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「七つの大罪」って、単独攻撃よりもコンボのほうが凶悪だよなぁと。 傲慢,強欲,嫉妬,憤怒,色欲,暴食,怠惰とあるけれど、このなかで怠惰というのはちょっと見劣りする。 傲慢であれば、他人を蔑ろにするだろう 強欲であれば、他人への慈悲をなくすだろう 嫉妬に駆られれば、他人を傷つけ、引きずり降ろそうとするだろう。 憤怒に駆られれば、理性を失くし暴虐の徒となるだろう。 色欲に囚われれば、乱れ爛れた淫蕩へとその身を堕とすだろう 暴食を省みなければ、他の生命への慈しみと謝意を失うだろう 怠惰って…怠惰って、それは個人の自由じゃね? そりゃ怠けてるっていうのは見苦しいけど、その人が怠惰な生活をするのは、個人の裁量じゃないか? 傲慢とか強欲とかは、周囲に影響を及ぼすし、迷惑。 色欲は…まぁ個人消費してくれれば良いけど、他人を襲ったりとか、共に爛れた性生活に身をやつしたりとか、まぁ相手がいてこそなところもある。 憤怒,嫉妬は他人への感情だから、はた迷惑で、ちょっと封じ込めておきたいのはわかる。 でも、「怠けたいひとが怠ける」っていうのを規制して、悪,大罪ってどうなのよ? って思ってんだけど、怠惰は単独攻撃よりも、コンボで凶悪になるなぁ。 七つの大罪って、元は8つあったんだけど「高慢」って罪が「全ての罪の祖」だから、それは別格にして7つになったらしい。 そこもよくわかんないけど、当時のキリスト教的な背景の「高慢」っていうのは、おそらく現代日本人が「高慢」という言葉にもっているイメージと違うのだろう。 それはそれとして、「高慢が全ての罪の根」というのならば、怠惰は「全ての罪の攻撃力Up効果」として、かなり優秀なバフじゃないか。 傲慢よりも「傲慢で怠惰」 強欲よりも「傲慢で怠惰」 嫉妬よりも「嫉妬しながらも怠惰」 憤怒よりも「憤怒しながら怠惰」 色欲よりも「色欲に溺れながら怠惰」 暴食よりも「暴食にふけりながら怠惰」 そして、このなかで「嫉妬と怠惰」の組み合わせは、現代社会においてかなりのカオスUpな効果を持つ。 「他人に嫉妬しながらも、自らは怠惰」というのは、まさにいまの世界が「嫉妬と怠惰に支配されている」という状況なのではないか。 これが、怠惰のみならば「嫉妬すらも面倒」「憤怒すらも面倒」「色欲も強欲も傲慢も、それらの感情を原動力として行動することすら面倒」ということになる。 怠惰という悪魔が場を形成して、その場で嫉妬の悪魔が活動することが、効果的に世界をカオスへと導く。 政治家が、官僚が、経営者が、労働者が、為すべきことをせずに怠惰と嫉妬に囚われている。 それが、いまの世界だ。
2024.01.31
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善良であろうという強い意思はなく ただ 悪しき意思から遠ざかろうとする いまはもう 善い意思も 悪い意思もない 朝に目覚めることもなければ 夜に眠ることもない 昔 私は思つてゐたものだつた 強い善い意思が世界に満ちて 善良なるひとによる世の中の仕組みが成り立っていくのだと 愚劣なるひとは 己の行いを恥じ 善良なる世界が広がるのだと けれどわたしは堕落した そして世界は堕落した 善良なる意思を持ち続けることに疲れ ただ悪しき意思を遠ざけるだけの怠惰なままでいる
2024.01.30
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瑞々しい感情と豊かな心よ、帰ってこい!あの生意気で 世間知らずで 無思慮な活気は どこに消えたのか感謝の心情は どこに消えたのか感ずる心根は なぜ喪われたのかわが裡より去りしはなにゆえか目覚めることなく開いた眼は もはや夢を見ることはないその眼から涙が流るることもないのだ
2024.01.29
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いまは、いっときの流行ものから定番となった感のある異世界転生。 不遇な人生を終えた主人公が、異世界でやり直す。 「やり直したい」という願いを背景にした物語は、以前から多々ある。 過去の記憶を持ったまま、新しく生まれ変わるもの。 現在の記憶をもったまま、過去に戻るもの。 亜種としてはループものと呼ばれるものもある。 いまは昔な昭和の時代に、ビッグコミックなどでは、悲哀なサラリーマンのやり直し物語は定番だった。 「もしも、あのときに違った行動をしていたら…」というのは、やり直したい願望というよりも、自責と後悔の念なのかもしれない。 「あのときに、声をかけていたらー」 「あのときに、あの手を握っていたらー」 「あのときに、あの言葉を聞き流さずに応えていたらー」 それは、いまどきの異世界転生のような明るく楽しいものではなく、苦く痛みのある悔恨の物語だ。 そして、それらの物語は「過去に戻ってやり直して幸福になりました」な結末にしない。 「なぜ、あのときに目をそらしてしまったんだろう」という悔いで締めくくられる。 若いときには、他人事だったあれらの物語を読みたいと思ってしまう。
2024.01.28
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TVや新聞の記事をみていると、なんだかみんな頑張ってて、自分だけ前に進んでいなくて頑張っていないようでツライ。 自責というか、「やらなきゃいけない」と思わされるけど、何もできずにツライ。 頑張っても、何も為せない気がして、何もする気が起きない。
2024.01.27
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石川県の酒蔵「福光屋」の黒帯。 黒帯と言われてもわからなくても、加賀鳶の酒造と言われたらわかるんじゃないか? 燗のお酒が欲しくて近所のイオンに行ったら、リカーコーナーのおばちゃんが「なにかお探しですか?」みたいに話しかけてきてさ。 これまでそんなことはほとんどなくて、「え?もしかして万引きしそうに見えてる?」とか邪推しつつも「あぁ、燗用に…」って言ったら勧めてきたのが「黒帯」。これまで吞んだことが無かったけど、金沢の酒造だったので買ってみました。 「燗がお勧めですけど、常温でもいけますよ」みたいなことをレジで言われながら購入。 ついでに昼食用の恵方巻を買って帰りました。 さて、海鮮恵方巻とマグロ恵方巻を買ったら、やっぱりちょっと吞むでしょ…。 でも、昼間から燗をつけるのもなんだかなぁと思って、「常温でもいけるらしいし…」とマグロ恵方巻と黒帯を合わせた。 感想は「あー、外したなぁ…」な残念な味でした。 なんか、酸味と匂いが美味しくない。 これはないなと思いながら、冷蔵庫へ。 そして、黒帯のサイトをみたら「燗がお勧め」「燗あがりします」なことがあったので、晩御飯に燗にしたら…化けたね、燗あがりしましたよ。 酸味が消えて、香りがよくなった。 