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September 23, 2016
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カテゴリ: 教授の読書日記
 オルダス・ハックスリーの『すばらしい新世界』という小説を読みましたので、心覚えをつけておきましょう。

 そもそも何で私がイギリス作家オルダス・ハックスリーが1931年に書いたディストピア小説を読んだかと申しますと、これもやはり今研究している自己啓発本研究とのからみでございまして。

 というのも、ハックスリーには別に『知覚の扉』というエッセイがあって、これは自らの麻薬(LSD)体験の報告なんですけど、ドラッグを使うことによって体験できる異次元の体験の中に、人間感性の新たな可能性を探ろうとした試みなんですな。つまり、平常時の人間が体験できないような別次元の世界というのがあって、それは現時点では薬物の力を借りないと到達できないけれども、とにかくそれはどんな世界なのか知りたいという欲望がハクスリーにはあったと。

 で、そういう体験を踏まえた上で、彼はもっと組織的にそういう別次元の世界を探るべく、アメリカの若者二人と共にカリフォルニアに「エサレン研究所」っていうのを作る。これ、今も存在しますけど、1960年代には時代の最先端を行く超クールな団体だったので、例えばアラン・ワッツとかアブラハム・マズローとか、自己啓発思想の発展に寄与した人々も深く関係してくる。

 ま、とにかくそんな感じで、自己啓発思想を考える上で言及せざるを得ない「エサレン研究所」の思想的バックグランドとなったのがオルダス・ハックスリーだったとなれば、『知覚の扉』の他にも何か参考になるようなことを書いているかも知れないじゃないですか。ましてやディストピア小説となれば、そこに何かありそうな匂いがプンプン・・・

 ・・・していると思ったわけよ! 思うでしょ?

 ところが!

 そうでも・・・なかった・・・かな。読んでみたら、ごく普通のディストピア小説でした。「普通のディストピア小説」って言い方がおかしいかも知れないけど。「ディストピア小説」である時点で既に普通じゃないのであって。


 でも、面白くなかったかというとそうでもない。それなりに面白かったっす。




 だからね、この時代のイギリスでは「オー、マイゴッド!」と言う代わりに「オー、マイフォード!」っていうの。

 あ、それから「T型フォード」にちなんで、人々が祈る時には十字を切る代わりにT字を切ります。新時代の「十字架」は、「T字架」になっていたわけね。

 で、そんなフォード紀元632年のイギリスでは、人間も人工的に大量生産されます。一つの精子、一つの卵子の結びつきから96人もの人間を工場で作り出している。全く同じDNAを持つ、同じ顔をした人間が大量生産されているんですな。

 だから、この時代、もう「結婚」とか「一夫一婦制」とか、そういう概念はありません。男女の結婚によって子供が生まれる、というのは、この時代には非常に卑猥なこととされていて、人前でそんなことを口にしようものなら、常識人は顔をしかめ、女性は頬を赤らめ、子供はニヤニヤするという。特に「母」という言葉は、もろに卑猥語になっております。

 とまあ、そんな風にこの時代、人間は通常、工場で大量生産されているんですけど、ただ特権階級である「アルファ階級」の人だけが、一つの精子、一つの卵子から生れるようになっているんですな。だから、アルファ階級の人だけは多少なりとも個性を持っている。支配階級ですから、ある程度、民衆の上を行く知性が必要なもので。

 そう、この時代、人間は生れた時から階級に分かれているの。特権階級のアルファ以下、ベータ、ガンマ、エプシロンとかそんな感じに階級が分れている。エプシロンとかになると、細胞分裂の時点で薬品を投入して、背の高さも小さくなるように細工されちゃうの。被支配階級は、体格からして小さく作られるんですな。

 で、階級には分れているのだけれど、それぞれの階級に属する人々は、自分の階級に満足しています。というのは、生長過程に何万回も「エプシロン階級は最高! ガンマ階級にはなりたくない」とかいう言葉を睡眠学習風に聞かされ続けるので、潜在意識に所属階級への満足感が植えつけられてしまい、不満が生じないんです。

 因みに、一度だけアイスランドでアルファ階級だけで社会を構成したらどうなるかの社会実験をしたのですが、途端に住民の間で不満が出て、相互に争いが絶えなくなり、最終的には、元の階級別管理社会に戻してくれ、ということになった。人間には階級差が必要だということが判明したんですな。

 それから、労働に従事する下層階級の労働時間を減らす実験もやったことがあるのですが、その時もまた自由時間を持て余した労働者階級の間で騒動があったもので、労働時間の短縮は社会の安定を害するということが判明した。だから、必要があろうがなかろうが、労働者階級の人々には一日の大半を労働に費やすことが決められ、それで問題は解決したと。

 とまあ、色々な実験を経て、今日のような階級別管理社会が完成したわけですけれども、そこはそれ、やっぱり人間ですから、どの階級に属していようが、何らかの不満が生じることもある。そういう時は、国から支給される「ソーマ」という薬を飲めば一発解決。多幸感を与えるソーマさえ飲んでおけば、不満なんて瞬時に解消してしまうと。ちなみにアイスクリームに混ぜて飲む「アイスクリーム・ソーマ」とかもあるし、あとソーマを飲んでハイになっている状態を示すものとして「ソーマの休日」という言葉もある。

