しかし、なんだかなあ・・・ですね。これはちょっとアブナイ修業じゃないかと思うのは、現代人のあさはかさかもしれませんが・・・。かの、名高い高僧の夢窓国師も、この修業をしていたそうで・・・・薄暗いお堂に腐りゆく美女の絵を掲げて、その前に端坐する国師・・って、なんだか、そっちが怖い・・? 当時の、過酷な時代には受け入れられやすい修業だったのでしょう。 イエズス会では、過去の聖人たちの残酷な殉教図が好まれ、壁画に描かれ、それらの図を見ながら「勇気」を得る修業をした・・というのですが、ちょっと似ているかも・・? 確かにそういう意味では「闇の美術史」ではあります。 内容は、かなり多岐にわたっていて、地獄絵も、病草子も、オンパレードだし、残虐な戦乱を描く後三年合戦絵詞 それに、融通念仏縁起絵巻・・これは歴代の将軍(勿論室町将軍です。室町時代は怪奇時代ですから・・)が、先代供養のために描かせた・・というのも面白いかも。 融通念仏とは、「一人一切人、一切人一人」つまり、一人はみんなのために、みんなは一人のために、One for all, all for oneで、全ての人が極楽往生を願って念仏を唱えるんです。