冷やとか冷酒がお勧めの日本酒を燗にすると酸味がでることがある。 燗がお勧めの日本酒を冷やして飲むとなんだか味気なくて、燗にすると「程よい酸味が出てくる」ってことがある。 でも、黒帯は常温だと口に残る変な酸味が、燗にすると消える。 これは美味しい。 ブリのアラが売ってたので、ブリのアラでブリ大根に合わせたけれど、美味しかった。 イオンのおばちゃんは、「常温でもいける」みたいに言ってたけど、これは「ぜひ、燗にしてください」って言って欲しかった。 けれど、常温と燗の差も捨てがたい。 他人に勧めるときは、「燗でこそ美味しいけれど、ちょっとだけ常温で飲んで『燗あがり』を愉しんで」と勧めたい。 いやぁ、身体のためにもお酒は控えたいけれど、被災地応援のためだからなぁ。 うん、仕方がない。 ホント、身体のためにもお酒は良くないし、買わないほうが良いんだけど、被災地に少しでも支援になったら良いなぁと。 あ、イオンにはなかったけど、お酒屋さんに手取川もあったので購入しました。 手取川も美味しいのでお勧めです。こっちは冷酒が美味しいです。 被災といえば、石川県ばかりが注目されるけど、富山も大変なんだよなぁ。 あ、銀盤が売ってる…被災地に少しでも力になったほうが良いよね。 そうそう、新潟県も上越のほうが被災したんだっけなぁ。 えーっと、新潟は…どれにしようかなぁ…。
2024.01.26
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コロナワクチン接種のときに、ニプロの株が上がると思ったけど、上がらずにここまで来たので諦めた…。 あれだけシリンジ類に注目が集まったけど、それほど上がらなかったんだよねぇ。 もうさ、普通に考えたら上がると思うじゃん? だって、日本のほぼ全国民を対象にワクチン接種するのに、シリンジを使うでしょ。 Hibワクチンみたいなシリンジ一体型ならともかく、普通にバイアルから吸ってワクチン接種だったじゃん。 使い捨てでどんどん消費するし、税金で購入するし、ニプロ爆益だって予想するよね。 でも、大して上がらなかったんだよ。 まぁ、知名度の問題という話で、あのときに誰かが「シリンジメーカーが儲かる!」って言ったら話題になって上がったかもしれない。 なかなか、個別株は難しい。
2024.01.25
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そりゃあね、「結婚相手に何を望みますか?」って言われたら、望みを言うでしょ。 「相手に望む条件は?」って言われたら、まぁとりあえず好きに言うこともあるでしょ。 しかも「相手に望む身長は?」「相手に望む収入は?」「相手に望む学歴は?」って、絞った質問されたら、世間一般で言う好条件ってやつを言うのも仕方が無いじゃん? しかも、ここで「まぁ、現実的にこれくらいにしとこうか?」みたいな考えをすることを否定するのが一定数いるでしょ。 「へー、そんな条件で良いんだ」みたいな、脳内嘲り悪役令嬢がいるでしょ。 なんか、現実的な条件というかまともなこと言うと「日和ってる」「妥協」みたいな扱いをするのがいるじゃん。 そして、売れ残ると「身の程知らずの行き遅れ」みたいな憐みと嘲笑の対象になっちゃうわけでしょ。 そりゃ、フェミになって、世の中の男に不平不満をぶちまけるってもんさ。 やっぱりね、婚姻相手に求めるものって、癒しと肯定だと思うんだ。 もう、日々の生活で疲れてるのに、さらに否定的な態度とか要らない。 「いや、でも、だって」は、拒否するしかない。 刺激的な毎日なんか欲しくない。
2024.01.24
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blogは、思いついたら、前後を考えず後先を見ないで書かないと書けない。 そこに、正しさとか正確さを考えると、何も書けなくなる。 書くことの意味とか考えずに、思いつくがままに書かないと書けない。 書いて何になるとか、そんなことを考えちゃダメなんだ。 あぁ きみには言ってない そう無視してくれて良い 相槌さえ望まない そもそもたいしたこと言ってない 手を貸したら握るかい どっちでもいいけどさ あぁ 外野はほっとけ そもそもたいしたこと言ってない
2024.01.22
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さだまさしが関白宣言で、「男尊女卑」って叩かれたことを「叩きやすいさだだから叩かれた」と述懐していた。 京都の女将には、「あれがさだはんの限界」と物足りなさを指摘され、二百三高地では右翼と叩かれ、関白宣言では男尊女卑と言われ、前夜で右翼からは左翼と叩かれる。 無神論者のようで、愛国者のようで、左翼のようで、右翼のようで、悲観的なようで、楽観的なようで、敬虔な信仰を持っているようで、すごく人間的で日本人的な人柄じゃないかと。 まぁ、そんな叩かれやすさと違うのが、井上陽水じゃないかなぁと。 「感謝知らずの女」なんて、いまのフェミに聞かせたいのだけれど、聞かせたところでヒスも起こさず黙ってそうである。 薬物っぽぃ歌で話題を起こそうとしても、大して流行歌にはならなかったタイマーズ。 薬物っぽぃ歌詞で、それなりに流行歌になったのに、特に叩かれもせず問題にもならなかった井上陽水。 なんの違いがあるのか、さっぱりわからんちん。
2024.01.21
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一時期にSNSで盛り上がっていた反出生主義論。 あれはあれで、まぁ気持ちはわかる。 生に対して逆行的なanti-procreationismがあれば、生に対して消極的なun-procreationismという思考もあるのではないか。 生を苦痛とは捉えないが、生に対して積極的ではない。 生きることに逆行的ではないが、生殖に対して消極的である。 少子化を推奨するわけではなく、自死に積極的なわけでもなく、自分の生を全うしようとする意志はあるが、積極的に生産的な行動をするわけではない。 そんなun-procreationismが多いのではないか。 自分の社会的意義を考えたときに、「納税機」「労働力」でしかないという考えに至る。 自分の社会的価値を考えたときに、「社会を維持するための全としての個」であると考える。 いわゆる昭和時代でいう「社会の歯車」でしかないと。 そもそも、人間というのは社会の歯車でしかない。 それを昭和の末期から平成にかけて、ゆとりなお花畑論が横行し、「人間は社会の歯車ではない」「生きているだけで素晴らしい存在」などという妄言を社会に浸透させ、挙句の果てに「自分探し」などという矛盾を生んだ。 そこから原点に還り、「ひとは社会の歯車でしかない」というところに帰結した。だがしかし、その帰結に誤った虚しさを伴ったために、「労働し納税する機械」と卑下してしまった。卑下する必要はなく、それが適正な価値であるにも関わらずだ。 自分という存在が、存在するだけで価値があり、その生を楽しむことが正しいのであれば、妊娠,出産,子育てというリスクを背負わされる必要はなく、ただ自分の価値を高めることに終始して良いことになる。 自分という存在が、社会の歯車でしかなく、労働し納税する機械であるならば、妊娠,出産,子育ては歯車の再生産でしかなく、自らの財産を投資してまで寄与する必要はない。 非出生主義を否定し、少子化対策を行うならば、「妊娠,出産,子育てはリスクを伴わない」「「妊娠,出産,子育ては親という自分の社会的価値を高める」という思想or環境を創りあげることだろう。しかし、それが可能だとは思えない。
