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大変ご好評をいただいた個人セッションを、今回もまた行います。前回チャンスを逃した方、再びセッションをご希望なさる方、お会いできるのを楽しみにしております!今回は時間表枠内での遠隔も受け付けます。予約時間表3月12日以降は携帯をつなげる予定ですので,その頃には電話でのお申し込みもどうぞ!080-6733-9835遠隔&対面セッション中、移動中、授乳中、お昼寝中など、電話に出られない場合もありますが氏名、ご希望の日時とセッションの種類を留守電に残してください。 折り返しご連絡差し上げますので、非通知設定でないことをご確認くださいね。僭越ながら、『声を聞くだけで、一緒にいるだけで元気になれる。』と、多くの方がおっしゃって下さるので、今回のいく種類かのセッションも、出会えた皆さんにとって、きっとエネルギーのもとになることと思います。是非とも元気波動を、しっかりお持ち帰りください! 今回の場所は、エネルギーヒーリングとリーディング/カウンセリングで借りるお部屋が異なります。 *************************エネルギーヒーリングのセッションは・・・セラピールーム浅草橋**************************************************リーディング/カウンセリングのセッションは・・・ハロー貸会議室 浅草 602号室東京都台東区雷門2-19-17 浅草雷一ビル6F都営浅草線・東京メトロ銀座線浅草駅A5番出口直結 *************************セッションの種類と、その他の詳細は、以下のリンクからご覧ください。里帰り個人セッションについて比較体験についてニューメロロジーって?リコネクションについて プライスリストシェアしていただけるすべてに、感謝と愛をこめて接したいと思っています。御縁がつながること、楽しみにしています!
2008.02.20
カナダは深夜の3時です~。眠れないのでごそごそ起きだして,一人で赤ワインをすすったりして☆ちょっぴりほろ酔いで,そして静かな時間を楽しみつつ,書くのはガッツのこと♪すごいですよ~,いつの間にやら9ヶ月を越して,勝手にどんどん成長してます。はいはいの速さ,楽しげにあげる奇声,ふらふらと一人で立つ短い時間,ダーリンを『遊び相手』として認識している様子,一緒に『トーニング』をする喜び・・・。どれをとっても,この人は,一体どこから来たんだ~!? と,首をかしげる瞬間をもたらしますな。不思議だわ~☆先月ぐらいから,海のハートをズキュンとわしづかみにする瞬間が,ガッツ王子の夜の姿。彼を寝かしつけてから,海はまたコンピューターに向かったりするんだけれど,チ~が出たり,怖い夢を見たりすることで何度か起きてしまうんですな。(相変わらず布オムツですし)身動きが出来なかった以前は,え~ん。 と泣いて知らせるのが常だったけれど,今ではちょっと呼ぶ声を出し,海やダーリンがすぐに駆けつけないとわぁぁ~んと泣くようになっています。そして,何がかわいいって・・・・。ベッドの上に,まるで取り残されたかのような顔をして,ちょこなんっと座っていることなんです~!!一人で起き上がれるようになっているのでそんなことになっているわけですが,ほっぺを赤くして,豆電球の明かりにまぶしそうに目をしばたかせているその姿の,たまらないことったら~!今日の早い時間にも,それがあったのですが,ガッツももう,海たちがそういう視点でいることをわかってもいるらしく,寝室のドアの隙間からソロ~ッと様子をのぞいてみた海の姿を捉えて,にこ~っとすばらしい笑顔を見せてくれました♪いや~☆★☆ ポッーー (*^。^*)~~~~ (゜_゜ )湯気が!?あまりの愛おしい姿に,ダーリンをも呼びつけて,一緒に眺めてしまいました。 (爆)さ,書くだけ書いたから,寝ることにしましょ~ッと♪ (笑)お休みなさいませ~。 (=O=)。o O
2008.02.19

