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NICEには冬のプログラムがある。これは3週間のプログラムで、私達のプログラムとは別の授業で行われている。この冬NICEが今週から始まったようだ。キャンパスセンターの一角を借りきり、そこを教室をして使用している。先日、キャンパスセンターでコーヒー飲みながら宿題をしていたらなんだか見かけたことがある女の子がいた。どうやら冬NICEに来ている子だということはすぐにわかった。なんだかどこかで見たことがある・・・・と悩んだものの、すぐに誰とは気がつかなかった。前に会ったことがある子?それとも誰だぁ????悩んだ結果、ようやくそれが誰だかわかった。CMやドラマで活躍しているタレントさんだった。彼女はとても有名な人。でもとても普通だった。というか、私がもうボケてるのかな?日本の役者さんやタレントさんなんて忘れかけてるもんね。「へぇ、、、NICEにタレントさんが来るんだぁ・・・NICEもこれで有名になるか?」なんて変なことを思ったりしていた。そういえば、昔、松田聖子もNICEに来たとかこないとか・・・・。芸能人も英語がしゃべれないと大きくなれない時代なのかな。この冬NICE、3週間($550)という短いプログラムだけど、お試し留学にはいいかなと思う。本当のNICEは10週間プログラム。3週間やってみてよかったら、10週間にトライってのもいいと思う。私達10週間NICEの生徒は今Mid-termのテスト中。明日金曜日でほとんどが終わる予定。ほっとして楽しいバレンタインディにしたいなぁ。
February 13, 2003
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今日は課外授業でホノルル沖へホエールウォッチングに行った。NICEプログラムはTerm内に一回、Language experience day(LED)という行事がある。これはクラスやコース(アカデミックコースorビジネスイングリッシュコース)により見学する場所が違ってくるが、いずれにせよ、校外に出て英語でなにかを学ぼうという行事。私にとってこれは3回目のLanguage experience dayだ。1回目はホノルルヒストリカルトレイル。これはヒルトンハワイアンビレッジから出発のその名の通り、歴史を知るトレイルだ。ハワイアンの大きな身体のおじさんがストーリーテラー。これは意外とつまらなかった。期待感が大きかっただけに、木や花の説明でほとんど終わってしまったという記憶しか残っていない。2回目はビジネスイングリッシュクラスにいたので、マノアイノベーションセンターというところに見学&話しを聞きにいった。ここはスモールビジネスをはじめる人へビジネスをはじめる場所を提供し、ビジネスが成功し大きくなって巣立つまで使用できる&サポートしてくれるというところ。ここでの見学はとても興味深く勉強になった。そして、今日3回目。ホエールウォッチング。どうやら、NICEはこの時期のLEDにはいつもホエールウォッチングを組み込んでいるみたいだった。参加者は$9払った。昨日の大雨から打って変わって、今日は晴天。朝、出かける前にロングスで買った酔い止めを飲み、朝7時半に家を出発。家を出るときは少し風があったので、ウィンドブレーカーとのどあめ(気分が悪くなるのを防ぐため・・ほんとかなぁ?)をリュックに入れた。そして、The Busに乗ってWard center前のKewalo Marinaを目指す。9時15分ころ、クジラが見れるといいねっとみんな口々に言いながら乗船。ワイキキ沖からダイアモンドヘッド方向へ船は進み、そこから方向転換してダイアモンドヘッド方向から戻るような形でゆらゆらワイキキビーチと平行な感じで船は進み始めた。少しすると、クジラが潮を吹くのが見えた。どうやら親子のようだった。なんども背中が見えたり、時には尾びれも見えた。クジラが見えるたびに乗船者から「オー!」という声が聞こえたり、なぜだか拍手まで起こっていた。どのくらワイキキ沖でクジラをみていたんだろう・・・時間になり、船はKewalo Marinaへと戻り始めた。もう少しでマリーナだ!