2024.01.20
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SNSで見かけたお話し。 アサヒ新聞が「患者が死にそうなのに担当医はゴルフしていた!」って鬼の首を取ったように狂喜乱舞していた昭和・平成の時代からは隔世の感。 SNSでは、「そういうものでしょう」という反応が多かった。 医療従事者ー主として医者が勝ち取ってきた「働く者の権利」であり、医療従事者は患者の奴隷じゃないと言い続けてきた結果としての出来事。 投げかけた主は海外で医療に携わっていたこともあり、「海外では普通のこと」としながらも、「それでいいのか」という提起もしている。 めちゃ感情論としては、「毎日、高齢者がくたばってる老人内科ならともかく、小児科でそれはないんじゃないか」と思ってしまう。まぁ、主も後から「小児科医が嘆いていた」とか後付けしてるし、投げかけ方も良くなかったけどさ。 ホスピスや終末期訪問診療なんかではどうなんだろうか? ひとが死ぬってときは、「もう最後のひととき」ってところから1時間以内なこともあれば、そこから1日以上も頑張るときもある。ずっと張り付いてるわけにはいかないし、「いつ亡くなってもおかしくないからよろしく」と当直医に申し送ることは普通にあること。 「ずっとみてた患児だったから、最後は看取りたい」と思っても、ある朝にベッドが空になってることもある。 夏休みをとって旅行に行ってるあいだに亡くなって、休み明けに知ることもある。 重篤化したときに残ろうとして、「いや、ここからどれだけ時間があるのかは誰にもわからないから帰りなさい」って研修医が帰らされることもある。 たとえ小児科であっても、たとえ初期研修医であっても、「当直医には申し送りしてあるので帰ります」が間違っているわけじゃない。 そして、そういう環境にするために、声をあげてきた。 でも、「終末期から学べるものなんか大してないですよ」なリプをみると、それで良いのかとも思ってしまう。 そりゃ、技術的に学べるものはないけれど、「生命の終わりを見届ける」というのは、医者の仕事が生命を扱うものだという覚悟を持たせると思うのだけどなぁ。 でもだからと言って、「受け持ち患者が重篤なのに帰るなんて信じられない!」とかヒステリックにTV,新聞,雑誌が叩くのは間違っているし、難しい。
2024.01.19
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寒ブリを捌いたあとのアラが売っていたので、ブリのあら煮にして、天狗舞の燗に合わせました。 近所のスーパーでは北海道フェアをやっているけれど、北陸フェアは物流的に無理なのでしょう。 もしくは、TVで被災ニュースを観ながらでは美味しく楽しめないとか。 もうちょっと落ち着いたら、北陸フェアとかやって欲しいですけどね。 でも、酒蔵さんが生産量を減らす対応とのことなので、なかなか以前通りの流通にはなりそうにもないか。
2024.01.18
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被災地では経済活動もままならないけれど、まぁ少しでもと寒ブリと羽根屋の日本酒で晩御飯を頂きました。 TVでも新聞でも、被災地の状況が伝えられる。 とてもじゃないけれど、楽しめない。 寒ブリは美味しくて、日本酒も美味しい。 経済を回した方が良い。 それでも、やっぱりなかなかに楽しめない。 せめて、2月になったら一泊でも石川県に遊びに行けたら良いなぁ。 生麩は美味しいし、足湯は気持ち良いし、きんつばも美味しい。 薄氷も月世界も美味しい。 白エビ,甘えび,のどぐろも美味しい。 インバウンド価格になって、なかなか楽しみにくくなっているらしいけれど、それはそれとして楽しめたら良い。 なんていうか、区切りっていうか踏ん切りっていうか、目安みたいなのが必要でね。 まぁ、それが2月かなぁと。 あゝ 早く 2月になれば WoWoo WoWo WoWoo WoWoooo I Love Youゥゥー ゥーゥー(Only You) I Love You I Love You-u-u- I Love You
2024.01.17
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行ける人が行くのは良いよね。 そして、「行くのは気が引ける」ってひとは無理に行く必要もない。 そこは、それぞれで良い。 「苦しんでいるひとがいる地域に行くのはちょっと…」ってひとに、「行くのが正しい理屈」を説く必要はない。 「観光に行ってオカネを落としてきた」ってひとに、「えー、信じらない」って言う必要もない。 氷見市でも金沢市でも、「今なら空いてるし、オカネを使ってこよう」っていうのは良いと思う。 その理屈は理解できるんだけど、まぁ、個人的にはちょっと無理。実際に正月に北陸に居た身としては、しばらく北陸新幹線には乗りたくない。 その分、募金とかはしても、なんかあっちに行くのは怖いかなぁ。 沖縄に行ってるときに台風で帰ってこれないとかじゃなく、「え?帰れるの?」「いつ帰れるの?」っていうのが独特なんだよね。あとは、ガスが止まったりとか、道路がどうなってるかわからなかったりとか、あの感覚が払拭できる気がしない…と言いつつ、春休みにはまた行くんだけどさ。 北陸以外に住んでいるひとが、正月に里帰りして被災したっていう話がある一方で、正月に北陸から他地域に行っていて被災を免れたひとっていうのも普通にいる。知り合いがそうだったんだけど、なんというか後ろめたさじゃないけど、複雑な心境らしい。 SNSでは、「正しいこと」の押し付け合いが起きているけれど、行政や政治家はともかくとして一般人が正しくあろうというのはなかなかに難しいんじゃないかねぇ。
2024.01.16
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知らねぇヤツラが作り出した 押し付けの毎日 いい加減 打破 打破 打破 世界中のヤバイNEWSも スマホのネットで知る 6インチ分程度のNEWSさ 退屈しのぎにゃ 他人の不幸を覗く 俺には 痛くも痒くもねーもんなぁ 知りたくないこと 目に入るし 知りたいことは何処にもない 染み込んでるぜ 家畜三昧 退屈しのぎにゃ 他人の不幸を覗く 俺には 痛くも痒くもねーもんなぁ 俺の出来ることと言やぁ ネットのうえで不満ぶちあげ 炎上させて騒ぐことくらいさ 知らねぇヤツラが作り出した 押し付けの毎日 いい加減 打破 打破 打破 いい加減 打破 打破 打破 いい加減 打破 打破 打破
