March 19, 2026
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カテゴリ: 気になるTV番組
2026年NHK大河ドラマ
『豊臣兄弟!』 のあらすじ及び感想日記です。

信長・秀吉・家康を中心とした戦国ドラマを今までにたくさん
見てきた方は、何かのシーンで「これはこの先の展開の伏線に
なっているだろう」とつい考えてしまうことと思います。
私はこの回は、いろいろな部分の対比が気になりました。

その一つが、信長の妹・市(宮﨑あおいさん)への、男たちの

秀吉(池松壮亮さん)はお市様が大好きだけど妻・寧々(浜辺
美波さん)の存在は絶対なので、市に対しては器用にふるまう
けど、寧々は怒らせたくないと思ってます。

反対に柴田勝家(山口馬木也さん)は、たぶん側室はいると
思われますが、心の中ではお市様が絶対的な存在で、無骨で
洒落た言葉の応酬なんて言えなくて、思いをサラリと言葉に
できない分、態度や表情に出てしまいます。
花嫁姿の市に送る視線、市に何かあったらすぐに飛んでくると
「織田配下の武将として」頑張って言えたけど、ちょっと市に
内心期待するようなことを言われただけでしどろもどろ。

のか、気になってしまいます。

もう一つの対比は、上洛したときの小一郎(仲野太賀さん)と
織田信長(小栗旬さん)の意識の違いです。
小一郎は、信長が京と畿内を平定して「天下布武」になったし、

と笑顔でした。

しかし信長のほうは、天下布武は成ったけどこれは単なる通り
道だと考えが変わり、意識は「これからが始まりだ」と、より
高みを目指して進もうとしています。

主君・信長の方針変更で、まあ兄・秀吉のほうは信長がどんな
命令を出しても「はい、喜んで!」だと思いますが、小一郎は
何でも引き受けてくる兄のためにこの先ますます多忙を極める
ことになって、でもその中で知恵をめぐらせて乗り越えていく
のかな、と展開を想像しています。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

永禄10年(1567)9月、美濃を手中に収めた尾張の国主・
織田信長(小栗旬さん)は居城を小牧山城から稲葉山城に移し、
この地を岐阜と改めました。
そして信長は、武力によって天下を平定する「天下布武」を
打ち出すようになりました。

信長の家臣たちも岐阜城下にそれぞれ屋敷を与えられました。
木下藤吉郎秀吉(後の豊臣秀吉;池松壮亮さん)と弟の木下
小一郎長秀(後の豊臣秀長;仲野太賀さん)たち家族も屋敷に
移り住み、戦はなくとも忙しい日々を過ごしていました。

そんなころ明智光秀(要 潤さん)と名乗る男が信長を訪ねて
きて、秀吉は謁見の前の案内役を務めていました。
光秀は岐阜の城下を見物して以前とは見違えるほどにぎやかに
なった町の様子に目を見張りました。

秀吉は主君・信長が関所と座をなくして自由に往来させ商いを
させているから、おかげで国中から人が集まる、いずれ京の
都や堺をしのぐ日が来るかも、と自慢しました。
光秀は京や堺を知らない秀吉を笑い、岐阜がいくら発展しても
京や堺にはとうてい及ばぬ、その地を治めるべきは我が主・
足利義昭だと自信を持っていました。


明智光秀は信長に謁見し、2年前に暗殺された第13第将軍・
足利義輝の弟の足利義昭を擁して上洛する旨を伝えました。
光秀は、今京に居座る三好一族は将軍・義輝殺害の大逆人、
討ち果たして世の乱れを正すためにも、義昭を将軍として今
一度幕府の権威を世に知らしめるべきと言い、信長には是非
力添えを頼みたい、義昭が上洛した暁には織田家には格別の
計らいを約束する、と言いました。

信長は光秀に、なぜ我らに白羽の矢が立ったのかを尋ねると
光秀は、織田は今川を破って美濃を手中に収めた力量がある
からと答えました。
しかし信長が「ただの順番で、他に頼れないからここに来た
のだろ?」と返すと光秀は黙りこくってしまいました。

光秀は信長の言ったことが図星であったことを認め、朝倉・
上杉・武田・北条と同様のことを言ってきたが誰も動かない、
と言いつつ、織田が動かなければ他を頼るまで、と言うその
物言いはどこか信長を見下すような態度でした。
さらに光秀は、生涯順番が回ってこない者もいるからよく
考えるように、と強気でした。

信長は「上洛の件は引き受ける」と言うと立ち上がり、刀を
取って光秀の従者に刀を振りかざしました。
その瞬間、光秀が従者をかばって前に出て、その従者こそが
足利義昭(尾上右近さん)であることがわかりました。


