赤組☆へべれけ観戦記

赤組☆へべれけ観戦記

2010年06月27日
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カテゴリ: 報道
 日経ビジネスの6月28日号の「決断のとき」というコーナーで、ファジアーノ岡山の木村社長のことが、カラー3ページで取り上げられている。
 (※書店では販売されず、原則的に定期購読契約を募った上での直送制)


 涙をのんだ”非情の経営”

 米系証券会社の幹部をなげうち、弱小サッカーチームの経営に挑む。
 無名のチームを改革して、わずか2年半でプロリーグへの昇格を果たした。
 岡山県民が誇れる心の拠り所を作るため、元金融マンの奮闘は続く。



 木村社長のことは、これまでいろんな雑誌などで取り上げられてきたけれど、今回は、経済誌の切り口となっている。

 その中から、一部を抜粋 


・この仕事を打診され、木村は無給で引き受けることを承諾。それどころか、チームが出した数千万円の赤字を、金融マン時代の貯蓄から補填して経営に当たった。



・木村は大学受験浪人中に父親を亡くしている。父親は幾つかの事業の経営をしていたが、資金が回収できずに少なくない借金が残った。母親は生命保険の営業を始めた。しかし、すぐに契約が取れるわけではない。そこで、同級生の良心が順番に保険に加入して、生活を支えてくれた。「いつか皆さんに恩返しをしてほしい」と母親に頼まれた。

・最初の3か月は面会の約束すら取れない。そして、”東京で成功した金融マン”という肩書きが仇ちなった。「元金融マンが何をたくらんでいるんだ」「退職金を全部使ってから来い」・・・。

・(2006年の大分での地域決勝)だが、ファジアーノ岡山は敗退。チームの存続を危ぶんでいた応援団は、悲嘆に暮れた。スタジアムのトイレで、大人がわんわん泣いていた。ゾクッとした。声をかけることもできなかった。仕事を休んでまで遠方まで応援に来てくれる人たちがいる。その光景が頭から離れなくなった。
 丸裸になるまでやろう。木村は覚悟を決めた。

・「2007年はもう思い出したくもない」と木村はそのつらさを振り返る。手をつけたのは選手の入れ替え、企業で言えばリストラである。

・木村にはどうしても残したかった選手がいた。スキルが高く、人望も厚い、将来はキャプテンとして起用したかった人材だった。2人で5~6回杯を交わして説得した。それでも退団の意思を覆すことはかなわなかった。

・5人の経営陣も皆、手弁当で木村に協力してくれる。100年続くサッカーチームのあり方を、早朝に、深夜に集まって議論を交わすこともある。


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Last updated  2010年06月27日 23時55分19秒
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