2024.01.15
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まぁ、個人的な感想が多大に含まれるんですが…振り回されすぎて疲弊しているなぁと。 それは、社会の変化もあれば、災害も含めてのことです。 あまり豊かでなかった戦後~経済成長期って「モノを丁寧に大事にしろ」「勿体ない」な社会風潮と教育だったでしょ。 あぁ、経済成長期の前期と後期で、ちょっと印象が違うかもしれないし、親の教育という意味では「戦中生まれの親」「戦後生まれの親」でもちょっと違うかもしれない。経済成長期の日本がグングンと成長しているときに働き盛りだった親だと、「豊かになっていく日本」な感覚で、戦後に就職したくらいの親だと「いつ物資が不足するかわからない日常」な感覚なので、子供に対する教育もちょっと違う。実際に、うちの家内の親とうちの親は20歳くらい違ってて、しかも家内は第一子で育ったけれど、こっちは年齢の離れた兄弟がいるから、価値観とかも違う。白黒TV,笛吹童子,月光仮面が現役なのと、花の子ルンルンが現役(キャンディキャンディは覚えてない)なくらい違う。 そんな戦中戦後の親の教育は、とにかくモノを大事にしろなところがあって、そこには親が受けてきた「お前の代わりはいるが、武器の代わりはないんだぞ」な教育の名残りもあったんじゃないかと思ってる。まぁ、駅の自販機は瓶ジュースで50円だったり、瓶を返すと10円(5円?)貰えたりしたのが子供時代。従弟から貰ったおさがりを兄が着て、それをまた自分がお下がりで着たりとか、自分のための新しい服を買うなんてなかなか無かった。家が貧乏とかオカネがないとかじゃなくて、「贅沢をしない」「モノを大事にする」という価値観なだけなんだけど、自分は子供の頃に周りと比べて「我が家はオカネがなくて貧乏なんだ」と思い込んでた。何軒か借家を所有していたけれど、「うちは家を貸してオカネを貰わないといけないくらい貧乏なんだ」とかね。 その高度経済成長からバブルに向かって、バブル時代に思春期を過ごしたら、バブルがはじける。経済を回すために大量生産&大量消費が正義だって言うかと思えば、エコで無駄をなくそうっていうけれど、その「エコロジーでモノを大切に」っていうのは、どうも昭和の「モノを大事に」とは違う~商売っ気たっぷりのモノを大事にであって、本当にモノを大切に使ってるわけじゃない。「CO2排出がー」って言いながら、飛行機がブンブンと遊び目的のために飛んでる。「空っぽで飛ぶのは無駄だから乗せなきゃ」と言ってたのが「たくさん乗ってるから増便します」とか言い出す。原発は夜間でも止まらないから夜間にバンバンと電気を使ったほうが良いって言ってたら、原発停止&廃炉で電気を大切にとか。頑張っても阪神淡路みたいになったらお終いじゃんとか言ってたら、阪神はちゃんとそれなりに復興した…と思ったら、東日本震災で「なんか、人間って無力」と思いつつも、「そんなこと言ったって生きて行かなきゃなぁ」と思って頑張ってたらコロナで経済停滞&社会混乱。「社会混乱って言ったって、名前だけ先進国のEUや米国よりもずっとマシだったじゃん」と言い聞かせて、前を向こうとしたら能登震災。 なんていうか、天災と価値観変換のぶん回しで疲れたし、虚無感あるし、閉塞感あるし、更年期鬱かもしれないし、どうにもこうにもだよ! 生かされてるだけの経済家畜みたいな納税生物みたいな気がしてくるし、ひとの善意を消費して進む社会みたいだし、それでも安倍政権時代に「お人好しの善良な日本人は、日本人のために頑張って、日本人のための政治をしてもらって、日本人の国を大事にしよう」ってなったら『それって極右な国粋主義でファシズム!』とか批判されたじゃん。そして『時代は多様化&移民だぜ』って言われたけど、とつくにの異民は性善説な日本の善性を利用するばかりで、しかもそれに乗っかって利己的な団体が活動してる。ガイジンも異人も異民も、「日本人と異なる」ってことだよ。 もう疲れた…。
2024.01.14
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【安楽死と経済的損益は切り離せないのか】 :/ /news.livedoor.com/article/detail/ 2569 6759 / http://workingnews.blog117.fc2.com/blog-entry-18483.html 以前に「もし、安楽死が認められたら、社会的圧力に転じるかもしれない」という話題があった。 個人的には、「個人の自由意志による安楽死」に賛成なのだが、「社会的圧力としての安楽死」を題材にしたマンガをSNSで読んでから、現実的にはかなり厳しいと思った。 もし、日本国籍を有する成人が、安楽死が合法化された国で安楽死を望んだら、どのような扱いになるのだろう。 医療ツーリズムという言葉があるが、もし安楽死が医療ケアの一端であるとしたならば、安楽死ツーリズムもまた医療ツーリズムになるのだろうか? 今回のカナダにおける安楽死の実態という記事では、「社会の負担となっている存在に安楽死という選択を」と思わせるような内容を含んでいた。 「難病患者,経済的困窮者,精神障害者,先天性重度障害を持つ新生児などに行う支援の負担」と、「それらの苦痛を取り除くための安楽死」が、経済的な観点から論じられるとは思わなかった。 「安楽死先進国の恐ろしい実態」とでも言うのだろうか。支援に対する経済的負担と、安楽死にかかる費用の比較…これは「少子化対策にかかる負担と移民を連れてくる負担」を経済的な観点だけで考えることに通じているように思える。 また、「医療としての安楽死」の考え方も視点が様々だった。 そもそも、「安楽死を医療として捉えるか」という観点が抜け落ちていた。安楽死を医療として捉えた場合、「安楽死を実施する医師を守るための安楽死合法化」 と「安楽死を患者の権利として確定するための合法化」 の2つは全く異なるものだ。安楽死を行った医師が裁判等で殺人として訴えられないようにするための合法化は、安楽死をある種の犯罪行為(生命を奪う行為)としてみている。それに対して、安楽死が行われないことに対して「安楽死は患者の権利である」という合法化は、安楽死を行う医師への負担を軽くみているようにも思える。 記事内ではカナダを「安楽死先進国」と表現している。 安楽死実施数が多ければ先進国ということだろうかと思ったが、カナダの実情は、安楽死に対する過激なほどの先進性があった。しかし、「先進性」と「先進国」は異なる表現のように思うのだが…積極的な先進性は正しさとは別ものだが、先進国という表現には正しさを含んでいるように思う。 