義昭が、なぜ自分の正体がわかったのかと尋ねると信長は、
光秀が常に従者を気遣うふるまいだったと竹中半兵衛(菅田
将暉さん)から聞かされていたと言いました。
義昭は、隠していたが案内役の秀吉に乗せられて楽しくて、
つい気が緩んだようだと少し笑いました。

でもすぐに真顔になり、自分は将軍の血を引いたばかりに
命を狙われる、この目で見たもの以外は信用できない、他の
武将たちにも同じことをしてきたが気づかれたのは初めてだ、
と義昭は言いました。

信長は義昭の前に両手をついて頭を下げて刀を向けたことの
無礼を詫び、家臣一同も信長に倣って土下座しました。
今勢いのある信長が自分の下座についたとわかった義昭は、
「2年前までは仏門にいて、このまま一生を終えると思った
が、自分にも番が回ってきたようだ。今の乱れた世を救える
のは自分しかいない。」と改めて信長に助力を頼みました。
信長は、必ずや義昭を上洛させ天下布武を成し遂げてみせる
と力強く言いました。
続けて秀吉が「我らにお任せあれ!」と調子良く言うので
義昭は笑い、笑う義昭を見て光秀も安堵して微笑みました。


帰宅した秀吉は小一郎に、次の将軍かもという人から殿が
力添えを頼まれた、と意気揚々と上洛のことを伝えました。
小一郎は「また戦か」と気が乗らないようでしたが秀吉は、
三好は逆賊だから正義は我らにある、これは天下布武の戦だ
と言い、天下布武の意味が今一つわからない小一郎に「京の
都に幕府を再興し、畿内五国を平定し、我ら武士の力で再び
世に秩序をもたらすことで、殿にしか成しえぬことだ。」と
説明しました。

しかし小一郎は、上洛するにはその手前に六角や浅井がいて
ことを構えなければならない、特に朝倉と深いつながりが
ある浅井は我らの上洛を受け入れないのでは?と心配でした。
秀吉は「殿がすでに手を打ってある」と言い、それは信長の
妹・市が小谷城主の浅井長政に嫁ぐことを指していました。

城では刀の稽古をしている市(宮﨑あおいさん)に信長が
「織田家のために頼む。すまぬ。」と詫びていました。
戦国の世の習いで嫁ぐというのは人質になる意味もあるの
ですが、市は「兄上のお役に立てるならうれしい。兄上の
信じる道を進んでほしい。」と気丈でした。


さて浅井長政に嫁ぐ覚悟はできたものの、市には少々悩む
ことがあって、秀吉を呼びました。
しかし秀吉は、今は妻・寧々(浜辺美波さん)の機嫌を取り
たかったので、代わりに小一郎を行かせました。
市は秀吉が来ないことを少し残念に思いつつ、一枚の白紙を
出して、浅井長政に文を送ろうと思ったが心がこもらなくて
うまく書けないので文案を書くよう小一郎に言いました。

しかし、市に成りすますなんてそんな大それたことは自分は
できない、と小一郎は固辞して許しを乞いました。
市は小一郎に下がるよう言いましたが、下がる前に小一郎は
「聞いた話では・・」と語り始めました。

長政は秀麗な顔立ちで気性も優しく物静かで穏やかで、誰
からも慕われるお人柄とか、お市様はきっとお幸せになれる、
と笑顔を向けました。
でも市は、兄・信長とは似ても似つかぬ、自分の好みでは
ない、と残念そうに言います。
小一郎は慌てて市を励まそうと作り話をしたと明かし、市は
余計な気遣いは無用じゃ、このたわけが、と叱りました。

小一郎は詫びつつも、それでも此度の婚礼で何か一つでも
自分のためとは思うことはないか、と尋ねました。
市は少し考えて「私も男に生まれたかった。そうすれば兄・
信長と一緒に戦えた。周りの男どもが元服して初陣を飾る
たびに羨ましく思った。」と胸の内を明かしました。
そして「この婚礼は私の初陣じゃ。」と小一郎に決意を見せ、
そんな市に小一郎は「ならば、どうかご武運を。」と優しい
顔で市を励ましました。


永禄11年(1568)年明け、市は北近江の小谷城主・浅井
長政(中島歩さん)に嫁ぎました。
疲れてはいないか、寒くはないか、と穏やかな言葉で市を
気遣う長政という男は、小一郎が思いつくまま適当に言った
人物像そのものでした。

織田家の重臣たちが岐阜に戻る前に柴田勝家(山口馬木也
さん)が市のところに挨拶に来ました。
「(小谷で)もし何か困ったことがあったら、いつでも呼び
つけください。この勝家、すぐに駆け付けて参ります!」
お調子者ではない勝家の言葉だから本気で言ってるのだろう
けど、市は気持ちだけ受け取りました。

