欧州で1920年代以前に出版されたカクテルブックは数少なく、この「ABC Of …」以外、体系的な資料はほとんど見当たりません。ホテルや街場にBarはもちろんありましたが、当時のバーテンダーのカクテルづくりの技術や知識は、ほとんど師匠から弟子への口伝だったからです。
「ABC Of …」の功績は、1910年代に存在したカクテルが確認できるということだけではなく、この時代の欧州における、ほとんど唯一かつ重要な「カクテルの一次資料」だということです。「ABC Of …」に最も近い時期のカクテルブックには、「173 Pre-Prohibition Cocktails」(Tom Bullock著 1917年刊)という本がありますが、残念ながらこれは米国内で出版されたものです。
「ABC Of …」の後、欧州できちんとしたカクテルブックが出版されるのは、あの「The Savoy Cocktail Book」(1930年刊)まで11年の歳月を待たねばなりません。だから、うらんかんろは、マッケルホーンがこういう記録を残すマメな人であったことに、心から感謝しています。
さて、今回からは、「ABC Of Mixing Cocktail」とほぼ同時代のカクテルブックとも比較しながら、有名どころのカクテルを中心に、個々に詳しくみていくことにしましょう。
1.アドニス(Adonis)
アドニスと言えば、 1884年にブロードウェイでヒットしたミュージカル「アドニス」(主演はヘンリー・ディクシー Henry Dixey)にあやかって、ニューヨークで誕生したと伝わっています。考案者は、おそらくはニューヨークのバーテンダーでしょうが、残念ながらその名は伝わっていません( 写真
は、Adonis@Bar Rocking Chair)。
「アドニス」の名は、ギリシャ神話に登場する美少年の名前に由来します。現代の標準的なレシピは、ドライ・シェリー4分の3、スイート・ベルモット4分1、オレンジ・ビターズ1dashですが、「ABC Of …」では、ドライ・シェリー3分の1、スイート・ベルモット3分の2、オレンジ・ビターズ1dash( ベルモットの方が多い!
)と、誕生から間もない時期は、かなり甘口の仕上がりが一般的だったことが分かります。
しかし、米国生まれのカクテルであるのに、なぜか1890年刊の「American Bartender」(William T. Boothby著)や1917年刊の「173 Pre-Prohibition Cocktails」(Tom Bullock著)には登場しません(ひょっとして米国生まれというのは間違いで、欧州で生まれたカクテルではないかとも疑いましたが、下記に紹介する「The Waldolf-Astoria Bar Book」(1935年刊)のアドニスの項には、冒頭に記したエピソードが記されていますので、やはり米国生まれなのでしょう)。
・「The Artistry Of Mixing Drinks」(フランク・マイヤー著 1934年刊)仏 ドライ・シェリー2分の1、スイート・ベルモット2分の1、オレンジ・ビターズ1dash ・「The Old Waldolf-Astoria Bar Book」(A.S.クロケット著 1935年刊)米 ドライ・シェリー2分の1、スイート・ベルモット2分の1、オレンジ・ビターズ2dash ・「Mr Boston Bartender’s Guide」(1935年刊)米 ドライ・シェリー3分の2、スイート・ベルモット3分の1、オレンジ・ビターズ1dash ・「Café Royal Cocktail Book」(W.J.ターリング著 1937年刊)英 ドライ・シェリー3分の2、スイート・ベルモット3分の1、オレンジ・ビターズ1dash