A日程:3月16日(日)&23日(日)*余裕有* B日程:29日(土)&30日(日)+空1席+ ライブベーシックワークショップ@東京 A日程・B日程共:09:30~17:00申し込み要項はこちら☆定員各6名☆ ●地図: http://www.taitocity.net/center/map/tizu.html● 所在地 : 〒111-8621 東京都台東区西浅草3-25-16● 交通 : JR山手線・京浜東北線「鶯谷駅」南口 徒歩約15分/地下鉄日比谷線 「入谷駅」 一番出口 徒歩約8分/つくばエクスプレス「浅草駅」A2出口 徒歩約5分 ● 問合先 : 電話 03(5246)5827
2008.02.17
このページ下部に添えたメールが、友達から送られてきました。カンボジア・シェムリアップは海の大好きな場所です。数年前、遺跡観光にかの地を訪れたとき、国の人口の半分以上が幼い子供たちである、$1で家族が数日食べていけるなどの現実を目にして、とても驚きました。物乞いも多かったですが、障害を負っている子供達も目に付きました。ガイドブックに病院で献血を募集している、と記述があり、それを知ったときすぐに「やる!」と思ったものです。篤志家によって建てられた、シェムリアップで一番大きいという病院を訪ねたときも、たくさんの現地の人たちが列を成して診察を待っているのを見て、そして、献血する部屋の簡素さと使用されていた器具の質素さに目を見張りました。日本でも割としょっちゅう献血をしていた海なので、それに比べて機材の少なさに不安も覚えました。そして、血を抜き取るための注射針の太かったこと!!いまだに、針の後が、腕に残っています。海の血が、誰に供給されたかわかりませんが、血でつながった兄弟姉妹が、かの地にいます。今回、日本に帰って個人セッションをする際、リコネクティブ・リコネクションでいただく代金のうちから、下記のクルサー・リッリエイに寄付させていただこうと思います。寄付の内訳は、後日開示するつもりです。リコネクティブ・リコネクションをお受けになりたい方、この際にいかがでしょう?ご賛同いただける方、ご連絡をお待ちしておりますね。(個人セッション詳細は数日中にご案内する予定です。)以下友人からのメール転載+++++++++++++++++++++++++++++++去年、ケンがカンボジアに行った際、偶然立ち寄った孤児院です。(日本語と空手の授業してきたって~)世話人が伊藤さん。千葉の人です。ガイドの仕事をしていて、年間8回くらいはカンボジアに行くそうです。教育支援者を探しています。興味のある方は、HP参照あれ。 クルサー・リッリエイ 教育支援者の条件は年間2回は子供と文通をしてほしいこと。なぜなら、彼らにとってそんな手紙が心の支えになるからです。ここはNGOでもNPOでもないので、ダイレクトにその子の教育費になります。残りは、食費かな。今、大きな問題を抱えているので食料もぎりぎりだそうです。(リンク先サイトのトップページ参照) 近々、カンボジアに行く~とか、行ってもいいよ~とか、行かねば!!という方は、HPにメアドが載ってるので伊藤さんまでメールしてみてください。協力してほしいことがたくさんあるはずです。 で、秋元は当然のごとく支援者です。毎月1200円で彼らの助けになるなら!と思い始めたよ~。(2000円送金して残りは食費に当ててもらってます) 今、この施設では「自立支援プロジェクト」と題して子供の描いた絵葉書を販売してます。もしかしたら、秋元の手元にくるかも!? 自立支援と言えば・・・設備があれば、かおりちゃんがジュエリー教えたり、永田が洋裁教えに行ったり出来たら楽しいだろうね~。 あ、話を戻して・・・絵葉書が手元に来ることになったら、久々にイベントしましょう。 詳細は伊藤さんがカンボジアから帰国後の話なので、しばしお待ちを。 みなさ~ん、教育支援者の件、真剣に考えてくださいね~。++++++++++++++++++++++++++++ちなみに、文中にあるイベントは千葉県我孫子市で6月7・8日に行われます。お近くの方,ちょっと遠くてものぞいてみようという方は,詳細お知らせしますので,海にご連絡ください!
