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「立石さんは、
特別支援学校や特別支援学級を
どう考えていますか」
私は、特別支援学校や
特別支援学級には大切な役割があり、
その存在は賛成です。
ところで、国連からは、
日本の分離教育について
見直しを求める勧告が出されています。
そのことは真摯(しんし)に受け止める必要があります。
ただ、私は、
「すべての子どもが同じ教室で、同じように学ぶことが最善」
とは思わないのです。
その理由は、子どもには
一人一人異なる発達のペースや学び方があるからです。
本来、インクルーシブ教育は、
ただ子どもを通常学級に入れれば実現するものではありません。
少人数学級の実現、
特別支援教育の専門知識を持つ教員の配置、
支援員や介助員の十分な配置、言語聴覚士や作業療法士、
心理士など専門職との連携、ICT機器の整備、
個別の教育支援計画に基づく柔軟な指導、
障害理解教育、個別指導の充実、
そして十分な教育予算など、
多くの条件が整って初めて成り立つ教育です。
しかし、日本では通常学級が
30~40人規模になることも珍しくなく、
担任一人で多様な子どもたちに対応することは
容易ではありません。
また、支援員や専門職も
十分とは言えないのが現状です。
こうした状況のまま、
特別支援学校や
特別支援学級だけを減らしてしまえば、
本来必要な支援を受けられなくなる子どもが
増えてしまう恐れがあります。
だから私は、「分離か統合か」
という二者択一で考えるべきではないと思っています。
まずは、通常学級でも
必要な支援を十分に受けられる体制を整え、
その上で子ども一人一人に最も適した
学びの場を保障することが重要ではないでしょうか。
さて、通常学級で使われる教科書や授業は、
平均的な発達を前提に作られています。
そのため、知的障害のある子どもや
知的境界域の子どもにとっては、
内容や進度が合わず、
学習につまずいてしまうことがあります。
「授業についていけない」
「テストで思うような結果が出ない」
「自分だけが分からない」
といった経験が毎日積み重なると、
「どうせ自分にはできない」
という思いを抱いてしまうことがあります。
これは単に学力の問題ではありません。
子どもの自己肯定感や人格形成にも
大きく影響する大切な問題だと考えています。
また、自閉スペクトラム症の子どもの場合は、
学習面だけでなく、友達との関わりや
コミュニケーションにも難しさを抱えることがあります。
周囲との違いを感じ続けたり、
孤立してしまったりすることは、
子どもの心に深い傷を残す可能性もあります。
一方で、
「幼稚園や保育園の友達と同じ小学校に通わせたい」
「障害のない子どもたちに支えられながら育ってほしい」
という保護者の願いもよく耳にします。
その気持ちは、私にもよく理解できます。
確かに、
障害のある子どもとない子どもが共に過ごすことは、
周囲の子どもたちにとって
思いやりや多様性を学ぶ貴重な機会になるでしょう。
しかし、支えられる側の子どもにとってはどうでしょうか。
いつも誰かが助けてくれる環境では、自分で考えたり、
挑戦したりする機会が少なくなってしまうこともあります。
もちろん支援は必要ですが、
それが本人の成長につながるものでなければ、
本当の意味での支援とは言えません。
「支援」と「過度な手助け」は、
時として紙一重なのです。
だからといって、障害のある子どもとない子どもを
完全に分けるべきだと言いたいわけではありません。
私は、交流はとても大切だと思っています。
ただ、その交流は、必ずしも
同じ教室で同じ授業を受けることだけではありません。
給食や休み時間、学校行事、クラブ活動など、
一緒に過ごせる場面は数多くあります。
そうした自然な交流を通して、お互いを知り、
理解を深めていくことこそ大切ではないでしょうか。
実際に、息子が特別支援学級に在籍していた頃、
休み時間になると
通常学級の子どもたちが遊びに来ていました。
中には、通常学級に在籍しながらも、
支援学級の方が安心できると感じ、
自由に過ごしている子もいました。
誰かに決められた交流ではなく、
子どもたち自身が安心できる場所を選び、
自然に関わり合っていたのです。
私は、その姿こそが
本当の共生なのではないかと感じました。
また、私は長年、障害のある息子を育てるとともに、
移動支援の仕事を通して
多くの障害のある方々と接してきました。
そのため、街で障害のある方々を見かけても
特別なこととは感じません。
それが私にとっては、ごく当たり前の風景だからです。
しかし、それは障害のある人と
日常的に関わる機会があったからこそ
育まれた感覚なのだと思います。
だからこそ、今の子どもたちにも、
障害のある人と自然に出会い、関わる経験は必要です。
ただ、そのために学習環境まで
無理に一つにする必要があるとどうしても思えないのです。
「交流すること」と「同じ教育を受けること」は、
分けて考えるべき問題ではないでしょうか。
私たちの社会には、障害のある人、高齢者、
外国にルーツを持つ人など、
さまざまな人が暮らしています。
そうした多様な人々と
自然に関わる機会が増えれば、
お互いを特別視することなく、
当たり前の存在として
受け入れられる社会に近づいていきます。
もちろん、地域によっては
今も偏見や無理解が残っている現実があります。
だからこそ、学校だけでなく、
地域や社会全体で自然な交流を
積み重ねていくことが大切だと考えています。
私は共生社会には賛成です。
しかし、「共生」と「何もかも一緒」
であることは同じではありません。
子ども一人一人に合った教育環境を保障しながら、
社会の中で自然に交流し、お互いを理解し合う。
その両方を大切にしてこそ、
本当の意味での共生社会に
近づいていけるのではないかと私は思います。
子育て本著者・講演家 立石美津子
大人んサー
[YAHOOニュース]

日本のインクルーシブ教育の課題とは?
(写真はイメージ)
同じ障害でも皆、個性はそれぞれ、
その子に合った環境を
冷静に見極める必要がありますね。 ☄