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2026年NHK大河ドラマ 『豊臣兄弟!』のあらすじ及び感想日記です。この回は私は、終盤の柴田勝家役の山口馬木也さんと前田利家役の大東駿介さんとの殺陣にただ見惚れていました。それまでのドラマの流れを忘れてしまうほどでした。 勝家役が山口馬木也さんとなったときから私は、馬木也さんの殺陣がドラマのどこかで見られたらと期待していました。馬木也さんは二十数年前の『水戸黄門』では夜叉王丸として登場し、若干ありえない部分もあったけど、ドラマの中ではインパクトのある存在で、敵の忍びを次々と倒していきました。だからこのドラマでも敵兵をなぎ倒していくのかなと思っていましたが、見せ場は利家との一騎打ちでした。 いくら利家が離反したとしても実際に勝家と利家があのように二人だけで戦ったというのはなかったでしょうが、それでもあの数分間はお二人の迫力に息をのむ時間でした。利家役の大東駿介さん、今まで気がつかなかったけどすごい筋肉ですね。腕押しの勝ち抜き戦で一番になるのも納得だし、馬木也さんとの殺陣もずいぶんと稽古されたのでしょうね。戦いがあるドラマには、やはりこういう見せ場は嬉しいです。 さて、一騎打ちの強烈なインパクトとは逆に、ほとんど力を感じない武将が登場しました。住田隆さん演じる桑山重晴です。この武将は知らなかったので調べたら、信長・秀吉・家康の時代を支えた武将の一人でした。ドラマではこれから仕える小一郎(仲野太賀さん)に特技を問われて「生き延びること」と言っていたけど、まさにそのとおりの人生だったように思えます。 そしてやはり思うのは、秀吉(池松壮亮さん)の人の才能を見抜き、人の心を動かす上手さです。一見すると頼りなさそうな桑山重晴を「役にたつ男」と評し、前田利家を説得するときには双方の女たちと実の娘・豪のことを出して情を絡ませます。エリート街道を進んできた武将たちにはわからない、百姓から這い上がってきた秀吉だからこそ、表には出ない部分が見えて、相手の心に思いが至るのでしょう。次回の越前・北ノ庄城落城、展開が楽しみです。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 天正10年(1582)12月、織田信長の嫡孫で織田家の当主である三法師を自分の居城に連れていって返さない信長の三男の織田信孝(結木滉星さん)から、三法師を連れ戻すのが正義と考えた羽柴筑前守秀吉(池松壮亮さん)は、信孝のいる岐阜に向けて出陣を命じました。信長の次男の織田信雄(山脇辰哉さん)を味方につけた秀吉は柴田勝家の領地となっていた長浜を取り戻し、岐阜の信孝との戦いを始めました。信孝は勝家の援軍を待っていましたが越前を所領とする勝家は雪で動けず、追い詰められた信孝はあっさりと三法師を秀吉に返し、母親を人質を差し出して降伏しました。 秀吉は居城の山崎城(京都府大山崎町)で重臣たちと話し合い、三法師を自分たちが守ることにしました。弟の羽柴小一郎長秀(仲野太賀さん)は信孝がこのままじっとしているとは思えず、羽柴家の軍師である黒田官兵衛(倉悠貴さん)も信孝は勝家が動ける春を待っていると考えていました。 その柴田勝家(山口馬木也さん)は、主君・信長の弔い合戦のときと同様、またしても動けなかったことを悔やんでいました。勝家に嫁いだ信長の妹・市(宮﨑あおいさん)はそんな夫を励まし、雪解けとともに一気に攻めかかれるよう今のうちに十分な支度をするよう進言しました。ただ勝家を苦しめる越前の雪は、前田利家(大東駿介さん)の妻のまつ(菅井友香さん)にとっては、戦になったら出陣してしまう夫と静かに時を過ごせる幸せな時間にだったのでした。 そんなとき羽柴家の使いの者が利家を訪ねてきたと報せがあり、副田甚兵衛(秀吉の妹・あさひの夫;前原瑞樹さん)に隠れて秀吉が現れました。雪深い道々をはるばる越えて敵対する利家のところに行って説得しようとする秀吉を家臣の皆は案じつつも、今の秀吉はどこか無理をしているのではとも感じていました。 利家は秀吉と会っていることが主の勝家に知られたら内通を疑われるので、人払いをして秀吉と話をしました。秀吉のどこかふざけたような態度に利家は怒って刀を抜いて秀吉に迫りました。でも秀吉は、そんなことをしたら豪(羽柴家に養女に迎えた利家とまつの娘;福地美晴ちゃん)や、豪を我が子のように愛しんで育てている寧々(浜辺美波さん)豪に叱られる、利家とは殺し合いをしたくない、と両家のつながりを強調しました。また妻の寧々が、利家の妻のまつは飾らずに物が言い合える唯一の友だと言っていた、とも伝えました。 そして秀吉は、羽柴と柴田で戦はしたくないから、と利家に協力を求めました。利家は、親父殿(勝家)を裏切ることはできない、秀吉こそさっさと降伏しろと迫りました。秀吉がこのまま戦となれば自分はお市様まで討つことになるからそれが恐ろしいと言うと利家は、ならば我らに降伏せよと言い返しました。秀吉は思いをこめて「今の織田では何も変わらぬ。勝家では今あるものを守ることはできても、新しき世はつくれない。