Bar UK Official HP & Blog(酒とPianoとエトセトラ)since 2004.11.

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2018/04/15
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 81.サイドカー(Sidecar)

【現代の標準的なレシピ】
<レシピ1:英国風>  ブランデー(30)、コアントロー(またはホワイト・キュラソー、トリプルセック)(15)、レモン・ジュース(15)
<レシピ2:フランス風>  ブランデー(20)、コアントロー(20)、レモン・ジュース(20)
【スタイル】 シェイク ※欧米では、砂糖でグラスをスノー・スタイルにすることもある。

 「サイドカー」は20世紀初めに誕生し、現代においても超有名なクラシック・カクテルの一つです。カクテル名の由来でもある「サイドカー」とはオートバイの横に取り付けて走る乗り物です。第一次世界大戦で軍用バイクとして開発されました(2輪のバイク+1輪の側車の3輪で走ります)。

 ただし、有名なカクテルなのに、誕生の時期や考案者については定説がありません。現在までに、以下のようなさまざまな説が伝わっていますが、以下の(1)と(2)の2説は有名で、どちらも複数の文献やWeb専門サイトでよく紹介されてきました。

(1)第一次大戦後の1920年代前半に、パリの「ハリーズ・ニューヨーク・バー」の経営者、ハリー・マッケルホーン(Harry McElhone 1890~1958)が、いつもサイドカー付きのオートバイに乗って来店する常連客のために考案した(出典:Wikipediaほか多数)。
 ※これまで一番紹介されることが多かった説。しかし、裏付ける資料は確認されておらず、信憑性が薄いとして、現在では専門家の間では否定されている。

(2)第一次世界大戦(1914~18)中、パリのレストラン・バーで、コニャックを飲んでいた軍人(米軍人、フランス軍人、ドイツ軍人の3説あり)の元に、「急いで軍の本部へ戻れ」という指令が来た。度数の強いコニャックを短時間で飲み干さなければならないその軍人が、バーテンダーに「ホワイト・キュラソーとレモン・ジュースで割ってくれ」と頼んだのが始まり(出典:多数の文献やWeb専門サイト)。※このレストラン・バーがどこかは不明。

(3)1919~21年頃、ロンドンの社交クラブ「バックス・クラブ(The Buck’s Club)」(1919年創業)の初代バーテンダー、パット・マクギャリー(Malachy "Pat" MacGarry)が、フランス国内で流行っていたサイドカーのレシピをアレンジし、バックス・クラブで提供。その後、英国内で広まった(出典:PBOのHPやWikipedia英語版 ※「考案者」という表現はしていない)。
 ※英国のバーテンダー、ロバート・ヴァーマイヤー(Robert Vermeire)のカクテルブック『Cocktails:How To Mix Them』(1922年刊)のサイドカーの項では、「(1922年以前から)サイドカーはフランスではとても人気のあるカクテルだった。バックス・クラブの著名なバーテンダー、マクギャリー氏が初めてロンドン(のバー業界)へそのレシピ紹介した(introduced)」という、(4)の説を裏付ける「添え書き」を掲載している。

(4)1920年代前半、パリのリッツ・ホテル(The Ritz Hotel)内のバーで誕生した(リッツ・ホテル側の主張・見解=出典:Wikipedia英語版)。
 ※リッツ・ホテルのチーフ・バーテンダー、コリン・ピーター・フィールドはその著書『The Cocktails of The Ritz Paris』(2003年刊)の中で、「1923年頃、リッツのバーの責任者だったフランク・メイエ(Frank Meier)が考案したと信じている」と記す。ただし、裏付けとなる証拠(資料)には触れていない。メイエ自身は、1934年に出版した自著『The Artistry of Mixing Drinks』のサイドカーの項では、「自分のオリジナルである」とは一切言及していない。

(5)デヴィッド・エンベリー氏(David Embury)の著書『The Fine Art Of Mixing Drinks』(1948年刊)は、「第一次大戦中、パリに駐留していたサイドカー好きの米陸軍軍人のために、あるビストロが考案した」と伝える(出典:Wikipedia英語版)。

(6)19世紀半ば~後半に、ニューオーリンズで生まれた「ブランデー・クラスタ」(末尾 【注1】 ご参照)のレシピが、20世紀初めにシンプルに改良され、それがその後欧州へ伝わった(※この説は近年、専門家の間では支持を集めている)。

(7)19世紀末~20世紀の初めに一足早く誕生したダイキリ・カクテルのラムをブランデー(またはコニャック)に代えたところ、客の評判がよくて発展した。

 欧米のカクテルブックで「サイドカー」が初めて紹介されたのは、1919年に英国で出版されたハリー・マッケルホーン(Harry MacElhone)のカクテルブック「ABC of Mixing Cocktails」の1922年改訂版です。なので、欧州では、少なくとも1920年頃までには社交クラブや街場のバーで登場していたことになります。

