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October 14, 2012
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カテゴリ: 教授の雑感



 で、私もその先生のお話を伺って来たわけですが、ロシア文学の特質というのか、あるいはドストエフスキーの特質というべきか、お話の図柄が大きいんですな。その大きさに、ワタクシなんぞは当てられっぱなしでありまして。

 大体、お話のテーマが、「世界の不幸をどう引き受けるか」みたいな話になってくるわけですよ。その時点でもう、すごい話でしょ?

 例えば東北の大震災。例えば「9・11」のテロ事件。こういう未曾有の大災害のようなものが起こった時に、それを離れたところで見ている我々は、こうした大不幸に対してどういう態度を取るのかと。

 悲しいかな、人はこうした想像を超える大災害を前にして、あまりの衝撃に無感動になってしまうというか、感覚が麻痺するようなところがある。それではいかん、ということで、K先生にしても、上記二つの災害に接し、わざわざ東北まで出かけて惨状を目の当たりにし、またNYのグラウンド・ゼロで、自らの内側から自然と湧きあがってくる言葉を待った、というのですな。そういうアクションを起こされた。

 しかし、結局、そういうアクションを起こしてもなお、「傍観者」たることを免れないご自身を発見されたりもする。

 問題は、この「傍観者」という態度でございます。

 こうした大災害を、神が黙って看過し、傍観したのであれば、それはすなわち「神は死んだ」ということであるし、その上でその災害の惨状を我々人間もまた傍観しているのであれば、それは我々自身も死んでしまったようなものだし、つまりは我々人間が死んだ神に成り代わって「死した傍観者」になった、ということでもある。

 で、K先生曰く、ドストエフスキーという作家は、こうした「世界の不幸」を前に傍観者になってしまうというような状況を打破するにはどうすればいいかということを、生涯をかけて追及した作家であると。




 とまあ、そんなようなお話だったと理解するのですが、さてさて、ここまで読まれた読者諸氏はどのような感慨を持たれるでしょうか・・・。


 私の頭の悪いせいで、ひょっとしてお話の趣旨を取り違えているかとも思うのですが、仮に、K先生のご趣旨が上のようなものであったとしますと、まあ、ワタクシなんかからするとビックリするわけですよ。

 まず、「世界の不幸を見つめる」という発想が私にはない。別に自慢するわけではないですが、事実としてない。

 どのような大災害であれ、そういう報に接して私が思うのは、「ああ、自分がその場に居なくて良かった!」であり、「家族・友人・知人が巻き込まれなくて良かった!」ということじゃないかしら。人の「死」に関し、私にとってのプライオリティはまず自分、次に家内と親・兄弟、そして次に非常に親しい人々、次に友人、それから大分離れて知人、そしてさらに遠く離れて他人だと思う。

 例えばの話、医者に「あなたは末期がんで、余命3ヶ月です」と宣告された日、どこかで大災害が起こったとしても、自分は、果たしてその災害のことに気が向くかどうか。あるいは、「あなたの奥さんは、不治の病です」と言われたとしたら、災害報道の内容が耳に入って来るかどうか。自分のこと、奥さんのことを考えるだけで精いっぱいになるんじゃないかしら。

 私は多分そうなるだろうし、それが普通じゃないかと想像するわけ。で、私が思うに、「普通の人間にとって普通なこと」こそ、文学が扱うことじゃないのかと。

 でまた、かといって、じゃあ私には大災害に直接あった被害者たちに共感できないかというと、そんなこともないし、また「でも、結局、傍観者でしょ」と決めつけられても、なんか心外な気がする。「傍観者」かそれ以外か、という分類自体、観念的過ぎて私にはさっぱり。

 それに、そもそも、そういう大災害が起こったからと言って、「神は死んだ」とか、思わないよなあ・・・。神様ってのは、別に人間が如何なる危害も加えられないよう、いつも目を光らせてくれているガードマンみたいな人じゃないでしょ。それとも、ガードマンなの?

 大災害が起こる度に、神は死んだ!と嘆いて、もうこうなったら人間の俺たちで頑張るしかない! 傍観なんかしてちゃダメだ! 世界の不幸を見つめるんだ! とかって、張り切るのがロシア文学であり、ドストエフスキーなのかなあ。じゃあ、少なくとも私にとって、ロシア文学やらドストエフスキーの小説やらは無縁のものだな。普通の人間が感じたりやったりすることじゃないような気がして、図柄が大きすぎて、私には合わない服のようです。




 しかしね、私はそうも思わないんだなあ。メルヴィルは、確かに偉大な作家ですが、普通の人間の感覚を超越するということはないような気がする。個人の感覚をベースにして、それを敷衍していって世界を描くということはあるけれども、人間を超えたものをベースにして、その世界観を縮めていって人間の形にする、というようなことはしないと思う。

 だから、私には今日のK先生のお話は、一言で言えば、「理解できなかった」ということに尽きます。いえ、別にK先生を批判しているということではなく。

 批判しているのかな? 

 少なくとも、私とは違うタイプの考え方を持った人だな、とは思いましたね。

 しかし、それはそれで、K先生のお話を伺ったことで、色々考え事をしたということですから、勉強にはなったということでございましょう。






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Last updated  October 15, 2012 12:44:02 AM コメントを書く
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