March 13, 2026
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カテゴリ: 気になるTV番組
2026年NHK大河ドラマ
『豊臣兄弟!』 のあらすじ及び感想日記です。

今回はあらすじを追っていって、いろいろ悩みました。
というのも、史実とされる年号では、
・永禄9年 (1566)秀吉が墨俣砦を建設
・永禄10年(1567)信長が稲葉山城を攻め落として岐阜に

となっていて、そこにドラマとして直の死が絡んでいるので、

結果、私の読み違えも含めて少々??な年号になっています。

それともう一つ、当時の人はすごいなと思ったのが「移動」。
竹中半兵衛の城の菩提山城がある垂井町は岐阜県の西の端の
ほうで、滋賀県との境になる関ヶ原の少し東です。
地図で菩提山城と岐阜城の距離を測ったら、直線距離で
27.5kmありました。
しかも岐阜城がある金華山の山頂は、一応下から歩いて登れ
ますが、もうお金払ってロープウェイのほうがいい、という
距離と勾配です。


設定になっていますが、菩提山の庵と頂上の城を行き来し、
用があれば30km歩いて稲葉山城に行って、この生活では
ウオーキングでかなり足腰は鍛えられていると思いました。

ちなみに岐阜城がある金華山は、地質がチャートで非常に
固いとのことなので、もし抜け道を作るとしたら機械のない


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

永禄9年(1566)秋、直の死から10日がたち、木下家の皆は
それぞれに悲しみを抱えつつなんとか日々を過ごしていました。
許嫁の直を失っていちばん深い悲しみを抱えているはずの木下
小一郎長秀(後の豊臣秀長;仲野太賀さん)は周囲の者が心配
するほど怒りも悲しみも口にせず、兄・木下藤吉郎秀吉(後の
豊臣秀吉;池松壮亮さん)の命ずるまま、無理難題な仕事を
次々とこなしていました。

今回、兄が城主・織田信長(小栗旬さん)から命じられたのは
美濃の山奥に身を置いている策士の竹中半兵衛を調略してくる
といのもので、そのために小一郎たちは山中でも怪しまれない
ように猟師のなりをしてました。

美濃の山中に入った小一郎と秀吉と蜂須賀正勝(高橋努さん)は
半兵衛の噂話でもちきりでした。
その噂話から察するに、竹中半兵衛という男はとにかく軍略に
長けていて、だからこそなんとしても味方に引き入れるよう殿・
信長は自分たちに命じたのだ、ということでした。

秀吉は道の途中で小一郎に、この先の偵察に行かせました。
今の小一郎は悲しみのあまり、何かをしていなければ気持ちが
持たないのだということをよくわかっていて、生きる張り合い
を与えるために無理難題を押しつけていたのでした。


山中の半兵衛の庵らしきところにはあちこちに仕掛けが張って
あり、小一郎が中にいる半兵衛に呼びかけると窓から「たれか」
と筆談の紙片が出てきて、小一郎は自己紹介をして自分たちは
織田家の家臣だと名乗りました。

筆談が面倒になった蜂須賀が庵の扉をいきなり開けると中から
数本の矢が飛んできて、3人は危うく当たるところでした。
その後で外に出てきた竹中半兵衛(菅田将暉さん)は計算外に
外れた矢を見て、戸を強く開けると衝撃でわずかに矢の向きが
変わったのか!と新たな発見をしたことに喜んでいました。

3人が庵の中に入ると、部屋の中にはそこらじゅうに絵図面や
兵法の本が、さらには城に出入りする者から話を聞いて作った
という小牧山城の模型までありました。
秀吉の話から、これは自分に織田家に与するよう言っていると
察した半兵衛は、いきなり桶狭間の戦の勝利を称えました。

「信長は裏切りを逆手にとり、天を味方につけた。
自分は戦いを見てはいないが心の中で思い描いていた。
幼きころより病弱で書物を読んで考えることしかできなかった。
自分は侍としては使えない男だ。」

さらに半兵衛は、自分はこの山の上に菩提山城をもっている、
竹中家が代々継いできた、今は廃城だが、と言いました。
小一郎が半兵衛を説得しようと、和が殿・信長は半兵衛のため
なら望みのまま金を出すと言うと半兵衛は、それはもし断れば
自分を殺すつもりなのだ、と察しました。

本音を見抜かれて言葉が返せない小一郎に半兵衛は、別によい、
これまで何度も同じ目に遭ってきた、と笑っていました。
小一郎が、ではその度にどうやって切り抜けたのか?と問うと、
半兵衛は殺される前に殺したと答えました。
思いがけない返答に小一郎が驚いていると、そろそろ次の客が
来るからと3人には帰るよう求め、小一郎がまた来ると言うと
半兵衛はそのときは手土産に雉が欲しいと言い「このあたりの
猟師は雉を狩る」と教えてくれました。