戦に明け暮れる世はもううんざりだから、自分が世の中を変えると決めた。」と語りました。でも秀吉が「わしは天下人になる。」と静かに決意を伝えると、そこまで考えていたのかと利家は一瞬呆然とし、すぐに我に返って「思いあがるな!」と怒鳴りました。それでは秀吉は動揺することなく「百姓上がりの自分だからこそできる世をつくってみせたい。」と言って利家に改めて協力を求め、利家に深く頭を下げました。しかしそれは利家が秀吉の下につくということで、怒り心頭になった利家は秀吉をたたき出しました。 秀吉は主の織田家を我がものにしようとしている、織田家を守るために雪解けとともに出陣すると決めた勝家は、家臣を集めて皆を鼓舞し、英気を養うために酒宴を設けました。そこに集うのは勝家を親父殿と慕う武将ばかりです。利家と佐々成政(白洲迅さん)は勝家に酒を注ぐ一番乗りを争って喧嘩を始める始末です。そこで勝家は自分も含めた腕押しを皆に競わせ、勝ち抜いた者には褒美を取らせると言いました。 広間で男たちが力比べに熱中しているころ、茶々(市の長女;井上和さん)は母の市に、母が亡き伯父の信長から授かった守り刀を自分に預けてほしいと言ってました。茶々は自分が羽柴の人質となり、隙をついて秀吉の首を取ることを考えていて、市はふっと笑ってしまいました。市自身、その昔の桶狭間の戦いのときに兄の信長に同様のことを申し出ていて、その折に信長は「義元ごときのためにお前はもったいない妹よ。」と言って兄は笑ったのでした。そして今は市が茶々に、あんなサルごときにもったいない娘と考えていて、茶々を引き止めたのでした。市は茶々の一途な思いを受け止めつつも、茶々も本当は怖いから守り刀を持っていたいのだろう、と理解していました。市は茶々を抱き寄せ、浅井にいたときの小谷落城(1573)に続いて再びこのような恐れを抱かせることを詫びました。そして、茶々・初・江のことは自分が必ず守る、戦は怖いが運れて初めて自分で人生を選べる今は喜びに満ちている、と笑顔になりました。茶々は母の言葉の意味がまだよくわかりませんでした。 広間の男たちの力比べは進み、最後は利家が主・勝家にも勝って一番となりました。約束の褒美を問われたとき利家は、勝家が天下人になって新しき世をつくってほしい、と必死で訴えました。しかしその言葉に勝家は激怒し、そのようなことは自分は望んでいない!上様(信長)の作った織田家を守り三法師を天下人にするのが自分の務め、つまらぬことを口にするな!と利家を叱りつけました。利家は勝家に詫びて退室したけど心の中では秀吉の「今の織田家では」の言葉が何度もめぐっていました。 居城の山崎城に戻った秀吉は利家とのことと、越後まで足を伸ばして上杉が羽柴に味方するとの約定を取ったことを皆に報告しました。官兵衛は、これで佐々が北國に足止めになれば数でも我らに分があると考え、蜂須賀正勝(高橋努さん)は秀吉に命じられた砦の工事が着々と進んでいると報告しました。秀吉もまた雪解けの戦に備えて周到に準備していました。 天正11年(1583)3月、勝家は2万の軍勢を率いて越前・北ノ庄城を出陣し、北近江の柳ケ瀬(現在の滋賀県長浜市余呉町、近江と越前の国境)に陣を構えました。一方、木之元(滋賀県長浜市の北部)に陣を構えた秀吉も、国境に築いてあった砦に軍勢を差し向け、両軍は北近江にて対峙し、どちらも容易に動けませんでした。 しばらくにらみ合いが続いた後、羽柴に人質を出して従っていた岐阜の織田信孝が挙兵し、秀吉は後のことを小一郎に頼み岐阜に出陣していきました。秀吉は出陣するにあたり小一郎に、かねがね小一郎に預けたいと思っていた強者を置いていきました。小一郎に挨拶にきた、兄が「頼りになる男」と言っていた桑山重晴(住田隆さん)という者は、風貌は強者には見えないけど「何でもでできる」とのことでした。小一郎が桑山に配置を命じようとしたら藤堂高虎(佳久創さん)が、中川清秀(すがおゆうじさん)が守る大岩山砦が敵の手に落ちたと急報に来ました。小一郎は中川の身を案じましたが桑山は、中川も生き延びるのが得意なのでは(これは寝返りでは)?と意見しました。果たしてそれは桑山の読み通りで、そのことは急ぎ美濃の大垣城近くに布陣している秀吉に伝えられました。秀吉は急ぎ小一郎のところに戻ることを決意し、家臣たちを鼓舞して賤ケ岳に駆けていきました。 田上山砦を守る小一郎のところに敵の佐久間信政(遠藤雄弥さん)の軍勢が押し寄せてきます。桑山は、この後で前田の軍勢が来たら終わりだからここは逃げるべきだと進言しました。しかし小一郎は兄・秀吉は必ず来ると信じて、家臣たちを指揮して戦いました。田上山砦の苦戦を聞いた勝家は援軍に利家を向かわせることにして、使者を遣わしました。使者から勝家の命令を聞き、承知したと返答した利家ですが、心の中では出陣前に胸の内を伝えた、勝家と、妻のまつと、そして秀吉の言葉が幾度も繰り返されていました。 そんなころ田上山砦では柵を破って敵兵が中に入ってきて、羽柴方は押されていよいよ危うくなりました。しかしそのとき秀吉が到着して「かかれ~!運を開けー!千年に一度の大戦ぞ!」