脳死移植にしても安楽死にしても、「間口を広げて敷居を下げて積極的に行うことで実施数を増やす=先進国」というのは、どこか納得できないものを感じる。 カナダの安楽死の過激な合法化は 「優生学や優生保護法を否定した結果として、非生産的な社会の負担を排除する方法が、安楽死の合法化である」 かのようだ。 これが「安楽死先進国」というものだろうか? 嘗ての近現代以前に行われていた「口減らし」が、手段を変えただけのようにさえ思える。社会の養う人数を減らし、社会保障の負担を減らすための手段として、「社会に負担を強いる非生産的な存在を安楽死によって抹消する」…出来の悪いSF映画のようだ。 もしも、安楽死を医療ケア(医療サービス)の一環とするのならば、安楽死と緩和ケアの関係をはっきりさせて、線引きを明瞭にする作業が必要ではないかと読み進めた。安楽死を患者が受ける権利のある医療サービスとするのは、 背景に西欧文化の個人主義(個人責任)があると思ったからだ。社会性よりも個人主義を重視する文化を背景にした先進性を、「安楽死先進国を参考にー」などと取り入れるのは日本には馴染まないだろうと。しかし、カナダの先進性では、緩和ケアとして「ケアのなかには安楽死の選択も含まれる」というものだった。緩和ケアと安楽死の線引きは不要で、広義の緩和ケアに安楽死が存在している。 【精神病の苦しさから患者を解放する】 カナダの「精神障害を理由に安楽死できる」というのは、自殺企図や自殺念慮の患者に危険ではないのか。個人的に、日本には死を念慮する傾向が強いような気がする。 また、精神障害を理由に無罪を勝ち取った犯罪者に対して人権派弁護士がしばしば「犯人も精神疾患で苦しんでいるんです」というが、それを理由に死刑ではなく安楽死にできてしまうのではないか?「精神疾患で苦しんでいる状態を放置しておくのは個人の幸福を軽視するものだ。安楽死を施行しよう。これは刑罰ではない」と。そして、精神患者の家族もまた、苦悩から解放される可能性がある。 「ケベック州内科医学会から障害のある新生児への安楽死を是認しようとの提案が出た」 とは、18トリソミーにも延命治療を実施するようになった日本と逆行しているように思える。「新生児への延命のみを目的とした治療」を、どのように捉えるかー患児の苦痛と家族の要望の違いか? ※ 18トリソミーと社会負担として //www.mhlw.go.jp/content/ 11908000/ xxx-xxx-xxxxx.pdf 「安楽死は(合法的な)医療サービスであって、患者の権利として選択(利用)できる」 という捉え方は、生命を否定的に扱う去勢手術や堕胎手術の延長線上に「患者個人の安楽死」があるのだろうか? 去勢手術,出生前診断,堕胎手術などは、患者個人の意思で、まだ発生していない生命を自由に選択しているのだが、現在進行形で活動している患者個人の生命もまた、個人意志で選択できるという考え方だろうか。優生保護法のなかで行われた卵管結紮,パイプカットなどは、未来に存在したかもしれない生命を否定する行為だが、患者のいまの生命は患者が自由にして良いと考えているのか。 優生保護法が目的としたのは、「障害者が生まれることによる社会的負担を排除する」ことだった。その意義は生物学的に否定されたが、それに代わる手段として安楽死が浮上しているのか。 カナダで起こっている「貧困を理由とした安楽死の選択」「生活保護よりも安楽死」という現状は、「私たちまともな人間だけで円滑に行われる国家運営って素晴らしいでしょう、余分で余計な負担は排除されるべきですよね」という社会的な圧力が見える。左翼 リベラルはしばしば「西欧諸国では困窮しているひとに善意の救いがある」と称賛するが、西欧の『困窮しているひとに差し伸べられる善意』が安楽死であるならば、恐ろしい。 安楽死という選択が患者の自由意志として行われるものだとしても、その選択を提示する者は何者なのか? カナダでは医療保険会社が承認を行うこともあるようだが、経済的な損益を重視して判断しているだろう。 安楽死が「弱者を支援するよりも排除するほうが負担が軽い」という選択肢となってはならない。
2024.01.12
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【無差別テロ殺人者ですよ】 news.goo.ne.jp/article/asahi/nation/ ASS1Y 2QJHS1YUTIL 002.html 無差別テロ殺人を起こしておきながら、逃亡を続け、責任も取らずに、逃げおおせた犯罪者。 そして、彼の逃亡を助け続けた左翼が、日本の社会に潜んでいる。 共産党の圧力に負けず、追究が必要だ。
2024.01.11
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部落にしても在日にしても、「特権と差別」ってぇのはセットで存在しておりました。 いろんな差別があるものだから、まぁ、それとバーターと言いますか、トレードと言いますか、そんな引きはがせない何かってことで、それなりに黙認されてきました。それが、時代の流れっていうんですかね、やはり「差別」ってのは良くないよと、差別は解消されていった。ところが人間ってのは、「差別が解消されたから特権も返上しなさいよ」と言われて「はい、そうですか」とはいかない。「いやいや、まだ差別はありますよ」とかなんとか言いながら、特権だけを手元に置いておきたい。大っぴらに特権ってのが目立つといけねぇってんで、いろいろ名前を買えたり、自分にだけ残るようにしようと頑張ってきた。その甲斐あって、しっかり特権だけが生き延びて残った。 そんでまぁ、差別がなくなったら人生うまくいくかってぇと、そんなわきゃない。生粋の日本人だろうが、部落出身だろうが、在日朝鮮人だろうが、生きてりゃけっつまずくことはある。当たり前の話だね。ところが、そこで首をもたげるのが被差別意識ってやつだ。「生粋の日本人じゃないからうまくいかなかったんじゃないか」「部落出身だから差別されたんじゃないか」「在日朝鮮人だから冷遇されたんじゃないか」って心のなかで呟きだしたら、さぁ止まらない。 「差別されるんだったら特権を使ってなにが悪い」みたいになっちまえば、団体さんへの仲間入りだ。特権を利用するうちに、今度は「特権意識」ってのが育ってくる。「自分は普通の日本人と違って特別なんだから、これくらい当然だ」「特別な存在なんだから、特別扱いされるのは当たり前だ」となれば、集団で特権を維持して利用して活用する。 挙句の果てに、差別とは関係なく、「特別な人間と思い込んだ集団」の出来上がりだね。 「一般人の納めたカネで遊んで暮らすのが当然でしょう」 「なんで一般人と同じように働かなきゃいけないんだ」 「労働なんてあり得ない」 まぁ、ここでは部落だの在日朝鮮人だのを挙げてみたが、フェミもリベラルも根っこは同じで、被害者意識から生まれた特権意識で、他人を見下す暗い喜びに浸ってるってことだが、これに政治思想だの公金だの癒着だのが絡みついてるからたちが悪い。高齢者になれば、次は同じような若者をみつけて利用する。それが代々続けば、「差別なき特権意識」の集団だよ。
