自分の声を聞き、愕然とする。自分の声はこんなんだったのかと。自分の声が魅力的に聞こえるなどとは思わない。むしろ好きじゃない響きだ。それを彼女は高く評価してくれるんだから、全く不思議だ。今年とても素敵な声に出会った。今年のグラミー賞を取った、ノラジョーンズ。声量が異常にある訳じゃない。テクニックがすごい訳でもない。彼女はただ普通に歌うだけで、聴く人たちを魅了出来る。特に異性である男性リスナーを虜に出来るであろう。異性の声というのは私にとって非常に大きな魅力の一つ。ある人と結婚すれば、その人の声を聴きつづける事になる。嫌いなタイプの声よりも好きなタイプの声を持っている方がいいに決まっている。私は特に音楽に、ヴォーカリストの声に、人の声に非常にうるさい。「死が二人を分かつまで添い遂げねばいけない」なら私にとっての素敵な声の持ち主の方がいい。
2003年11月06日
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その人は道に迷っている様子だった。私は昼の一時という時間にその道を歩く事はない。ある用事で公衆電話を探していて偶然そこにいた。いつもするように、その迷っている様子の人に声をかけた。「Can I help you?」彼女はこう答える。「んー、大丈夫だけど、この辺りで面白い場所ない?」それから私たちの会話は止まらなかった。彼女がイスラエルから観光で来た事、3ヶ月日本に滞在する事、などこの滞在について基本的な情報を得た。とても特別に感じたのは、彼女が前日に日本に着いたばかりである事を知ったのと同時に彼女の心の部分にわずかの時間にたどりついた事だ。「きのう日本に着いて、不安で恐くてユースホステルで泣いていた。」初めて会った人に、会って五分後にそんな話をした。私はこの人をなんらかの形で助けられたらと思い、私の知る限りの事を彼女に伝えた。私が彼女に優しく接した事で彼女はとても感激し、喜んでくれた。人との出会いは素敵だ。
2003年11月05日
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2003年12月、日本に神様が来る。阪神タイガースの「代打の神様」八木選手ではない。マイケルジョーダンでもない。ジーコでもない。私の音楽の神様、スティービーワンダーが来る!!!彼の音楽に惚れて、聴きはじめてからもう十年近くもなる。前回の来日は95年。まさかその後8年以上も来ないとは知らないから簡単にパスしてしまった。その後彼のライブに対する思いはつのっていくばかり。彼が死ぬまでにもう一度日本に来てくれるのか?そんなことすら考えていた。そして友人からの「スティービーが来る」という知らせ。絶対に行かなければいけない、と思った。なんせタイガースの優勝ほどでもないが次がいつになるのか分からない。値段は一万円!!!正直高過ぎ!でも値段は関係ない。神様を見に行くから。おそらく私が今まで見たどのコンサートよりもすばらしいものになるだろう。早くこい!
2003年11月04日
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今日御堂筋で貴方の姿をこの目で見させて頂きました。去年からの貴方のご活躍はいつも見させて頂いていたので、感動しました。まさか最後にお目にかかれるとは。タイガースの監督になられるまでは敵チームの監督という事で、あまり高い関心は持っていませんでしたが、去年からはほとんど毎日、スポーツ新聞などの報道で貴方の発言を読ませて頂き、貴方の言葉を楽しみにしていました。今回体調面の不調で勇退なされましたが本当に私たちを楽しませて頂きありがとうございました。貴方の幼少時代からのエピソードや、これまで会った方々の貴方に対する言葉を読ませて頂くと貴方がどれほどすばらしい人かが分かり、どんどん貴方に惚れ込んでいきました。出来る限り体調を良くされて、また野球界の現場に復帰し、多くのファンを喜ばせてくださることを楽しみにしています。2年間本当にご苦労様でした。これからのご活躍をお祈りしております。
2003年11月03日
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シャロンが3ヶ月前に母国に帰ってから初めて電話で話した。彼女がどうしても電話で話したいとメールで書いたので私から電話をかけた。お互い3ヶ月振りに声を聞いて、少し恥ずかしく、何を話していいのか分からない。でも彼女はとても喜んでいたので、私も嬉しかった。十二時間以上の時差を感じさせず、海の向こうにいる相手と話している感覚はなかった。今のところ彼女が日本へ来る予定もないし、私が会いに行く予定もない。私たちの関係がどう展開して行くのか、私たちにも分からない。人の気持ちは常に変わりつづける。自分の気持ちすら明日どうなっているのかも分からないのに、他人の気持ちなんてまるで期待出来ない。しかし、ぼんやりとなんとなく我々の関係は続いていきそうな、気がする。特別な気持ちを感じる人にそう簡単には会えないから。
2003年11月02日
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今日あなたは心の底から笑いましたか?喜びに満ちた、人を愛する心に満ちた笑顔を愛する人たちに見せましたか?一月に出会ったその人は私に向けて、「100%の笑顔」を見せた。五度ほどしか会う機会が無く、今は海の向こうに帰ってしまったが、私が見た彼女の笑顔はいつも完璧だった。普通の顔をしていても十分美しいのに、笑うともっときれいになった。私は彼女にノックアウトされた。どんな人の笑顔も美しいかというとそうでもない。人によっても笑顔は違うし、一人の人もその時の感情によって全く違った笑顔を見せる。例えば嫌いな人が不幸な目に会った時、私たちは笑ってしまうかもしれない。その時の笑顔を想像してほしい。決して美しいとは言えない。逆に、恋人たちがお互いをみつめあって微笑んでいる姿は、とてもかわいらしい。孫である赤ん坊に微笑むおばあちゃんの笑顔。テストでいい点を取って誉められた時の子供の笑顔。もっと多くの人々がいい笑顔を人に見せ合ったら、この世界はもっとすばらしくなるに違いない。あなたはどんな笑顔を人に見せているか知っていますか。その笑顔が幸せに満ちていれば、あなたの愛する人を幸せにする事が出来ます。私は笑顔を出し惜しみせず、人を幸せな気分に出来る人になりたい。
2003年11月01日
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