と家臣たちを鼓舞し、形勢は一気に逆転しました。前田隊が援軍に来ないことに苛立つ佐久間。そこに加藤清正(伊藤絃さん)が来て一騎打ちとなり、命からがら逃げ出しました。 佐久間勢が敗走となったと報を受けた勝家は、家臣たちに直ちに羽柴を迎え討つ備えをするよう命じました。皆が散開した陣の庭に利家が一人現れました。勝家は、援軍を命じたのに動かなかった理由を聞いてももはや意味がない、と利家に言いました。利家は勝家に、秀吉を説得するから仏門に入るよう進言、しかしまだ負けると思っていない勝家には、到底受け入れられないことでした。利家を許せない勝家は刀を抜いて利家の首をあげようとしたので、利家もとっさに刀を抜いて応戦しました。 「死にたくなければわしを殺せ!」と本気で挑んでくる勝家に対し、利家は武器を得意の槍に持ち替えました。互いに一歩も退かぬ真剣勝負が続き、最後は勝家の刀が利家の首筋をとらえました。しかし勝家は情けをかけて利家を逃すことにし、二度と自分の前には現れないように言って立ち去りました。利家が「親父殿に上様の跡を継いでほしかった!親父殿とともに新しき世をつくりたかった!」と勝家の背に叫ぶと勝家は振り返り、少し利家に歩み寄り言いました。「わしは織田家家老、柴田勝家じゃ!今さら変わることなどはできん。」そしてかがんで利家と目線を合わせ「その願いは別の者と果たせ。」と穏やかな声で言い含め、小雪が舞う戦場の陣を去っていきました。 その後で利家のところに中川清秀が来て、寝返った自分の働きに礼もない柴田勢に悪態をついていました。すると利家が振り返りざまに中川を刺し、自分も寝返ったと言って中川の首をとり、秀吉の陣に届けました。静かに自分を迎える秀吉を見据え、利家は「約束しろ!天下人になるならこの日の本中に、ずっと雪を降らせろ!」と叫び、利家の言いたい意味をよくわからないままだけど秀吉は「約束する!」と答えました。利家は秀吉に歩み寄って深く頭を下げ、そして秀吉もまた利家に深く頭を下げました。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
August 26, 2026
2026年NHK大河ドラマ 『豊臣兄弟!』のあらすじ及び感想日記です。今回の話では、私の中で「長く付き合ってきたからこそわかる」という部分をいくつか感じました。 その一つが、秀吉(池松壮亮さん)と市(宮﨑あおいさん)の対立と決別です。まあ秀吉と市はそれほど接触があったわけではないけど、他の織田家家臣たちよりは互いに心の交流がありました。だから、自分たちを取り巻く状況が大きく変化して、今までのような関係はもう保てないと双方が同時に理解し、秀吉と市は互いに最大の敵と認識しました。もう一つが、秀吉と弟・小一郎(仲野太賀さん)の関係です。清須会議でいろいろ決まってひと段落したと思ったら、秀吉は小一郎に内緒で各地の諸将に勝手に文を送りまくっていました。羽柴家の決定権は当主である秀吉にあります。でもいちばん身近な小一郎に反対されたらやっぱりやりにくい。今までさんざん無理難題を言って、それでも自分についてきてくれた弟には弱いのです。小一郎もそんな兄をわかっているのでしょう。 そして大徳寺での葬儀の場で自分に差し向けられた刺客に対し、秀吉は「上様の葬儀の間は血を見たくない。もし此度のことで滝川のもとにいられなくなったら自分の家来にする。」と"場"のもつ意味を尊重し、刺客たちを許しただけでなく、その先のことまで約束してやりました。そこにいる皆は「秀吉は情けと理解ある、懐の深い大将だ。」と感じ入り、家臣の皆は「大将は突発的なトラブルを演出してアピールする材料にできる人だ。」と思ったことでしょう。そして小一郎は、兄はそういう大人物なのだ、とそれこそ長く付き合ってきたからこそわかるのだ、と思いました。 次回は賤ヶ岳の戦いですね。秀吉と小一郎兄弟が他の武将たちとどんな駆け引きをするのか、どんな戦法になるのか、楽しみです。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 天正10年(1582)8月、織田信長・信忠亡き後の織田家の後継者を決める清須会議において、羽柴筑前守秀吉(池松壮亮さん)は他の家老たちをうまく出し抜いて織田家筆頭家老となり、また所領も織田家中では最大のものを手にしました。そんな秀吉の動きを危ぶむ市(宮﨑あおいさん)は柴田勝家(山口馬木也さん)に自分を娶るよう言い、勝家の居城である越前の北ノ庄城に移り住みました。とはいえ勝家、長い間ずっと主君・信長の妹御として仕えてきた市なので、なかなか夫婦らしくはなれませんでしたが。 一方、秀吉は山城に新たに山崎城(京都府大山崎町)を築いて居城としていました。市が勝家に嫁いだことが不思議でならない家臣たちに秀吉は、織田家と三法師(信長の嫡孫;清水伊織くん)を支えていくために自分が婚儀を勧めたと説明、羽柴家の軍師である黒田官兵衛(倉悠貴さん)は、秀吉と弟の羽柴小一郎長秀(仲野太賀さん)は市と親しい仲だから何かのときは市が勝家との間に立ってくれるだろう、と読んでいました。