というところで、イルカの群れが船に平行して泳ぎ始めた!みんな、すごく喜んでイルカを見た。何頭いただろう?6,7頭いたかな?飛び跳ねたり、方向転換したり・・・とてもかわいかった。今回はクジラもイルカも見れて、先生に言わせると「すっごくいいLEDになった。あなた達はラッキーよ。」とのことだった。ハワイに何度も来たことはあったけど、船に乗って沖に出たのは初めて。それに、クジラもイルカもみれちゃって、ラッキーだなぁ・・・と思った。とっても楽しいLEDだった。それにしても、朝飲んだ酔い止めが船に乗ってるときには大して効かず、帰る頃に眠くなってきてとっても困った。今度、この薬を飲むときはもっと早く飲もう・・・・
February 7, 2003
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親戚のおじさんが先週、56歳という若さで心筋梗塞の為、突然亡くなった。そして火曜日におじさんのお葬式へ参列した。墓地に隣接した教会が葬儀の場所だった。入り口でカード(&お香典)を受付の人に手渡す。そのまま教会の真中の通路を歩いて進み棺桶(Casket)に入ったおじさんと対面した。おじさんはとても安らかな顔で素敵なアロハシャツを着て眠っていた。そして家族にお悔やみを言ってハグをした。彼の親戚はほんとうに沢山いる。でも、このおじさんは私がハワイに来た直後に開かれたファミリーパーティー(50-60人参加)に参加したときに、英語で会話することにまだ慣れていなく、また緊張して誰とも話せずにいた私に話しかけてくれた人。スポーツが大好きな人で日本のスポーツ選手の話しをしてリラックスさせてくれた。その日、沢山の親戚に会ったけれど、しっかり目に焼き付いて、名前まで覚えられた人はこのおじさんだけだった。それにこの時のことは私にとって、とてもいい思い出になっていた。お葬式(こちらではServiceという)が始まるまでおじさんの子供の頃からの写真や思い出の品が展示してあったのでそれをみていた。これは素晴らしいアイデアだと思った。故人をより知ることができる。お葬式が始まり、近親者がおじさんについてスピーチをした。中にはとても楽しい思い出が出て来たりして、参列者から笑いがこぼれたりした。日本ではあまり見かけない光景だなぁ、、と思った。そして続いて、おじさんの二人の娘さんがお父さんに向けてメッセージを読んだ。あまりにも突然の死だっただけに、とても痛ましく、私も涙がこぼれてしかたなかった。そしておじさんの友人がおじさんの好きな曲をウクレレで演奏し歌った。途中からみんなで歌った。Serviceが終わり、お清め(って日本では言ったかな?)のお食事をし、三々五々解散となった。ハワイでお葬式に参列するのは初めてのこと。黒い服を着れば失礼にはあたらないだろうと思ってはいたものの、どうしたらいいのかわからなかったので、学校の先生に「どんな服装がベターですか?」と質問してみた。彼女は、「黒めの服装でストッキングをはいていけば、よりフォーマルになると思うけれど、ハワイはムームーやアロハが正装だから、そういう服装の人達もいるはずよ。でも、黒っぽい服装ならば大丈夫。日本のような服装の人はあまりみかけないかもしれないわね。ストッキングはブラウンでもOKよ。」と言った。正直、内心「それでいいの???」と不安感さえあった。こちらに来るときに「念のために・・・」と持ってきていた黒の半袖スーツに黒いパンプスを履くことにした。そして、パールのネックレスをし、7ヶ月ぶりにストッキングを履いた。なんだか暑いなぁ・・・と感じたと同時にブラウン系のストッキングで失礼じゃないかなぁ・・・とも思っていた。家でダンナの帰りを待っていると、帰った早々彼が一言。「Pikake!すっごくフォーマルすぎる!多分、君が一番フォーマルな服装だと思うよ。」彼の発言に「じゃ、どうしたらいいのよぉぉぉxx」と反論。結局、スーツから真っ黒の半袖の綿素材のワンピースに着替えた。彼はアロハを来ていくんだろうと思っていたら、私に合わせて白いシャツ&黒いタイ&黒のスラックスを着た。彼の格好がリムジンの運転手のようで、ちょっと二人で笑ってしまった。お葬式で驚いたことがあった。ひとつは供花。