2008.02.17
3月中旬~下旬に,帰国することになりました。ワークショップと個人セッションを,また行います。ワークショップは, 3月16日(日)&23日(日) と 3月29日(土)&30日(日) の2回。詳細はこちらで。個人セッションは,3月18日~22日の週で考えています。こちらの詳細は場所が押さえられ次第告知しますね。地方でご希望いただいていでご希望いただいていた皆さんには申し訳ないですが,滞在期間が短いため,今回は都内のみで行う予定です。その分,ワークショップはたとえ参加者がお一人でも敢行しますし,個人セッションはがんばって枠を少し多めに採りたいと思っています。ご要望をいただいていた皆さん,ご予定をあけておいてくださいね!またお会いできる皆様,新たなご縁が繋がる皆様,楽しみにしています~。
2008.02.15
隔週で発行されるクォンタムタッチのニュースレターを訳していると、いろいろ面白い話に行き当たる。今回胸の中にしゅわしゅわとした感覚を起こさせた話は、以下だ。 (ニュースレターを取っていない方、ご一読あれ。)**********************************.最良の結果・・・安らかな旅立ち皆さん、新年明けまして、おめでとう!私は、末期症状で困窮している患者に遠隔を送ってくれるようにと何度か頼まれたことがあり、このお話をシェアしようと思ったのは、遠隔をするたびに必ずそれが起こるからです。最初にそれが起こったのは、友人が末期の肝臓ガンだという話を聞いたときです。 彼の助けになればと、試しにQTを送ると、その同じ日に、彼は安らかに旅立ってしまいました。2回目に起こったのは、ある94歳の女性が私たちの救急病棟に、大動脈瘤破裂で運び込まれたときのことです。 彼女はひどく苦しみ、痛みに大声で呻いていました。 私はカーテンを引くと、エネルギーを数分流しました。 すると彼女はうめくのをやめ、とても安らかに見えるほどになりました。 続く数時間のうちで、彼女は痛みのないまま旅立ちました。3度目は、私のQTワークショップの生徒の95歳になるおばあさんが、その年では信じられないぐらいに健康ではつらつとしていたのに、転んで首の骨を折ったことから、苦しみのあまり誰か私を殺してくれと懇願するほどになってしまったときのことです。 私の生徒にとっても、この状況はひどくつらいもので、彼は私にも遠隔に加わって、彼女の痛みを緩和する助けをしてくれと頼んできました。 「それ」が、また起こりました。 彼のおばあさんは、その夜、痛みを覚えないまま亡くなりました。4度目は、美容院に行った後のことです。 彼らのほとんどが、私からのヒーリングセッションを受けたことがあり、そのうちの一人が、彼女の叔父さんにもQTを送ってくれるかと尋ねてきました。 彼は放射線治療のせいで肺が破壊され、地元の病院の集中治療室で命の火をつなぎとどめていたのです。 私は1時間ほどエネルギーを流し、ずいぶん強いものを送ったな、と感じていました。 ちょうどセッションを終えようとした頃に、件の美容師から電話があり、彼が安らかに眠りについたので、もうエネルギーを送ってくれる必要はないと知らせてきました。 (すでに送った後だと、彼女にも伝えましたが。)これらの患者さんたちにとって、QTは、彼らにとっての最良を導き出したのだと思います。愛と光を。Louise Murray RN, Certified QT Practitioner**********************************これと似た話を、以前にも訳したことがある。 あの時は、確かホスピスに勤める看護婦さんの話だったような。様々な症状の末期で苦しむ患者さんにQTをしてあげると、すっと旅立たれるというものだった。あの時は、いいんだろうか・・・という思いのほうが強かった。安楽死させてあげてるってことでしょう・・・? 薬物を使うかエネルギーを使うかの違いだけで、手を貸しているということには代わりがないのだから、そこにある道徳観をどういうふうに解釈したらよいんだろう・・・って。海自身は、「安楽死」に必ずしも反対しない。 機械や薬物での延命措置に、必ずしも賛成しないからだ。でも、そのどちらにも、結論は出さない。 どっちつかずの言い方だけれど、ケースバイケースで、両方に利点があり、難点があると思う。今回の話が海にひびいたのは、実はここ最近、この話とシンクロすることが続いていたから。遠隔のご依頼をいただき、苦しみ続けていた状態から、安らかで気分のよい状態を何度かもつことが出来、最後はご本人もご家族も、悲しいけれども納得して、安らかに旅立たれている。先にあげたニュースレターからの文章のように、何度かある。先日は、うちから地続きの入り江にガッツを連れて散歩に行ったら、かもめの子供が地面に座り込んでいた。