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April 13, 2016
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カテゴリ: 教授の読書日記
 今朝の新聞で秋山ちえ子さんが亡くなられたことを知りました。享年99。お歳に不足はないけれど、これでまた一つ、昭和の記憶が失われたというところですなあ。

 もっとも私は、かの有名なラジオ番組「秋山ちえ子の談話室」を聞いたことがなく、またこの番組の名物、終戦記念日の「かわいそうなぞう」の朗読も聞いたことがない。それでもその名声は知っているのだから、よほどのもんですよね。信念を持った、芯のしっかりした、尊敬すべき女性だったのでしょう。ご冥福をお祈りいたします。



 さてさて、「昭和の男」シリーズ、大学生活編でございます。

 大学に入ってもう一つ印象的だったのは、同級生の多様性ですね。中学・高校までは、遠くから通ってくるといっても限度があるので、結局、同じ東京や神奈川近辺の住民ばかりなわけですけれども、さすがに大学となると、地方から上京してきた人もいるので、そこがまず面白かった。

 たとえば、1年生の時に何かの授業で一緒だったY君は新潟・佐渡の出身の苦学生で、しばしば、アパートの近所にあるパン屋さんでタダでもらってくるビニール袋いっぱいの食パンの耳をお昼ご飯としてかじっていた。そんなY君にとって最大のご馳走は自作のカレーなんですけど、「野菜だけで肉は入ってないんだ」と、少しはにかんだように私に告げた、その時のことをよく覚えております。私の通っていた小学校・中学校は、日本でも一、二を争うほど授業料の高い私立の附属校で、お金に不自由のない友人ばかりと付き合ってきた私としては、大学で知り合ったY君の切り詰めた生活ぶりを見て、少し世間知が広がったような気がしたものでした。

 Y君は囲碁部に所属していたのですが、その練習のために自分で紙で作った碁盤を持っていましてね。私も彼とその紙製の碁盤でオセロゲームをやったことがある。囲碁部である彼と比べて私は囲碁をまったく知らないし、そんな素人なら、オセロだって簡単に負かせるだろうと思ってやり始めたのでしょうが、実は私の特技はオセロゲームでありまして、少年時代からほとんど負けたことがない。それですぐにY君も私を見くびっていたことに気づき、途中からえらく真剣に、うんうん唸りながら試合を進め、結局Y君が勝ったのですけれども、私の手筋の良さをほめてくれて、是非、囲碁部に入らないかと大真面目に勧められたのもいい思い出でございます。

 そんな風に、つかず離れず付き合っていたY君について、もう一つ覚えているのは、ある時彼が空を見ながら、私に「ねえ、今日は晴れているの? 曇っているの?」と尋ねたこと。

 私が「え? 晴れているじゃん?」と答えると、Y君曰く「ふーん、これが晴れなのか・・・」と。

 Y君の故郷、佐渡島では、晴れた時の空は本当に真っ青で、東京のかすみがかった、白っぽい青空とはくらべものにならないというのですな。



 さて、そんな感じで、大学に進学してから中学・高校時代とは傾向の異なる、色々な同級生を知るようになったわけですが、その同級生の中にはY君とはまた全然違う方向で私を驚かせてくれた人もおりまして。

 その人は、同級生とはいえ、年齢は私よりも一つか二つ上。つまり、浪人時代を経て大学に入学しているので、私よりよほど大人に見える。タバコなんか吸っちゃったりしてね。で、高校から直で上がってきた同級生なんか幼稚で、話し相手にもならん、というようなオーラを発していたりして。

 で、そういう、パッと見、だいぶ大人に見える奴を含めて数人で立ち話をしていた時、そいつが栗本慎一郎の話をしだした。

 栗本慎一郎? それ誰?

 で、どうやらその栗本某というのは、明治大学の先生で、そいつに言わせると、今、一番面白い学者だと。だから、自分はしばしば明治大学に潜入し、いわゆる「もぐり」でその先生の授業に出ていると。

 それを聞いて私はビックリ。だって、高校時代であれば、自分が通う高校の授業をさぼって他校の授業に出るなんてことありえないじゃないですか。でも、大学ではそれも可なんだと。そして、そういうアクションをしている奴がいるんだと。それは、ちょっと新鮮な驚きでした。

 で、そんなことを得意気に吹聴している奴は放っておいて、とりあえず栗本慎一郎とかいう人の本を読んでみようと思った私は、すぐさま書店に行った。そして買ったのが『パンツをはいたサル』でございます。





 で、読んでみたら、たしかに面白かった。基本的には経済人類学の本なのですが、それを栗本流に敷衍して、様々な事象を人類学的に読み解いていくその手法が鮮やか。学問的な知識、それも理系・文系取り交ぜた様々な学問の知識を総動員し、それを応用しながら現実を解釈する面白さが伝わってくるような本だったんです。少なくとも、少し前まで高校生だった私を魅了するには十分なものでした。

 で、そこから栗本慎一郎氏の本をあれこれ読み始めたのですけれども、そうすると、例えば吉本隆明とか、山口昌男とか、柄谷行人とか、蓮実重彦とか、丸山圭三郎とか、浅田彰とか、岸田秀とか、中沢新一とか、今村今司とか、廣松渉とか、そういう、いわゆる「ニュー・アカデミズム」と総称されるような一連の学者・知識人たちのことに気づかざるをえない。そしてそこからさらにソシュールだ、ノーム・チョムスキーだ、レヴィ・ストロースだ、ロラン・バルトだ、ラカンだ、デリダだ、アルチュセールだってな海外の学者・知識人の名前にも親しむようになり、言語学とか、文化人類学とか、構造主義とか、神話学とか、脱構築だとか、そういう学問領域にも興味が出てくる。

 良きにつけ悪しきにつけ、そういったもろもろすべてを、私は栗本慎一郎氏経由でどばっと一時に受け取る羽目になったのでございます。

 で、実際、そうやってわーーっと読み始めたものの、いったいどのくらいを正しく理解したかってのはアレですけれども、とにかくね、なんだか学問の世界では、古い伝統的な学問の形が、もっと新しい学問の在り方によってひっくり返されつつあるらしいぞ、ということはわかった。そして、自分もその流れに乗り遅れないようにしないと、この先、学者として食っていくことはできないようだぞ、という風にも考えた。



 今から三十数年前、1980年代初頭の大学って、そんな感じでしたよ。今から考えてみると、団塊の世代が体験した政治的な学生運動が、いわば失敗に終わった後、今度は学問の上で、新しいものが古いものに対して盾突くようになった、と、そんな感じでしたかね。つまり、政治の場から学問の場へ、新旧の戦いのバトルフィールドが移動したと。

 でもそのおかげで、もちろん当時だってアホな学生はたくさんいたのだろうけれども、やっぱり今と比べると、大学生の中で学問というものの比重がよほど大きかったような気がします。

 その証拠に、というべきか、この時代には『ユリイカ』とか『現代思想』といった雑誌は普通に読まれていたもんね。「青土社」なんて出版社は、ほとんど崇められていたんじゃない?

 ま、その辺の話をしだすとまた長くなるので、また後日ということにいたしましょうか。





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Last updated  April 13, 2016 02:21:15 PM
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ゆりんいたりあ @ Re:スペイン優勝、そして早くもW杯ロス(07/20) 釈迦楽さん、 ご無沙汰しております。 お…
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