『福島の歴史物語」。ただいま、「鉄道のものがたり」を連載しています。

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2008.02.16
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「やはり違いまする御家老様。われらが信仰するということは、神と向き合い、語り合い、祈ることでございます。ですから私には、このように責め苛まれても切支丹であるという自負がございまする。しかし御家老様がご自身で言われるように、『死んでも仕方がない』というお座成りなお考えでは余りにも情けない死に方でございます。それではご自身が救われぬのではございませぬか? 御家老様。ただ極楽があって南無阿弥陀仏の名号さえ唱えればそこへ行けるなどということは、夢にございまする」
「夢か・・・、しかしわしは別に投げ遣りな気持のみで言っている訳ではない。単純に極楽浄土に行けると思っている訳でもない。ただ、たしかに今まで生きてきた意義を自身に問うてみれば、『分からぬ』としか言いようがない」
「いいえ御家老様。『分からぬ』ということではございませぬ。御家老様の心に平安があれば、世の中に平安が来るのでございます。もし御家老様の心にそれがなければ、三春藩にも平安がないということでございましょう」
「わしの心に平安がなければ、三春藩にも平安が来ないということか?」
「左様でございまする。ここまでになって、私は御家老様に改宗をお勧めするなどという僭越な気持は、毛頭ございませぬ。ただ御家老様の心に『平安あれ』、と願うのみでございます」 
 権兵衛は黙っていた。そしてしばらくして言った。
「しかしその方、そんなにも少ない人数で、しかも閉ざされた信仰が・・・、寂しくはなかったか?」
「いいえ御家老様、私共は各家そのものが神の宿る教会でございまするから、寂しいことはございませぬ」
「それは仏壇のようなものか?」
「いえ、そのようなものではございませぬ。私共の家という教会は、全世界に広がる教会の中心のローマの教会にありまするから、いわば神様に一番近いところにあるのでございます。寂しいなどとはとんでも無いことでございます」
 権兵衛の考えは、混乱していた。
 ──平安か・・・。三郎左衛門が平安という言葉に何を込めようとしているかは分からぬが、わしは輪廻転生の思想を信じたい。輪廻転生とは、そこに今いる馬や猫または野に咲く花などが、自分と関わりのある人の転生ではないかと思えることなどから生まれる思いやりであろう。もうわしはこの世での使命は終わった。また生まれ変わって、来世は花に囲まれて安穏に生きたい。何に生まれても良い、仏の教えに従う。
 しばらくして、権兵衛は考えていたことと別のことを話しはじめた。それは自分として、なんとも納得し得ないことであり、三郎左衛門がどう答えるかを知りたいと思ったことでもあった。
「ところで三郎左衛門、殿を押込んだとき殿がわしにこう言われたことを思い出した。『主、主たらずとも、臣、臣たれ』とな」
「『主、主たらずとも、臣、臣たれ』でございまするか?」
「左様。わしはあのときのあのお言葉は、われらに対する殿の悔悟の意と勘違いしておった。『済まぬ、権兵衛』と・・・。しかしここにきて、その意がようやく分かった。殿はわしに謎をかけておられたのじゃ」
「謎を・・・? なるほど、そう言われてみますれば殿が申されたお言葉の意味、私にも分かるような気が致しまする。」
「そうか、分かるか」
権兵衛は端然と座ったまま寂しそうに頷いた。
「わしは命をかけて守ろうとした藩を失い、主と仰いでいた殿にまで裏切られた。そう思うと、虚しさのみが心に残る」
 そう言ったまま、権兵衛は黙っていた。
 ──しかし死は、誰しもがいつかは通る道。死は悲しみではなく、阿弥陀如来様への元にいく喜びのときである。
 そう思う権兵衛に、三郎左衛門もなにも言わなかった。
「いずれ、わしもここを呼び出され、切支丹としてこの世から送り出されることになろう。しかし、どっちつかずのわしの死後はどうなるのか? 寺はどうするのか? 冥土の先祖たちは、このようなわしを許して迎えてくれるのであろうか? 家族や親戚は年忌などをやってくれるのであろうか? それらを考えると寂しくてかなわぬ。それでこの頃、西方浄土に向いて阿弥陀経を唱えるのに精を出して来たがのう、少しも気が休まらぬわ」
 三郎左衛門はくすっと笑うと、すぐ痛そうに顔をしかめながら言った。
「御家老様・・・。切支丹屋敷の中から阿弥陀経の声が聞こえるというのも、妙な話でございます」
「・・・」
「私は最前申し上げたように全能の神を信じて参ります。私は殉教をしたらハライソに参り、神の下で生きる訳でございますから少しも寂しいことはございませぬ。つまり死ぬということは、この世のすべてを恕して神の下へ逝くということでございまするから、むしろ嬉しいことと喜んでおりまする」
「そうか、やはりそうか」
「はい、御家老様。それでもどうか殿をお恨みにならないで下さいませ。他人を恨むということはご自身のお心に夜叉を育てるようなもの、それではお心に安らぎが生まれないのではございませんでしょうか。全能の神は申されました。『汝の敵を愛せよ』と・・・。私は、人を愛するということのためにはお譲りも致しまするが、信仰においては決して譲歩は致しませぬ」
 権兵衛は腕を組み、三郎左衛門の話を目を閉じたまま聞いていた。周囲では、何の物音もしなかった。
 ──三郎左衛門の申すこと、なんとなく納得できる。わしとて生と死の向こうにある心の本質を知ることができたら、生きたことの意義があったことになろう。もしそれができなかったら、わが生は無意味なものとなる。しかしそうなると、このわしにとって今まで信じてきた幕府とは、藩とは、そして殿とは、いったい何であったのであろうか! 恨みを抱きながらも殿を庇う、この惨めな自分が哀れだ!
 権兵衛がそう考えていると、三郎左衛門が苦しい息遣いをしながら言った。
「御家老様・・・。御家老様が殿や藩のために一生をかけてやってこられた努力が、このような形でしか報われないことに世の不条理を感じまする」
 権兵衛は三郎左衛門の縄目の跡も痛々しい右の手にそっと触れた。しかしその心の中は、千々に乱れていた。そして二人の間には、静かな時が流れていった。やがて権兵衛は三郎左衛門の耳に口を近づけると囁くかのように言った。
「わしものう・・・、わしも命をかけて殿や藩を守ろうとしてこういう結末になろうとは、思いもよらなかった。しかしそれを知りながらも、わしは自分で自分を追い詰めてまでこうするのじゃから、人様には不器用な生き方としか見えぬであろうな・・・。ただわしとしては、わしなりに納得して死ねれば、それもよいかと思うてのう。三郎左衛門、まあ笑ってやってくれ。こんな男も生きていたと・・・」
 聞こえているのであろうか、三郎左衛門が身じろぎもせぬその獄舎には、夕映え後の暗闇が密やかに忍び寄っていた。

                          (完)







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最終更新日  2008.02.16 10:11:55
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