怪我でもしたのかと思って近寄ると、じたばたと暴れたものの、体が動かせない様子。観察しつつもあまり距離を詰めずにおいたら、やはり逃れようとしてジタバタし、そしてひっくり返ってしまった。起こしてあげようと思ったけれど、ガッツを抱いていたうえにその日は雨上がり。かもめって、近くで見ると結構大きいのだ。片手でひょっと動かせるものではない。まして具合が悪いのなら、なおさら手荒には扱いたくない。ぬれて水がたまっている地面にガッツを置くわけにもいかず、かもめが起き上がれたらいいなぁと思いながら、至近距離からQTをはじめた。いつ頃からか、セッション対象の余命が、なんとなくわかるようになっている。このかもめも、ん~? という感じ。それでも飛び立ってくれたらいいなぁと思いつつ、目の前で遠隔を続けた。 ぐったりしていたものが、呼吸やイメージ法をシフトさせるたびに、エネルギーに反応するかのように体を動かす。エネルギーをあてだして5分か10分か、どのくらいかわからないけれど、あるときかもめが大きくため息をついた。両足がゆっくりと伸びていき、そして伸びきってうーんとしているかのようになり,これ以上伸びないというところでかすかなふるえがきて、目が少し細まって、そして動かなくなった。エネルギーが、すっと軽くなった。あ~・・・。逝っちゃったかなぁ。その後も、もう数分QTを続けた。生き返るかも・・・という思いと、安らかに・・・という、両方の思いで。その頃になって、抱いていたガッツが、何か祈りでも唱えるように静かに、それまで聴いたことのないような声音でかもめに向かって話しかけだした。それを聞いて海、ああ、かもめ、もう完璧にあちら側へいったな・・・と感じた。人間も動物も(その他の存在も)、同じ仲間だと思っている海にとっては、その死の重さは変わらない。死を悪いとも思っていない。でも回数が続くと、「これでいいのかな?」という、疑問を持つ。頭とハートではそれでいいとわかっていても、感情があわ立つ。それぞれの死期というのは、それはあるよな。海がそこに介入するのは、どういう配剤でそうなっているんだ?もし海の意思がもっと強かったら、もし海のヒーリング能力がもっと強力だったら、たとえ死期を感じても、そこから変化させることも可能なんじゃないか。いや、でもそれは、各自が選択してきた青写真に触れることであったり、命運を操作することであったり,彼らのカルマを無視してることか?いやいや、個人のカルマを無視した介入は、たとえ宇宙意識(のような大いなるもの)でも起こせないというから、やはりそれは、考える必要はないか。・・・。エゴだな。見るところが小さいな。感じ取れるものがもし本物であるなら、なおさらそれにと惑わされることなく、カルマの範囲内でそれぞれの最良と最善を念頭に置くんだな。なんて、いろいろ考える。そのほかにも、様々な角度からむ~んと考えていると、思わぬところから思わぬ情報がもたらされ、これは一考の余地あり! ということにもなる。実際今も、同時進行でそういう流れもあって、いろいろと深く調べたくなるような情報が、ごろんと転がり込んできた。この点は、手元にもう少し資料が揃って、みんなとシェアするに値すると思えるようになったら話したいなと思っている。閑話休題。別の機会に、カナディアンの知人で人の思念&想念形態(もちろんオーラも)が見える人と話をしていたとき、どんな形のヒーリングも、死に行く人へは最高の応援となると聞いた。光へ還るのに、ヒーリングの援助があると、軽やかに一目散にそこにゆけるのだそうだ。現代の普通医療機関で安楽死はきっとタブーだろうけれど、エネルギーヒーリングでは、それもまた、癒しの一形態だと受け入れられている。そして、多分その姿勢こそが、気負うことの必要ない、とっても自然なことなのではないかと感じる。死は、怖いことでも忌み嫌うことでもなく、生の延長であり、起点であり、魂の安らぎであり、開放であるはずだ。海は今世まだ死んだことがないから、わからないけれど。臨死している友人たちは、こぞってそのようなことを言う。ヒーリングの行い手には、そこに受け手を死なせようという意思はなく、あくまでも最善で最良の形を意図するだけだ。例えば安楽死を念頭においてセッションをしたとしても、それが受け手のライフプランに含まれていなければ、それは起こらないわけだ。カナダには、各地域に一軒はホスピスがある。死を迎える家らしく、外から見てもエネルギーがちょっと沈痛な灰色だ。 そういうところのスタッフがQTを知っていたら、或いは他のヒーリング法を知っていたら、きっととっても役にたつんだろうなぁ。本来、死は、安らかで楽しいものなんだろう。
2008.02.13
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