2024.01.10
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【無責任かつ責任者不在かつ人手不足】 https://hamusoku.com/archives/1xxx-xxx-xxxxx.html 東京23区が、「ふるさと納税のせいで税収が減って困ってる」とか話題になってたけど、渋谷区,港区をはじめとして「都内のふるさと納税はNPOの食い物になっていた」っていうね。 ふるさと納税で減収になったんじゃなくて、自分たちで管理できなくてNPOに放り投げてたってだけじゃん。 そこには、まともに財源,歳費を管理できなくなった自治体の機能不全があると思うんですよ。 高齢な公務員は、新しい制度に対応できない。若い公務員は人手不足で対応できない。 「公務員の数を減らして、民間を活用して、スリムな自治体」とか言ってたら、民間に良いようにされていたっていうね。明らかに無茶で無謀な入札も不正がなかったら対応せざるを得ない。不正を見つけるには人手も時間もない。ちょっと議員や弁護士や団体職員が役所に出張ってきたら唯々諾々となる。まぁ、身体を張って正義を通すほどのお給金も頂いておりませんし…。 子供関連が食い物にされやすいのは、苦情を言うひとが少ないからで…。「これだけの予算があるのに、なんで現状に反映されないんだ」みたいなクレーマーって、子育て世代はやってるヒマがない。ふるさと納税の目的に「子供関連」を指定したところで、その予算をどうして良いのかを、高齢者が取りまとめる役所では思いつかずに、予算が積みあがる。そもそも、地方の痴呆な高齢者は、「子供のための予算を子供のために使いたくない」んだよ。なんだか、無駄で勿体なくて、そんなことのためにカネを使うくらいならプールしておきたいーうわ、サイテー。 給食費の無料くらいなら渋々とやっても、学童保育の拡充だとか非正規の学童職員の給与Upだとか公立保育園職員の改善だとか、そんなものにカネを使いたくない。なにかハコものを建てるんなら融通を利かせるという癒着もできるけれど、ただ単に子供に関わる職員の待遇改善なんか無駄としか思えない。そんなところに、「使い道に困っているなら、私たちNPOにお任せください」とか言われるとホイホイと飛びつく。バカじゃん。 NPOに無駄金をチューチューされるくらいなら、学習塾とくっついて、学童で補修授業でもやったらいい。なんなら、退職した教員をシルバー人材派遣として塾講師にするとかさ。 ベネッセとかトライとかZ会とかで、「学童教育事業」でも立ち上げて、NPOを駆除してくれたら良いのにねぇ。癒着有能コンサルタントが、ふるさと納税の額と子供の数の比率から、「この自治体は子供へのふるさと納税が無駄に余ってそう」とか目を付けて、トライと結託して「学童保育専任家庭教師の派遣業」でもやろうぜ。 安田在日NPOに日本の公金を吸い上げられるくらいなら、そっちのほうがマシだよ。
2024.01.09
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「地震があるから原発はダメだ」っていうけどさ、土葬のほうが喫緊に深刻に一般的にダメじゃないの? 大地震が起きた時に、道路の陥没や液状化は映像にしやすいけれど、普通に墓地だってひっくり返ったりしてるじゃん。まぁ、人が地震で死んでるときに墓地の惨状とか映像にして報道する必要は感じられないけどさ。でも、墓石はひっくり返ってるだろうし、墓地だけ被災しない理由はないよね。 そうすると、土葬なら腐乱した死体がむき出しになるんじゃなかろうかと。 これまでは、火葬が普通で、火葬後の骨も全てを骨壺に入れるわけでもなく、墓地にあるものはほんの僅かな骨だけだったでしょ。だから、地震の際にも問題にならなかった。もしも、これから移民による「全身土葬」が増えたら、地震の際には腐乱死体からの疫病が発生する可能性があるんじゃなかろうか。 避難所とか普通に感冒,嘔吐,下痢などの症状が蔓延しやすいのに、そこに墓地から疫病が発生したら手に負えなくならない? 「日本は、いつでもどこでも地震が起こる可能性」とか言ってるけど、土葬って最悪じゃないか? 豪雨水害で土が流れて墓地から大量の死体が流出とか、どこのホラー映画だよって笑ってられないよね…。 まぁ、日本政府はガイジンに国土も財産も文化も売っぱらう目算なようだから、気にしないか。
2024.01.08
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もうさ、移民を受け容れるしかなくない? 少子化対策って言いながら、なんにもしない。 子供家庭庁って言いながら、カネを上流階級で循環させる機構が出来上がっただけ。 政府は、日本人を増やすことに消極的なんだよ。 日本国民が目指した「一億総中流社会」ってのは、一等国民にとっては面白くなかったんだろう。 経団連の十倉をみるまでもなく、彼らは「より優れた能力を持つ我々が、一般国民と同じ扱いだなんて耐えられない」わけです。 GAFAと何も変わらない能力があると思い込んでいる彼らは、「もっと富の集中をしたら良い」「富の分散が日本を衰退させた」と思って、「自分たち有能な人間に、もっと富と権力の集中を」と望んでいる。けれど、「同じ日本人」を相手にこれ以上の格差が望めない~だったら、日本人を減らせば良くね? なんて妄想はこれくらいにして。 まぁ、少なくとも日本政府は少子化対策に積極的ではないし、日本財界は国民をこれ以上豊かにすることに関心はない。 どちらかと言えば、「使いやすい貧民の量産」をしつつ、一部の上流国民で世の中を回していきたい。治安だの法律順守だの不起訴の増加だのに関心はない。そんなことは下々の諍い事で、上流国民の居住地域に侵入しないようにしておけばいい。移民を受け入れて、いずれは警察も自衛官も移民に置き換わっても良い。なんなら、市議会議員や県議会議員が移民になっても構わない。 財界で言えば、「人口による市場の維持」が優先事項で、「モノを売ったら買う人口」が何よりも重要。市場がなければ、製品の生産も滞り、技術も発達しない。子供を増やして、その子供が自動車免許を取得して、自分のクルマを買うまでに20年以上は必要になる。その20年に費やすカネを考えれば、移民を入れて、自動車免許を取得させた方が効率が良い。 「日本人同士の子供を増やす」なんていうのは、非常に非効率的なものだ。 成人して生殖能力のある日本人の男女を結婚させて、妊娠ー出産に至らせて、そこからさらに20年ほど知的にも肉体的にも健康に育てていく。ここにカネを突っ込むなんて正気の沙汰じゃない。だったら、20歳以上になった人間を何処かから連れてきて、仕事を与えて、必要なものを買いそろえさせて、なんなら結婚・出産を自由意志でさせたほうが効率が良い。 能力的に劣っていたり、非生産的な性愛指向な人間が淘汰されていくことは自然の成り行きじゃないか。なぜ、そんな人間が幸福で文化的な生活をすることにカネを使わねばならないのだ。産みたくない,育てたくないなら好きにしたら良い。その代わりに、移民が増えようとも黙っていろ。幸いにも、非婚非生産非出生思考な人間は移民の受け入れに積極的じゃないか。 って、政財官が一丸となって、「移民を受け容れたら全て解決」だと思ってるんなら、仕方が無いね…(虚笑)。
