セレンディピティ

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2010/10/30
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カテゴリ: カテゴリ未分類
台風が上陸するなか嘘のように晴れて、 予定通り仲間と山歩きができました。

早朝、車の中からは、雲海がきれいに見えて歓声をあげました。

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駐車場でほかのグループとも合流し、 けっこう険しい山道を登り

途中、見晴台で眺めると【天使のはしご】が・・・いつまでも見飽きませんでした。

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山頂に着いて、お弁当をひろげ至福のときを過ごしましたが

そこにあった紅い祠は、あとで調べると【富士浅間神社】だと分かり驚きました。

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富士山と何ら関連がないと思える山にも【富士浅間神社】があるというのは 珍しくなく、

富士山の神霊として考えられている浅間大神と木花開耶姫コノハナノサクヤヒメを主祭神

とする 浅間神社は全国に存在するそうです。

富士浅間神社に伝わる古史古伝【宮下文書】は、

現在の 天皇家以前に日本に先住していた【天の王朝】として

日本渡来前の伝承を記してあり、実に 貴重な資料です。

天の王朝(東表国・豊日国・金官加羅国) とは

BC800年頃、タルシシ船でコーサラ国を経て 九州に東表国 を建てた 日本最古の王朝

エビス王クルタシロス(首露王)のエビス王朝 ですがクルタはタルシシ船支配者の意味。

エビスはエレサレムの エブス人 です。エブス人もオッフル人も紅海とアラビア海の海人でした。

のち邪馬壱国に敗れるまで、 九州全域を1000年間支配し 、譲った後、 朝鮮半島の弁辰地域

金海を飛地として支配し 駕洛国・金官加羅 金氏 中臣氏 になりました。

この王家は【記紀】では孝昭、孝安、孝霊、孝元、開花とつづき、後の倭の五王に至ります。

この王家から金氏が分離して【 新羅 】をたてます。


BC1300年以降、殷墟にトウテツ文様の青銅器が現れ、国東半島から東洋一の製鉄遺跡

発見され、 付近には多数のトウテツ文様青銅器が発掘されました。

エルサレムのエビス人は、フェニキアやエジプト人と共に船団を率いて マレー半島を廻って

山東半島まで到達し、その後、北九州国東半島に到達し、香春山の銅鉱石を採集し

製鉄基地をたてて、殷の青銅の原料にしたのです。

国東や出雲は一年間にこの人々が採集した鉱石を 神無月に集め、フェニキア船によって

出荷する航海基地でした。ゆえに日本列島最古の縄文王朝は【エビスの命】を祖王とする

エブス人の王家なのでした。薩摩国に伝わる【伊集院文書】はイシン→イジュイン族の史書で

あって 西郷隆盛らは伊集院一族の末であり、島津は元来、エブス・イシン人の伊集院王家の

水夫長であった となっています。島津の旗印のimagesCAS50B52.jpgは南十字星で、この人々が南海族である

ことを示すといいます。

国東半島にはエビス王家の蛇神信仰を伝えるトウベウ(東表)信仰とともに

扶余のオモタル神(獅子頭大鷲神のニンフルサグ)を伝える犬神信仰が共存します。

ここでは獅子頭を犬によって表すのですが宇佐八幡の秘儀として、盲目の僧が歌う

一座経に、この犬神信仰が残されています。後の犬神人は、このシャーマンですが

中国の盤古説話も同じ系統に属します。サカ族の族長シャカが、バラモン教を借りて

仏教をつくると、仏教はサカ族の間に急激に浸透し、旧来の犬神信仰に代わるのです。

しかし今日でも八幡神社のあるところには犬神信仰があり、それとともに蛇シャーマンの

トウベウ信仰が 隠されて残っていて、例えば滋賀県犬上郡は、もと犬神郡と書き 犬神信仰

の中心地でした。 エジプトのスフィンクスなども犬神ですが、犬戎とは獅子頭有翼の

ニンフルサグ神の一族 であることを示しています。

BC1013年、バビロンのイシン国の末期に、フェニキア人のマカン(海の国)がウラルトゥ

と共に アッシリアと戦い、その結果、アッシリア王シャルマネサル2世の攻撃で

イシン(殷の本国)が 滅んだため、番韓のヤードゥは海からインドに逃れ、ウラルトゥは

北方ヴァン湖周辺に退き シャキイ族(カルデア人・穢族)は南下して後に宛の徐氏になりました。

この時、カルデア人は、アッシリア軍に捕らえられていたイシン王族・子叔箕シャを奪い返し

遥々航海して渤海に至り、遼東半島に上陸して国を建て【奇子朝鮮】と名付けました。

【奇子朝鮮】は金姓 で太陽神の金牛をトーテムとすイシン末のアラム族です。 この後、

アッシリアに抵抗して亡命した 海の国カルデラ人(サカ族・穢族)の昔姓王家が扶余国

月氏族で朴姓のアメニギ氏が辰国 をたてて三国が擁立しました。

衛満朝鮮によって 箕子朝鮮 が滅亡した後、 南海系穢族の王アグリイサト

扶余前期王朝に 合流し、 やがて強力になり扶余後期王朝になり、東明王と称しました。

そのため、月氏+ウラルトゥ王朝、シルクロード系の前期王朝は、・エゾの地へ移動し

東扶余を建て、その子孫に仇台が出て九州に渡来して神武天皇になりました。

【神武王朝】と【天の王朝(考安王朝)】とは対立した王朝で、

しかも考安は長髄彦(ながすねひこ)と同盟して神武と戦ったと

津軽半島に伝わった【東日流外三郡誌】に記されています。






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最終更新日  2010/10/31 10:00:29 PM


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