秀吉は勝家と争う気はないと言うものの、小一郎は兄の話し方に何か言葉の裏にあるものを感じていました。 そんなところに浅野長吉(秀吉の義妹・ややの夫;大地伸永さん)が安土からの急使の文を持ってきました。文には、信長の三男の織田信孝(結木滉星さん)が安土城の修繕がままならぬことを理由に三法師を岐阜に連れていって手放さない、とありました。秀吉は、信孝は三法師の叔父ではあるが織田家は家老4人で支えると決まった以上は看過できないと考え、秀吉の真意をくむ官兵衛は「よき大義名分ができた」と喜んでいました。ただ小一郎は、このまま力で三法師を奪い返せば我らが筋を曲げたと周囲に取られかねんと慎重であり、まずは安土城の普請をしている丹羽長秀(池田鉄洋さん)に普請を急ぐよう頼もうと考え、秀吉もこの件での他の家老たちの考えも知りたいと小一郎に賛成、また官兵衛の言うようにこの件を裏で誰かが糸を引いているやもと思い、調べることにしました。 秀吉は早速、越前北ノ庄にいる市に文を送りました。初めは市を見舞う文面で、それから信孝のことに触れ、早く三法師を安土に返すよう市から口添えを願うと、さらに万一勝家がこの件に関わっているならすぐに手を引くよう諫めて欲しい、とありました。先に勝手なことをしたのは秀吉だと怒る勝家に市は、だから自分がここにいる、と語りました。市は、秀吉は兄・信長が目指した世を自分がつくろうとしている、そのためなら織田家をも滅ぼす覚悟でいる、私にはそれが見抜けるが秀吉と渡り合う力はないから力を貸して欲しい、私を妻にし、信長の妹である私を旗頭にして逆臣・秀吉を討って欲しい、とあのとき勝家に頼んだのでした。 そのころ小一郎は長秀に安土の普請を急いでもらうために、近江の坂本城(滋賀県大津市)にいました。長秀は三法師のお披露目で秀吉に出し抜かれたことや所領の配分のことで、さらに今も秀吉が勝手に諸将に何かと命令していることを知って強く腹を立てていて、秀吉の要望を聞く気などありませんでした。小一郎は必死に詫びましたが長秀は、この先三法師を秀吉と共に支えることはできないと言い、怒って退席しました。 部屋を出た小一郎は廊下で北陸にいるはずの前田利家(大東駿介さん)とすれ違いました。秀吉のことが不愉快な利家は小一郎に対しても不機嫌そうに返事をし、信孝の件も何とも思わないとのことでした。そして信長が討たれたときも、本当はすぐに弔い合戦に行きたかった親父殿(勝家)を自分が引き止めざるを得なかった、勝家共々悔しくて仕方がない、明智を討ったからといって図に乗るな!、と秀吉に伝えるよう小一郎に言いました。 戻った小一郎から報告を聞いた秀吉は、利家のその様子ではやはり柴田は裏で信孝と通じているようだと考えました。そして小一郎が、兄が自分の知らないところで諸将に勝手に文を送っていたのかを問うと、秀吉はあっさり認めました。「小一郎に言うと止められてやらんかった。それでは何も変わらぬからのう。わしの名を世に広めるには今しかない。おかげで直に通じてくる者が数多く現れたぞ。」自分が天下一統をすると決め、一番身近な弟をだますことに悪びれる様子もない秀吉は、思いを語りました。「こんなとき上様(信長)ならどうするか。近頃はいつもそればかりを問うてみるのだ。」そのとき小一郎がひらめきました。羽柴で上様の葬儀を執り行う、三法師が喪主になれば信孝だって連れてこないわけにいかない、皆が一堂に集まった場で今一度話し合うのだ。小一郎は兄の暴走で羽柴が孤立しないよう考えました。 信長の葬儀の件の文を、秀吉は諸将に送りました。しかし諸将からの返事はことごとく欠席であり、特に勝家は上様の葬儀までも道具にするとは!と怒り心頭でした。それで勝家は、市が喪主となる信長の葬儀を妙心寺で密かに行い、諸将らはこぞってそちらに参加しました。ただ秀吉には声がかからず蚊帳の外でした。このとき秀吉は、自分の敵は信孝や勝家だけでなく、最大の敵が市であることを確信しました。そこで秀吉は考えました。「上様から羽柴に養子に迎えた秀勝を喪主とした葬儀を行い上様を弔う。上様を盛大に弔いたい。」羽柴の孤立を案じる小一郎をよそに、秀吉は意気揚々でした。 天正10年(1582)10月、京の大徳寺で秀吉による信長の葬儀が執り行われました。この葬儀には茶人の今井宗久(和田正人さん)に協力を仰ぎ、その宗久は実はこれは千宗易という人物の力によるものだと小一郎に教えてくれました。そう話しているとき、藤堂高虎(佳久創さん)が急ぎの用で来て小一郎に耳打ちし、小一郎はいったん座を外しました。高虎に案内されて別室に向かうと、葬儀のどさくさに紛れて秀吉を討とうとしていた3人の賊が捕らえられていて、服の中に飛び道具の小刀を何本も忍ばせていました。小一郎がどこの手の者かと問うても口を割らなかったけど、男の小刀から滝川一益の手の者かと推察しました。まだ葬儀が続いているので、小一郎は高虎らに他に仲間はいないか、厳重に警備するよう命じました。 読経の後で秀吉は亡き信長が好んでよく舞った「敦盛」をあのころの信長を思い浮かべながら舞いました。舞いの後で参列者に挨拶をし、羽柴秀勝(柊木陽太くん)を紹介して自分と織田家のつながりを強調しました。