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May 2, 2009
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歴史人口学者の速水氏
ここ
日本を襲ったスペイン・インフルエンザ―人類とウイルスの第一次世界戦争

感染拡大の様子:日本においても患者数が2,300万人,死者38万人
ここ

1年目は患者2217万人に対し、死者257000人
2年目は患者241万人に対し、死者128000人
3年目は患者22万人に対し、死者3698人

2004/2005年におけるインフルエンザの流行において,流行の初期と晩期とでは原因ウイルスが微妙に異なっていた.このように,流行時期によりウイルスが変異することが往々にして観測される.スペインかぜ流行の際にも原因ウイルスが変異し,その結果として死亡率が大幅に増加したものと考えることができる.

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー引用終了
ウイルスの形質転換は20継代ほどで生じるから、3ヶ月くらいで変異を起こすかもしれない。メキシコでの発生が1ヶ月前くらいとすると、



世界で死者4000万人というと、死亡率2%と考えて、罹患者は20億人になるが
当時の人口は18億人と考えられているので、
ほぼ全員が罹患したということになるのだがさすがに多すぎるようにも思う。

罹患率は40-70%と考えれば、世界での死者はもう少し少ないかも。
当時の日本は人口5600万人なので、おおむね40%くらいが罹患したようだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


推定死亡:
国民の総死亡数からみた2004/05シーズンのインフルエンザによる超過死亡は、
2005年2~4月に15,100人と推計されている。
1999年の超過死亡は約4 万9 千人と推定。
95年の超過死亡は約3 万8 千人とされている。


いずれにせよ関東大震災が5つまとめてきたくらいの状況であったようだし、

第1次世界大戦が終わったあとも、その戦死者1600万人をさらに上回る悲劇が
引き続いて世界を襲っていたことは間違いないようだ。



「スペイン・インフルエンザ」は日本に三回やってきた。


 第二波は、大正7(1918)年10月から翌年5月ころまでで、26.6万人の死亡者を出した。これを「前流行」と呼んでいる。大正7年11月は最も猛威を振るい、学校の休校、交通・通信に障害が出た。死者は、翌年1月に集中し、火葬場が大混雑になるほどであった。



ほんとに怖いのは、今年の秋からかもしれない、、、






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Last updated  May 3, 2009 02:46:43 AM
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