 国内外のカクテルブック等では現在に至っても、(1)の説を真実であるかのように紹介する本をよく見かけます。もちろん、サイドカーは今も、ハリーズ・バーの看板カクテルであり、このバーが、サイドカーの世界的普及に大きく貢献してきたことは間違いありませんが、しかし近年は、「マッケルホーン=考案者」説には、専門家から疑問の声が数多く出ています。

 諸説が入り乱れている場合は、私はやはり、信頼できる一次資料(カクテルブック等の文献)の記述を「拠り所」にするしかないと信じています。
 現時点で一番信頼するに足ると考えているのは、マッケルホーン自身が、自著『ABC Of Mixing Cocktails』の「サイドカー」の項で記した「ロンドンのバックス・クラブ(The Buck’s Club)のバーテンダー、マクギャリーのレシピによる(Recipe by Pat McGarry)」という添え書き、さらに、(3)で触れたヴァーマイヤーの著書『Cocktails and How To Mix Them』のサイドカーでの追記内容です。

 マッケルホーンは自著収録のカクテルで、自身が考案したものについては「自分のオリジナルである」と明記していますので、「サイドカー」が自らの考案であれば、間違いなくそう記したはずです(末尾 【注2】 ご参照)。同時代の2つの重要な文献が「マッケルホーン考案説」を間接的に否定している以上、(1)の説を支持することはできません。

 私は、国内外の新刊のカクテルブックが今なお、「マッケルホーンが考案した」と間違って紹介しているのを見ると、とても不可解で、残念でなりません(「マルガリータ=流れ弾に当たった恋人の名前起源説」のように、後世のつくり話が一人歩きして、間違ったまま"定説化"してしまう典型的な例かもしれません)。

 ちなみに、マッケルホーンとマクギャリー、そしてヴァーマイヤーの3人は、ほぼ同じ時期にロンドンでそれぞれ別の社交クラブでバーテンダーとして働いていましたが、おそらくは3人ともに面識があり、最新カクテルのレシピの情報交換はしていたはずです。なので、マッケルホーンやヴァーマイヤーが自著に「マクギャリーによるサイドカー」を載せること自体は不自然なことではなかったでしょう。

 結論として、21世紀の今の知見では、現在伝わっている「標準的なレシピのサイドカー」の誕生に最も貢献した人物(限りなく「考案者」に近い?)は、マッケルホーンではなく、パット・マクギャリーであると考えるのが一番自然だと考えています。すなわち、私個人としては(3)の説を支持しています。もし、マクギャリーが考案者でなかったとしたら、それはパリのどこかのバーで働くバーテンダーであったのでしょうが、その名前を突き止めるのは、今となっては極めて難しいでしょう。

 なお、「サイドカー」というカクテル名の由来については、現代においても「飲み心地が良いため酔い潰れやすい、このカクテルの味わいが、サイドカーに乗った際の酔い心地(乗せたのは主に女性)と似ていた」という説を紹介する文献もありますが、これについても、おそらくは、後世の“後付け”的なつくり話がそのまま間違って定着してしまったのでしょう。

 さて、「ABC of Mixing Cocktails」収録のレシピはどうかと言えば、「ブランデー3分の1、コアントロー3分の1、レモンジュース3分の1」(シェイク・スタイル)です。「ハリーズ・ニューヨーク・バー」では現在でもこのオリジナル・レシピを頑固に守っているそうです。

 しかし、1920~30年代のカクテルブックをみると、「サイドカー」のレシピは大きく分けて2つの流れが見受けられます。その一つは、マッケルホーンの本と同じ「3つの材料等量レシピ」。これは「フレンチ・スタイル」と呼ばれています。
 そして、もう一つは、「英国スタイル」と言われるレシピで、「ブランデー(2分の1)、コアントロー(またはホワイト・キュラソー、トリプルセック)(4分の1)、レモン・ジュース(4分の1)」です。「英国スタイル」は『The Savoy Cocktail Book』の著者、ハリー・クラドック(Harry Craddock)によって考案されたと伝えられています(出典:Wikipedia英語版)。

 では、1900~1950年代の主なカクテルブック(「ABC…」以外)は「サイドカー」をどう取り扱っていたのか、どういうレシピだったのか、ひと通りみておきましょう。