廊下に出て信長がいる天を仰ぎ、命をかけて三法師を守り、信長が目指した新しき世をつくると皆の前で誓いました。そして秀吉は先ほど捕らえた3人の賊を皆の前に引きずり出して刀を抜きました。まさかこの場で自ら処刑するのか?と思われた瞬間、振り下ろした刀を寸止めして縄を切ってやりました。上様の葬儀の間は血を見たくないと言い、他の2人も縄を解かせました。そして賊たちを滝川一益の名代として扱い、腰をかがめて穏やかな声で「次からは退かぬ。」と滝川に伝えるよう言い、その後は大きな声で、もし此度のことで滝川のもとにいられなくなったら自分の家来にすると皆に聞こえるように言い、「わしと共に面白き世をつくろう!」と声高らかに自分の目指すものを訴え、皆に存在感を示しました。秀吉の情けを受けた3人の賊は早々にその場を去りました。秀吉のやり方を嫌っていた利家でしたが、このとき秀吉を物陰から見ていて何か思うところがあったようでした。「皆の者、大儀であった!」ーー秀吉が礼を述べると参列した一同は低頭し、それから秀吉は桶狭間の戦いの後で信長から褒美でもらった草履を信長の霊前に供えました。「これで、お別れにございます。」秀吉の万感の思いをこめた振舞いでしたが、賊という突発的なことでさえ自分のために利用してしまう兄の一連を見ていた小一郎はある種の感心をして「この人たらしめ。」とつぶやいてしまいました。 葬儀のときの出来事を名代として出向いた家臣から報告を受けた丹羽長秀は、やはり自分が行くべきであったか、と少し悔やみました。でもすぐに我に返って、こうやって皆はあいつに騙される、油断も隙もあったものじゃないと真顔になり、秀吉から預かってきたという巻物を家臣から受け取りました。一方、岐阜の織田信孝は叔母の市から三法師を北ノ庄城で預かるとの文を何度ももらっていましたが、越前は寒いという理由で三法師を渡さないようにしていました。そして滝川一益(猪塚健太さん)からは、賊として送った者たちが秀吉の家来になってしまった報告を受けました。秀吉の動きを警戒する信孝は何か考えたようでした。 また前田利家から大徳寺での葬儀とその後の秀吉の動きを聞いた勝家は、秀吉が三法師を取り返しに強引に動けば秀吉を討つ大義名分ができるのに、と残念そうでした。市がくれぐれも油断しないよう利家に言うと、利家は秀吉のことを外道と言い、市と三法師は自分たちが必ず守る!と力強く宣言しました。そんなところに使い者から、小一郎が市に面会を求めて今この城に来ている、と報せがありました。 挨拶をする小一郎に市は遠いところよく来たと労いました。小一郎は確かに遠い道のりだけど、これから我らが進もうとしている道に比べればどうということないと言い、市に「今ならまだ引き返せる。」と暗に訴えました。しかし市は、兄・信長はもうこの世にはいない、あのとき道は分かれた、こうなる道を選んだのは秀吉だ、と。小一郎は、羽柴はけっして織田家をないがしろにはしない、市を悲しませるようなことはしない、と強く訴えました。しかし市は小一郎に、所領の割譲と人質を出すよう難題をつきつけ、それはできまい、と。さらに、秀吉から見たら今の織田家は無様に思えるだろうが、それでも我らは誇りを守らねばならぬ、秀吉は自分が新しき世をつくるなら織田を滅ぼすしかないとわかっている、それが秀吉の覚悟だ、と思いを語りました。 市がそこまで考えていたとは気づかず涙する小一郎。市は小一郎の前に来て兄・信長から授かった短刀を出し、私を殺してみよと、それができぬなら新しき世をつくるなど到底成し得ぬ、と迫りました。あまりの無理難題で小一郎が言葉も出ないと市は「兄上の志は私が受け継ぐ。お前らなどには渡さぬ。」そう言って退室しようとして再度振り返り「そなたらを止めることが今一度、生きる力となった。礼を申す。」と。そんな市の後を追って小一郎はなぜか笑顔になって市の背中越しに「また参りまする!」と大声で返事しました。 そのころ丹羽長秀は再び自分を訪ねてきていた前田利家に、羽柴につく、柴田にはつかない、と考えを伝えました。その理由を問われた長秀は、大徳寺での葬儀の後で秀吉から渡されたあの巻物を利家の前に広げました。巻物には羽柴につくことを誓い起請文を交わした織田家諸将の名がずらりと並んでいました。長秀は穏やかに言いました。「わしのほうが秀吉よりはるかに高みにいたはずだった。なのに気づけば今は自分が秀吉を見上げておる。口車に乗ったわけでも情にほだされたわけでもない。わしは羽柴秀吉に屈服したのだ。」長秀のその言葉には見栄も悔しさもなく、ただ秀吉の力を認めて秀吉に協力、否、下につく覚悟がありました。 その秀吉は重臣たちを集め、信孝の一連の振舞いを非難し、今や美濃の我が味方する者たちが討たれようとしていて看過できない、たとえ織田家の御仁であっても容赦しない、と三法師奪還の意思を伝えました。このときすでに信孝の兄の信雄から羽柴の後ろ盾となる約束も取り付けてあり、信雄には清須で三法師を連れ去る企てもあったが信雄が織田家の正当な血筋であることに間違いはないから信雄を味方につけてもかまわない、と秀吉は考えていました。自分が進む道のためなら本当になんでもやる兄を見て、小一郎は市の「覚悟」という言葉を思い出していました。「これより岐阜に向けて出陣いたす。」ーー信孝という織田の血筋との戦いに重臣たちは若干のためらいを感じつつ、秀吉の命令に一人一人と承知していきました。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