小一郎たちが帰った後、美濃の北方城主の安藤守就(田中哲司
さん)が半兵衛の庵を訪ねてきました。
半兵衛が珍しく外に出ているので安藤が問うと、たまに書物を
日に当ててやらねばと言って、順に書物を並べていました。
安藤が誰か来たのか?と尋ね、半兵衛はとっさに猟師が迷って
来たと嘘をつきましたが、安藤は怪しんでいました。

そして稲葉山城では城主の斎藤龍興(濱田龍臣さん)が、安藤
守就と稲葉良通(嶋尾康史さん)と氏家直元(河内大和さん)ら
美濃三人衆に、今川と松平に織田を攻撃するよう要請している
のに動かないことの苛立ちをぶつけていました。
稲葉が松平と織田は盟約を結んでいるからと説明すれば龍興は、
そんなものは破ってしまえばいいと平然と言い放ち、三人衆は
龍興への不信感をますます募らせていきました。

龍興は話を変えて安藤に、半兵衛のところに織田の密使が来た
ことを伝え、見て見ぬふりをしたのかと安藤を責めました。
安藤は決してそのようなことはないと訴えますが龍興は、3年
前に半兵衛がわずかな手勢で稲葉山城を占拠して城主の自分を
追い出したことは忘れていない、安藤に免じて半兵衛は改易と
蟄居で赦したがもうここまでだ、半兵衛を殺せ、と命じました。


後日、秀吉と小一郎と蜂須賀は雉を捕まえて再び半兵衛の庵を
訪ねましたが半兵衛は不在で、部屋の中には「菩提山城にいる」
と書置きがありました。
庵から見上げる山頂の城はかなり遠くでしたが、まずは行こう
と3人は城を目指して、道すらない山を登っていきました。

3人がやっとの思いで山城に着いたとき、半兵衛が刀を抜いて
いきなり斬りかかってきました。
半兵衛が龍興の手の者かと間違えたと3人に詫びると、そんな
半兵衛に小一郎は、庵の中を見て感服した、半兵衛は立派な侍
だ、と半兵衛を認めました。

半兵衛はようやく心を開いて自分の思いを語りました。
「私は戦が好きなのだ。戦に出ることはないが策を練り、その
とおりに事が進んで勝つとそれが何事にも代えがたい喜びだ。
戦に勝つためならいかなる策も講じる。それは間違いかもしれ
ないが、自分の衝動が抑えきれない。自分が恐ろしい。だから
この山奥にいるくらいがふさわしい。
平安のころに宋より伝わったという書物を祖父からもらった。
この『三国志抄 諸葛亮傳』の本の中に出てくる知略に長けた
軍氏に惹かれて、このような生き方となってしまった。」

そして「本の中の知将は三度礼を尽くし、軍師は初めて誘いを
受け入れた。」と言い、秀吉はこれが二度目と言いました。
半兵衛は、今一度考えて、それでも自分のような者でよければ
また来てくれ、と秀吉に伝えました。


3人が山城から半兵衛の庵に戻ると、待ち構えていた侍たちに
いきなり襲われ、捕まってどこかの座敷牢に入れられました。
自分たちはどうなるのかと思っていたら、安藤・稲葉・氏家の
美濃三人衆が現れ、牢の外に出されました。
安藤は3人に、どこに忍びの目があるかわからんから手荒な
ことをしてすまん、と詫びました。
三人衆は胡坐で座り、小一郎らも座りました。

三人衆は本音を語りました。
今の美濃は我らが守るべき国なのか、先々代の道三や先代の
義龍が目指した強く新しい国であろうか。
そう迷っているときに小一郎がとっさに「信長様なら新たな
面白き世を必ずつくる!」と言った言葉が棘のようにささって
抜けない、たかが一家臣が切羽詰まった場であのようなことを
言える、信長がそうさせているなら今一度、我らもそのような
主君のもとで真の侍として生きてみたい。

「我らはこのときより織田様に従う」ーー三人衆は手をついて
頭を下げ、調略が成功した秀吉は喜びを隠せませんでした。

その後3人は安藤と一緒に半兵衛の庵に向かいました。
庵に着くと秀吉はあたりを見回し、山の斜面に枝葉で隠された
抜け道を見つけました。
秀吉は先日、半兵衛がこぎれいなまま山頂の城に登っていた
から変だと思っていて、3人と安藤はその抜け道をたどって
菩提山城に入りました。
半兵衛は不在、安藤は周囲を見回し、城に手が加えられている
ことに気が付き、思わず「よく似ている」とつぶやきました。