2024.01.07
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いまの「弱者救済ビジネス」をみていると、同じことの繰り返しだなぁと。 部落民,在日朝鮮人が、女性,子供に成り代わっただけじゃないかと。 部落民解放のための団体が、女性救済だか男女共同参画だかに看板を入れ替えてNPO法人になった。 在日朝鮮人団体が、子供家庭庁になって、より政治の中枢に深く入って懐に入れられる公金のケタが段違いに増えた。 パチンコ団体や宝くじ財団で美味しかったのが、別の看板に代わっただけじゃないか。しかも、より公的意義の高いものに代わっただけに、たちが悪い。 部落民と言えば、いまのクルド人がやってることも部落民の繰り返しだなぁと。 汚くて日本人がやりたがらない仕事をさせて、違法&脱法行為をしているけれど、なぜだか当局は黙認している。 一部地域に集団で居住させて、綺麗ごとじゃ済まない仕事を、法律を越えても大目に見てもらえるとか、そのまんま部落民じゃん。 しかも、その権利権益には与党も野党も保守もリベラルも食い込んでいるから規制されずに優遇される。 男女共同参画も子供家庭庁も、自民党の利権だけでなく、野党からオールドメディアから元同和や元在日利権まで、みんなで仲良くカネを回している。ただ不利益を被るのは、従順で素直でお人よしな日本国民だけだ。 先生はママと 政府は在日と 警察はクルド人と 国民の知らないとこで とっくに あぁナシがついてる それってニッポン社会 突っ込んじゃうぞ ナイフを片手にして 満員電車のせいじゃない こんな酷い生活 どこまでも 頑張ってみても 虚しいだけ
2024.01.06
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トンデモな虚言,妄言,陰謀論は大好きだけど、そこに人死にが起きているとなると話は変わる。 基本的に、虚言,妄言,陰謀論は面白おかしくやるもので、悲劇を愉しむものじゃあない。 そりゃあ、日本で言うところの明治・大正以前の人死にはそのうちに入れない~まぁ個人的には昭和もそろそろOKなのだけど、昨日今日の出来事を肴にするのはいかがなものか。 虚言,妄言,陰謀論は、新しい知識を仕入れたり、自分のなかで知識を整理したり、バラバラだった知識を陰謀論で系統づけたりと、面白おかしく学ぶ機会ではある。陰謀論を調べて、「おぉ、うまいこと結び付けやがんなぁ」「いやいや、それは屁理屈ってもんでしょ」「それは無茶ってもんだ」と思いながら、精査して知識を仕入れていく。ときには、「だったら、こんな理論も可能じゃない?」「その方向で騙くらかすよりも、こっちでしょ」みたいな新しい虚言,妄言を尾ひれとして付け加えたくなる。 ところが、コロナ禍以降は、一向に楽しめない。 面白おかしく楽しんでくれるなら良いけれど、陰謀論をカネ儲けに使ったり、虚言,妄言をマトモに受けとめてキチに走ったりと、「娯楽としての陰謀論(月刊ムー的娯楽)」が楽しくないことになっている。人工地震を嗜むことで、周波数だのP波だのS波だのといった高校物理の教科書を引っ張り出すのはなかなか楽しい作業なのだ。そして、「じゃあ、人工地震を起こしたのが露西亜だったとして、それをこじつけていくにはどうしたら良いか」「人工地震が中国からの攻撃だという説をどうやって組み立てたら良いか」「欧州闇の貴族院による黄色人種掃討作戦の始まりだとしたらー」「ユダヤ財閥の陰謀だとしたらー」「米帝による日本政府傀儡化のためのー」みたいなことを考えるのは楽しいはずだ。 それが、「冗談を楽しめない」「度を越した愉快犯」のせいで、陰謀論を展開することが憚られる。 だからといって、クソ真面目に「人工地震なんてありえないっしょ」と物理学を展開するのも面白くない。 そもそも、もし能登震災規模の人工地震を起こすことを可能とする技術があったら、その前に人類文明が2STEPくらい駆け上がれるんじゃなかろうか? マグニチュード7程度の地震を起こすエネルギーを生み出す動力機関があって、それを蓄積して放出する機能があって、そしてそのエネルギーに指向性を持たせて放つという技術ってことでしょ。 ほら、「蒼天のソウラ」でメドローアを撃つ場面があるじゃん。「エネルギーの生成,集束,狙撃」ってやつ。人工地震兵器ってやつがあるとして、まぁその地震発生装置の周囲にはなんら影響を与えずに、ピンポイント狙撃で、日本の北陸を狙って、エネルギーをブッパしてるってことよ。すごくない?いまの人類が抱えているエネルギー問題なんか解決しそうじゃん。隠しておく必要ないよ。人類の覇権をとれる、覇権国家になれる。平和的にも軍事的にも「逆らったら北京orワシントンに大地震だぜ」でもいいし、「人類の抱えるエネルギー問題を全て解決する技術があります」でも良い。っていうか、もう魔法でしょ。 完璧な情報統制をしつつ、中国のコロナ兵器みたいにお漏らしもせず、そして何処に気取らせることなく、一発で成功させるとか、どうやったの? あれだ、米ソ中欧を支配する闇の組織がやってるから、情報統制が完璧で、もしもその情報を知っていたらすぐに殺されるから誰も知らないんだ。そして、そんな恐ろしい誰も知らないような情報が、なぜか日本のSNSでは大っぴらに話題にできちゃうんだ。日本スゲー。スパイ防止法もないし、言論の自由も保たれてるから、誰も知らない闇の組織が開発した人工地震兵器の話も普通にSNSで出来るんだよなぁ。すっげー!そして、日本のSNSで普通に話題にできるけど、完璧な情報統制でその組織の詳細はわからないのかぁ、ふっしぎー!そんでもって、その完璧な情報統制によって正体不明な組織は、普通に人工地震発生兵器を開発する人材も資材も資本もあって、何処の誰にもわからないように人工地震兵器を可動させて、他の地域に全く影響を与えることなく、ピンポイントで日本の北陸を狙撃できちゃったんだ!すっげーな世界! 核兵器(原爆)は、当時の科学力で実現できそうな可能性があって、世界各国で競争してたじゃん。 新型コロナは、お漏らしのときから医者が指摘してたし、世界中に影響が広がったじゃん。 米国があると言って戦争を仕掛けた大量破壊兵器はなかったじゃん。 でも、人工地震兵器は世界のどこも開発しようとしていないし、実現できるような話もないのに、忽然と姿を現して威力を発揮したけれど、その実在は確認されてないんだなぁ。 世の中には不思議がイッパイだゼ!