August 20, 2026
2026年NHK大河ドラマ 『豊臣兄弟!』のあらすじ及び感想日記です。 この回は、信長亡き後の織田家をどうするかがテーマとなった清須会議で、自分が優位になるよう事前に策略を巡らせた秀吉(池松壮亮さん)と、信長~信忠の遺児の三法師を主君として他を考えていなかった柴田勝家(山口馬木也さん)の言動の対比が面白い回でした。 秀吉は「織田家を守るために」と看板を掲げつつも、最終のゴールは信長の遺志を継いで自分が天下一統をすることです。秀吉は会議の前に弟の小一郎(仲野太賀さん)に皆の動向をリサーチさせ、はじめに宿老の意識から信雄と信孝をうまく排除、それから三法師を使って自分が織田家筆頭家老になるように仕向け、まんまと成功しました。 勝家のように主のためなら、戦でやるとなったら猪突猛進する人にとって、相手の心の隙をついて策を巡らす秀吉みたいな男は好かんでしょう。そんな勝家ですが、秀吉は嫌いだけど三法師を守るために体を張って崩れる棚を止め、秀吉が市に面会しに行くときも秀吉なりに市の心を守ろうとしていることを察し、この男も自分と同じ亡き信長に男惚れした者同士であることは認めました。 ただ勝家にとって信長の妹である市(宮﨑あおいさん)は、どんなに心に秘めていても、大事に思うあまりけっして手を出すことができない高嶺の花です。ましてや夫婦なんてとんでもないことです。なので何か考えがある市は、勝家に承諾させるために「私を娶れ。」と主命に近い形をとりました。今まで秀吉を好意的に見ていた市が、清須会議の後で秀吉を見る目がどう変わるのか、次回が楽しみです。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 天正10年(1582)6月2日、天下統一を目指して一大勢力となっていた織田信長と嫡男の織田信忠が本能寺の変により倒れ、これからの織田家をどうするかというときでした。羽柴筑前守秀吉(池松壮亮さん)は、織田家の跡を継ぐのは信忠の子で信長の嫡孫にあたる三法師(清水伊織くん)がよいと考えていました。弟の羽柴小一郎長秀(仲野太賀さん)は、まだ3歳の三法師が織田家を継ぐのは、と意見しましたが秀吉は逆に、三法師が元服するまで誰かが名代となって政を預かるのがよいと。信長には次男の織田信雄(山脇辰哉さん)と三男の織田信孝(結木滉星さん)がいるもののどちらも評判が芳しくなく、織田家の家臣の皆は信雄と信孝のどちらにつくのか、それとも他によい手だてはないものか、と秀吉は考えていました。 兄・秀吉から内密に自分に重大な話があるときは何か役割を頼みたいということだと小一郎はわかってまいした。先日の山崎の戦いで嫡男の与一郎を失ったばかりの小一郎は、与一郎を失って自分以上に傷ついている妻の慶(吉岡里帆さん)のそばにいてやりたく、快諾できませんでした。しかし話を聞いた慶は、戦に明け暮れるこの世を変えるのは与一郎の願いだから夫・小一郎にも存分に働いてほしい、と秀吉と小一郎に訴えました。小一郎は慶の言葉を胸に刻み、秀吉は「いつまでも泣いていたら上様(亡き信長)にどやされる。」と気持ちを新たにして、6月20日、二人は清州に向けて出発しました。 長浜城を出発する前に秀吉は妻の寧々(浜辺美波さん)や母・なか(坂井真紀さん)らの城を守る女たちにあることを頼んでいました。それは家督を継いだ三法師への祝いの品にふさわしい小袖を縫ってほしい、というものでした。羽柴の名を汚さぬよう立派な小袖を。秀吉を援護するための、女たちの戦いが始まりました。 一方、尾張の清須城では、兄・信長の横死の報を受けてから生きる気力を失った市(宮﨑あおいさん)が食事も摂れず、誰とも会わずにずっと自室にこもっていました。柴田勝家(山口馬木也さん)は領地の越前で獲れた海の幸を持って市を見舞いました。ふすまの向こうで勝家の声を聞いた市は入室を許しましたが、勝家は信長を守れなかったことをひたすら市に詫びるだけで、けっして中には入ろうとしませんでした。 退室した廊下で勝家は秀吉と顔を合わせました。悲しい顔をひとつせず市に明智討伐の報告を、と誇らしげに言う秀吉に腹が立った勝家は思わず秀吉の胸倉を掴みました。「上様が亡くなってなぜそのように笑っていられるのだ!」秀吉は目に涙を浮かべ静かに答えました。「お市様の前では泣き言は言いたくない。お許しを。」信長を失った悲しみと市の身を案じる思いはこの男も同じだとわかった勝家は秀吉を放しました。 秀吉が市の部屋の前に行くと、市と亡き浅井長政の長女の茶々(井上和さん)が取り次ぎにいました。秀吉の声を聞いた市がふすまを開けるよう茶々に言いました。ふすまが開かれ、秀吉が平身低頭で明智討伐の報告をして顔を上げたとき、そこには目を疑う光景がありました。