菊もつかってあったけど、ハワイアンフラワーのアンスリウムやレッドジンジャーなども使われていて、それはそれはカラフルでとても素敵だった。形は日本の花輪を想像してもらえればいいと思う。だいたいあんな感じ。赤いリボンが使われていたりして、お葬式だけどとても明るいイメージがあった。もうひとつは参列者の皆さんの服装。来る人来る人、みんなそれぞれに派手な色は避けているせよ、日本のような黒ずくめの格好ではなかった。正直、日本の葬儀ではまったく見ないような格好だった。女性は*ムームー*黒地に花柄*白いワンピース*紺色のノースリーブセーターに柄物 他ストッキングを履いている人は革靴を履いている人で、素足&ヒールやサンダルの人も結構いた。男性はアロハや普通のシャツ、ポロシャツ etc…..いろんな格好の参列者を見た。ティーンネージャーの女の子達は黒だけど、ちょっとセクシー系だったり、ジーンズにタンクトップなどの子が多かった。もし日本の方々がこれを見たら「いったい親は何を考えてるんだ?」と思ったかもしれない。私は思った。格好が問題なんじゃない。気持ちだって。日本は黒い服装をすることが弔意表す一種の形だと思うけど、ハワイは違う。Service中は故人の話しで笑ったりする。Serviceの後もみんな笑ったりしながら故人について話す。故人の好きだった曲をウクレレのメロディーに合わせて歌う。これがハワイアンスタイルのお葬式なのかな…と思った。精神的にとても疲れたけど、とても良いお葬式に参列でき、良い経験になった。
February 6, 2003
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今日はチャイニーズニューイヤーのディナーにKapahulu Ave.にある結構大きなチャイニーズレストランへ行った。私のダンナはLocal chineseの3世。彼の両親とその親戚とともにお祝いをした。総勢約40名。皆口々に「Happy new year!」と挨拶を交わし、子供はお金が入った赤い小さな袋を大人達から受け取り、大喜び。この赤い小さな袋は日本でいうお年玉みたいなものらしい。結婚し、自立した大人が子供に渡すという慣わしになっているそう。ディナーが始まるや否や、ライオンダンスが登場。皆、1ドル札を手にライオンダンスを席で待つ。この1ドルはお賽銭のようなもので、ライオンの口に1ドルを入れることで1年の幸福を祈願するものらしい。私達がライオンの口に1ドルを入れたとき、中から「Thank you!Thank you!」と声が聞こえた。ダンサーがお礼を言っているのだ。なんと礼儀正しい。そして私達の部屋からライオンダンスが出ていくとき、そのダンサーはライオンから顔をだして「Happy new year!」と言って出ていった。すっごくドラ(鐘?)の音が大きくてちょっと疲れたけど、なんとも楽しいひとときでした。ディナーはどれもおいしく、食べきれないほど出た。最後に中華菓子のGAOというもち米でできたおもち(日本でいうとすあまの粉なし)みたいなのをいただきディナーは終了。今日のディナーは親戚のおじいちゃんが私の隣に座った。彼は今日集まったなかでの唯一、日本語を話せる日系人。このおじいちゃん、私は今日はじめて会った。おじいちゃんは長い間日本には行っていないけれど、日本にいる日本人の友人達がひっきりなしにハワイ&おじいちゃんを訪ねてくるらしく、日本語を話す機会はあるらしい。けれど、おじいちゃんはもっと練習がしたく、今日私と話すことを楽しみにしていたということだった。おじいちゃんは第二次世界大戦の前、中学2年生まで英語と日本語の両方を勉強していたと話してくれた。当時は高校まで日本語のクラスがあったということだった。おじいちゃんの日本語はとても丁寧な日本語。やはり昔のままなんだなぁ、、、と思った。こちらに来て初めて、彼の親戚の中で日本語で会話できる人に出会った。この町に日本人の友達はいるけど、親戚に日本語で話せる人がいるということがとてもうれしく思えた。帰り際に「気をつけて帰りなさいね。またお会いしましょう。」と日本語でいってくれたおじいちゃんの言葉が心に響いた。
February 1, 2003
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