永禄10年(1567)秋、ついに信長は斎藤氏の本拠地である
稲葉山城を取り囲みました。
軍議で信長は家臣たちに、城に火を放ち中から兵が出てきたら
討つよう命じ、信長に寝返った美濃三人衆の稲葉と氏家が早速
「そのお役目を我らに」進み出ました。
井口山と瑞龍寺山に火矢が放たれ、三人衆の裏切りに激怒した
龍興は家臣たちに信長の本陣に行って信長を討つよう命じ、兵
たちは散開していきました。

龍興が側近と二人きりになると半兵衛がふらりと現れました。
自暴自棄になっている龍興に半兵衛は、朝倉と六角に援軍を
出すよう書状を送ってある、自分は龍興を助けると言い、織田
方の攻撃を隠れていた兵たちで反撃しました。

信長の本陣では一旦兵を引いて戻った氏家が、煙で見通しが
きかなかった、こちらの仕掛けを逆手にとるこれは半兵衛の
得意とする策だ、と報告しました。
なおも攻撃の命を出す信長に稲葉が、半兵衛を侮ってはと進言
すると信長は「織田に仕えるならこの信長を侮るな。」と言い、
稲葉に近づいて眼前で「よくその眼に焼き付けよ。まもなく
稲葉山城は落ちる。」と言い切りました。


一方、龍興は兵たち全てを自分の周りから追い払い、一人に
なって抜け道から逃げようとしました。
半兵衛が「また一人で逃げるおつもりか?」と言うと、抜け道
から秀吉と小一郎と蜂須賀と安藤が出てきました。
安藤が「門を開いてお味方を入れよ!」と命ずると、織田方の
兵たちが入ってきて逃げる龍興を追っていきました。

どうしてこの抜け道がわかったのかと半兵衛が問うと小一郎は、
菩提山城の抜け道を見て、そして安藤の言葉からもしかしたら
稲葉山城にも抜け道があるはずと思ったと言い、秀吉も、こう
やって少人数で3年前に稲葉山城を占拠したのかと納得でした。

それから小一郎は秀吉と共に膝をついて座り、改めて半兵衛に
織田の仲間になるよう、三度めの頼み込みをしました。
半兵衛は「真に強い相手とは、味方になるより戦いたかった。」
と言い、それは秀吉の申し出を受け入れたことでした。
そして二人の前で両手をついて土下座し「これよりは織田家の
ために尽くしまする。」と宣言し、秀吉は大喜びでした。

秀吉は信長に大きな声で稲葉山城の攻略の祝辞を述べ、信長は
「大儀!」と労って皆に勝どきを呼びかけました。
「エイ、エイ、オー!」ーー男たちの力強いが声が稲葉山に
幾度も響きわたりました。


美濃攻略が終わってひと段落し、小一郎は直の墓参をして直が
眠る墓石に思いを語りました。
此度の手柄で信長に褒められ褒美もたくさんもらったが、直の
いない今はもうどうでもいい、少し休みたい。
そして脇差を抜いて前に置いたとき、直の父・坂井喜左衛門
(大倉孝二さん)が突然、声をかけました。

小一郎は喜左衛門に直を死なせたことを必死に詫びました。
すると喜左衛門は、今さらもういい!銭をよこせ!と言います。
意味がわからない小一郎が尋ねると喜左衛門は、直が中村に
戻ったあの夜のことを話してくれました。

直は喜左衛門に晩酌をしながら小一郎のことばかり話しました。
小一郎はいつも皆が満足しないと気が済まない、これで円満
解決となる方法を探る、戦自体はなくならないが無駄な殺し
合いはなくすことができる、とことん話し合って考えて考え
抜けば必ず道はある!と。

喜左衛門がそんな世は来ないと言うと直は、小一郎ならできる、
そういう世をつくるほうに500文!と賭けをしたのでした。
直の墓の前ですっかり無気力になっている小一郎に喜左衛門は
「直は男を見る目がなかったの。わしの勝ちじゃ。」と嫌味を
言って小一郎をあおり、帰ろうとしました。

その喜左衛門に向かって小一郎は「まだ終わってません。その
賭けに必ずや直を勝たせてみせます!」と叫びました。
喜左衛門は「お主が諦めたらすぐに銭を取りにくるぞ。直と
共にずっと見張っておるぞ。」と言葉を残し、立ち去りました。
「承知!」と宣言する小一郎。
二人のやり取りを塀の向こうで聞いていた兄・秀吉は、寺を出る
喜左衛門に深く一礼しました。


永禄10年(1567)9月、信長は居城を小牧山城から稲葉山城に
移し、山頂の城より京の都のある西方を見渡しました。
信長はこの地を「岐阜」と改名し、皆を連れて降りていきました。
小一郎は一人残り、もっと強くなって直の見たかった世を作って
みせる、と誓いました。
ふと隣りを見ると直の幻が「小一郎ならきっとそう言うと思った」
と笑っていました。
小一郎は決意を新たにして眼下の景色を見渡しました。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





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Last updated  March 13, 2026 12:50:07 AM


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