生気を失くした市が化粧もせず髪も乱れたままただそこに座っていて、部屋にはたくさんの文が散乱していました。兄・信長からの文を何度も読み返しながら市は、あのころに戻りたい、先のことなどどうでもよい、となげやりでした。秀吉は市に、自分が信長に代わって織田家を守る、信長の目指した天下一統を必ずや成し遂げる、と声を大にして市に誓いました。そして秀吉は少し言いにくそうに声を落として、そのために市に力を貸して欲しい、と訴えました。 兄・秀吉が市を見舞っている間、小一郎は織田家の各武将を訪ねて、織田家の跡継ぎに関する動向を調べていました。兄弟がまだ名も無い足軽のころから取り立ててくれていた丹羽長秀(池田鉄洋さん)は意外に口が堅く、信雄と信孝のどちらにつくかはっきりしませんでした。信雄につくと言う池田恒興(堀井新太さん)でしたが、その態度に小一郎は何かあると感じました。そこで小一郎は次は信雄のもとへ。やたら自分の機嫌をとるような小一郎の物言いに、信雄は何か望みがあるのかと問いました。小一郎が摂津が欲しいと言うと信雄は困った顔をし、察した小一郎は恒興のことをにおわせて退室しようとしました。すると信雄は慌てて小一郎を引き止め、摂津は秀吉にやると。ところがそこへ信雄の侍女が来て声をかけると信雄は慌てて小一郎を退室させ、侍女が中に入ると人払いを命じました。 その夜、小一郎は調べ回ったことを秀吉に報告しました。滝川一益は北条と対峙していて明日の清須での会議には間に合わないと文で報せがあり、秀吉には好都合でした。ただ先ほど信雄が侍女と二人だけになったことに小一郎はどうも引っかかっていました。また秀吉は、明日の会議の前に、今宵のうちに重臣たちで評定をして意向を固めておくのがよいと考え、勝家と長秀と恒興を密かに呼ぶよう小一郎に命じました。 集まった3人に秀吉は、信雄と信孝がいないほうが遠慮なく物言いができると説明し、他の部屋には聞こえぬよう声を落として4人で評定が始まりました。小一郎が調べたとおりの返答をする3人です。それに対して秀吉は、我ら4人のそれぞれの長所を生かして4人で三法師を支えてはどうか、と提案しました。理想的ではあるがそれはうまくいくまい、と意見する恒興に秀吉が摂津のことで鎌をかけると、恒興はすぐに口に出してしまい、勝家と長秀の前でばつが悪そうでした。秀吉はそんな恒興を諫め、大事なのは織田家の安泰であり、我らは私利私欲を捨てなければいけないと訴えました。 もとから秀吉の意見を聞く気がない勝家が、織田家の血筋でない我らが考えることではないと一蹴しようとしたとき、秀吉から思いがけない話がでました。秀吉は、自分には上様(信長)から養子に迎えた秀勝がいる、長秀の妻は上様の親族、恒興は上様と乳兄弟、だから勝家にも織田家と深いつながりを持つために市を娶ってほしい、と言い出しました。秀吉は市に面会したとき、織田家のために勝家に嫁ぐよう訴えていて、市はしばらく考えて了承、そして勝家も了承すればと念を押していました。市を我がものになど畏れ多くてできないと激高する勝家が秀吉に掴みかかったとき、小一郎が慌てて入ってきました。三法師がいなくなった、あのときの侍女が連れ去ったようだ、と皆に報告しました。 三法師はおそらくまだ城の中に身を隠している。ただ家来を総動員して大事にすると三法師の身が危ないかもしれない、我らだけで探すのがいい、となり小一郎を含めた5人で城中を探し回りました。あらゆる箇所を探し回り、あとはここだけという部屋に来たときに、ようやく三法師が見つかりました。秀吉が三法師に駆け寄ったとき、隠れていた侍女が短刀で襲い掛かってきてもみ合いとなり、その拍子で棚が崩れてあわや三法師の上に。秀吉がとっさに三法師をかばって事なきを得ましたが、ふと振り返ると勝家が崩れる棚を体を張って受け止めていました。その後、逃げられぬと悟った侍女は自害。秀吉は三法師を抱えて保護し、小一郎が声をかけると控えていた福島正則(松崎優輝さん)と加藤清正(伊藤絃さん)が来たので、秀吉は二人に三法師を守るよう命じました。 ひと段落したとき、長秀がふと言いました。「こうして我らで力を合わせたのはいつ以来か。この清須城から上様と共に戦に出向いたときのことを思い出して久々に胸が躍った。」先は見えないけど無我夢中で皆で信長についていったあのときのことを思い出した長秀は、皆で三法師を支えるという秀吉の案に賛成すると言いました。すると恒興も賛同、勝家も渋々賛同、ただし勝家は市との婚儀はなかったことにとくぎを刺しました。勝家は本心では市が好きで仕方がないとわかっている長秀が勝家に「いいのか?」と念を押しました。それでも勝家は受け入れられず、照れ隠しで怒鳴ってその場から去っていきました。 それから数日後、京の妙覚寺にて家督を継いだ三法師への初お目見えが行われることとなりました。このとき秀吉は領地の分配によって畿内の主要地を手に入れ、織田家中で最大の勢力と躍進しました。そして長浜城で寧々ら女たちに頼んでおいた三法師のための小袖も妙覚寺に届いていました。羽柴家の象徴である瓢箪が描かれた小袖を三法師に着させた秀吉は、幼い三法師に何かの稽古をさせていました。 