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December 2, 2024
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カテゴリ: 教授の読書日記
常盤新平さんの直木賞受賞作、『遠いアメリカ』という小説を読みましたので、心覚えをつけておきましょう。

 これは、おそらく常盤さんの自伝的小説と言っていいのだと思いますが、大学を卒業し、大学院に進学するも、学業に興味が持てずに脱落、それでいていつの日かアーウィン・ショーの『夏服を着た女たち』のような小説を翻訳する翻訳家になりたいというおぼろげな野心と、果たして本当に翻訳家になれるのかという不安との間に揺れる若者・重吉の生活を描いた連作短篇。

 重吉は(作者の常盤さんと同じく)仙台出身で、元下級役人として38年間の宮仕えの後、今は会計士のような仕事をしている父親のすねをかじって、東京で大学・大学院にまで進学させてもらっている。が、その大学院も最近はすっかりさぼり勝ちで、学費滞納で除籍になりつつあることは、父親には言い出せないんですな。そういう負い目があるせいもあり、また文学に理解がない上、学費を払ってやっている以上、せめて大学教授にでもなれ、などと言ってくる典型的な田舎者の父親に対しては、鬱陶しいという思いしか抱けないわけ。

 といって、自分の好きな道をまっすぐ突き進んで、無理解な父親を見返してやるほどの実力も自信もなければ、見通しもない。まあ、要するにフラフラしているわけです。

 で、フラフラしているんだけど、一丁前に椙枝という、女優志望の劇団員の彼女がいる。重吉が私淑する翻訳家の遠山が劇団と多少関係があり、その遠山から椙枝を紹介されたのだが、この椙枝の存在が重吉にとって希望であると同時に、多少は重荷でもあるというところがある。重荷というのは、この先彼女と結婚し、彼女を養っていくだけの甲斐性が自分にあるかどうか、自信が持てないから。

 ただ、アメリカの小説、それも、偉大な小説家の小説より、知る人ぞ知るマイナーな小説家の小説を見つけ出して読んだり訳したりすることにはやりがいを感じ、そういうものを通じて、遠いアメリカという国のことを、遠いなりにもっと知りたいという、彼なりの野望は、やはり確固としてある。

 とまあ、大学は出たけれど、まだ何者でもない、野心はあるけど、自信はない、彼女はいるけど、結婚までいくかどうか分からない、父親とは気が合わないけれど、その世話になるしかない、そんなモラトリアムな状態にある若者の揺れる心情と日々の生活を描いた小説でございます。作中、サリンジャーの『ライ麦畑』の話題も出るのだけれど、ある意味、これは常盤さんが書いた『ライ麦畑』と言ったらほめ過ぎですか?

 でも、この小説、結構いいです。

 私が「この小説、結構いいな」と思うのは、小説としてのリアリティがあるところ。自伝的小説ということもあって、作中人物の行動に無理がないというか、こういう状況に置かれていたら、人はこういう風に考えたり、こういう風に行動するよなと思えるので、主人公に共感しやすいわけ。



 あと主人公の重吉がアメリカ小説の翻訳家志望で、だけど貧しいので、ハードカバーの新刊本は買えず、アメリカの安いペーパーバックばっかり買っているんだけど、そうした重吉のペーパーバック愛がとてもいい。私のように、アメリカン・ペーパーバック研究者の目から見ても、重吉のアメリカン・ペーパーバックに対する理解は、非常に正確です。たとえば「ヘミングウェイだってフォークナーだって、ペーパーバック本としてはエロ小説家の扱いだ」という趣旨のことを重吉が言うシーンがあるのですが、これなんか、本当にその通りです。よく分かっていらっしゃる。

 でまたね、椙枝という恋人の描写がとてもよくて、魅力的な若い女性として、上手に描かれているのよ。重吉にはもったいないくらいの人。でまた、小説の最後で、重吉が翻訳家としての第一歩を踏み出すことに成功し、椙枝とも結婚できそうな感じになってくるところもとても気持ちがいい。

 まあ、翻訳家/エッセイストの最初の小説ということで、あまり期待しないで読み始めたのですが、実際に読んでみたら、結構面白かった。一人の若者のケーススタディとして、なかなかなものになっております。

 ということで、本書を読んで、小説家・常盤新平のお手並みを見ることができました。上出来。教授のおすすめ、です。


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Last updated  December 2, 2024 01:20:08 PM
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