・「Dary's Bartenders' Encyclopedia」(Tim Daly著、1903年刊)米、「Bartenders Guide: How To Mix Drinks」(Wehman Brothers編、1912年刊)米、「173 Pre-Prohibition Cocktails)」 & 「The Ideal Bartender」(Tom Bullock著、1917年刊)米 いずれも掲載なし

・「Cocktails:How To Mix Them」(Robert Vermeire著、1922年刊)英 コニャック・ブランデー3分の1、コアントロー3分の1、レモンジュース3分の1(シェイク)

・「The Savoy Cocktail Book」(Harry Craddock著、1930年刊)英 本文中に挙げた英国風レシピ(シェイク)。

・「Cocktails by “Jimmy” late of Ciro's」(1930年刊)米 ブランデー3分の1、コアントロー3分の1、レモンジューズ3分の1(スタイル不明)

・「The Artistry Of Mixing Drinks」(Frank Meier著 1934年刊)仏 ブランデー2分の1、コアントロー4分の1、レモンジュース4分の1(シェイク)

・「World Drinks and How To Mix Them」(William T. Boothby著、1934年刊)米 ブランデー2分の1、コアントロー2分の1(ステア・スタイル) ※3つの材料等量レシピのものは「Sidecar No4」という名で収録。

・「The Official Mixer's Manual」(Patrick Gavin Duffy著、1934年刊)米 ブランデー2分の1、コアントロー4分の1、レモンジュース4分の1(シェイク)

・「The Old Waldorf-Astoria Bar Book」(A.S. Crockett著 1935年刊)米 掲載なし

・「Mr Boston Bartender’s Guide」(1935年刊)米 ブランデー1onz(30ml)、コアントローオ0.5onz(15ml)、レモンジュース4分の1個分(シェイク)

・「Café Royal Cocktail Book」(W.J. Tarling著 1937年刊)英 ブランデー3分の1、コアントロー3分の1、レモンジューズ3分の1(シェイク)

・「Trader Vic’s Book of Food and Drink」(Victor Bergeron著 1946年刊)米 ブランデー1onz(30ml)、コアントローオ0.5onz(15ml)、レモンジュース4分の1個分、砂糖でスノー・スタイルにしたカクテルグラスに注ぐ(シェイク)

・「Esquire Drink Book」(Frederic Birmingham編、1956年刊)米 サイドカーNo1=ブランデー3分の2、コアントロー3分の1、レモンジュース1dash(シェイク)、サイドカーNo2=ブランデー3分の1、コアントロー3分の1、レモンジューズ3分の1(シェイク)

 ちなみに、フランス国内での「サイドカー」は当初、「レシピ1」の等量レシピが一般的でしたが、サヴォイ・カクテルブックの影響もあったのか、1930年代以降は「レシピ2」のような「2:1:1」のものが主流になっていったということです(出典:Wikipedia英語版)。

 マッケルホーンは1922年、かつて働いたことのあるパリの「ニューヨーク・バー」が売りに出されたことを知って買収し、翌1923年2月、店の名前を「ハリーズ・ニューヨーク・バー」に変えてリニューアル・オープンしました。そして、自らのバーを通じて、カクテル「サイドカー」を世界的に広めました。たとえ考案者でなくとも、「サイドカー普及の最大の貢献者」がマッケルホーンであることに、異論を挟む人はいないはずです。

 「サイドカー」は、日本には少なくとも1920年代までに伝わり、日本初の体系的カクテルブックの一つと言われる「コクテール」(前田米吉著、1924年刊)で初めて紹介されました。

 誕生当初は「オリジナル・カクテル」の一つに過ぎなかった「サイドカー」は、長い歳月の間、多くのバー・ファンの心をつかみ、世界中に普及しました。現在では、国境を超えて不動の人気を誇る「スタンダード・カクテル」です。シンプルな材料のコンビネーションが生み出す奥行きのある味わい、アルコールと酸味と甘味の絶妙のバランス。100年後でも、多くの人々に愛されている理由が分かるような気がします。

【確認できる日本初出資料】 『コクテール』(前田米吉著、1924年刊)。そのレシピは「ブランデー3分の1、コアントロー3分の1、レモンジュース3分の1、アンゴスチュラ・ビターズ1dash(シェイク)」で、マッケルホーン・レシピとほぼ同じです。


【注1】ブランデー・クラスタは、コニャックとキュラソーを混ぜたあとレモンやビターズを加え、砂糖で縁取りしたグラスで飲むという古典的なスタイルのカクテル。




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kopn0822 @ 1929年当時のカポネの年収 (1929年当時) 1ドル=2.5円 10ドル=25円 10…
汪(ワン) @ Re:Bar UK写真日記(74)/3月16日(金)(03/16) お久しぶりです。 お身体は引き続き大切に…

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