また市が勝家に小一郎への言伝を頼んだところ、その内容を
あまりにもそのまま受け取る勝家は激怒し、小一郎を許さぬ
と息巻いていました。
市は「戯言じゃ。」と勝家を止め、勝家を相変わらず真直ぐ
すぎる無骨な男だと思いつつ、まだ今日会ったばかりだけど
優しすぎる夫・長政よりは、勝家ほうのほうが自分に合って
いるのではと口にしました。
市の言葉に動揺し、どう返事すればいいのかわからず困って
しどろもどろになる勝家。
誉れ高き武勇はあれど、こういう話は苦手な勝家に市は
「戯言じゃ。気をつけて帰れよ。」と言って立ち去りました。


永禄11年9月、織田信長は足利義昭を奉じて上洛戦を開始、
織田・徳川・浅井の連合軍は合わせて6万になり、わずか
数か月で六角氏を撃破しました。
その後ひと月もたたぬうちに三好三人衆(三好長逸、三好
宗渭、石成友通)に迫り、織田軍の破竹の勢いに押された
三好三人衆はいったん阿波の国に引くことになりました。

そして10月、信長は古来より日の本の中心として繁栄して
きた京・畿内を制圧し、上洛を果たしました。
義昭を奉じて京の町を進む織田連合軍。
しかしそこで見たものは、応仁の乱(1467~1477)以降、
すっかり荒廃してしまった京の風景でした。
荒れ果てた家々、町にあふれる貧しい民、響く僧の読経。
義昭は一刻も早く将軍となって民たちを救ってやらねばと
決意しました。

その数日後、足利義昭は朝廷により室町幕府の第15代征夷
大将軍に任ぜられました。
京の本圀寺に信長を呼び、礼を言って信長を「我が心の父」
とまで言い、信長を副将軍にしたいと言いました。

しかし信長は、礼を言いつつも副将軍のことは丁重に断って
辞退し、これからも織田弾正忠信長として義昭を支えていく
と宣言しました。
織田の皆が帰った後、義昭は信長の真意を光秀に尋ねました。
光秀は信長の腹の底が見えないと言い、義昭もそういう者が
いちばんやっかいだ、とわかっていました。


さて一方、秀吉や小一郎たちは台や銭の袋をたくさん持って
京の町に繰り出していました。
秀吉は信長が副将軍を辞退したことに納得がいかないよう
でしたが、竹中半兵衛は「あれは控えめではなくてその逆。
義昭の下につかないよう断った。」と考えました。
そして小一郎も、信長が控えめな人間なら少なくともこんな
ことは思いつかない、と言って持ってきた台に乗りました。

小一郎は高い位置から町の人々に大声で呼びかけました。
「織田信長様よりご祝儀じゃ!足利義昭公が将軍になられて
皆を平穏な世に導いてくださる。」
ーー笑顔でそう言って袋の中の銭をばらまき始めました。
秀吉も同様に台に乗って「めでたい!めでたい!信長公の
ご祝儀じゃ!」と人々に呼びかけて銭をばらまきました。

本当に拾っていいのか?と戸惑いながら銭を拾い出す人々。
「銭は使うときに役立ってこそ銭じゃ。これで皆の暮らしが
良くなるなら安いもの。」
そう言って他の皆にも銭をまくよう勧める小一郎。
「ご祝儀じゃ!安心せよ!戦はもう終わったのじゃ!」
小一郎は笑顔で人々にそう呼びかけ、ばらまく銭に勢いが
増し、遠巻きに見て銭を拾いにこない人のところに行って
銭を手渡しもしていました。


京での宿舎の清水寺に戻った信長は、まだ終わっていない、
これからが始まりだ、と京の町を見渡していました。
そして丹羽長秀(池田鉄洋さん)に、諸国の大名たちには
文を出したな?と確認し、長秀は、直ちに上洛して義昭に
拝謁するよう書き記したと返事しました。

文を送った主な武将たちは、甲斐の武田信玄、越後の上杉
輝虎、越前の朝倉義景、土佐の長宗我部元親、摂津の荒木
村重、大和の松永久秀、三河の徳川家康などで、信長は、
これで誰が自分の敵かわかる、と考えました。

信長が最初、岐阜に入ったときに「天下布武」を打ち立てた
ときは、京都を中心とした摂津・山城・大和・河内・和泉の
五畿内を考えていました。
しかし今では「天下布武などつまらぬ。ただの通り道じゃ。
この日の本を一つにする。」と、さらに大きく変わりました。
小高い山の寺から京の町を見下ろした信長は「天下一統」へ
の決意を新たにしました。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





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Last updated  March 19, 2026 04:37:53 PM


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