 だからね、この時代、社会に不満というものは一つもないの。だからこの徹底的な管理社会の中では、社会問題もないし、階級間の争いもなく、非常に安定している。まさに「すばらしい新世界」なわけですよ。



 管理社会イギリスのアルファ階級の男が、ガンマ階級あたりのガールフレンド(リンダ)を連れてメキシコに旅行した時、誤ってこのリンダが現地に取り残されるということが起るんです。

 で、男はイギリスに逃げ帰っちゃうのですが、リンダはメキシコに残される。文明国の人間が、原始的な国に取り残されちゃうわけですよ。

 で、リンダはメキシコで散々な目に遭います。何しろ文明国イギリスには「結婚」という概念がなく、避妊教育も完璧なので、フリーセックス社会なわけ。だから、リンダはメキシコでもどんな男とでも寝てしまうのですが、原始国家メキシコはキリスト教社会なので、男と見れば誰とでも寝てしまうリンダは、とんでもないふしだらな女としてさげすまれるわけ。

 しかも、文明国の女性なら誰でも持っている避妊具(マルサスベルト)がないので、リンダは妊娠してしまう。文明国ではありえない、「母になる」という超超卑猥な経験をせざるを得なくなるわけ。そして息子ジョンが生まれる。

 で、ジョンは、基本、メキシコで育つので、キリスト教国家の倫理観の下に育つのですが、そうなると、彼は自分の母親がとんでもなくふしだらな女とみなされる社会の中で育つことになり、それが彼の精神的成長に大きなダメージを負わせます。



 文明国イギリスでは、薬品によって人々は年を取らないし、若々しさを保ったままある日突然死ぬんですが、リンダは原始国家メキシコに居たので、そのまま年を取り、年齢相応に太ってしまった。しかも「母」ですから、イギリスでは軽蔑の対象になり、結局、死期の近い人たちが収容される病院にぶち込まれ、ソーマ漬けにされた上で、死んでしまう。

 一方、ジョンは文明国と言われるイギリスの非人間性に驚くわけ。メキシコは、原始的かも知れないけれども、人間的ではあった。ところがすべてが管理されたイギリスには、そうした人間味というのは一切ない。ジョンは、メキシコに居た時にシェイクスピア全集だけを読んで育つのですが、そのシェイクスピアを生んだ国であるにもかかわらず、シェイクスピアが描く人情の機微、人間味というものををまったく理解しない現代イギリスに仰天するわけですな。

 しかし、イギリスの人々もまた文明国に戻ってきた野蛮人ジョンにビックリ仰天し、好奇心丸出しで彼に付きまとい、その人間的な行動・・・彼らからすれば野蛮人的行動を娯楽として楽しもうとする。動物園のサルを見に行くような感じで。

 結局、そうした文化的相違による相互理解の失敗が、本作最大の悲劇につながってまいります。

 ジョンは、文明社会の女性レーニナに恋をするのですが、レーニナには「恋」という概念がない。もともとフリーセックスの世界で育っただけに、その辺の恥じらいは何もないので、好き同志ならさっさと寝ちゃえばいい、という考え方。しかしジョンは、愛というのは育てるものであって、しかも互いに相手を独占し、ある意味束縛し合うものであって・・・という考え方だから、レーニナの「さっさと寝ましょう」というアプローチには到底賛同できない。そうした文明人と野蛮人の文化的衝突によって、本当は互いに愛し合っていたにもかかわらず、二人の愛は成就できないんですな。そしてそれが一つの契機となって、最終的にジョンはある行動を取らざるを得なくなる・・・。

 そういうお話。


 最初、フォード紀元632年の状況を説明する件がすごく周到かつユーモラスかつ風刺が効いていてすごく面白い割に、最後はなんだか妙にメロドラマ的に終ってしまうあたり、少しバランスが悪いような気がしますけど、1931年という時点で、すでに画一的管理社会の到来とその必然をかように描いていたというだけでも、相当なものなのではないかと。

 あとね、途中、野蛮人ジョンと、管理社会の管理人たるムスタファ・モンドという人物との哲学的対話があるのですけれども、このシーンがなかなかよろしい。管理社会の非人間性を非難するジョンに対し、いや、お前の言うことは俺もよく承知しているが、それを踏まえても、やっぱり今の社会の方が人は幸福に暮らしているんだよ、というムスタファ・モンドの説得力がすごい。要するに、単に「管理社会は駄目だ」と言っているだけの本じゃないわけ。その辺の、単純な批判じゃない、という点に関しては、ジョージ・オーウェルの『動物農場』なんかよりも複雑かも知れません。

 ま、作品の完成度から言ったら、『動物農場』の比じゃないけどね。

 というわけで、ディストピア小説として決して面白くなくはないこの小説なんですが、自己啓発本とのからみから言うと、あまり収穫はなかったかも。唯一、作中でウィリアム・ジェイムズの『宗教的経験の諸相』という、これは自己啓発本擁護の有名な本なんですけど、これが引用されることくらいかな。

 ただこの作品の中では、多幸感情生成物質「ソーマ」が安定社会の決め手ということになっているのですけど、まあ強いて言えばこの辺に、前述したハクスリーのLSD体験が活かされているのかもね。


 まあ、でも、全体として面白い作品ですよ。この種の空想社会小説に興味がある方は是非。教授のおすすめ、です。


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Last updated  September 23, 2016 10:43:31 PM
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