広間では新たな織田家の当主となった三法師が登場するのを織田家の諸将たちは待っていました。世話役の秀吉が遅れていて皆が苛立ちを隠せなくなったころ、秀吉が三法師を抱いて現れました。「お待たせいたしました。上様のおなりでござりまする!」小一郎が声を張りあげると一同は平伏し、三法師を抱いて上座で立ったままの秀吉は一同を見下ろす形となりました。 頭上から秀吉の声が聞こえてきて勝家ら家老たちが顔を少し上げてみると、秀吉が当たり前のように上座にいます。三法師を敷物に降ろし、その横に胡坐で座った秀吉が堂々と「これからは、”織田家筆頭家老となったこの羽柴秀吉" が、ここにいる者たちと共に力を合わせ、三法師様をお支えいたしまする!」と宣言し、三法師に目配せして微笑みました。すると三法師は「うむ。頼りにしておるぞ、秀吉」と嬉しそうに言い、計画通りにうまくいった秀吉は「ははぁ~。すべてお任せくださりませ!」と高らかに応えました。 意表を突かれまったく予想だにしなかった展開に家老たちはただ目を丸くして言葉を失い、秀吉から「よいな、皆の衆。」と言われたときには下げなかった頭も、三法師から「よいな、皆の衆。」と言われたら平伏するしかありませんでした。清須での話し合いからしてまんまと秀吉にやられたと勝家と長秀と恒興は悔やみましたが、すべては後の祭りです。「自分が上様(信長)の思いを継ぐ。」と本気で決めた兄の手腕を見た小一郎は、これからも兄を助けて共に天下一統をと心に誓いました。 三法師の初お目見えの後、兄・信長の横死以来、ずっと気鬱だった市は化粧をして身なりを整え、勝家を呼びました。「やらねばならぬことができた。勝家、私を娶れ。」市は何かを決意して勝家にそう命じ、勝家は市の真意を計りかねるまま市の顔を見上げていました。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
August 13, 2026

今年のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』。今週はお休みでしたが、気がつけばもう8月に入っていて、1年の半分以上が過ぎていました。 毎年、大河ドラマに合わせてご当地で1年間限定で開かれる大河ドラマ館も何か所かで開催されています。私は地元の名古屋のは、春に行ってきました。だいたい大河ドラマ館は半年でリニューアルされるから、名古屋の中村公園のところもそろそろ・・と思っていたら、つい先日の7月末に後半仕様になりました。前半は秀吉と小一郎兄弟の、貧しい百姓時代からのスタートだったから、後半は二人や周りの人たちの衣装など、かなり華やかになったのではと期待しています。 で、そのリニューアル情報を探していたら、名古屋市のHPにとても嬉しい情報がありました。 名古屋中村 大河ドラマ館についてお知らせで、なんと、夏休みの間は小・中学生の入館料が無料になります。 夏休み期間の小中学生無料開放キャンペーン期間:2026年7月17日(金曜日)から8月31日(月曜日)まで対象:小学生、中学生内容:通常入館料400円が無料になります(名古屋市HPより) そして今度の土曜日の8月8日には、なんと! 名古屋の「まるはちの日」として、大河ドラマ館が無料開放されます。 「888(はちはちはち)の日」無料開放キャンペーン およびオリジナルコットンバッグ限定配布2026年(令和8年)8月8日(土曜日)を「名古屋に拍手!まるはちの日」とし、「大河ドラマ館」を無料開放します。併せて、豊臣ミュージアムにて「NAGOYA」オリジナルコットンバッグを限定配布します。日時:2026年8月8日(土曜日) 午前9時から午後5時まで(最終入館は午後4時30分まで)内容:通常入館料 大人800円・小人400円 が無料となります(名古屋市HPより)詳しくは ⇒ ⇒ こちら さて話を変えて、我が家の庭の様子です。春が過ぎたころ、ホームセンターのガーデニングコーナーを何気なしに見ていたら、野菜の苗がいろいろと出ていて、ふとスイカの苗が目に留まりました。「ベランダでも育つ」とあったので、庭のプランターでやってみようと思い、スイカとミニトマトを植えました。 スイカの苗を植えて、しばらくしたら花が咲いて、その後でこんなにも可愛いベビースイカができていました。ちゃんとスイカの模様になっていることに感激でした。 ただスイカの苗を2本植えても、実がなったのはそれぞれの1つずつでした。その後、直径8センチくらいで成長が止まり、もうダメになったのかな?と。ところが、こんなチビなのに、意外なほど甘くておいしかったです。 ミニトマトも、いい感じで実がなりました。自宅だと完熟で採れるので、おいしいトマトになりました。 黄色い実がなるトマトも植えました。夏がきたらグングン成長して、放っておいたらジャングルのように(汗)こちらのトマトは甘くないので、スープや炒め物に使ってます。
August 4, 2026
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