2024.01.05
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画はイマイチだったし、ムシブギョーのパクリっぽい感じがあったけど、それでも楽しめたんだけどなぁ。 読み切り短編もしくは短期集中連載な雰囲気は最初からあったので、意外と長く連載したと思う。 人気がなくて打ち切りというよりも、予想外に長く続いて作者が苦しくなったのか? 予定通りの終了なのか、予定を超えての連載だった? 画力があれば、もっと人気でたんじゃないか。 おねえちゃんビームの作り方~♪ お姉ちゃんビーム お お姉ちゃんに銃を持たせる ね 狙いを顔面に定める え えいこらしょっとお姉ちゃんを担ぐ ちゃ ちゃんと顔面に投げつける ん んっしょと顔面をショット! よくできました。 さすがやで お姉ちゃん。
2024.01.04
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阪神淡路大震災のときに学生(中学生~大学生)だった世代って、めちゃしんどくない? ずっと天災が続いてる気がする…。 現実的な被害とか金銭的喪失だとか人命喪失だとか、影響の大きさはそれぞれだと思う。 けど、家族は元気で、財産の喪失がなかったとしても、もう天災の起こるたびに打ちのめされる。 阪神淡路や東日本震災だけじゃなく、熊本もそう。 新潟なんて、東日本震災後で3回目の震災でしょ。長野県との境,山形県との境で、今回は海を挟んで石川県との境。 天災でいえば、山陽地方の水害被害に、信州の台風被害と、なんだか2-3年ごとに天災が起きている感覚でさ。 気持ち的にツライ…。 TVやネットのニュースはかなり絞ってるし、触れないようにしてるけど、気力が奪われる。 安倍政権時には、親・安倍,反・安倍の違いはあっても、なんとなく「安倍」を中心に精神的な支えがあった気がする。反・安倍は反・安倍政権という行動が精神的な支柱になってたんじゃないか? 安倍氏のカリスマとかじゃなくて、安倍氏個人の存在とは異なって、「安倍」という存在があった気がする。まぁ、それをカリスマというのかもしれないが。
2024.01.03
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「公務員の数が多すぎる」「公務員歳費は無駄遣い」だと言って、「民間委託」をした結果が現在だ。 どうなったか。 民間に委託した仕事は、景気が良い時はマシだったが、安定しない。 「モノよりヒト」だと言った結果、地方のインフラはボロボロになった。 公務員の給与を抑えたカネがNPO,NGOに流れて世の中は良くなったか? これまで、日本の生活を維持してきた公金が、民間委託となりNGO,NPOに流れた結果として、地方はボロボロじゃないか。 カネの流れがヒトの流れならば、地方からカネを吸い上げて中央で消費し続ければ、東京一極過集中になるのは当然だ。 地方の公務員の待遇が劣悪ならば、地方の民間企業も改善しない。 民間に丸投げするのと、民間を活用するのは違うじゃないか。 公金が与えられているならば、その団体を管理し監視する責任が生じるはずだ。 それを放棄するのは職務放棄だ。 必要があれば人員を補充し、必要があれば団体への公金を停止する権限を使用するべきだ。
2024.01.02
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「国は、国の収入を減らすとか予算を減らすということを決してしない。」 これが大前提で、減税なんてあり得ない。絶対に奴らはしない。何があっても減税なんてしない。 使い道がなくても、使う当てが無くても、カネだけは集める。庶民からカネを搾り取るのをやめるなんてことは決してない。 コロナ禍であっても、全く減税はしなかった。 ばら撒きをすることはあっても、減税はしない。 控除を増やすこともない。 庶民から搾り取れるものは搾り取る。 少子化対策だろうが防衛費だろうが社会保障だろうが、なにか理由をつけて予算を増やすー予算を増やすのが仕事で合って、適切,適正な使い方は別の仕事だ。集めた税金がどう使われるのかを考えるのは別の仕事で、とにかくカネを集めるのが奴らの仕事だ。 だから、補助金,助成金,支援の申請を躊躇うことはない。 震災支援や震災復興のための予算が使われないと、「必要が無い予算だった」として減額されるだけだ。そして、その減額された予算は、胡散臭いNPO法人がふんだくっていくだけだ。「もっと困ってるひとがいるから…」という日本人の美徳は大好きだ。日本人の思いやりの精神を愛してる。日本人の自助の気持ちこそが、日本を日本らしくしている。しかし、それが通じない人間が日本国内に増えた。 困窮している日本人,被災した日本国民に税金が使われるなら、不満はない。 そして、「必要とされる場所にカネを撒く」ことが仕事な人々は、善悪よりも「必要性」で判断する。前年度に使い切った予算を増額して補充する。我慢していると、わけのわからない団体が申請したまま奪っていく。 日本人の納めた税金が、日本人のために適切に使われるために、困窮した日本人は声を上げる必要がある。
2024.01.01
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